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5 迷子のビスケットの味は微妙に分からない

 ガゼボにて。


 まるで、王都のセントラル公園で迷子になってる、着飾った田舎者みたいでした。


 その日、私が持ってきた手土産のビスケットの事です。

 女中頭さんに渡した手土産は、料理人さんの手を経て、目の前に出されていた。

 綺麗な蔦と花の柄がついた白磁の皿に乗せて出てきたビスケットは、そんな感想を抱くほどに場違いな感じ。

 確かに人気のお菓子だし、店では手土産にピッタリの豪華な詰め合わせに見えたんだけど…………。一緒に出されたハイデンマルク家の料理人の人が作ったと思われる色とりどりの焼き菓子やケーキ、サンドイッチと並べると、なんとも微妙な感じとしか思えなかった。

 それを、『これ、人気のビスケットですよね。一度食べてみたいと思っていたんです。ありがとう』と、手にしてくれるミラ様を見ると、よけいに恐縮してしまった。

 精一杯無理して買った高級菓子なんだけどな…………。


 何かお花の香りがする高級そうな紅茶を口に運びつつ、そっとミラ様を見る。

 やっぱり可愛いわぁ。

 白金(プラチナブロンド)のフワリとした髪に宝石のような翠の瞳、ちょこんとした鼻と唇。高貴な美しさも醸し出すけど、やっぱり可愛い。

 それと同時に疑問が湧いてきた。

 でも、どうして?

 カーライル様はこの奥様に手を出さないの?

 私が男だったら、瞳で()で、口で愛で、指先で愛で、抱きしめて離さないのに。

 抱くよね!

 絶対に抱くよね!

 抱かない選択肢はないよね!

 だって、自分の妻だよ!

 合法的に抱けるんだよ!!

 …………と、いうことは、やっぱり──。



「ねえ、ブロッサムス様。ナタリア様とお呼びしてもよろしいですか?」

「は、はい」

 ハイデンマルク婦人をミラ様と呼べるようになった会話。

 それは、鈴を転がすような声で紡がれた。それも、そこら辺の金属の鈴ではなく、繊細な硝子工芸の鈴。

「嬉しい。では、私の事もミラと、気軽に呼んでね」

「ふぇ、ふぇい。そ、そんなハイデンマルク様を愛称で呼ぶなんて………」

「おねがい」

「ふぁ、ふぁあい。ミ、ミラさ、ま」

 緊張のあまり、変な返事をしてしまったような気がするけど、その時のミラ様は気にしていない様子。ミラ様の後ろに控えるメイドさんの表情も変わってなかった。多分。


「ところで、ナタリア様。今日、お呼びしたのは、貴女にお聞きしたい事があったからなの」

「は、はい」

 そう言われた私は、返事をし、息を呑み居住まいを正す。

 この間、カフェテラスで顔見せをした時は、そんなに話をする事はなく別れた。初顔合わせで、いきなり罵声を飛ばしてきたり、嫌味を言われる事もなく、穏やかなな表情を崩さなかったミラ様。その時に渡された、今回の茶会の招待状。絶対に穏便に済むとは思っていなかった。

 そして、お聞きしたい事。

 予想していた質問される事は、カーライル様との事。別れるようにお願いされるに違いない…………。私が本妻だったら、絶対に別れさせる。


「ねぇ貴女、体の関係はあるの?」


「えっ、あっ、えっ、いえ」

 あまりにストレートな質問。

 淑女の口から出たとは思えない質問。

 思った質問と違ったけど、警戒していて良かった。もしも、普通に紅茶でも飲んでたら、絶対に吹き出していましたよ。


「そう、無いの?」

 ミラが微笑みながら返す。

「えっ、あっ、いいえ、あっ、はい。肉体関係はないでござりま、はい、ないです」

「やっぱり」

「え、やっぱりって、ミラ様も知ってらしたんですか?」

「あら、貴女も?」

「でも、でも、それってカーライル様が悪いんじゃなと思うんです。だって、病気みたいなもんでしょう」

「誰も悪いとは言ってませんよ。それに、病気としたら、それは私。あの人は真実の愛を貫いているだけ」

「真実の愛…………」

 ミラ様、この人も真実の愛と言った…………。

 ミラ様からしたら、真実の愛の相手の私は浮気相手。どうして、そんな私にこんな優しい目をするんだろう。

 それに、病気だとしたら私、なんて、どういう事?

 ミラ様、ご病気なの?


「貴女も可哀想な役目を担ってしまっていますね。妻として、お詫びいたします」

「えっ、えっ、どうしてミラ様が頭を下げられるんです?私は浮気相手ですよ」

「優しい人、そして心の広い人。貴女の事、好きですわよ。こんな素敵な貴女をカモフラージュに使うなんて、酷い男」

「カモフラージュ…………」

 カモフラージュ……、そうか、私はカモフラージュなんだ。秘密を周りに悟られない為のカモフラージュ。

 でも、いつから知っていたのだろう?

 この人は、それを知った上で結婚した?

 疑問が頭を占める。

 乾き苦くなった口中を冷めた紅茶で潤し、ビスケットを口に放り込む。

 微妙な味が分からない。甘さだけが味覚を支配する。


 「あら、紅茶が冷めてしまっていますね。アン、紅茶を淹れ直してくれる」と、横を向く彼女に、私は再び口中を苦くしながら問いかけた。

「知っているのですね?」


 笑みを深くすることで返事がなされる。


 私は、息を呑んで発見した。

「カーライル様が、〝不能〟ということを」


「「えっ!!」」

 ミラ様とメイドさんの目が見開かれた。


 えっ?違うの?





出ました。

カーライルの不能説!

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