七話「ようやくスタートライン」
学園生活は笑いが込み上がるくらいに順調だった。メスガキとして名を馳せ、成績も上位勢に位置する為に私を見下せる存在はそうそういないのだ。
ロリミア・ポッピンドールは呪いによって幼女の姿をしているが、その実態は悪魔もなびく程の悪女である。
なんだかメスガキというより悪役令嬢じみているが、そんな悪評が広まった。おかげで友という友はいない。入学前からの顔馴染みを除くと、周りに寄ってくる生徒はご機嫌取りやコネの為に顔を繋ごうとする浅慮な者ばかりだ。
ただ一人を除いて。
「ねえねえロリちゃん」
「気安くそう呼ばないでくれるかしら」
「いいじゃんいいじゃん。ボクたちの仲でしょ?」
「あなたと仲良くなった覚えは毛頭無いわ」
リューシャ・カカオルト。
ミディアムショートの紫髪に猫耳の帽子を被り、気の抜けた顔つきをする、アンジェよりも高身長の少女だ。
だがこう見えて私と同じく入学試験にて試験官を倒し、筆記も満点を叩き出して一学年のダントツトップに君臨する天才でもある。
そして『メルクラ』のネームドキャラクターだ。
ただし彼女の攻略は最難関とされている。何せ彼女のタイプは、『天才な自分以上に賢くて強い奴』なのだ。
「ボクと同じくらい魔法が使えるなんて、仲良くしたい理由としては十分でしょ」
「私があなたと仲良くする理由にはならないのよ」
天才の名に相応しく、大した努力もせずに魔法や剣の腕が頭一つ飛び抜けて秀でている。勉学においても隙は無く、私ですら後塵を拝する程だ。
こんな軽薄な奴が……
「あーあ、ロリちゃんが呪いになんてかかってなくて、魔法以外でも戦う方法があればなぁ。あ、でもその場合は魔法を勉強する時間が減って、今より魔法の腕が落ちるかな」
「デリカシーって知ってるかしら?」
「それ知ってロリちゃんの呪い解けるの?」
この通り、社会性に乏しい。天才とは得てしてそうなるものなのだろうか。
だから友達がおらず、呪いをかけられている私に興味津々なのか、暇さえあれば私と関わりたがる。別クラスなのにわざわざこちらに来てまで。
「ボク、ロリちゃんのことをロリちゃんって呼ぶから、ロリちゃんもボクのことをリューちゃんって呼んでいいよ」
「呼ばないわよ」
「リューお姉ちゃんでもいいよ?」
「顔面にヘルファイア叩き込んでいいかしら?」
「校内で攻撃魔法の使用は校則違反だよーん」
……いかん、調子を崩されてしまう。こんな女にペースを乱されるのは癪だ。
猫のようにマイペースな性分の彼女は、現実世界で中々人気を募らせているようだ。
その理由はまるで理解出来ない……が、関わりを持って損は無い。有象無象に興味は無いが、ネームドキャラとの接触はすなわち主人公と接する機会が増える。
疲れるが、本気で拒絶まではしないでおこう。しても彼女が離れるかは微妙だが。
「いやぁ、面白い呪いだよねぇ。まさか成長しないなんて。初めて見たよ」
「奇遇ね。寿命を縮める呪いに対して堂々と面白がる人は私も初めてよ」
「お、ロリちゃんのハジメテげっちゅー」
こいつ、本当にデリカシーを知らないようだな。
同情されるよりはよっぽどマシだが。
「もしかしてよっぽど強い呪いをかけられたのかなぁ〜? あ、もしかして悪魔の呪い?」
「……ご明察よ。無遠慮にズカズカと踏み込んでくるだけあって、鋭いわね」
「ん〜? だってロリちゃんは別に悪魔に呪いをかけられてようが、死にそうになろうが気にしてないように見えたけど、違った?」
……本当に鋭いな。
学校では私がかけられた呪いは成長しないただの呪いと吹聴している。悪魔の呪いだなんて口外しようものなら、憐れまれるに決まっているからな。
悪魔の呪いは必ず死ぬ呪いだが、普通の呪いは解かなくとも生活に困るだけだ。だから事情を知る者以外は、私が十六歳になると死ぬことは知らないハズだが……
一応、天才キャラとして君臨してるだけあるな。察しが良い。
「違わないわ。アンジェもクリスも、呪いを知った者は皆私を憐んできたけれど、私は私を可哀想だと思ったことは無いの」
