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二話「ガキは嫌いだ」

 私が前世と今世の使命を思い出してから、そろそろ一年と少し経つ。

 今、私は小難しい顔をした両親と妹に見守られながらお抱えの医者に診察されている。


「……これは……非常に繊細な呪いだ。腕の良い魔術師でも、解けますまい……」

「な、何だ。ロリに一体何が起こっているんだ!?」

「落ち着いて聞いてください。ロリミアお嬢様は――悪魔の呪いにかけられています」


 そういえば悪魔の本を開いた時に呪いをかけられたこと、報告してなかったな。まあわざとだが。


「お、お姉さま……」


 アンジェが心配そうにおずおずとこちらを見る。その背丈はつい一年前までは拮抗していたのに、すっかり私を()()()()()()()()()


 一年前に悪魔の本を開くと、空白のページからおぞましい姿をした化け物が現れた。俗に言う悪魔であるそいつは、私に尖った指を向けるなり嘲笑った。


『お前の時を呪いで止めてやる。十年後、呪いが解けた時がお前の最期だ』


 原作でも、主人公がアンジェの呪いを解かないままだと彼女は途中退場する。それは悪魔の言う十年が過ぎ、呪いが解けて衰弱して死んだからだ。

 ……ギャルゲにしては重い。


「お父さま、あくまの呪いって?」

「……悪魔は人の心を弄ぶことを好む化け物のことだ。そしてその悪魔が操る呪いは、期間内に解かなければ必ず死ぬものだ」

「お、お姉さま、死んじゃうのですか!?」

「今すぐ死ぬワケではありません。ですが……大人にはなれないかと」


 医者の言葉に全員言葉を失う。

 私は知っていたから平然としていられたが、家族はショックだったようだ。何度も医者に確認させては、同じことを説明させられる彼を困らせていた。




 それから数日間、住んでいる屋敷は重たい空気に包まれた。

 生憎と家族に思い入れも無く、二度目の死を理解していた私は悲壮に浸らなかったが、屋敷内の雰囲気があまりにもしみったれていた。


 当事者の私より悲しまれるとひどく苛立つ。

 私が今の家族に情を抱いているから、などといったくだらない理由ではない。同情的な視線や態度が鬱陶しいのだ。


「お姉さま……」


 悪魔の呪いはまだその実態を解明出来ておらず、その手の話に明るい魔術師でも解くのは難しい。

 ましてや犯人は禁書庫で眠る本に宿っていた悪魔だ。どうやら呪いをかけられた弾みで前世を思い出しては私が意識を失った後、慌てて駆けつけた父親が悪魔を本に戻したらしいが。

 

