3 ミラ様とのファーストエンカウント
「ミラ様とお会いしました。お綺麗な方ですね」
私が初めてミラ様とお会いした日の夕刻の事です。
黙っていようとも思いましたが、ちゃんと伝えようと、言葉を発しました。
カーライル様は、急に出てきた名に、ビクッとしながらも平静な面持ちを崩さず、言葉を返してきました。
「虐められたりはしなかったか?」
虐める?
そうか、普通に考えるとそうですよね。新妻に愛人が呼び出されたのですから、虐められるか、説得されるか、脅されるか、どちらにしても平和的な場面は想像できないだろうな。かくいう私も、最初はちょっとビクビクしていました。
「いいえ、虐められるなんてとんでもない。とても優しい方ですよ。お茶に誘われたので、今度行ってきますね」
私が敢えてあっけらかんと話すと、数瞬ポカンとしましたが、カーライル様は口の端に苦々しい表情を残しながら、ああ、と適当な相槌を打って返してきた。口の形が『行くな』ってなってますけど、出てきた言葉は『ああ』。この人にこんな器用なスキルがあったんだ──一年近いお付き合いで知り得なかった彼のスキルに、ちょっと感動。
それにしても、今日はビックリした。
学園帰りの私の横に、気が付いたら並んで歩いていたメイドさん。まるで友人のような近さで違和感なく、いつもと違う道を歩いていた。違うといっても、メインでは使わない道という程度で、偶に友人とお茶をするときなどに使う、カフェの立ち並ぶ大通り。
メイドさんは、そっと手を伸ばして、一つのカフェのテラス席を示す。
「あちらに宜しいでしょうか、ナタリア・ブロッサムス様」
その先には、テラス席で微笑みながら優雅に手を振る年若い貴族令嬢。ミラ様がおられました。
カーライル様が呟いているのを聞いた事があります。
『新妻であるミラが余りにもアッサリと自分に対応してくるのが気持ち悪い、不審だ。愛人を囲っているに違いない。素行調査をすべきだろうか?』
自分の事を棚に上げて、とは思いましたが、その時の自分にも分かっていました。淑女然として見えにくいのだけど、ちゃんと話をすれば分かる。ミラ様に愛人なんていない。それどころか、彼女は未だ婦人でもない、恋を夢見る令嬢なんだよね。
彼が本当に素行調査をしたかどうかは、聞いていない。でも、結果は品行方正だろう。そんなの聞かなくても分かる。
「ねぇ、カーライル様は、何故家に帰られないんですか?」
ただ漠然と疑問を口にしてみたこともあった。
カーライル様は、そんな時だけ自信満々に胸を張って答える。
「それは、お前がいるからだ。真実の愛の相手であるナタリア、お前の存在が俺を離さないんだ!」
「それなら、何故、結婚されたのですか?」
「そ、それは、政略……結婚だから…………」
「それなら、何故、奥様を愛そうと努力なされないんですか?」
「そ、それは、真実の愛……が、目の前……にあるから……」
実際、私は〝真実の愛〟という言葉が好きではない。そんな言葉の下に、妻を蔑ろにすることを自分のせいにされても罪悪感しか湧かない。
でも、その事をカーライルに言ったことはなかった。
『愛』なんて言葉は、芝居や読本の中のセリフとしては、チープな説得力をもたらす都合の良い言葉。現実向きの言葉ではない。そう、『愛』なんて言葉は、生活と未来の保障があって成り立つモノだ。
それでも、好きという気持ちはある。
確かに目の前の男を好きだという気持ちがある。
優しいし…………。
格好良いし…………。
将来有望だし…………。
色んな物買ってくれるし…………。
多分、これは『執着』。惨めな言葉と分かって分かっているけど、心の何処かが私を彼を結んで離さない。
そんた罪悪感を感じながらも、彼に寄り添う。
そして、痛い心の薄皮の下くらいで──だったら結婚しなかったらよかったのでは?後ろ盾無くても出世してますよね?無理矢理不幸な女を作らなくても?──そんな言葉を作り出しては、飲み込んで、ジッとカーライルを見つめる。
「おお、ナタリア」
我が意を得たりとばかりにカーライル様は、両手を広げて私を包み込む。
筋肉質でみっちりとした胸に抱かれながら、私は小さくため息をつく。
どうして男ってこんなにも乙女なんだろう?
本気で〝真実の愛〟を信じているのだろうか?
いつも、抱きしめ、キスを求める。
それだけ…………。
私は思う。
学園生といえども、平民の中では結婚している者もいる年齢。貴族の中でも、婚約している人が普通にいる年齢。
夜の営みだって興味があるし、性に溺れる夢だって見る。
なのに、彼は──触れるだけ。
いつだったか、誘ってみた事もある。
そりゃあ、まだ学園生だし、子供じみた誘いだったかもしれない。
けど、『お前とは真実の愛で結ばれている。だから、きちんと結ばれることのできるその日まで』なんて言って、はぐらかされてしまった。
彼は、私が生まれて初めて付き合った人。
もう一年になるのに体の関係は無い。
ただ毎日のように家に来て泊まっていく。
いつも私を愛で、接吻をするだけ。
そして、いつものセリフ──『お前とは真実の愛で結ばれている。だから、きちんと結ばれることのできるその日まで大事にしていたいんだ』
抱くことを大事にしていない行為と思ってるのかしら?
やっぱり乙女ね。
もしかして、瞳の中に星とかハートマークがあるのでは?と、つい顔を寄せてしまうと、唇を重ねてきた。
荒々しく舌を絡ませ、私の口中を蹂躙してくる。腰に回された腕にも力が入っている。
抱きたいって気持ちは伝わってくるのよね。
ちゃんと性欲はあると思う。
でも、そこまで。
それ以上進む事はない。
私の身体だけ熱くして、背を向ける。
と、すると、やっぱり──そうなのかな?
あ〜、こんなに格好良いのに、そうないんだ………………。
ん、残念!
【昊ノ燈】と申します。
読んでいただき、ありがとうございます。
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