第六話「北の魔都、血と臓物の迷宮(ラビリンス)」3
第三章 硝子と雷の協奏曲
警報が鳴り響く。 それは、解体工場の終わりを告げるファンファーレのように、無機質で、耳障りだった。
「侵入者だ! 殺せ! 商品を守れ!」
葛城の号令と共に、工場の奥から武装した集団が雪崩れ込んでくる。 『デッド・エンド』の構成員たち。 彼らは手に手にアサルトライフルやチェーンソーを持ち、薬物で爛々と輝く瞳でこちらを睨めつけている。 さらに、培養槽のガラスが割れ、中から異形の怪物たちが這い出してくる。 『青い涙』で遺伝子を書き換えられ、筋肉と骨格を兵器として再構築されたキメラたち。人ならざる咆哮が、地下空間を震わせた。
「……ああ、うるさい」
私は耳を塞ぐふりをして、溜息をついた。リズムが悪い。 彼らの殺意には、美学も、テンポも、旋律もない。ただの雑音だ。
「響。……派手にやっていいわよ」
「おう! 言われなくても!」
隣で、辰巳響が床を蹴った。 その瞬間、彼女の姿がブレる。 轟音と共に、先頭を走っていたキメラが吹き飛んだ。まるで、見えない巨人のハンマーで殴られたかのように、その肉体は壁に叩きつけられ、赤い染みへと変わる。
「ヒャハッ! 身体が軽いぜ!」
響の全身から、青白い放電現象が迸る。固有能力『竜王顕現』――限定解放。彼女の瞳孔は爬虫類のそれへと変貌し、肌の表面には不可視の鱗が張り巡らされている。 狭い通路が、雷撃の檻と化した。飛び交う銃弾は、響の周囲に発生した電磁場によって軌道を逸らされ、あるいは空中で溶解して無力化される。
「電気代は高いんだぞ、テメェら!」
響が腕を振るうたびに、紫電が走り、敵の電子機器や神経系を焼き切る。強化外骨格を纏った傭兵が、感電して痙攣しながら倒れ伏す。 それは戦闘ではない。一方的な、災害による蹂躙だ。
「……雑ね」
私は、響が破壊した瓦礫を足場にして跳躍した。固有能力『殺戮舞踏』。世界がスローモーションになる。響の雷撃で麻痺し、動きの止まった敵たちの隙間を、私は縫うようにして駆け抜ける。
私の手には、改造ペンライト。 その光刃が描く軌跡は、五線譜の上を走る音符のように優雅だ。 すれ違いざま、敵の頸動脈を撫でる。 心臓を一突きにする。 関節の腱を断つ。
「リズムが悪い。……もっと速く死んで」
私は回転し、舞い、そして殺す。 返り血は浴びない。 血飛沫が上がる前に、私は次の位置へと移動しているからだ。
連携などない。 私たちは、互いが互いの邪魔にならないよう、勝手に暴れ回っているだけだ。響が雷で壁を砕き、私がその破片を蹴って宙を舞う。響が敵の注意を引きつけ、私が死角から喉を裂く。 水と油。 混ざり合うことはないが、その不協和音は、敵にとっては逃げ場のない地獄のシンフォニーとなる。
「ひ、ひぃっ! こいつら、バケモノだ!」
『デッド・エンド』の男が、腰を抜かして後退る。 その背後に、響が音もなく着地した。
「ああん? 誰がバケモノだって?」
響が男の頭を鷲掴みにする。パチパチと、指先で電気が弾ける音。
「アタシは神様だっつーの。……拝んで逝けよ」
閃光。 男の悲鳴は、雷鳴にかき消された。
部下たちが全滅し、護衛のキメラたちも肉塊へと変わった。 残されたのは、手術台の上に立つ葛城ただ一人。 彼は、血に染まった白衣を揺らしながら、狂ったように笑い出した。
「素晴らしい……! 素晴らしいよ! これこそが生命の神秘! 暴力という名の進化だ!」
葛城は、懐から一本の注射器を取り出した。中には、どす黒く濁った液体が入っている。 高濃度の『青い涙』と、数多の亜人から抽出した因子の混合液。
「私は選ばれた人間だ! 貴様らごとき下等な怪物に、私の崇高な研究を止められるものか!」
彼は躊躇なく、その液体を自身の首筋に打ち込んだ。ボコボコと、彼の肉体が膨張を始める。白衣が裂け、皮膚の下から骨のような外骨格が突き出し、筋肉が異常に肥大化していく。背中からは蜘蛛のような節足が生え、顔面は複眼を持つ昆虫のように変貌した。 人間としての知性を捨て、力のみを求めた醜悪な成れの果て。
「キシャアアアアッ!!」
巨大化した葛城が、床を踏み砕いて突進してきた。その拳は、トラックすらも粉砕するほどの質量を持っている。 標的は、私。
「美流愛!」
響が叫ぶ。 私は動かない。 避ける必要などない。
ドゴォォォン!!