 人の出入りを禁ずる書庫の本の悪魔。それは大層な存在であり、そいつがかけた呪いを解くのは現状不可能というのが医者の見解だ。

 現に両親はこの国――アストリア王国でも有数の魔術師と縁があり、そいつと会わせられたが、首を横に振られた。


 だから将来的には確実に死ぬ。

 アンジェはそれを聞いて勉強にも手がつかないらしく、私にべったりとしているのだ。

 何度も言うがうざったい。私は子どもは好かん。


「アンジェ、勉強は?」

「……できない。だって、お姉さまが……」

「別に今すぐ死ぬワケじゃないんだから、今は大丈夫よ」

「でも、でもっ! お姉さま、死んじゃうって……そんなの聞いて、へいきなわけない!」


 ……子どもは無知ゆえに死に疎いという偏見はあるが、アンジェももうすぐ八歳。流石に死とは嫌厭すべき恐ろしいものだと理解するだろう。


 私とて死は恐ろしい。

 が、前世程ではない。一度味わえばむしろ「こんなものか」と呆気に取られる。凄惨な死でも遂げれば話は別だが、少なくとも私が取り乱すことは無かった。


「大丈夫よ。……だったら一緒に勉強しましょ。その方が捗るでしょ?」

「おねえさまは、へいきなの? こわく、ないの……?」


 アンジェの瞳は潤みだした。目に溜まる涙は今にもこぼれ落ちそうで、私の苛立ちも強まる。


「そんな風に泣かないで。私は泣いてほしくなんかないの」


 怒りに任せて少し語気を強めて告げれば、アンジェは黙りこくった。


「どうせ泣くなら私が死んでからにして。今泣かれると、まるで私がもう死んだみたいじゃない」


 辛気くさくされるとこちらまで辛気くさいのが移りかねん。勘弁してほしい。

 怒りを堪えて発した言葉は確かにアンジェに届いた。


「……うん」


 彼女は目を手でこすって涙を誤魔化す。少し赤くなった目はまだ潤んでいたが、私の言うことを素直に聞いて泣くことは無かった。


「じゃあ勉強しましょ。ディアス先生から宿題も出されているんでしょ?」

「う……あの宿題、わからないわ」

「しばらく勉強に身が入らなかったからじゃない?」

「だ、だって、おねえさまが……」


 お姉様お姉様うるさいな。これだからガキは……


「今度から私を言い訳にして、やれ『勉強出来なかった』だのやれ『成績が下がった』だの言ったら、承知しないから」

「ご、ごめんなさい!」

「分かればいいのよ」


 他責思考は立派なものだから子どもは嫌いだ。『都合の悪いことは他人のせい』という意識が根底にあり、自分に非があると認めない。

 つまり反省をしないのだ。


 身内が呪いをかけられて勉強に集中出来ませんでした。

 などとふざけた言い訳で恥を晒したら。それどころかオーディウス学園の入学に必要な筆記試験に落ちたら、私が困る。


 主人公との邂逅は、アンジェを利用して行おうと思っているのだから。




 その日の夜を境に周りの態度はマシになった。たまに不躾な新人給仕が私を憐れむくらいだが、少なくとも私の前で陰気くさい雰囲気が漂うことは無くなった。

 ただ、代わりに家族は私を甘やかすようになった。普通の子どもならワガママ娘になってもおかしくない程の過保護っぷりである。

 むしろ私がメスガキとなる程に生意気になる理由づけにはちょうどいいが。


 だから――


「イヤよ」

「そ、そう言われてもだな……」

「お、お姉さまが参加しないなら私も!」

「お前たちが出ないと誕生日パーティーの意味が無いだろう!」


 父の懇願を突っぱね、私たち双子が八歳になるのを祝う誕生日パーティーとやらへの参加を拒む。

 貴族というのは面倒なことに、誕生日パーティーを開かなければならないらしい。地位が高ければ高い程、権威づけの為にパーティーも豪勢にする必要があると言うのだ。


「アンジェと違ってずっと身長が変わってないのに参加しなければならないだなんて、お父様は私に恥ずかしい目に遭ってほしいの?」

「う……し、しかしだな。他の貴族との顔合わせはしておいた方がいいぞ」

「それはアンジェがしておけばいいじゃない」

「えぇっ、お姉さま、私に全部押しつける気ですか!?」


 お前は出ろよ、アンジェ……

 だが本当は呪いによって成長しないことは気にしていない。では何故、子どもじみたワガママを言っているのか。


「どうしても参加しないといけないのなら、新しい魔導書を買って」

「む……しかしだな、ロリ。お前はもう十二歳相当の子が使う魔法まであらかた覚えた。魔法じゃなくて、もっと別の――」

「あら、作法や教養は身につけたし、将来舞踏会で踊るようなダンスのレッスンだってもう必要無いわよ。もっとも、将来ダンスをしようと思ったって、私と踊れる殿方がいるとは思わないけれど」


 そう言って押し黙ってしまった父。


「……いつの間に交渉術なんて身につけたんだ?」

「何のことだか」


 相手にお願いしたい時、最初に無茶な要望をして断られたら、次に無理の無い要望をすると通りやすい。有名な交渉のテクニックである。


 私の本命は魔法の本――魔導書だ。

 この世界、前世と比べてあまりにも娯楽が少ないのだ。アンジェが事あるごとに外出をねだる程には。

 読書に傾倒するのも無理は無かろう。ましてや前世には存在しなかった概念――魔法に興味を引かれるのは当然だった。


 それに魔法を学んでおいて損は無い。オーディウス学園へ入学するには筆記試験、そして実力試験がある。

 前者は前世と変わらない。だが後者では戦闘を行う。


 さて、果たして女児の身体で武器を振り回したり、体術に攻撃力を持たせることは出来るだろうか。

 答えは言わずもがなである。


 ならば体格で無理な分、他で補えばいい。

 その思考の下、死に物狂いでひたすら魔法の知識の習得と実践を繰り返しているのだ。


「まったく……ロリの執念は分かった。新しい魔導書は買ってやろう」

「あら、どうも」

「お、お父さま! 私にもプレゼントほしいです!」

「ぐ……分かった。ロリだけ特別扱いというわけにはいかないだろう」


 つくづく娘に甘い父親である。『パーティーに出るのは義務だ』とでも言って無理矢理従わせればいいのに。

 まあ、好都合だからいいが。




 さて、権力者のパーティーは一見煌びやかだが、その実は無駄と面倒事を機織り機で織った布を綺麗に飾りつけるようなもの。招待状、会場はさることながら、主役である私たちも着飾らなければならない。


