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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
箱庭の揺り籠(ガーデン・オブ・クレイドル)編

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第七話「魔女たちのシチュー」2

第二章 地獄の蓋が開くとき


「……おいおい。ガキに鉄屑にメンヘラかよ。今の帝都は、化物(オレたち)の質も落ちたな」


 久遠灯(くおん あかり)の台詞が、張り詰めた空気に亀裂を入れた。 彼女は紫煙を深く吸い込み、天井の穴を見上げながら、面倒くさそうに吐き出した。 その態度は、四方から銃口と魔術と殺意を向けられている人間のものとは思えないほど、無防備で傲慢だった。


「お姉さんこそ、死に損ないの顔してるよ?」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、表情筋一つ動かさずに言い返す。 彼女の手の中で、マイクロフィラメント・ワイヤーが蛇のように蠢いている。その先端は、正確に灯の頸動脈を狙っていた。


「……楽にしてあげようか?」


「訂正を要求する」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)の義眼が、緑色の走査線を描きながら灯を睨む。 彼女のパイルバンカーが、威嚇するように駆動音を上げた。


「私は最新鋭のサイバネティクス生体だ。……鉄屑(スクラップ)ではない」


「ああん? 誰がガキだって? 噛み砕くぞコラ」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、苛立ち紛れに足元の瓦礫を踏み砕く。 彼女の全身から放たれる青白い放電現象スパークが、湿った空気を焦がしている。 龍神にとって、自分の縄張りを荒らされることは最大の侮辱だ。ましてや、人間風情に見下されるなど、許されることではない。


「み、みんな落ち着いて……! お願い……!」


 天羽祈(あもう いのり)だけが、戦意を持たずに座り込んでいた。彼女は頭を抱え、ガタガタと震えている。 彼女の魔眼には、見えてしまっているのだ。 この一触即発の空気の向こう側。 ステージの上に置かれた「パンドラの匣」から漏れ出す、どす黒い予兆が。


「ここにいると……悪い何かが来ちゃうよぉ……! 早く逃げなきゃ……!」


「うるさい!」


 響が怒鳴るのと同時だった。天井から落下してきたガラスの破片の一つが、偶然にも、トランクの錠前に直撃した。


 カチリ。


 小さな音が、静寂を切り裂いた。 それは、地獄の蓋が開く音だった。


 ドクンッ!!


 心臓の鼓動のような音が、倉庫全体を震わせた。 トランクの蓋が弾け飛び、中からどす黒い液体が噴き出す。 液体は意思を持ったアメーバのように床を這い回り、周囲に転がる死体――マフィアや警備兵の肉片を貪り食い始めた。


「な、なんだアレ……!?」


 灯が目を見開く。 肉塊は、死体を取り込むたびに体積を増し、形を変えていく。 人間の腕が生え、顔が浮かび上がり、そして溶けて混ざり合う。 さらに、倉庫の鉄骨やコンクリート片までも巻き込み、無機物と有機物が融合した醜悪な巨像へと変貌していく。


『箱庭の揺り籠』が極秘に開発していた生物兵器の試作品。コードネーム『融合(アマルガム)』。あらゆる物質を捕食し、自身の構成要素として取り込む、進化する癌細胞。


「グルルル……」


 誕生した怪物は、濁った眼球をギョロリと動かし、周囲を見回した。そこには、極上のエサが五つ。強大なエネルギーを持つ、五人の人外たち。


「キシャアアアアッ!!」


 怪物が咆哮し、触手のような腕を振り回した。その一撃で、ステージが粉々に砕け散る。


「チッ、話が違うぞ!」


 灯がM500を連射する。 轟音と共に、怪物の肉が弾け飛ぶ。だが、開いた風穴は、周囲の鉄骨を吸い寄せて即座に塞がってしまった。 再生ではない。再構築だ。


「効かない……!?」


「邪魔よ!」


 美流愛が跳躍し、ワイヤーで怪物の腕を切断する。 断面から粘液が糸を引き、切られた腕が再び本体へと融合していく。 物理的な切断が無意味だ。


「うっせーな! アタシがやる!」


 響が雷撃を放つ。 高圧電流が怪物を貫くが、怪物は体内に取り込んだ電子機器のアース線を利用して、電気を地面へと逃がしてしまう。 それどころか、その雷撃の余波が、鏡花の解析デバイスをショートさせた。