葛城の拳が、私の鼻先数センチで止まった。 いや、止められたのだ。 横から割り込んだ響が、その巨大な拳を、片手で受け止めていた。
「……怪物はお前だろ、インテリ崩れ」
響がニヤリと笑う。 彼女の足元のコンクリートが、衝撃でクモの巣状にひび割れている。だが、彼女自身は微動だにしない。 龍の膂力は、薬物で膨れ上がっただけの紛い物とは格が違う。
「グ、ヌゥ……ッ!?」
葛城が驚愕に目を見開く。 響は、掴んだ拳に力を込めた。ミシミシと、葛城の外骨格に亀裂が入る。
「アタシのダチを泣かせた罪と、子供たちをオモチャにした罪。……合わせて万死に値するな」
バキンッ!!
響が腕を振り抜く。 葛城の右腕が、肘から逆方向にへし折られた。
「ギャアアアアッ!!」
絶叫する葛城。 その隙だらけの背中に、私は軽やかに飛び乗った。手には、マイクロフィラメント・ワイヤー。 私はそれを、葛城の太い首に二重三重に巻き付ける。
「命の重さはね……」
私は葛城の耳元に唇を寄せ、冷ややかに囁いた。
「天秤にかけて、損得勘定で測るものじゃないの」
ワイヤーをクロスさせ、両手で強く握りしめる。 鋼鉄の糸が、葛城の硬い皮膚に食い込んでいく。
「奪う覚悟がある奴だけが、背負うものよ」
「や、やめろ……! 私は、人類の未来のために……!」
「未来なんてないわ。……ここが、あなたの行き止まりよ」
私は目配せを送る。 正面に立つ響が、右手に膨大な雷気を収束させていた。バチバチと、空気が焦げる音がする。
「あばよ、クソ野郎」
響が踏み込む。ゼロ距離からの、掌底。
「龍王・雷牙!!」
「――切断」
二人の攻撃が、同時に炸裂した。 響の放つ高圧電流が、葛城の心臓を一瞬で炭化させる。 同時に、私が引いたワイヤーが、その首を抵抗なく切断した。
閃光と衝撃。 葛城の巨体が、内側から崩壊する。 彼は断末魔を上げる間もなく、ただの黒い灰となって崩れ落ちた。 後に残ったのは、焦げ臭い臭いと、静寂だけ。
施設は壊滅した。捕らえられていた子供たちは、駆けつけた久遠灯と鉄鏡花によって保護され、鏡花のコネクションがある安全な施設へと移送されていった。事件は、闇に葬られる。いつものことだ。
私たちは、地上へと続く非常階段を上り、外の空気を吸った。時刻は早朝。逝袋の空は、相変わらず分厚い雲に覆われているが、東の空だけが微かに白み始めていた。雨は上がっていた。 アスファルトの水溜まりが、朝焼けを反射して鈍く光っている。
「……はぁ。疲れた」
響が、道端の自動販売機の前で座り込んだ。泥と血、それに煤で汚れた顔を、袖口で乱暴に拭う。私も、ドレスの裾が破れ、お気に入りのローファーは泥まみれだ。 最悪の気分だが、不思議と不快ではなかった。
「ほら」
響が、自販機から取り出した缶ジュースを投げてよこした。銘柄も確認せずに買ったのだろう。 『激辛トマトスカッシュ』。 誰が買うんだ、こんなもの。
「……ありがと」
私はプルタブを開け、一口飲んだ。 炭酸の刺激と、青臭いトマトの味、そして無駄に強い唐辛子の辛さが、喉を焼く。
「不味っ」
「文句言うなよ。アタシのおごりだぞ」
響も同じものを飲んで、顔をしかめている。 私たちは並んで座り、不味いジュースを啜った。 地下鉄の始発が動く音が、地面の下から微かに響いてくる。
「……あんたさ、意外とやるじゃん」
響が、空を見上げながらぶっきらぼうに言った。
「足手まといになるかと思ったけど。……ま、悪くなかったよ」
「響こそ。……まあ、私の邪魔はしてなかったかな」
私は素直になれず、ツンとした態度で返す。 響はケケケと笑い、空き缶を片手で握りつぶした。 アルミ缶が悲鳴を上げて、小さな鉄屑になる。
「正義とか、よくわかんねーけどさ」
響は、その鉄屑をゴミ箱に向かって放り投げた。美しい放物線を描いて、カラン、と吸い込まれる。
「アタシらが気に入らねー奴はぶっ飛ばす。……それでいいんじゃね?」
単純で、乱暴で、そしてどうしようもなく真っ直ぐな理屈。 でも、この歪んだ東帝都で生きていくには、それくらいシンプルな方がいいのかもしれない。
「……野蛮ね」
私は最後のジュースを飲み干し、苦笑した。
「でも、シンプルで悪くないかも」
水と油は混ざらない。私たちは、決して理解し合えないし、馴れ合うこともないだろう。 けれど、隣に並んで流れることはできる。同じドブ川の中で、同じ敵に向かって。
二人の影が、朝日に長く伸びていた。硝子の街の朝は、今日も残酷で、そして少しだけ眩しかった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