「にあってます、お姉さま」

「どうもありがとう」


 全く嬉しくない賞賛に礼を言いながら、私は今の格好を鏡で確認した。

 水色を基調として白いフリルが散りばめられた子ども用の上品なワンピース。今着ているこれは、貴族も御用達の仕立て屋にオーダーメイドで作ってもらったものだ。

 アンジェも同じテイストのワンピースを着ている為、お揃いである。


「アンジェもその髪型、とても似合ってるわ。大人びていて素敵よ」

「そ、そうですか? えへへ……」


 アンジェの髪型はウェーブのかかった金髪の一部を編み込んでバレッタで留めた、パーティー仕様のハーフアップだ。その為、子どもながら品のある見目に仕上がっている。


「でも、私もお姉さまとお揃いの髪型が良かったです……」


 そう言って彼女は私のツインテールを見た。後ろ髪を両サイドに白いリボンで束ねたこの髪型は、見る者に快活な印象を与えるだろう。


「アンジェは絶対に今の髪型の方が良いわ。今度からそれで過ごしてほしいくらい」

「……そんなに好きですか? 今の私の髪型」

「ええ、好きよ。なんだか大人っぽくて」


 というのは建前で、印象被りを防ぐ為だ。

 お揃いの双子というのは印象的だが、それはあくまで二人セットの場合。私は私単体で印象付けたいのだ。


 だからアンジェが大人びてくれると非常に助かる。

 大人のような妹と、子どもみたいな姉。対照的な姉妹は互いを引き立て合うことで、キャラ被りで私と彼女の個性を殺してしまうのを防げる。


「大人っぽい、ですか……でしたら、お姉さまもこの髪型にしてもらいましょうよ」

「嫌よ。私よりちょっぴり大人になったあなただからこそ似合うもの」

「お姉さま……」


 アンジェはしょんぼりとした様子で私から目を逸らした。

 大人の真似をして誰に対しても敬語を使うようになったり、多少は勉学への意欲もマシになったと思っていたが、彼女もまだ子どもだ。感情を隠すのが下手で、あからさまなまでに悲しんでいると分かる。


 そんなにお揃いが良かったのか?

 ……女の気持ちはよく分からん。


 そして私たち双子の誕生日パーティーが開かれれば、普段はメイドや執事がほとんどの屋敷内には気品に溢れたお貴族様たちがやってきた。

 彼らに対して顔を売ったり、挨拶したりと社交辞令で長時間を費やされることになる。


 子どもにもノブレス・オブリージュを求める貴族社会万歳。お陰で取り繕う経験値が増えてスキルアップだ。

 無論、これは皮肉を込めた独り言だ。


 疲弊してきた頃、ようやくアンジェ共々解放されると、人目のつかぬ二階のバルコニーで休憩せざるを得なかった。


「つ、つかれました」

「子ども相手にも厳しい洗礼ね」

「お姉さま、余裕そうですね……」


 前世で社会の歯車を担っていた自分としては精神的負担は少ない。しかし最近は読書に夢中だった為に体力が身についておらず、そこそこ消耗した。

 逆にアンジェはまだ体力はあるものの、精神的に疲れたようだ。恐らく緊張でもしたのだろう。


「うぅ……甘いものが食べたいです」

「そうね、一服でもしましょうか。メイドを呼んで――」


 アンジェの言葉に同意し、お茶とお茶菓子を用意してもらおうとバルコニーから出ようとしたその時だった。


 何やらバルコニーの下が騒がしい。ここからは庭師自慢の庭園が一望出来る為、どうやらそこで誰かたちがヒートアップしているようだ。

 仮にも祝い事の最中だというのに、一体何の騒ぎだ?