「ロリちゃん、プライド高そうだしね。いやー、でも惜しいよね。そんなに強いのに、卒業する前に死んじゃうなんて」
「私より強いクセに『強い』だなんて嫌味? それにどうして卒業前に死ぬなんて分かるの? 悪魔の呪いによる寿命を伝えた覚えは無いのだけれど」
「そーゆーとこだよ、プライドの高さは。それに寿命のことは、うーん、勘?」
天才の閃きとは時にのちの世に影響を与える程に鋭いもの。それに理屈を当てはめようとしても無駄なのだ。
だから彼女が何を悟っても、どうしてその思考に至ったのか、私には理解出来ない。天才と秀才の違いはそこにあろう。
私はため息を吐いた。
「……まああなたが飽きるまで、勝手にしなさいな」
「やったー! じゃあお友達になりましょ! あ、リューちゃんでいいからね、ボクのことは」
「調子に乗らないでくれるかしら」
彼女は私の本心を言う前から言い当てたのだ。理解者とまではいかなくとも、きっと他の者の隣よりは居心地が良かろう。
それにこの天才は利用するに値する。だから友達になってやらんでもない。
そんな理由を後付けで取って、私は自然と笑みをこぼしていた。
まあ夏休み前の定期考査で各教科満点のテストを余裕満載に見せびらかせてきた時はつい魔法を唱えかけたが。
「ちなみに定期考査後の実力試験も文句無しで満点だって。退屈しちゃうよー。あ、ロリちゃんはどうだったの?」
「お医者様に『運動を控えて』とドクターストップかかってる私にそんなこと聞かないでくれる?」
「じゃあ魔法面は満点だったけど、武術と体術は採点出来ないから零点なんだ」
「うるさいわね。特別処置で魔法のみ倍の点数にしてもらってるわよ」
「わぁお、やっさしー。流石はオーディウス学園」
前世の教育機関と違い、一点特化型の人材にも特別措置を与えるこの学園は有情だろう。
私に将来は無いから学園から追い出されない限り文句は無いのだが、それでも良い成績が取れるなら取っておきたいのが私の性だ。
だから寛大な学園は居心地が良い。
「げほっ、ごほっ……」
「あらら、だいじょぶ? 背中トントンしたげる」
「いらないわよ……子ども扱いしないで」
「ロリちゃん、見た目子どもだもん。可愛がりたくもなるよ」
「本当に気に障るわね、あなた」
癪だな。
この天才キャラは何の労力も得ずに欲しいものをままにするタイプの女だ。利用価値があるから遠ざけないが、その在り方には嫉妬を覚える。
劣等感、というものを久々に自覚した。
それでも彼女を遠ざけることは難しいし、遠ざけようとする気は起きないが。
……絶対に言わないが、不思議とコイツとの距離感は好ましく感じるのだ。
「だってロリちゃん、死ぬのに抵抗無さそうだもん」
「……だから何」
「死んじゃヤだからね。せっかく出来た気が合いそうなトモダチだし」
無邪気に語る彼女に怒りがくすぶるが、表に出すのも馬鹿らしい。息を吐いて無理矢理激情を霧散させた。
「嫌だと思っているのなら、私をからかうのをやめなさい」
「あはは、ごめん」
「謝るくらいなら……ああ、もういいわ。私が諦めて流す方が早そうね」
「頑固者のロリちゃんに諦めさせちゃった! みんなに自慢しちゃお!」
「やめてちょうだい。侮られるから」
「ロリちゃん、よく変な目向ける男のコに差を叩き込んでるもんね。よく飽きないね? 人をいじめるのって楽しいの?」
「少なくともあなたにからかわれるよりはね」
「えぇー」
ぶーぶー、と拗ねをアピールする彼女を置いて、別のことに意識を割く。
次の夏休み、クリスは帰省した時に主人公のレオと邂逅する。あふれ出る天賦の才を感じ取ったクリスは、親に打診してレオの援助を申し出るのだ。
みるみる才能の芽は育ち、田舎で育てきれる器ではないと判明すると、レオはオーディウス学園に編入する道を提示される。
そしてその申し出を受け入れたレオが編入試験に合格し、二年生から編入するところからゲームの物語は始まるハズだ。
さて、バタフライエフェクトによる事故を防ぐ為にクリスに釘を刺した。
これでクリスは世界に愛された人間の一番の友となる幸運のチケットを手に入れるわけだ。
