九話「変化」
油断してたつもりは無いのだがな。
今回の筆記、いつものごとく真面目に勉強した。具体的には範囲内を何周も何周も何日もかけて行い、執念を燃やす程に努力を尽くした。
おかげで範囲内の問題は満点だ。一部テストには意地の悪いマニアックな問題のせいで、完璧な満点は逃さざるを得なかったが。
あんな問題が解けるのはリューシャくらいだ。だからこそ彼女が毎度全科目満点で学年一位になっていたりする。
……つくづく、天才とは我々秀才では推し量れん存在だと実感させられる。
とにもかくにも、私は『筆記試験で私を上回ったら』という条件でレオに勝負をふっかけた。あくまで上回ったら、なので引き分けであるこの場合、勝負は私の勝ちだろう。
だが、私としては焦りを覚える結果だ。
点数で負けはしなかったが、勝てもしなかった。
これではメスガキムーブが出来ないではないか!
相手を打ち負かした上で散々に煽る。これこそがメスガキだ。引き分けでは煽ってもみじめになるだけ。
この調子で決闘に負けて理解らせられるルートもよぎったが、わざと手を抜いて負けるのも癪だった。
決闘で勝ちに行こうではないか。
私の実力は既に現役魔術師にも引けを取らない程に高い。一方でレオの実力は分からないが、五年で見違える程に体格が良くなっているので、肉弾戦が得意な武闘派だろう。
どうやら世界に愛される主人公らしく才能に恵まれているようだが、たかが五年の研鑽で私の九年もの努力に敵うと思うなよ。
そして勝った暁には散々に煽り散らしてやる!
「くっ……感情のコントロールが上手くいかないわね。落ち着かないといけないのは分かっているのに……」
脳トレをすべく一人で寮室にこもり、外界との関わりを断って集中の海に沈むのだった。
決闘。
その言葉はきっと社会的規範を重視する貴族には似つかわしくないと思えるが、案外縁がある。今でこそ古臭くなった風習だが、昔は決闘によって家督を継げる者が決まる家もあったそうな。
そうした風習が出来上がった理由は、『軟弱者に家を任せる道理は無し』という分かりやすい弱肉強食から来ていた。
それが現在、一部形を変えて貴族社会のみならずまだこの国に残っていた。
敗者に与えられる権利は無し。
勝者と敗者の間にある格の違いが明確にライン引きされ、上下が決まるのだ。
だから私に決闘を申し込んできた男には、どちらが上か叩き込んでやった。
見た目が幼女だからと馬鹿にする者には、理不尽なまでの魔法の暴力で絶望を味わせてやった。
なればこそ。
私を庇護対象とし、決闘の申し出を受けたあの男も同じ目に遭わせなければならない。
それがメスガキとして今世を培ってきた、ロリミア・ポッピンドールの生き様なのだから。
「――逃げなかったようね。それだけは褒めてあげる」
「俺が尻尾巻いて逃げるとでも思っていらしたのですか」
「私によく尻尾を振ってたクセに、よく言うわ」
コロッセオを思い出させる建物――学校の施設の一つであるこの決闘場にて、そこそこの見学者に好奇心を向けられながら私とレオは対峙する。
どうやら噂の編入生のレオと、実技でどんな試験官に当たっても無敗な私の決闘の行方が気になるようだ。
もしくは、無様に負けるどちらかが気になるのか。
「ルールは相手を戦闘不能にしたら勝ち。禁則事項は場外に出ること、回復魔法を施せない程に傷付ける、または殺害すること。これでいいかしら?」
「異論はありません」
「そう。ところで武器が見つからないようだけれど、あなたの武器はあなた自身ということでいいのかしら?」
「武器が無い方が早く動けます」
やはり武闘派か。
……しかし侮ることなかれ。腐っても才能の塊。魔法が使えないワケがない。
武術と魔法、どちらも警戒しなければならない。
「アンジェ! 決闘開始の宣言をしなさい!」
「はい!」
アンジェやクリス、暇そうにしていたリューシャまでもが観客席で私たちの決闘を見守っていた。
そしてアンジェは大きく息を吸い込む。
「決闘開始です!」
「《メビウス・バリア》」
「ウォォオオオオッ!!」
開幕と同時に私は球体のバリアを張る。レオは地を蹴ると大きく跳び、私に飛び蹴りを喰らわせようとした。その一撃はバリアによって阻まれる。
が、バリアはミシミシと音を立てる。
「……ヒビが入っている、ですって?」
冗談じゃない。硬度はそこいらの奴じゃ壊すのに半日はかかるぞ。だというのに、こんな呆気なく亀裂を入れてしまうのか!
