十三話「メス(ガキ)堕ち」
誰かが私を呼んでいる。その声は男女共に入り混じっており、必死に私に呼びかけていた。そのせいで、私の意識は浮上する。
目覚めとしては最悪の部類だった。何か悪い夢でも見たかのような――何かを失ったような気がして、どうも起き抜けながらに胸がざわついた。
目を開ければ、目に涙を溜めたアンジェがくしゃくしゃの顔を見せていた。
なんだか懐かしい気がするのは、昔悪魔に呪いをかけられた時に見た彼女の泣き顔を想起させられるからでしょうね。
「お姉様っ!」
「……アンジェ……?」
「はい、アンジェラです。良かった……お姉様が起きて、本当に良かったです……!」
感極まった様子で私に抱きつく彼女。しかし私は状況を飲み込めずに呆けていた。
周りを見ればクリスやリューシャ、そしてレオが頰を綻ばせて私たちを見ている。
「ふぃー。いやぁ、ぶっつけ本番だったけど案外なんとかなるものだね。ね、ロリちゃん。身体の具合はどーお?」
リューシャはカラカラと笑って私の顔を覗き込む。
……確かに指摘されて気が付いたけれど、理不尽なまでに感じていた倦怠感や肺の痛みが綺麗さっぱり消えている。
喉は痛いままだけれど。
「なんとも、無いわ……ねぇ、一体何をしたワケ? 当の本人を置き去りにして勝手に話を進めないでほしいのだけれど」
「ああ、ごめんごめん。ロリちゃん、『悪魔の天敵』って知ってる?」
「……ええ、聞いたことはあるわ」
確か、『メルクラ』の知識によるとレオがそうだったハズ。
悪魔の天敵。ルーツは不明だけれど、黒目黒髪が特徴で、悪魔に特化した特殊な力を持つ種族。ゲームでアンジェを呪いから助けようとした時、終盤で明かされる。
「レオくんがそうみたいでさ。で、ロリちゃんの呪い、頑張ってレオくんが解いたよん」
「と、解いたって……そんな呆気なく言うんじゃないわよ。どうやって? だって私にかけられた悪魔の呪いは絶死で――」
「そう。普通に解こうとするとロリちゃんは急成長に耐えられず死ぬ。でもレオくんのような悪魔の天敵なら、他人の呪いを自分に移すことも出来てさ」
……ん?
なんだか私の知っているゲーム知識と少し違う。
レオが原作のアンジェの呪いを解く時、確かに悪魔の天敵としての力を使う。
悪魔の天敵は悪魔の呪いを吹き飛ばせる。
まあ他人の呪いを自分に移すことも、やろうと思えば出来るでしょうね。
――まさか。
「レオくんは自分に呪いを移したんだよ」
「待ちなさいよ。じゃあそれって……」
「ああ、いや、別に――」
何か弁明しようとするリューシャだったけれど、私は我慢ならずに起きてレオの前に立ち、彼を睨みつけた。
「あなた、バカじゃないの!? それだとあなたが死ぬじゃない! どうしてそんなことしたのよ!!」
「ろ、ロリミア様、落ち着いてください」
「落ち着いていられるワケないでしょ! 早く呪いを私に戻しなさい、今すぐ!」
「出来ませんって!」
「でないとあなたが死ぬわよ! 死ぬのは私でいいんだから……!」
「そんなことをおっしゃらないでくださいッ!」
病室にも関わらず、レオは大声を上げる。迫真の叫びは悲痛で、彼は膝を折って私と視線を合わせた。
「そんなことをおっしゃるのはおやめください。例え貴女でも、それは許しません」
「何を……」
「貴女を想う人がいるんです。貴女が死んで悲しむ人がいるんです。貴女を失って後悔する人がいるんです。……周りを見てください。周りを頼ってください……貴女は一人ではないのだから」
私の両肩に大きな手が乗せられる。その手は震えていて、私に現実を直視させる。
顔を上げて周りを見れば、みんな私を慈しむような視線を向けていた。むず痒くてうつむくけれど、それどころじゃない。
「だとしても、あなたが死ぬ必要なんて……!」
「……あの、言いづらいのですが、俺は死にませんよ」
「呪いを自分に移したのでしょう!? いずれ死に――」
「あー、ロリミア。落ち着いて聞いてくれ。レオに移った呪いを解いてもコイツは死ななかった」
「えっ?」
取り乱す私を宥めるようにクリスが言葉を被せる。彼の説明に私が素っ頓狂な声を上げれば、説明は続いた。
「呪いを解いた瞬間、ロリミアが成長しなかった分、急成長してしまう。だからレオもそうなってしまうと思ったんだろう」
「その言い分だと、違うと言いたげね。じゃあどうして死なないと言い切れるのよ」
「筋肉の力だ」
「は?」
「筋肉の力だ」
一瞬、耳を疑った。何の冗談かと思った。
けれどクリスは至極真面目に、深刻そうに再度告げる。
「筋肉の力、なんだ……」
「……」
……?
