1話
夏休み。
外から蝉の鳴き声が聞こえてくる。
風鈴が涼しげに「チリン」と揺れるが、最近の温暖化のせいで全然涼しくない。
扇風機を回しているけど、温かい風が吹いてくるだけだった。
「暑い……」
ぼちぼち昼寝もできない。
「よう、小太郎。遊びに来たぞ」
「おう、鳴か……」
やってきたのは短髪で、ガタイの良い男だった。俺の同級生の草壁鳴だ。
「光は?」
「まだ……と、来たみたいだ」
外から自転車のブレーキ音が聞こえてきた。
「やっほー、遊びに来たぞ」
次にやってきたのは小柄な男で、少年という言葉がしっくるとくる。俺の同級生の遠山光だ。
「今日は何する?」
「川に行こうぜ!」
「えー、昨日も行ったじゃん」
「なら、山か?」
「それは一昨日行った!」
「うーん……」
俺たちが住んでいるのは田舎だった。
最寄りのスーパーまでは車で三十分掛かる。
近くには山や川があるので、自然好きには良いんだろうけど。
「よし、昼寝にしよう」
「小太郎は相変わらずだな」
「そうそう。夏なんだしもっと楽しもうぜ」
「やれやれ……昼寝の楽しさも分からないガキどもが」
「小太郎も、同い年だろうが!」
「やめとけやめとけ、小太郎の心はすでにおじいちゃんなんだ」
誰がおじいちゃんだ?
まあ、良い。
俺が目を閉じようとしていると、鳴が口を開いた。
「裏山登ってみない?」
俺たちが指す裏山とは小さな神社にある裏山のことだった。
「鳴。学校の先生が言ってただろ。裏山は立ち入り禁止だって」
「そうそう」
神社の裏山には決して入ってはいけない。
子供の頃から大人が口を酸っぱくして、常日頃から行っていたことだ。
「けどよ。折角の夏休みなんだぜ。夏休みは冒険しなくちゃな!」
「おお、それには同意だ!」
「だろ、流石は光!」
と、固い握手を鳴と光は交わしていた。
「はぁ……少しは冷静になれ。裏山は絶対に入っちゃいけないって、先生も他の大人も言ってるだろ」
「小太郎は冷めてるな……高校生は大人に反抗する生き物だろ!」
「そうそう、窓ガラスを叩き割ったりとか」
「おお、光は悪いやつだな!」
「へへん」
得意げな顔を光はしていた。
「よし、ここは民主的に多数決で行こう! 裏山に入ってみたい人、手をあげて」
そう言って、鳴と光は手を上げた。
「じゃあ、反対は?」
俺がおずおずと手を上げる。
鳴と光がニヤリと笑った。
「じゃあ、二対一で、裏山に行くで決定!」
「いぇーい」
パチパチと手を叩く鳴と光。
「俺は絶対に行かん。行くなら二人で行ってくれ」
俺は寝転がると、二人から顔を背けた。
「ノリ悪いな」
「そうだぞ小太郎! 民主主義に逆らうのか?」
「……」
「あ、これは本当に行かないやつだ!」
「しょうがない。二人で行こうぜ」
どうやら、俺を置いて二人で行くようだ。
「いってら……」
鳴と光を見送る。
さて、昼寝でもするか。
***
翌日、鳴と光が家にやってきた。
「小太郎。裏山、マジすごい!」
「うんうん!」
目を輝かせている二人を見て、思わず後ずさった。
「絶対、次は一緒に行こうぜ!」
「行かないと、一生後悔するぞ!」
そんなにすごかったのか……?
少し興味が出てきたが、首を横に張る。
「けど、どうやって裏山に入った?」
裏山の入り口には管理人がいて、常に目を光らせている。入り口以外も、ぐるりとフェンスに囲まれているはずだ。
「フェンスを乗り越えた!」
「はぁ……フェンスが何であるか知ってるか?」
「それはもちろん」
鳴と光は口を揃えて言った。
「「乗り越えるために!」」
「んなわけあるか! 入らないようにあるんだよ……!」
能天気な二人を見て、頭を抱えたくなる。
「まあまあ、そんな固いこと言うなよ」
「そうそう」
「……」
俺は少し悩んだ後、口を開いた。
「俺は行かない」
「そうか……小太郎にも見せたかったのにな……」
「ああ、残念だ」
二人を落ち込ませてしまった。それでも俺の答えは変わらない。
それからも鳴と光は裏山へと足を運び続けた。
「……」
「おーい、鳴」
「……あ、小太郎か」
「どうした? 最近、様子が変だぞ」
「そ、そうか……」
鳴の口元から涎が垂れる。
「うわっ……汚っ……!」
「あ、ごめん……」
鳴は唇を拭う。けど、意識は上の空だった。
それは光も同様だった。
「なあ、鳴……裏山に行こう……」
「ああ、そうだな……」
二人は朧げな表情を浮かべながら、立ち上がる。
「……」
俺は二人の背中を見送った。
その日の夜、鳴と光の両親がうちを訪ねてきた。
「鳴と光が……帰ってきてない」
「そうなの……小太郎くん、二人がどこ行ったか、知らない?」
「……」
裏山に行った。
とは言えなかった。
以前、イタズラで子供が入ろうとした時、大人達が鬼気迫る勢いで子供を責め立てたことがあった。
あんな思いをさせたくはない。
「どこ行ったかは分かりませんけど……俺も探してみます」
「ありがとう。真っ暗だから気をつけてね」
「はい」
俺はリュックに懐中電灯と食べ物、飲み物を入れて家を出た。自転車を漕ぎながら向かうのは裏山だ。
どうせ、怪我でもして動けなくなっているんだろう。
全く世話が焼ける。
裏山を入り口を通り過ぎ、フェンス沿いに自転車を走らせる。
「っ……」
木に隠されるように二人の自転車を見つけた。
「ここから入ったのか……」
フェンスは自分の身長より高い。おそらく二メートルくらいだ。
頑張れば登れるか。
俺はフェンスに足と手をかけ登っていく。
「っ……」
乗り越えたのは良いが転んでしまった。
「あの馬鹿ども……絶対に引っ叩く……」