改めて眼前の人物の化け物加減を思い知る。
勢いによってヒビが入ったが、止められた為に勢いが殺されてそれ以上の攻撃を諦め、レオは一歩下がるとそのまま回し蹴りしてくる。鉄槌でも振り回されていると錯覚するような重い一撃だった。
こんなもの受け続けていたらキリが無い。
「《ヘルファイア》」
「ッ!」
黒い炎が私の手のひらから放たれ、レオは攻撃を中断すると避けるべく更にバックステップで下がり、距離を置いた。
武術派ならばまず近付けん方が得策だろう。常に最善の手を尽くすべく、思考を巡らせてすぐに次の手を打つ。
「《ディアボロス・マキナ》」
唱えて出てきたのは三メートルもの巨体を持つ、赤い液体が頭頂部からどろどろと垂れる人型の巨人。
「いきなさい。あの身の程知らずに分を弁えさせるのよ!」
巨人は私の命令に呼応して、見た目からは想像出来ない程に俊敏な速さでレオへ殴りかかった。レオの集中が私から逸れたことで、その隙に私は傷付いたバリアを自身の魔力で修復する。
「《アマビリティ》、《ロストカット》、《ブリリアントキラー》」
知る限りのエンチャント魔法――巨人へ大量のバフをかけ、レオにも匹敵する化け物を作ってやる。二人が戦っている時に二次被害が及ばないように私のバリアを更に重ねがけすれば、準備は万端だ。
巨人が傷付いても私の魔力を与えれば無限に復活する。一方、レオは回復魔法が使えるか知らないが、使えてもそう何度も使用出来ないハズ。
見ている限り、レオ対巨人ではレオの方が若干優勢だ。両者はほぼ同等の身体能力を持っているにも関わらず。
それは巨人が振るう拳はただの暴力であり、そこに技は乗っていないからだ。一方、レオの攻撃には一々技術が乗っている。
しかし巨人から攻撃を受けないわけではない。レオは受けた傷を放置し、殴られ蹴られても私の魔力で回復する巨人を懸命に相手取っている。
そう、これは耐久戦。
レオの体力が尽きるか、私の魔力が尽きるかの戦い。
生憎と私は九年にも及ぶ自己研鑽のおかげで魔力量には自信がある。何せリューシャと同等程度の魔法が使えるのだ。
すなわち、魔法の土俵であれば天才にも太刀打ち出来るということ。
「あらあらぁ? さっきまでの威勢はどうしたのかしらぁ? 私の生み出した巨人がそんなに強い? それともあなたがザコなだけ? どちらにせよ、なっさけな〜い♡」
「ぐっ……」
死なないも同然の巨人にレオは苦しんでいる。対策を考えねばジリ貧だ。
召喚魔法は便利だし巨人は強いが、本体の私を叩けばこの決闘自体が終了する。だからレオも私を攻撃したいようだが、私の巨人がそれを許さない。
しかし万が一もある。レオの苦戦にも気を緩めない私はバリアを強化し、高みの見物をすべく浮遊魔法で空を飛んだ。
空中ならば二人の攻撃の余波も飛んでこない。安心して煽ることが出来る。
「がんばれ♡ がんばれ♡ ……まあ、頑張ったところで私の巨人を倒せるとは思わないけれど。精々無様に負けることだけは避けてほしいわぁ」
「……もう勝った気でいないでください」
「あはっ♡ 巨人を圧倒してから言ってくれる? 巨人も倒せないざぁ〜こ♡」
メスガキモードのエンジンも段々と温まってくる。可愛らしい声で罵倒すれば、彼は巨人と戦いながら瞑目し、食いしばった歯の間から息を吐いた。
……何だ? 屈辱で身が震えているのか? ならば挑発し甲斐が――
「破ァッッッ!!!!」
おたけびにも近いその声と共に、レオは深く腰を落として巨人に対して正拳突きを行った。その衝撃は波のように広がり、巨人の身体を構築する赤い液体ごと吹き飛ばし、飛散させる。
「はっ?」
巨人は、呆気なく散った。
あの状態から直せないこともないが、修復には魔力を大量に使う。燃費が悪い。
いや、それよりも。
――こいつ、バフを大量にかけた巨人を一発で倒しただと……?