きんにくのちから……?
「た、大変です! お姉様の反応がありません!!」
「いや、多分これ、脳の許容範囲超えてショートしてるんだよ。お〜いロリちゃん、戻ってこ〜い」
「ろ、ロリミア様! そんな……っ、俺の儀式は間違っていたというのか!?」
「ロリミアはお前のフィジカルに放心してるんだと思うぞ」
筋肉ってそんなに便利な存在だったかしら……? 質量保存の法則って筋肉に負けるものだったかしら……あれ……
「つまり……どういうこと、なのかしら」
「いやさ、レオくんってば元々マッチョだったけど、ロリちゃん助ける為におばあちゃん家から大量の本を持ち運ぶ作業を繰り返してたら、この通り筋肉ダルマになっちゃって」
「ん……?」
「おかげでロリちゃんの呪いをレオくんに移した後に解いて、およそ十年分の急成長が襲いかかっても、筋肉の力で身体が弾け飛ばないように踏ん張れたんだよ」
「おかしいわね、何一つ理解出来ないわ……」
「奇遇だね、実はボクもなんだ」
そう言うリューシャはカラカラと笑い飛ばしている。
……もしかすると彼女ですら思考を放棄してしまったのかもしれない。恐らくそうした方が賢明ね。
「それよりレオくん、さっきの聞いてた? 『あなたが死ぬ必要なんて』だってさ! 案外ロリちゃん、レオくんのことを大事に思ってたみたいだね!」
「なっ、そ、そんなワケないでしょ! 私の代わりに死なれたら目覚めが悪かっただけよ!」
「んもう、素直じゃないんだから。このこの〜」
つつかないでほしいわ。
本当に癪に障るわね、この友人は!
「元々死ぬ覚悟はしてたのだから、それをひっくり返されて戸惑ってただけよ。別に、死なれたら悲しくなるとかそんなんじゃないわ」
「うわーロリちゃん、命の恩人に対してそれは失礼なんじゃなーい? いつもボクに『デリカシー覚えてきなさい』って言ってるクセにさ」
「くっ……!」
「ほらほら、素直になっちゃいなよ。レオくん待ってるよ」
リューシャから生温かい眼差しが送られる。その瞳の奥にどこか喜悦が混じっているように見えたが、彼女の言葉も一理ある。
気恥ずかしいけれど、ここで礼の一つも言えないだなんて、礼儀に反する。
私は未だ肩に手を置くレオと向き合い、しかし羞恥に苛まれながら言葉を紡ぐ。
「……レオ。その……」
少し前までは死を受け入れていた。けれど、今世を手放すのが惜しくなってしまった。
……どうやって死を向き合っていたか忘れる程に、この人生に情が湧いてしまった。
だから、まだこの世に留めてくれたレオには感謝している。
「――ありがと。前の決闘のこともあるし、借りも作ってしまったことだし……何かお礼が出来るなら、してあげるわよ」
普段であれば絶対に言わないような言葉だけれど、彼は命を懸けて私を助けてくれたんだもの。
「ろ、ロリミア様……! でしたら今後も貴女のそばにいさせてください。俺の幸せはロリミア様のお近くでお力になれることです!」
「物好きね、あなた。小児愛者なの?」
「ロリミア様をお慕いしているだけです」
う、よくもまあ恥ずかしげもなくそんな浮ついたセリフを……
「ねぇねぇ、ボクたちには? みんなロリちゃんの為に、寝る暇も惜しんでしばらく頑張ってたんだよ〜?」
「……もしかして全くお見舞いに来なかったのって、そういうことなの?」
「そうだよ。ロリちゃんの下僕とか、生徒会の人たちも巻き込んでロリちゃん救助作戦を実施してたんだよ」
「…………まったく」