 気になってしまった私は、同じく声を拾ったアンジェと共に庭園へ顔を向けた。


 一階の真下で見ればちょうど低木で隠れる場所に彼らはいた。新調したての小さな燕尾服を着た数人の男の子たちが、一人の男の子を囲っている。

 騒がしいが、会話の内容は全ては聞き取れない。が、ロクな話ではあるまい。囲まれた男は屈辱にまみれた顔で他の男たちを睨みつけている。


 何より、会話の節々に「田舎者」だの「位が低い」だのと低俗な言葉が混じっていれば、察するに容易かった。


「お、お姉さま……! 彼、恐らく嫌がらせを受けています!」

「見れば分かるわよ」


 集団で寄ってたかって社会的弱者を追い詰める。前世でもよく見た構図だ。


「と、止めないと!」


 子どもらしい正義感が働いたのだろう。アンジェは慌ててバルコニーを出て、庭園を出ようとした。

 が、その腕を掴んで制止する。


「なぜ止めるのですか、お姉さま!」

「あなたに任せると事態をややこしくさせそうだから。私に任せて」

「ま、任せるって……」


 感情任せのアンジェのことだ。余計なことをしかねない。私が向かった方が上手く事態を丸く出来そうだ。

 そもそも彼らは私たちが――というか父が招待したのだ。アンジェに任せるとそこら辺を忘れて父の面子を潰しそうだ。


「今から言う方々の名前をメモするから、あなたはそれを覚えていて」

「え? どうしてですか?」

「後で分かるわ。今は私に任せて」


 義憤に駆られるアンジェを宥めれば、私はバルコニーから部屋へ、そして廊下を通って一階の玄関から外へ出た。その道すがらで一服の旨を通りすがりのメイドへ伝え、バルコニーで見たイジメの現場へ向かう。


 別に私は本気でイジメを助けるつもりではない。

 ただ、この機を使わない手は無いと考えただけだ。


 そう。


「――私の庭で何をしていらっしゃるのかしらぁ? あなたがたのような無礼で幼稚な人間を招き入れた覚えは無いのですけどー?」


 本格的な『メスガキ』デビューである……!


「なっ、ロリミア嬢……!?」

「誰かさんが『田舎臭い』だの『低級』だの『雑魚』だの存じ上げませんけどぉ、招かれた身でありながら勝手に庭に入るだなんて、無礼だと思いませんかぁ?」

「ぐっ……それは申し訳――」

「あっ! それとも皆様で私たちのお部屋を覗こうとしたのかしら。庭が見える位置にありますからね。だとしたら最低の変態ですね!」


 勢いよくまくし立ててやれば、加害者側らしき男たちは各々怒りを露わにする。子どものくせに直情的に殴りかからないのは、親の教育の賜物らしい。

 まあ暴力に訴えられても、この場にいる全員を魔法でねじ伏せられる自信はあるが。


「ロリミア嬢、誤解です。ぼくたちは別にそういうつもりで庭に来たのでは……」

「まあ大変。こちらに寄らないでください。私を籠絡して下劣な行為に及ぶおつもりなのでしょう!」

「そっそそ、そんなわけないだろお前ぇ!」


 本性表したな、こいつら。


「でしたらさっさと私の庭から出ていってくださいませ」

「お、おれの父親はロリミア嬢の父親とも親交が――」

「あら、そうなのですか? であればお父様には『ベンディル侯爵の息子は私を手篭めにしようとしてきました。きっと教育がなっていないのでしょう』とお伝えしておきます。お父様は私には甘いですから、きっと真摯に受け止めてくれるでしょうねぇ。それが嫌なら庭から出ていってくださる?」

