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リコリス・ミッドナイト・ヘブン  作者: ネオもろこし
箱庭の揺り籠(ガーデン・オブ・クレイドル)編

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第五話「雷鳴の放課後」3

第三章 神鳴り(カミナリ)


 ウォンが歓喜に顔を歪め、呪術刀をアタシの胸へと突き立てようとした、その刹那だった。


 パァンッ!!


 乾いた破裂音が響き、倉庫内の水銀灯が一斉に爆ぜた。降り注ぐガラスの破片。突然の暗闇に、ウォンの動きがコンマ数秒だけ止まる。 倉庫の外、数百メートル離れたクレーンの上からの狙撃。 久遠灯(くおん あかり)鉄鏡花(くろがね きょうか)。あのお節介なババアどもの仕業だ。


「……チッ。遅ぇよ」


 アタシは闇の中でニヤリと笑った。その僅かな隙があれば、神にとっては永遠にも等しい時間だ。


「なっ……!?」


 ウォンが気づいた時には、もう遅い。 アタシは彼の右手首を掴んでいた。 万力のように締め上げる。 ミシッ、という骨のきしむ音が、静寂に響く。


「アタシの肝は高いぞ? ……テメェらの命ごときじゃ、釣り合わねぇんだよ!」


 アタシはウォンの腕をへし折った。骨が皮膚を突き破り、短刀が床に落ちる音。ウォンの絶叫が響き渡るが、それはすぐに轟音にかき消された。


 アタシの背中から、青白い光が噴き出す。パーカーが裂け、高密度の電気が翼のような形状を成して展開された。固有能力『竜王顕現(ドラゴン・バースト)』。 ただし、完全な変化ではない。 ここで本気を出せば、美咲(みさき)ごとこの倉庫街が消し飛んでしまう。 力を極限まで圧縮し、針の穴を通すような精密さで制御した、限定的な解放。


 アタシの瞳孔が、爬虫類のそれへと縦に裂ける。全身の毛穴から放電し、アタシは重力を無視して宙に浮いた。


「撃て! 撃ち殺せ!!」


 腕を抑えて後退ったウォンが、部下たちに喚き散らす。暗闇の中でマズルフラッシュが瞬き、無数の銃弾がアタシに殺到する。だが、鉛の塊ごときが龍神に届くはずもない。アタシの周囲に展開された電磁バリアが、弾丸を空中で溶解させ、ただの鉛の雫に変えて床に落とす。


「美咲、ちょっと眩しいけど我慢しろよ!」


 アタシは右手を天に突き上げた。倉庫の屋根が、内側からの圧力で吹き飛ぶ。 ぽっかりと開いた穴から、渦巻く黒雲が見えた。そこには、今にもあふれ出しそうなほどのエネルギーが充填されている。


「神罰だ。……受け取りな」


 アタシが腕を振り下ろすと同時に、空が落ちてきた。


 ドォォォォォォォン!!


 光の柱が、倉庫を貫いた。 それは無差別な破壊の雷ではない。鏡花の演算サポートと、アタシの意思によって、マイクロメートル単位で軌道を調整された「手術(オペ)のための雷撃」。


 プラズマの奔流が、ウォンと部下たちを呑み込み、瞬時に炭化させる。同時に、その余波である特殊な電磁パルスが、美咲を縛り付けていた拘束具を弾き飛ばし、彼女の体内に流し込まれた呪毒だけを焼き切る。毒の成分を電気分解し、無害化する神技。


「あ……が……」


 ウォンが、黒焦げになりながら何かを言おうとして、崩れ落ちた。 その手には、不老不死の夢など掴めず、ただの灰だけが残った。


 光が収束する。静寂が戻った倉庫に、雨音だけが響いている。アタシはゆっくりと床に降り立った。背中の雷翼が霧散し、裂けた瞳孔が元の丸い形に戻る。


「……美咲」


 アタシは駆け寄り、椅子から崩れ落ちそうになった美咲を抱き止めた。彼女の体は熱い。だが、首筋にあった青い痣は消え、呼吸も安定している。 毒は消えた。


「……響……ちゃん……?」


 美咲が薄く目を開けた。その瞳に、アタシの顔が映っている。 龍の鱗が消えかかり、まだ人外の気配を残したアタシの顔が。


「……わりぃ。眩しかったろ」


 アタシは自嘲気味に笑った。見られた。 正体を。怪物の姿を。もう、昨日までの馬鹿みたいな放課後には戻れない。 美咲はアタシを怖がり、拒絶するだろう。 それが、人間と関わったバケモノの末路だ。


