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三話「自慢のお姉さま」


 お姉さまは、大人にはなれません。


 そうなったキッカケは、『絶対に入ってはいけない』と何度も言われた禁書庫に幼心をくすぐられ、禁書庫に入ったお姉さまが好奇心のままに悪魔の本を開いたからです。

 私も一緒に禁書庫に入りたかったのですが、お姉さまには禁書庫前を見張るよう言われました。なので私は無事だったのですが……


 お姉さまは、呪われてしまい、育たなくなりました。


 私たちは定期検診で身長、体重を測ります。私は順調に成長する一方、お姉さまは前回測った時と全く同じ数値が出ました。

 不思議に思ったお父さまが知り合いの魔導師さまにお姉さまを診てもらうよう頼んだら、お姉さまが呪われてしまったと知りました。


 お姉さまは、大人になる前に死んでしまうそうです。


 日を追うごとに私は大きくなります。でも、お姉さまはあの日のままです。

 呪われたあの日に、ずっと囚われてしまったよう。


 途端に悲しくなりました。だって、生まれた時からずっと一緒でしたから。

 一緒に育って、笑って、大きくなる。大人になるまでそうだと勝手に思っていたのです。

 そんな予想を裏切って、お姉さまはずっと子どものまま。


 可哀想、と思いました。


 お姉さまと秘密を共有し合うのが好きです。お姉さまと同じ服を着るのが好きです。お姉さまと好きな食べ物の取り合いをしても、その後仲直りする時が好きです。

 お姉さまと私は片時も離れませんでした。なのでたくさんの思い出を作りましたし、そのおかげでお姉さまの思考も予想出来ました。


 ――きっと悲しくて泣きたくてしょうがないに決まってる。


 けれどお姉さまは一年前の私と同じ顔と身体なのに、考え方はまるで私と違いました。


「そんな風に泣かないで。私は泣いてほしくなんかないの」


 お姉さまを哀れに思って目に涙を溜めていたら、お姉さまはとても腹立たしそうにしました。


「どうせ泣くなら私が死んでからにして。今泣かれると、まるで私がもう死んだみたいじゃない」


 お姉さまはどうやら私がお姉さまのことで泣いているのが気に食わないようでした。イライラした様子の彼女は少し怖かったですが、お母さまにイタズラのことを叱られている時と同じ感じがしました。

 まるで私が間違ったことをしたかのような、そんな罪悪感です。


 事実、お姉さまの言う通りでした。

 まだ生きてるお姉さまが死んだように扱われて、良い気持ちになるわけがありません。

 そう諭すお姉さまの目を見ました。私とお揃いの青い瞳です。


「今度から私を言い訳にして、やれ『勉強出来なかった』だのやれ『成績が下がった』だの言ったら、承知しないから」

 

 目は、死んでいませんでした。

 天命を成し遂げるまでは死ねない、そんな強い意志を持った眼差しでした。

 お姉さまは自分の未来に絶望せず、むしろ足かせになっていることに腹立たしく感じているようでした。


 お姉さまは、私より大人です。


 自分が死ぬと知ってもなお、お姉さまは残された人生を悲しみだけで過ごすつもりはありませんでした。

 死は人を変えるのでしょうか。それともお姉さまが強いのでしょうか。

 とにかく、お姉さまが悪魔に呪われた日から死に物狂いで魔法を習い始めたのは事実です。


 お姉さまは魔法の秀才です。空き時間があればいつも魔法の勉強に勤しんでいます。

 その熱量はお父さまが「たまには外で遊んだらどうだ……?」と戸惑いながら言うほどです。お姉さまはその言葉に首を横に振りますが。


 魔法を学べば、お姉さまにかけられた呪いも解けるかもしれません。何せ呪いとは原理の分からない魔法のことだからです。

 なので少しでもお力になりたいと思って、たまにお姉さまの読む魔法の本――魔導書を読みますが、ちんぷんかんぷんです。

 お父さまに聞いてみれば、お姉さまが最近読む魔導書は十二歳相当の貴族の子どもが難しいと思うレベルだそうです。

 

 お姉さまは、将来有望です。妹として鼻が高いです。


 魔法だけではなく、他の勉強も完璧です。例えば作法なんて一度見ればすぐに覚えました。人の名前や顔も覚えており、屋敷にいる三十人のメイドや執事たち、更には庭師のことも記憶しているみたいです。