「貴様……! 私の演算プロセスを阻害するな!」


「はあ!? テメェがトロいのが悪いんだろ!」


 鏡花がパイルバンカーを撃ち込むが、響の電撃で硬化した装甲に弾かれる。 バラバラだ。 全員が個として最強クラスの能力を持っているがゆえに、連携など考えたこともない。 互いが互いの射線を塞ぎ、能力を相殺し合い、ただ無秩序に暴れ回っているだけだ。


 その隙に、怪物はさらに巨大化していく。倉庫内のあらゆるものを食らい尽くし、天井に届くほどの大きさになった『融合(アマルガム)』は、もはや形を成していない悪夢そのものだった。


「クソッ、埒が明かねぇ!」


 灯が弾切れのリボルバーを放り投げ、悪態をつく。 このままでは全滅だ。全員が、その予感を肌で感じ取っていた。だが、プライドが、恐怖が、そして何より「他人を信じる」という機能の欠如が、彼女たちを一つにすることを拒んでいた。


 怪物の触手が、鞭のようにしなった。 標的は、動きの止まっていた祈。


「ひっ……!」


 祈が悲鳴を上げ、腰を抜かす。 逃げられない。 死が、目前まで迫っていた。


 その時。 黒い影が、祈の前に躍り出た。


 ドスッ!


 鈍い音が響き、鋭利な触手が、灯の腹部を貫通していた。鮮血が舞う。


「……おねえ、さん……?」


 祈が震える声で呼ぶ。 灯は、串刺しにされたまま、苦痛に顔を歪めることもなく、ニヤリと笑った。


「……チッ。足手まといが!」


 灯が叫ぶ。次の瞬間、彼女の傷口から血の霧が噴き出した。吸血鬼の再生能力。 貫通した傷が、触手を押し出すようにして塞がっていく。 彼女は自らの血を刃に変え、触手を切断した。


「あーあ、一張羅が台無しだ」


 灯は血を拭いもせず、怪物を見上げる。 その背中は、今まで一度も仲間を持たなかった一匹狼のそれとは、少しだけ違って見えた。


「……おい、ヤブ医者」


 灯が、鏡花に向かって声を張り上げた。


「私の再生能力……計算できるか?」


 鏡花が目を見張る。 そして、即座に演算を開始する。


「……吸血鬼の細胞活性率、推定回復速度……。可能だ。貴様が囮になれば、0.8秒の隙を作れる」


「上等だ。……命令すんなよ、鉄屑」


 灯は不敵に笑い、そして叫んだ。


「おい、そこの殺人人形! 奴の目を潰せるか!」


 美流愛が、初めて感情の色を見せた。 驚き、そして微かな高揚。


「……オーダーなら、完璧にこなすわ」


「ガキ! お前の電気、最大出力でどれくらいだ!」


 響がバチバチと放電しながら、獰猛な笑みを返す。


「ああん? 都市一つ停電させるくらい余裕だっつーの! 黒焦げにしてやるよ!」


「泣き虫! お前は私の背中を見てろ! ……死にたくなきゃ、魔法でも何でも使って援護しな!」


 祈が涙を拭い、立ち上がる。 そのオッドアイに、覚悟の光が宿る。


「は、はい……! 私が……サポートします!」


 五つの毒薬が、初めて一つの猛毒へと調合される。最悪で、最強の、魔女たちのシチューが出来上がろうとしていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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