「あれ、ロリちゃん照れてる?」
「照れてないわよっ」
本当にからかうのが好きね、リューシャは。
けれど確かにそうかもしれない。しばらくアンジェが弱ったり、他の人はなかなかお見舞いに来てくれないと思ったけれど、それは私の為だったのね。
……しょうがないわね。
「まあ、その……みんなにも、礼を言うわ」
「……! はいっ!」
「僕も昔の恩があるからな。それを返したまでだ」
「どーいたしまして〜」
入院中は来ない見舞いを寂しがったけれど、全て私の為だったと気付くと胸のうちが温まる。
ふと、どうしてか違和感を感じた。けれどそれが何かまでは判別出来ない。
――何か、忘れているような……?
喉まで出かかるけれど、なかなか出てこない。内心で首を捻っていると、突如として私の周りにバリアが張られた。
そのバリアはまるで私を逃さぬように取り囲まれ、私の脱出を不可能としていた。
「え、な、リューシャ様? 一体何を?」
リューシャは何やらイタズラっぽい笑みを浮かべている。アンジェの困惑通り、どうやらリューシャがバリアを張った犯人らしい。
不意打ちに目を白黒とさせていると、リューシャは懐から数枚の封筒を取り出してそれを私以外の全員に渡した。
「ロリちゃんのことだから、死んだ後じゃないと素直になれないと思って。だから遺言が書かれた紙とか無いかなって、探してたんだよね」
「……! りゅ、リューシャ、まさかあなた――」
「探したら大当たりぃ! やっぱりロリちゃん、全員にお手紙書いてたんだよね。ここまでみんなを騒がせたんだから、仕返しがてら読んじゃわない?」
リューシャが各々に渡した封筒には見覚えがあった。入院中、暇を持て余した私の遺言書だ。
何でよりにもよってリューシャに見つかるのよ!
「――じゃ、みんなでロリちゃんのお手紙、読んでみよーう!」
「ま、待ちなさい! あなたたち、その手紙の中身を見るんじゃないわよ! 見たら絶対に許さないんだからぁっ!」
手紙を奪取しようにも、リューシャのバリアがそれを拒む。バリアを魔法で破壊しようとしても、こんな狭い場に閉じ込められては私が危ない。ましてやリューシャのバリアは強固で、破るのに一苦労する。
檻の中では、ただ手紙を読まないよう祈ることしか出来ない。
「アンジェ、今すぐその手紙を捨てなさい。他の人の分もすぐに燃やして!」
「……」
「……アンジェ?」
「すみません、お姉様。お姉様の本心はどうしても気になってしまい……」
昔から私にべったりだったアンジェなら、きっと言うことを聞いてくれる。
そんな希望はスッパリと断たれた。
アンジェは封筒の封を切り、中の手紙を手に取る。
「く、クリス……」
「いや、その……悪いな」
「謝るくらいならやめてほしいのだけど!?」
一縷の望みをかけてクリスを睨みつけたが、彼は既に封筒の中身を取り出した後だった。
「れ、レオ、やめてくれるわよね。やめさせてくれるわよね!?」
「お、俺は……」
「安心しなよレオくん、ボクのこのバリアはロリちゃんですら破れないよ。それにその手紙には素直じゃないロリちゃんの素直な本心が書かれてる。そもそもロリちゃんが君のために書いたものを読まないわけにはいかないよね」
「今はもう読んでほしくないのよ!」
レオにはあと一押し、というところでリューシャが唆してしまった。
全員が全員、読む選択を取ってしまった。そんなに私の本心が知りたいということなのかしら。それともカリギュラ効果?