 お姉さまは記憶力が良いんです。私は身の回りのお世話をしてくれる方々しか覚えられません……


 お姉さまは何でも出来ます。私はそれを妬ましく感じたことはありません。だって、お姉さまが毎日頑張っているのを知っているからです。

 お姉さまを見習って、私も勉強を頑張るようになりました。

 つまづいたりしたらお姉さまは助けてくれます。ただし、あくまで私が身につくように、手は貸し過ぎません。「試験に落ちては目も当てられん……」と呟いていましたが、試験って何でしょう? たまに家庭教師の方から出されるテストくらいしか、心当たりがありませんが……


 私たち双子が八歳の誕生日パーティーを迎えた時も、コルセットを窮屈に思って顔に出る私と違って、お姉さまは優雅でした。お召し物のワンピースを着たら少し顔が強張りましたが、着付けの時の彼女は終始涼しい顔をしていました。

 お揃いが好きだった私は、お姉さまと同じワンピースを所望しました。しかし髪型はお姉さまの意向で、別々にしました。


「アンジェは絶対に今の髪型の方が良いわ。今度からそれで過ごしてほしいくらい」

「……そんなに好きですか? 今の私の髪型」

「ええ、好きよ。なんだか大人っぽくて」


 そう答えるお姉さまに、私は悲しくなりました。

 お姉さまは死ぬまで育たない。そうまざまざと実感させられるようで。

 今、お父さまは必死に強大な悪魔の呪いを解こうとしています。

 ですが、望み薄でしょう。……何せ唯一現存する解呪方法は、ほぼ不可能なものですから。


「大人っぽい、ですか……でしたら、お姉さまもこの髪型にしてもらいましょうよ」

「嫌よ。私よりちょっぴり大人になったあなただからこそ似合うもの」

「お姉さま……」


 お姉さまは自分が成長出来ないことをよく理解されていました。

 自分と違って成長する妹を疎ましく思ったことは無いのでしょうか。

 ……いえ、無いでしょうね。でなければ、私に大人っぽいオシャレをさせません。


 まるで『自分の代わりに大人になって』と言われているようで、悲しくなりました。

 でもお姉さまは、お姉さまのことで泣かれるのが大嫌いです。だから静かに涙を飲みました。


 お姉さまがパーティーで披露された礼儀作法はもちろんのこと、社交辞令まで完璧でした。自信たっぷりで威風堂々たるその姿は、見た目は子どもなのに気高い大人のレディであると錯覚するほどです。その様は招待した方々が時折目を見張るほどです。

 私は人の多さに緊張していたのに、お姉さまはものともしていなくて、カッコよかったです。


 疲れた私を気遣って「休憩しましょ」と持ち出すお姉さまはまだ余裕そうで、疲れなんて知らない様子でした。

 まるで人前に出ることに慣れているようです。私と彼女の経験の差はほぼ無いのに。


 お姉さまがメイドを呼ぼうとしたその時、バルコニーからは誰かを揶揄するような言葉が聞こえました。


 バルコニーを見下ろせば、庭では一階の会場から見えない場所で、複数の男子が一人の男子を囲んでいました。見るからにイジメです。

 人を傷付けるのはいけないことです。ましてや貴族という立場は人の上に立つ分、責任も伴います。

 なので今すぐ止めようと、現場に向かおうとしました。


 しかしお姉さまに止められます。


「あなたに任せると事態をややこしくさせそうだから。私に任せて」


 義憤に駆られてカッとなった私と違い、お姉さまはそう理性的に言い放ち、私に複数の名前が書かれたメモを託すなりバルコニーを出ました。


 一体どうするのか。お姉さまの指示通りにメモに書かれた名前を覚えながらも、上からヒヤヒヤとした面持ちで見守っていたら、お姉さまは加害者側の方々を嘲笑し、わざとらしく声を上げました。


「――私の庭で何をしていらっしゃるのかしらぁ? あなたがたのような無礼で幼稚な人間を招き入れた覚えは無いのですけどー?」


「誰かさんが『田舎臭い』だの『低級』だの『雑魚』だの存じ上げませんけどぉ、招かれた身でありながら勝手に庭に入るだなんて、無礼だと思いませんかぁ?」


「あっ! それとも皆様で私たちのお部屋を覗こうとしたのかしら。庭が見える位置にありますからね。だとしたら最低の変態ですね!」


 お姉さまは誰からも口を挟まれる隙を与えず、さも自分が被害者かのように振る舞ってまくし立てました。

 正直、私も開いた口が塞がりませんでした。


「お姉さま……そんな簡単に口から出まかせが……」


 庭の管理は庭師に任せている為、ここはお姉さまの庭ではありません。

 更に言えば庭から見えるとすればお父さまとお母さまの寝室です。私たち双子の部屋は庭の反対方向にありますから。


 お姉さまは短時間で相手を煽る嘘を思いつき、私も目を見張る程の演技で相手に言い訳をする暇を与えませんでした。


 パーティー前でもお姉さまはお父さまと交渉して、新しい魔導書を買わせるよう仕向けました。お姉さまの弁舌さには感服を受けます。


 とは言え、まさかあそこまで煽るとはやりすぎな気もしますが、おかげで加害者側の方々は蜘蛛の子を散らすように庭から出ました。

 残されたお姉さまは、被害者側の男性を一緒に休憩するよう誘いました。


 後からそうした理由を聞きましたが、彼がせっかくのパーティーであまり気まずい思いをさせない為だそうです。

 さりげなく気を遣えるお姉さま、さすがです!


