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前編

「団長、例の囚人を乗せた馬車が、砦の城門を通過したそうです」


 バスコンサス砦の責任者であり、傭兵騎士団を束ねるルディウス・ビューローは、報せを聞いて羽ペンを持つ手をピタリと止め、書きかけの書類から視線を上げた。


「来たか。おれの意見は無視されたようだな」


 深々とため息を吐いて、彼は眉間を人差し指と親指で摘まんだ。

 眉間には既に深い皺が刻まれており、凜々しく太い眉の下にあるやや釣り上がった目は、そこにいない人物を睨み付けていた。


「まったく、中央は何を考えているんだ。この前まで綺麗なドレスを着て、甘いケーキを頬張っていたお嬢様を、こんな辺境の魔獣の多い地に連れてくるなど。いくら悪いことをしたと言っても、酷すぎる」

「しかし、王太子の想い人を傷つけ、あまつさえ殺そうと目論むような、危険な人物です。命があるだけまだ罰は軽い方だと思います。何しろ稀に見る悪女らしいではないですか」

「お前もくだらん噂に惑わされているのか」


 彼は副官のグリルスに、あきれ顔で言った。


「いくら好きな女性を虐げた憎い人間とは言え、自分の婚約者だった令嬢をこんな北の果てまで追放して、魔獣を討伐しろなどと。すぐに死んでしまうに決まっている。流刑ではなく事実上の死罪だと思わないか」


 背が高く、体を鍛え上げた団長は、短く刈り込んだシルバーグレイの髪を掻きむしる。憤ってつい声を荒げてしまったが、副官は慣れているのか、団長の声音にも無反応だ。

 この地には、毎年それなりに多くの者がこうやって飛ばされてくる。

 しかし、生き残るのはほんのひと握りだ。それだけ、ここの暮らしは過酷だった。

 夏が短く冬が長い。季候も決して優しくはない。

 バスコンサス砦の近くには、魔獣が発生するダンジョンがある。定期的に潜って中の魔獣を討伐をしなくては、魔獣が溢れ出し人里を襲う。そのために砦が配置された。砦の任務はただ、魔獣を駆逐すること。しかし、それは生易しいものではなく、魔獣に襲われ、死んでいく者も大勢見てきた。

 ルディウスはここバスコンサス砦で生まれ育った。母親も父もこの砦に送られてきた元罪人。母親が何の罪だったのか、彼は知らされていない。母親は出産の際に亡くなった。その後彼は父親に育てられた。罪人になる前の父親は、王都で騎士を勤めていたらしいが、上司の不興を買い、身分を剥奪されここに流されてきた。戦うことしか知らなかった父は、ルディウスに戦う(すべ)だけを教えた。

 彼は生まれつき体が大きかったこともあり、八歳になる頃には、中級の魔獣を倒すまでになっていた。僅か十七歳でここの団長に就任し、以降九年間団長としてここを取り仕切っているが、このような人事は初めてだった。

 それ故、ビューローは彼女が気の毒で仕方が無い。


「かなりの魔法の使い手だと聞いています。魔力量も破格だとも。なら案外生き延びるのではないですか?」

「我々はお遊びでこの砦にいるわけではない。一人足手まといがいるだけで、他の者の危険が増すんだ」


 この砦での生活しか知らない彼には、中央と自分たちが言う、王都での暮らしなど知る由もない。彼にとってはここが居場所。だが、貴族令嬢が、こんなところで暮らせていけるわけがない。

 同情もあったが、何より女の泣き言を聞かされるのかと思うと、気が滅入る。


「わ、わかっております」

「まあいい。砦で面倒を見ろという王命は受け入れる。その後どうするかは、おれの判断だ。適当に浅い階層をうろつかせて、誤魔化せば良い。お前も口裏を合わせろ」


 どうせここまで確認には来ないだろう。そうビューローは考えた。


 

「はじめまして、団長様、サルディナと申します」


 団員に案内されてやってきた女性は、ビューローとグリルスが自己紹介した後で、元気いっぱいあいさつをした。

 その様子を見て、ビューローは目を丸くした。


「………おい、どういうことだ? 王太子の想い人を殺そうとした、()()ではなかったのか?」

「そのように伺っておりましたが…」


 ビューローとグリルスは、ヒソヒソと囁き合った。

 現れたのは、悪女とはまるで縁がなさそうな、少しぽっちゃりしたオレンジ掛かったふわふわの髪をした、令嬢だった。

 大きくてクリクリしたどんぐりのような、茶色い瞳をキラキラさせた彼女は、とても悪女には見えない。

 しかもこんな辺境の砦に連れてこられ、魔獣討伐に駆り出されるというのに、まったく悲壮感がないどころか、笑顔を振りまいている。


(ショックのあまり、頭がどうにかなったか?)


 王太子の婚約者。未来の王妃となるため生きてきて、それがおじゃんになったばかりか、こんな辺境に魔獣討伐のために飛ばされたのだ。

 まともな状態ではいられない。


「その、キャサウェイ嬢は…」


 ここは自分が支配する砦だ。ここに流されてきた者は全員彼の面談を受ける。

 これまでも多くの者達を面談してきた彼だったが、流されてきた者達は、いきがって彼に噛みつくか、悲壮感を漂わせ項垂れているかのどちらかだった。

 しかし、彼女はどちらにも当てはまらず、底抜けに明るい表情で挨拶した。


「どうぞサルディナとお呼びください。団長様。こちらに来る前に、生家のキャサウェイ伯爵家を勘当されましたから。私には名字はありませんの」


 親にまで見捨てられた状況を、いともあっさり彼女は語った。


「そ、それは…お気の毒に」


 かける言葉が見つからず、それしか言えなかった。


「団長、それはあまりに…」

「わかっている。じゃあ、お前が気の利いたことでも言えよ」

「……」

「あの、お気遣いは無用です。こうなることは覚悟しておりましたから、気にしておりませんわ」


 二人でコソコソ話していると、見かねたサルディナ本人が、口を挟んだ。


「「は? 覚悟…していた?」」


 意味がわからずビューローはグリルスとハモった。


「レオ…王太子殿下がシャロン男爵令嬢のことを好きになるのも、私が婚約破棄されるのも、家を勘当されるのも、ここに流されるのも、すべて予測していたことです」

「言っている意味がよく…」

「私もです、団長」

「ですから、お気になさらないでください。ここで新しく、一から人生をやり直す覚悟は出来ております。何でもお申し付けください。掃除でも洗濯でも炊事も致します。もちろん、魔獣討伐にも赴きます。むしろ、行かせてください!」


 ぽっちゃりした手を力強く握り、彼女は元気いっぱい宣言した。

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