「なっ……」


 私の言葉に絶句した少年。

 パーティーに招待した貴族の名前は全て知っている。そして先程、挨拶した時に顔も覚えた。

 あの父親は貴族の中でも案外地位が高い。貴族の一人や二人と縁を切ったところで、さしたる支障は無いのだ。むしろ父親の援助を必要とする者もいる。


 どうやら彼らもそれを理解しているらしい。一瞬だけ私を睨むと、すごすごと下がって庭を出ていった。


「そこの田舎臭い方は待ってもらえる?」


 が、被害者側らしき少年もそそくさとこの場を去ろうとしていたので引き留めた。


「……田舎臭くて申し訳ありませんね」

「そう呼べばあなたは残ると思って。だって彼らにそう呼ばれていたのでしょう?」


 ふわふわとした毛質の赤茶髪と、明るい茶の瞳。そして黒に近い灰色の燕尾服を着た、同い年くらいの少年。

 彼は確か……


「私たちが主催したパーティーだと言うのに、不快な思いをさせて申し訳ありません、クリストファー・リヴァン様」

「いえ、あなたが謝ることでは。……というか俺の名前、覚えていたんですか」

「ええ、キッチリと脳髄に刻み込んでおります。先程の方々も含め、しっかりと」

「こ、こわ……」


 本音が出てるぞ。

 ニッコリと笑えば怖がらせてしまったようで、彼も思わず、と口を滑らせた。慌てて謝ってきたついでに彼は頭を下げる。


「庭に勝手に入ってしまい、申し訳ございませんでした。それと……助けていただき、ありがとうございました」

「助けた覚えなんてありませんよ。私はただ、庭師が育てた花に危害を加えられないか心配なだけでしたから。あなたの為では無いので、誤解無きよう」


 メスガキムーブの良い練習になりそうだったものだから、状況を使わせてもらっただけだ。

 メスガキは相手に弱点があれば、そこを突いて貶めようとする下等な存在だ。例えばオタクだったり社畜であれば、それをダシに罵倒する。


 今回の場合、「集団で個人を攻撃する卑怯な輩」というレッテルを貼って煽ることを試みた。結果は成功だが……メスガキとしてはまだまだ未熟だろう。

 反省点は多い。


「ではあなたも会場に戻りますよう……ああ、そうだ。私たちと一緒に休憩しませんか? ちょうど妹のアンジェとお茶やお菓子をいただこうと思っていたのです」

「え、いえ、しかし……」

「先程のこともありますから会場にはいづらいでしょうし、子ども同士の方が楽しいに決まってます。アンジェ! この方も交えて休憩しましょう!」

「アンジェラ嬢!?」


 クリストファーはまさかアンジェがバルコニーにいるとは思ってなかったようで、彼女を見上げるなり驚く表情を見せる。正直小気味が良い。

 アンジェも賛成だったようで、クリストファーの意見も聞かずに三人でのお茶会が始まった。


 よし。願ってもない好機だったが、上手くいったな。


 普段の私であれば善意で誰かに気にかけることは無い。

 つまり、今のように世話なんぞ焼かん。


 何故彼と関わるか。


 ――彼もまた、『メルクラ』に出てくるネームドキャラクターだからである。


 クリストファー・リヴァン。田舎貴族に生まれた次男坊であり、のちに主人公の友人となる。そして平民である主人公がオーディウス学園に編入出来るのも、彼の家の援助のお陰なのだ。

 つまり彼と交友関係を持っていると、主人公に自然と関わりやすくなる。


 だから茶会に誘い、アンジェと顔を繋いでおいた。そして二人で話が盛り上がるように仕向けた。

 よしよし。これでアンジェがまた主人公と関わりやすくなり、私も主人公と顔を合わせやすくなる。


 物事には順序が必要なのだ。主人公にいきなり関わるのはナンセンスである。

 突然会って突然存在感を放ったって、煙たがれるだけだ。


 伏線だって張られるからこそ読み手に緊張を与え、回収するからこそ盛り上がるのだ。


「ぜひ俺のことは『クリス』とお呼びください」

「クリスね、分かったわ」

「クリスですね。でしたら私のことは『アンジェ』とお呼びください。敬称は不要ですよ!」

「し、しかし……いえ、すみません。アンジェ」

「敬語も別にいいのに……あ、お姉さまはよく家族からは『ロリ』と呼ばれてますから、お姉さまも――」

「やめて。家族以外から『ロリ』だなんて呼ばれたくない」


 幼女(ロリ)なんて名前で呼ばれるたびに、自分は死ぬまで女児であることを嫌でも分からせられる。私に前世の記憶が芽生える前から『ロリ』と呼んでる家族はいいが、他人はダメだ。


「……ではロリミア様で」

「アンジェと同じく敬称はいらないわ。せっかく同い年なんだから、敬語はよして。アンジェの敬語は癖だから気にせずにね」

「わ、分かった……」


 これで二人の仲は縮まるハズだ。


 慣れないことはするものじゃないな。疲れた……が、良い経験にもなった。人気者の『メスガキ』となる為、これからは更に研究だ。


 ……以前は嘔吐感を覚える程だったが、気持ち悪さは軽減されたようだ。これが慣れか……


 まあいい。こんな思いは今世だけだ。


 子どもの舌には少し苦い紅茶を飲みながら、今後について考えを巡らせた。




 その後、パーティーの終わりが近付いて招待した貴族たちが帰る際、アンジェへこっそりと耳打ちした。

 そしてやる気を見せて頷いた彼女は、天使のような悪魔の笑顔で特定の貴族に近付くなり、別れを惜しむようなご挨拶をしに行った。


 一部の貴族の子どもは、青褪めた顔で帰っていったようだ。


「成功して何よりね」

「ああ。パーティーが成功して良かった」


 隣に立つ父には真意が分からない独り言を呟いて、こちらに笑顔を向けるアンジェに同じく笑顔を返した。



ロリミア・ポッピンドール


前世男、現メスガキ。

原作ではアンジェを蝕む悪魔の呪いを代わりに受け、メスガキとして画面の前の人気者になる使命を背負う。

正直屈辱でしかない。

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