 お姉さまが助けた彼は、クリストファー・リヴァンさまと言うそうです。最初はぎこちない世間話をしていましたが、お姉さまが補助に回ってくださったおかげで話が盛り上がり、互いに愛称で呼び合うようになりました。

 

 しかし、お姉さまはどうやら家族以外に愛称で呼ばれるのがイヤみたいです。

 お姉さまは気安く愛称で呼ばれるのが気に入らないのでしょうか……


 クリスとの会話――というか、お姉さま以外の同年代とのお話は新鮮で楽しかったです。

 クリスはこのアストリア王国の都からは離れた田舎に住んでいるそうです。だから先程は『田舎貴族』だとからかわれていたみたいです。

 家の名誉の為、陰口を叩かれていても我慢せざるを得なかったと語る彼の肩は震えていました。


「クリスは立派だと思います。それに比べて先ほどの方々は幼稚です!」

「そうね。本当に馬鹿だと思うわ」


 クリスはお姉さまの暴言に驚きましたが、それは私も同じです。

 まさかあの大人なお姉さまが、そんな言葉を使うとは思わなかったのです。


「お姉さま、はしたないですよ」

「あら、つい。自ら品位を落とす真似ばかりだったから、移ったみたいね。親の権威を笠に着て、自分がさも偉そうに他の貴族の息子を虐げて、まったく滑稽極まりない方々ばかりだったものだから……」


 ここまで散々言うだなんて、お姉さまも冷静そうに見えて案外クリスのために怒っていたのでしょうか。

 お姉さまは冷たく見えて面倒見が良く、優しいです。その心は他人には分かりづらいでしょうが、不器用なだけで慈悲深いんです。


「……改めてありがとう、ロリミア。さっきは助かったよ」

「何度言わせるの? 私は庭の花が傷付いたら困るから追い出しただけよ。お茶に誘ったのも、たまにはアンジェも私以外の子どもと話した方がいいかと思っただけ」

「それでも助けられた事実には変わりない。何度でも礼を言うよ。アンジェも休憩を邪魔して申し訳ない」

「いえいえ、私もクリスとのお話は楽しかったので。また一緒にお茶会しましょう?」

「それは……ありがたい限りだが、ロリミアはいいのか?」

「私としてもアンジェに友人が出来るなら喜ばしいわ。相手がクリスともなれば信用は出来る。だってあなた、裏がある程器用じゃなさそうだもの」

「うっ……」


 お姉さま、ズバッと言い過ぎです。

 確かにクリスと話して、彼は実直な方だと感じました。権力や金の為に私たちに近付く方も時折いますが、彼らのような貪欲さはクリスからはしません。


 というか、そういうの苦手そうです。


 あくまで小一時間ほど話した感想ではありますが。


「そういう信用は嬉しいんだか、悲しいんだか……」

「お姉さまは素直じゃないだけでクリスを気に入ってますよ。でなければお茶なんて誘いません」

「アンジェ、余計なことを言わないの。それにさっきも言った通り、アンジェは信用のおける人と関わりを持ってほしかっただけ」

「もう、素直じゃないんですから」


 きっと気恥ずかしいんですね。私にとってもそうですが、お姉さまにとっても初めての異性の友人ですから。

 お姉さまは不服げに黙るなり、カップに残っていた紅茶を飲み干してしまいました。


 休憩の時間を取り過ぎない程度にお茶会をお開きにして、しばらく。招いた方々がお帰りになられる時間になれば、お姉さまは私を手招きして呼びました。


「さっき名前を覚えた方々に、『ご挨拶』していきなさい」


 お姉さまの作戦を聞いた私は、思わず笑みをこぼしました。

 我が姉ながら恐ろしいお方です。妹として生まれたことを光栄に思うほどです。


 私はパーティーで散々見せた作り笑いを用意して、帰り間際に挨拶に来た特定の方々に個人的に『ご挨拶』しにいきました。


「本日は誠にありがとうございました。……そういえば、先ほどはお姉さまと共にご子息さまと庭で交友を深めてきたのです。どうやらお姉さまはご子息さまのことが気になっている様子でして……今度、個人的にお茶会へ『ご招待』させていただいてもよろしいでしょうか?」