今までこの巨人に敵う試験官はいなかった。召喚するだけで存在感を放ち、相手が戦意を失うか、私が指示を止めるまで無慈悲に攻撃を仕掛ける殺戮マシーンだ。
それを、まさか正拳突きの余波で身体を吹き飛ばすなんて。
いや、それより妙だな……私の記憶によると、主人公は魔法と剣技の天賦の才を買われ、国立オーディウス学園に編入することになったハズでは……?
見る限り、ゴリゴリに筋肉の力ではないか!
「あまり俺を舐めないでいただきたい。俺も貴女を想ってここまで強くなったんだ」
レオは拳を強く握り締め、決闘場の地を踏ん張った。
「その想いがあれば誰にも負けません。例えロリミア様が相手でもッ!」
彼は黒い眼差しで私を睨みつけ、地を蹴った。そして浮遊魔法で自由に空を飛ぶなり、大きくかぶりを振り、私に殴りかかる。
もちろん、先程より強化したバリアが彼の拳を受け止める。先と違い、亀裂が入ることは無かったが、やはりミシミシと音が鳴る。
化け物には化け物を、と思っていたが、この化け物の方が上だったようだ。……このまま彼のいいようにさせるのはまずい。
「……言ってくれるじゃない。たかだか巨人を吹き飛ばしたくらいで、調子に乗っているのかしら。だったら理解らせてあげるわ! 所詮あなたも、私の足元にも及ばないよわよわ庶民であるってことを!」
こちらとしても高みの見物に留まらず、全力で対応しなければならない。
――だって、負けるなんて悔しいじゃないの。
「《メテオ》!」
決闘場で決闘者二人以外に危害が及ばないよう張られているバリア、壊さなければいいが。
私はレオから距離を置くなり、上空に隕石を召喚し、バラバラにしたものを流星群のごとく降らせた。一度でも当たれば致命傷になりかねない殺傷力を持つその攻撃の回避に集中させられる彼は、無理矢理気を割かれる。
着地した隕石の破片たちは地面を穴ボコだらけにし、観客たちが身の危険を感じる程に地響きが生じる。
だがこんなの序の口だ。
「《ホットスポット》」
降り注いだ隕石たちに魔法をかける。すると液体成分が混ざり、徐々に高熱を発すると溶けてマグマと化した。
マグマを一点に集めようと魔法を振るう。レオはそこで私が何をしたいか理解し、未だ落下の止まない隕石を避けて私に殴りかかった。
「ッらァアアッ!!」
「……!」
レオの拳がバリアに吸い込まれる。そのまま何度も殴り蹴り、バリアを壊そうとする。
――脳筋め! 筋肉以外の解決方法を知らないのか!?
パキン、と音が鳴ってバリアの一部が欠損する。が、このバリアは耐久性もそうだが修復力に優れている。
修復が間に合えば再びバリアを張り直した。が、レオの攻撃が止むわけでもない。今度はこちらがジリ貧になる番だった。
「くっ、彼を吹き飛ばしなさい!!」
私は下に溜まるマグマ――それらをかき集めて巨大化し、先程よりパワーアップした赤き巨人に命令を下し、私のバリアを破壊しようとするレオの快進撃を食い止めようとした。
突如として、私の肺は焼けるような痛みに襲われた。
「え、ぁ゛……げほっ」
突如として襲いかかった内部からの痛みに耐え切れず咳き込むと、口を押さえた手のひらには唾液混じりのどろりとした赤い液体が付着していた。
口内に血の味が広がる。
「げほっ、ごほッ! は、……ぁ、あ゛っ」
「ど、どうしたんですか、ロリミア様!」
視界がぐるぐると回る。呼吸がままならない。一度咳をすると止まらない。
飛行魔法を維持出来ずにふらりとよろめくと、そのまま浮力を失って地面へと落ちようとした。だがバリアを壊したレオが私を抱き抱え、その拍子に彼の服に私の血がつく。
「ロリミア様、しっかりしてください! ロリミア様ッ!!」
レオの声がやけに遠い。何か言葉を紡ごうとしても、肺から息を自由に吐けず、喉に力が入らない。
虚ろな瞳で空を仰ぎ、私は察した。
――もう、こんなに身体が弱っていたのか。
久々に熱が入って戦ってしまったせいで、身体が無茶ぶりに応じれず悲鳴を上げた。
その結果、吐血してしまう程に内部がズタズタになってしまった。
……せっかく。
せっかくこれから、楽しいところだと、思っていたのに。
必死に私に呼びかけるレオを意識の最後に捉え、意識は酩酊していく。
どこかでアンジェやクリス、リューシャの声が聞こえた気がしたけれど、私の意識はそのまま暗闇へと落ちてしまった。