 けれど、美咲は震える手で、アタシの頬に触れた。


「……あったかい」


 彼女は、夢を見るように微笑んだ。


「響ちゃん、だね。……来てくれたんだ……」


 そのまま、彼女は安心したように意識を手放した。アタシの腕の中で、規則正しい寝息を立て始める。 その重みだけが、アタシの手の中に残った確かな現実だった。


 事件後。 美咲は脱水症状と軽い火傷で入院したが、命に別状はなく、薬物による後遺症も残らなかった。 マフィアの壊滅は、ガス爆発事故として処理された。灯の手回しだ。


 数日後の放課後。 アタシは一人で、学校の屋上にいた。空は珍しく晴れていた。 雨上がりの空気が澄んでいて、遠くのビル群までよく見える。手には、コンビニで買ったタピオカミルクティー。一人で飲むと、驚くほど味がしなかった。


「……はあ」


 ため息をつく。 今日、美咲が退院して、学校に来ているはずだ。アタシは彼女を避けていた。 なんて言えばいい? 『実はアタシ、龍なんだよね』なんて、ラノベみたいなカミングアウトをするのか? それとも、『記憶違いだよ』としらばっくれるか? どちらにせよ、以前のような関係には戻れない。 アタシは空になったカップを振り、ゴミ箱に捨てようとした。


「……響ちゃん」


 背後から声がした。心臓が跳ねる。 振り返ると、そこには美咲が立っていた。少し痩せたけれど、血色はいい。黒縁メガネの奥の瞳が、真っ直ぐにアタシを見ている。


 気まずい沈黙が流れる。 風が、彼女のスカートと、アタシの髪を揺らす。


 アタシは覚悟を決めた。 怖がられるなら、それでもいい。 縁を切るなら、アタシから言ってやる。それが、巻き込んだことへのケジメだ。


「……ビビったろ? あの夜のこと」


 アタシはフェンスに背を預け、努めて軽い口調で言った。


「アタシ、実はさ……」


「めっちゃカッコよかった!」


 美咲の言葉に、アタシの思考が停止した。 は?


「え……?」


「何かよくわかんないけど、雷がドーンって落ちて、響ちゃんが助けてくれたんでしょ? 私、うっすら覚えてるよ」


 美咲はアタシに歩み寄り、両手でアタシの手を握りしめた。その手は温かくて、少し汗ばんでいる。


「すごかったなぁ。響ちゃん、魔法使いみたいだった」


「……魔法使いじゃねーよ」


「じゃあ、スーパーヒーロー?」


「それも違う」


 美咲は悪戯っぽく笑う。 その顔に、恐怖や嫌悪の色は微塵もなかった。彼女は、アタシが何者であるかなんて、どうでもいいと思っているようだ。 ただ、アタシがアタシであれば。


「ありがとう、響ちゃん」


 美咲は、真剣な眼差しで言った。


「私にとって、響ちゃんは最高のダチだよ。……正体が何であっても、ね」


 アタシは呆気にとられ、口を半開きにしたまま固まった。 そして、腹の底から笑いがこみ上げてきた。


「……ぶっ、あはははは!」


 アタシは腹を抱えて笑った。 涙が出るほど笑った。 なんだそれ。 神様だの龍だの、悩んでいたのが馬鹿みたいだ。人間っていうのは、時々、神様の想像を遥かに超える度量を見せる。


「……バーカ。お前、マジで鈍いな」


「えー? なんでよー。褒めてるのにー」


 美咲が頬を膨らませる。 その顔を見ていると、胸の奥の澱がすっきりと晴れていく気がした。


「ほら、快気祝い」


 アタシは隠し持っていたもう一本のタピオカを、彼女に放り投げた。


「わっ、ありがとう! ……これ、新作じゃん」


「不味いから覚悟して飲めよ」


 二人は並んでフェンスに寄りかかり、ストローを吸った。 甘ったるい、人工的な味。 でも、今日は少しだけ美味しく感じた。


 曇天の空から、薄日が差している。龍と人間。生きる時間は違うし、住む世界も違う。 いつか彼女は老いて死に、アタシだけが取り残されるだろう。でも、今、この一瞬だけは。 同じ場所で、同じ飲み物を飲んで、笑い合える。 それだけで、アタシがこの街にいる理由は十分だ。


 アタシは空になったカップを振り、カラカラという音を聞きながら思った。


(ま、人間(ペット)にしては、上出来じゃん?)


 放課後のチャイムが、遠くで鳴り響いていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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