 こう伝えると親の方は気を良くして「是非とも」と返しました。しかし、この言葉の意を悟った子どもの方は顔を青褪めさせました。

 真実を伝えたところで親に叱責されるだけですから、とても言えないでしょうね。


 人の不幸を笑うのはいけないことですが、彼らのバツが悪そうな顔を見ると胸がスカッとして気味が良いです。


 覚えた名前の人数分、挨拶回りを終えると、最後にクリスにも普通の挨拶をしに行きました。


「クリス、また一緒にお茶会しましょうね。私もお姉さまも、クリスとのお話は面白かったので。……あっ、不躾かもしれませんが、今度はクリスの家でお茶会したいです」

「構わないけど……僕の実家、田舎にあるよ」

「もちろん存じ上げております」

「それでもいいなら、今度はこっちから招待状を送るよ」

「まあ、嬉しいです!」


 私とクリスが仲良さげに話す様に周りが驚いてる気配に気付きながらも、彼と約束を交わしました。

 お姉さまからは何も言われてませんが、勝手に約束しても文句は言われないはずです。だってお姉さまにとってもクリスは友人ですもの。


 クリスと惜しげに別れてお姉さまの元に戻れば、私が任務を果たしたことを褒めてくださりました。


 そしてパーティーも終えて賑やかな会場は一変し、メイドや執事が右往左往するいつもの光景に戻れば、疲れ果てた私はすぐに眠りにつきました。




 後日、お父さまに魔導書を買ってもらったお姉さま。

 一方、私もお父さまへ頼んだお願いを叶える為、お姉さまと一緒に装飾品が多く並ぶアクセサリー店へ参りました。


「むむむ」


 後ろからお姉さまの呆れた眼差しを感じますが、仕方がありません。かれこれ二十分は悩んでいるのです。


「……何に悩んでいるの? アンジェには何でも似合いそうだけれど」

「お姉さまとお揃いのアクセサリーがほしいのです」


 私のお願いは、私だけが得するものにするのはもったいないと思いました。なのでお姉さまにもおすそ分けしようと、この通りお姉さまを連れているのです。

 しかし困りました。どれもこれも可愛くて目移りしてしまいます。


「お揃いが好きね、あなた」

「だって、お姉さまが好きですから」

「それで自分と私に似合うアクセサリーについてこんなに考えてるわけ?」

「はい」


 お姉さまは肩をすくめました。

 あれもほしい、これもほしい、これを身につけたい、これはお姉さまに似合いそう。そう考えている内に、時間はあっという間に過ぎていきます。


 さすがに痺れを切らしたのでしょう。お姉さまは冷たく口を開くなり、私に近付きました。


「たまには趣向を変えない?」

「……と、言いますと?」

「私の分のアクセサリーを買ってくれるというのなら、私のものを選んで。私はあなたに似合うものを選ぶわ。それで選んだものを買いましょう」


 なるほど、名案です。確かにそうやって買ったことはありませんでした。


「ただし大人っぽいのはやめて。どうしても背伸び感が出てしまうもの」

「お姉さまの気品でしたら、アクセサリーにも負けないと思いますが……」

「……医者に目を診てもらったらどう?」


 う、うぅ。辛辣です。

 でもお姉さまの要望には応えます。


 随分と悩みましたが、私とお姉さまは同時に互いのものを選びました。そしてプレゼントを贈り合う形で、購入したものを交換しました。


 私がお姉さまに選んだのは、大きな白いリボンのバレッタです。白いリボンはなかなか目立ちますが、お姉さまは堂々とした方ですから、存在感をリボンに取られることは無いでしょう。


 お姉さまが私に選んでくださったのは、青い花のついた上品なヘッドバンドでした。なんだか大人っぽくて、つけるだけで背筋がしゃんとします。


「ありがとうございます、お姉さま! 大事に使います!」

「こちらこそね。このリボン、気に入ったわ。なかなか可愛いじゃない」


 お姉さまにしては珍しい大絶賛です!

 彼女がゆるりと口角を上げているのと、お姉さまからの贈り物も相まって、私はとても嬉しくなりました。


 しばらく勉強が捗るくらいには、良い思い出になりました。




 お姉さまの呪いの刻限が迫る実感なんて、まだ無かったものですから。



アンジェラ・ポッピンドール


原作と違い、すくすくと美しく育つ天使のような女の子。ロリミアと違って優しい一面があり、礼儀正しい大人の真似をしては誰にでも敬語を使う。

「お姉さまの一番の理解者は私!」と自負しているが、割とそんなことはない。



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