つくづく思うのだが、クリスの才能は凡夫でもその人脈は並々ならぬ幅広さがある。誰とでも友人になれる人柄と幸運を持っているのだ。
乙女ゲーやギャルゲーでも主人公に助言したり、やたらと情報通な人間がいる。クリストファー・リヴァンはまさにそのポストを与えられた為、彼もまた運に愛された男と言えよう。
その上、どうやらアンジェに気があるらしい。いつしか意識するようになったようで、私がクリスを見た時に、彼の視線がアンジェに釘付けになっていることもしばしばあった。
……まあ、恋路というなら手伝ってやらんでもない。
アンジェの気持ち次第だが、彼なら妹を悪いようにはしないだろう。得体の知れない奴に任せるよりかは随分とマシだ。
「私も数年で随分と甘くなったわね……」
「え、男のコに『ばぁか♡』とか『ざぁこ♡』とか言う人のセリフじゃなくない?」
「うるさいわねっ」
自分の心境の変化に驚いていると、リューシャが茶々を入れてきたので足を踏んだ。が、私は軽かったので彼女はあまりダメージを受けなかった。
夏休みは驚く程に何も起きずに過ぎていった。精々私の体調が悪化することが増えたくらいだが、授業に差し支えは無い。クリスもどうやらレオとの邂逅を済ませたらしく、帰省した土産話として『とんでもない逸材がいた』と新学期で目を輝かせながら話していた。
有情なオーディウス学園だが、試験は厳しい。勉強期間の為に編入試験を受けるのは冬になるらしいが、厳しい編入試験でも必ず受かる見込みがある人材であると豪語するのだ。アンジェもどんな人か気になるのは当然だった。
私はいつものキャラを振る舞って程々に興味が無いフリをしつつも、気を引き締めた。
今までの学園生活は、準備に過ぎない。
本番はここからだ。
相変わらずおおよそ優秀とされるものの、リューシャには一歩及ばない成績を納めて一年を終えた私は、春休みにて主人公と顔合わせをして交流するデモンストレーションを脳内で済ませた。
基本的に、主人公とアンジェを先に会わせてから顔を合わせようと思っている。そうすれば妹との性格の差で私が目立つからな。
クリスの紹介を通じて会う場合、アンジェから紹介してもらう場合、たまたまばったり廊下で会ってしまった場合など、出会い方だけでも何パターンかの対策は想定済みだし、その時に放つセリフも固めてある。
今まで学んだメスガキとしてのキャラを演じる。そして主人公を通して画面を見ている現実世界の人間に対して、まず私の存在を知らしめる。
ふふ、待っていろ、主人公。勝ち組の人生!
華々しく咲いて、印象に残る散り方をしてやる。
――そして二年生となって最初の学期、私はアンジェを通して数年越しに主人公と再会した。
「お会い出来て光栄ですロリミア様! 覚えていらっしゃるか分かりませんが以前に危機から貴女に助けていただいたレオと申します! ロリミア様に再び会って恩を返したい一心で精進してようやく同じ学校に編入することができました! 同じクラスでないのは残念ですがこうしてまた謁見してもよろしいでしょうか!?」
おい待て誰だこいつ。
私に跪いて一方的にまくし立ててくるのは、サラサラで艶やかな黒髪を持ち、熱狂的な信者のごとく黒い瞳を私に向ける男。
ただし体格は同年代より一回り大きく、制服の上からでもその鍛えられた筋肉量が分かる。
主人公……の、ハズだ。いや、五年前に会った時と全然違うが……
「……アンジェと間違えてないかしら?」
「いえ、貴女です。間違いなく貴女です。見間違えるハズがありません」
「私もレオ様とは学園が初対面ですよ……?」
余計な口を挟むな、アンジェ。
「そもそも数年前ならまだアンジェと背丈も近かったし、危機に陥っていたのなら私とアンジェの背丈を間違えても仕方ないわよ」
「何故数年前だとお分かりに? 確かに五年前の出来事ですが」
「……私とアンジェを見間違えるならそのくらいだと思って」
しまった、動揺のあまりらしくもなく口を滑らせてしまった。
いや、いや。確かに出会い方も何パターンか想定したが、流石にこれは予想外だぞ。
誰が主人公がロリコンになっていたと予想出来た?