どちらにせよ、どうせ死ぬと思って書いた手紙だから、恥ずかしいことしか書いていない。
お願いだから読むのをやめてちょうだい……!
そんな淡い期待は無駄だった。
全員が手紙を読み終える頃には、私は顔に熱を集めてわなわなと震えていた。
そしてリューシャから向けられるニヤニヤとした視線に、私の羞恥は極限まで高まっていた。
「……ロリちゃん、やっぱり素直じゃないねぇ」
「う……な、何のことよ」
「ボク宛ての手紙に『あなたの隣は居心地が良かった』って。やっぱりボクと話すの、楽しかったんでしょ」
「う、うるさいわね! そうニヤニヤしないでくれるかしら!?」
「あはは、顔真っ赤〜! ねぇねぇ、アンジェちゃんの手紙にはなんて書いてあったの?」
「え? えっと――」
「どれどれ……『あなたが妹で本当に良かった』だって! やっぱり素直じゃないんだから〜!」
「せめてあなた宛てじゃない手紙を勝手に読まないでくれるかしらっ!?」
ほんっとうにリューシャってデリカシーが無いわね!
「じゃあ教えてもらおっと。クリスくーん、手紙になんて書いてあった?」
「…………黙秘する」
「え、何で君が顔真っ赤にしてるの?」
クリスには確か、『アンジェを一人にしないで』と記したハズ。読み上げればアンジェに恋心を抱いていると勘繰られそうな彼にとっては、リューシャの要求を断るのも当然ね。
……アンジェはそろそろクリスの好意に気付いててもおかしくなさそうだけれど、まさかまだ気付いていないのかしら。
リューシャはクリス宛ての手紙を諦めれば、レオの元へ足を運んだ。
レオは手紙を読んで号泣してた。
「え、レオくん、何で泣いてるの?」
「お゛れ゛……っ、いぎでで、よがっだでず……!」
「……ロリちゃん、なんて書いたの?」
「少なくとも、泣かれる程の内容ではないと思うわ……」
精々、『あなたのことは悪くは思ってない』とか……『生きられたらそばにいさせてやっても良かった』とか、その程度。
むしろあの手紙のどこが一体彼をあそこまで感涙させたのか、不思議でならない。
「まあレオはロリミアの為に五年でオーディウス学園に、しかも編入試験で最高得点を叩き出す程に頑張ったからな……正直、気持ちは分かる」
「手紙一つでここまで泣かれる私の気持ちも分かってほしいわ」
「ちゃんと君と同じく動揺もしてるさ」
「何のフォローにもなってないわ……」
常識人のハズのクリスすらレオの奇行を対処しきれないみたい。
手に負えないわ、彼……
「ロリミア様……俺、今後も精進します。貴女のおそばにいても恥ずかしくないような男になり、全身全霊で貴女を守ります」
こっちが小っ恥ずかしくなるから、そんなに真剣な顔で私を見ないでほしいのだけれど。
「ロリミア様、誓わせてください。俺は貴女を守る騎士になります」
「あーもう、騎士にでも勝手に何でもなればいいじゃない」
「勝手に騎士になどなれません! 俺は貴女の正式なナイトになりたいのです!!」
「だから、いいから! 分かったからもうやめなさい! こっちが恥ずかしいのよ、分からない!?」
「ロリちゃん、顔真っ赤〜」
「茶々を挟まないでリューシャ!」
片膝をついてまっすぐと私を見つめるレオの精悍な顔がよく見える。
レオからの告白じみた宣言は恥ずかしいけれど、リューシャのバリアのせいで逃げ場が無い。
「ロリミア様」
レオからは、逃げられない。
「今後とも、俺は貴女を守ります。例え貴女が俺を拒んだとしても」
その時、珍しくリューシャが空気でも読んだのか、バリアを外した。今なら逃げられたけれど、レオが私の手を取った為にすぐに逃げるチャンスを失う。
彼は小さな私の手の甲にキスを落とした。
「――あの日、救われたあの時から、俺はロリミア様しか眼中にありませんから」
忠誠を誓うような仕草。揺るがない絶対的な意志。真に迫った言葉。
