第八話「雨夜の晩餐」2
第二章 異形たちの毒鍋
「……さて、戦争の時間だ」
久遠灯が、カセットコンロに火をつけながら呟いた。 土鍋の中で、トマトジュースベースの出汁がグツグツと煮え立ち、赤い泡を吹き始めている。それはまるで、地獄の釜をミニチュアサイズにしたような光景だった。
「まずはベースだ。トマトジュース。これがなきゃ始まらん」
灯が言い放つと同時に、辰巳響が待ったをかけた。
「はあ? なんで真っ赤なんだよ! 鍋っつったら醤油か味噌だろ! トマトとか洒落たもん食わすんじゃねぇ!」
「文句があるなら食うな。……それに、血の味がしないと食った気がしないんだよ」
「味覚が死んでんのか! 肉だ! 肉を入れろ!」
響が真空パックの高級和牛をひったくり、まだ凍ったままの塊を鍋に放り込もうとする。
「待ちなさい!」
白雪美流愛が、響の手首を掴んで止めた。
「カロリー計算してよ。あのね、私は明日、撮影があるの。そんな脂の塊を夜中に摂取したら、全部皮下脂肪になるわ」
「知るかよ! アタシは成長期なんだよ!」
「野菜中心にしてくれないと困るわ。……それと、響の食べかけのスナック菓子を隠し味に入れるのは却下よ」
「チッ、バレたか」
響が舌打ちをする横で、鉄鏡花が冷静に分析を始めた。
「非効率的だ。個々の嗜好を優先すれば、鍋の容量を超過し、熱伝導率が低下する」
彼女はミキサーを取り出し、電源プラグをコンセントに差し込んだ。
「栄養価の摂取効率を最優先とすべきだ。全ての食材をミキサーにかけ、ペースト状にして加熱する。それが最適解だ」
「やめて! それもうエサだから! ディストピア飯だから!」
美流愛が悲鳴を上げる。 混沌だ。 それぞれが強烈すぎる自我を持っており、協調性という概念が欠落している。 このままでは、鍋が完成する前に事務所が崩壊する。
「あ、あの……」
おずおずと、天羽祈が手を挙げた。彼女の手には、どこから出してきたのか、ピンク色のマシュマロの袋が握られている。
「隠し味に、マシュマロとか……どうですか……? 甘くて、ふわふわで、幸せな味が……」
「「「却下!!」」」
全員の声が重なった。 祈が「ひぅっ」と肩を縮め、マシュマロを隠す。
結局、妥協点など見つかるはずもなかった。 灯は強引にトマトジュースを注ぎ足し、響は肉を押し込み、美流愛は大量のキャベツで脂を吸わせようとし、鏡花はビタミンサプリを粉末にして振りかけた。祈がこっそり入れたマシュマロが、赤いスープの中でドロドロに溶けていく。
グツグツ、グツグツ。 鍋が異様な音を立てて煮込まれていく。 色はどす黒い赤紫色。 匂いは、トマトと牛脂とサプリメントの薬臭さと、焦げた砂糖の甘い香りが混ざり合った、化学兵器のような刺激臭。
「……完成、か?」
灯が恐る恐る蓋を開ける。モワッ、と立ち昇る湯気。その向こうに現れたのは、この世の全ての食材を冒涜したような、正体不明のキメラ料理だった。
「……毒見は誰がやる?」
「アタシはパス。神様の腹壊したら祟るぞ」
「私はパス。明日の撮影に響くわ」
「私の味覚センサーは、これを『可燃性廃棄物』と認識している」
全員が視線を逸らす中、祈だけが箸を持った。
「い、いただきます……」
彼女は震える手で、謎の物体(おそらくマシュマロコーティングされた牛肉)を口に運んだ。全員が固唾を飲んで見守る。 祈が咀嚼し、飲み込み、そして――ぱあっと顔を輝かせた。
「……あ、美味しい!」
「「「はあ!?」」」
全員が総ツッコミを入れる。だが、祈の言葉に嘘はないようだった。彼女は次々と具材を小皿に取り分け、幸せそうに頬張っている。
「トマトの酸味と、お肉の脂と……マシュマロの甘みが、絶妙にマッチしてます! なんか、すごいコクがあって……!」
「マジかよ……」
響が半信半疑で箸を伸ばす。 肉を一切れ、口に放り込む。
「……ん? ……んんっ!? 悪くねぇぞ、これ!」
響の目が開かれる。 美流愛も、恐る恐る野菜を口にした。
「……嘘。悔しいけど、美味しいわ。野菜の甘みが引き立ってる」
鏡花も、スープを一口啜り、目を見開いた。
「分析不能。化学反応の連鎖により、未知の旨味成分が生成されている。……ドーパミン分泌量は正常値だ。不快ではない」
「だろ? 私の采配のおかげだ」
灯がニヤリと笑い、自分も椀に盛る。食べてみる。確かに、美味い。 見た目は最悪だが、バラバラだったはずの個性が、鍋という坩堝の中で奇跡的に融合し、一つの調和を生み出している。 それはまるで、彼女たち『リコリス・バロック』そのものだった。
「熱っ! 猫舌なんだよ、クソッ!」
響が肉を口から出し入れして騒ぐ。
「あらあら。フーフーしてあげましょうか?」
祈が甲斐甲斐しく世話を焼く。
「……意外と悪くないわね。カロリーは気になるけど」
美流愛が小皿に取り分けながら、少しだけ笑った。
「有機物の摂取はメンテナンスの邪魔だが……今回だけはサンプルとして摂取する」
鏡花はそう言い訳しながら、二杯目に手を伸ばしている。
灯は、安酒を煽りながら、その光景を眺めていた。湯気が窓を曇らせ、外の暴風雨の音を遠ざけている。 狭い卓上だけは、嘘のように温かい。
彼女たちは家族ではない。 友人というには、あまりに殺伐としている。 利害と偶然、そして行き場のない孤独だけで結びついた、歪な関係。 だが、鍋の湯気の向こうに見える彼女たちの顔は、この冷たい硝子の街のどこよりも「生きて」いた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