「いえ、やはり貴女ですよね。あの時、俺を助けた貴女はまるで天使のようだった……そんな貴女に恩を返す為なら、俺は何だってします。だからおそばにいさせてください」
それは名前が天使に近いアンジェに言え。
「……なら、今度の筆記試験で私を上回ったらいいわよ。ま、庶民上がりのあなたでは無理だと思うけれど」
ここはいいメスガキムーブのチャンスだ。初対面は動揺のあまり、呆気に取られて用意していたセリフが全て吹き飛んでしまったが……ここで挽回しなければ。
この男、見る限りはどうやら身体を鍛えているようだ。いくら才能にあふれているとは言え、時間は有限である。勉強は二の次にして、身体を鍛えてこの学園に入ったのだろう。
ならば勉強分野では私は必勝。そう偏見による判断を下した。
「本当ですか!? 頑張ります!」
が、レオは意外にもやる気をみなぎらせてやかましく頷いた。諦めないのか……
私が常に筆記で学年二位を取っていることを知らないのか? それとも単に自信があるのか。
分からない……ここまでたじろいだのは二度目の人生で初めてだ。
ただの貴族であれば翻弄されることも無かったが、相手はギャルゲーの主人公。現実世界の人間の目となる存在。
そいつを前に、私はこの人生で初めて緊張というものを覚えていた。
初邂逅を終わらせると、先に顔合わせをしていたアンジェと共に寮への帰路に着いた。
「……アンジェ。さっきの男って、勉強出来るの?」
「編入試験では筆記、実技共に最高得点を叩き出して突破したそうです。何でも、試験官を瞬殺したとか……ですから、勉強に関しても問題無いかと」
ん……? 妙だな。私の記憶だと、最高得点を取った描写も、主人公の編入試験で試験官を瞬殺したなどという情報も無い。
「最高得点って……まさか、筆記は満点?」
「はい、そう聞き及んでおります。編入試験は入学試験より難しいですし、未曾有のことですから、最近は皆さんもレオ様の話題で持ちきりですよ」
ただの筋肉馬鹿だと侮っていたが、何故か原作より大幅に強化されているようだ。
確かに有り余る程の才能を買われて編入する主人公だが、主人公を育てる手間も『メルクラ』の醍醐味だ。だが完璧超人では育てる余地はあるまい。
まさかチートコードでも使用したのか?
「それにしてもお姉様、前にレオ様とお会いしたことがあったのですか? 言ってくださればいいのに……」
「確かに助けた覚えはあるけれど、まさか五年であんなに成長するとは思わないわよ……」
魔物に襲われかけて腰を抜かしていた小僧時代とは大違いである。
いや、才能に恵まれていたからこそ、原作ではあの危機を助け無しでも凌ぐことが出来たのか……?
「クリスはとんでもない奴に肩入れしたわね。正直恨むわよ」
「ま、まあまあ。レオ様はお姉様に害意は無いようですし、むしろ好意的なのでよろしいではないですか」
現実世界の人間に媚は売れど、攻略対象にはならないよう考えてたらいつの間にか攻略してた私の驚きを知ってほしい。
……何はともあれ、ようやく幕が上がった。練りに練ったメスガキキャラを演じ、あとは画面の前の人間の心を掴むだけだ。
慣れたのか、ようやく自分が幼女でいることへの嫌悪感も和らいできたことだし。
リューシャ・カカオルト
一見すると不良生徒だが、実は天才ボクっ子。自分の興味無い分野にはとことん興味無い典型的な天才タイプだが、それでも毎度筆記全科目と実技満点を取る万能チートキャラ。