全てにおいて、彼は私にその想いの重さを理解らせてくる。
ここまで伝えられて、キッパリと断れるワケがない。
私の心は呆気なく傾いた。
「……上等よ。だったら守ってみなさい、この私を」
プライドが高いと自負していたけれど、この男にだったら負けてしまってもいい。
――いえ、既に敗北しているのでしょうね。
何においても、きっと彼には勝てない。
そんな屈服感から、私は彼の庇護対象に成り下がることを許諾した。
みんなのおかげで悪魔の呪いが解けたと実感するのは、それから退院してしばらく後。
学園の健康診断で身長と体重を計測した時だった。
「お姉様、三ミリ伸びていましたね!」
「たった三ミリだけれどね。……成長期はもう過ぎてしまったのかしら」
「ま、まだ伸びる余地はありますよ!」
「何なら体重も増えてたよね。ロリちゃん、これから太る余地アリってことだね」
「余計なことを言わないでくれる?」
「大丈夫だよロリちゃん、ボクはロリちゃんが太っても好きだよ。ねー、アンジェちゃん?」
「えっ!? ま、まあ……」
「ほら、アンジェちゃんも『太ってるお姉様も素敵です』だって」
「アンジェ? 私が太ってるって言いたいのかしら?」
「お二人とも意地が悪いですよ!?」
数値を見せ合って――というかリューシャが勝手に見てきて、ニヤニヤと人をおちょくる。素直なアンジェは口車に乗せられてあたふたとして、それがなんだかおかしくって噴き出してしまった。
「にしたって、流石は天下のオーディウス学園だよね。ロリちゃん、しばらく入院してたのに、筆記と実技のテストさえクリアすれば留年せずにまだ私たちと同じ学年でいられるだなんて」
「オーディウス学園の有情な制度に感謝ですね。もちろん、既に学園の授業でやる範囲をとっくに履修済みのお姉様もすごいですが……」
「まあ……暇だったもの。教科書を読む他にやることがなくって」
……それにしたって、必死に勉強していた気がする。
どうしてだったかしら……別に努力が生き甲斐のつもりは無かったのだけれど。
「おっ、男子の方も測定終わったっぽいよ。お〜い、レオくーん、クリスくーん」
「あれ、リューシャ嬢。ロリミアとアンジェも。そっちも測定が終わったのか」
「はい。結果は見ないでくださいね?」
「見ないって。見たら怒るだろ」
「もちろんです。乙女の秘密ですから」
学園に入学する前から、クリスとアンジェはこのようにフレンドリーだけれど、まだ付き合ってない。
……いつか、二人が付き合ってるって誤解されるんじゃないかしら。
クリスが奥手なせいね。それに比べて――
「ロリミア様、今日も麗しいですね」
「どうも。相変わらずあなたは今日も大きいわね」
「申し訳ありません、屈みます」
「そこまでしろだなんて言ってないわ。……いえ、別に跪かなくていいから。膝を突かず立ってていいから」
制服越しでも分かる体格の良さを誇るレオは、人目もはばからずに私を神格化してくる。
前に『勝者のクセに敗者にこうべを垂れて恥ずかしくないの?』と煽ってみたけれど、帰ってきた言葉は『勝ち負け関係無く貴女に心酔していますから』だった。
なんか普通に目が怖かったので、それ以上煽るのはやめた。
「あ、聞いてください。お姉様、身長が三ミリ伸びたんです!」
「それは本当ですか、ロリミア様!」
「え、ええ……そうね、伸びたわ。ほんの少しだけ」
「おめでとうございますッ!!」
「うるさいわよ」
私の身長がたかが三ミリ伸びただけ。それなのに、本人よりも誰よりもレオが感動し、号泣した。
確かに呪いが無事に解けた実感はするけれど、ここまで感極まられると正直引く。
「ロリミア様がご成長なされて……ずびっ、おれ、感激でず……!」
「な、泣くまでしなくていいじゃない……キモいわね……」
「ずみばぜん……なみだ、どまらなぐで……」
「レオ、こんなところで泣くな。アンジェも引いてる」
「い、いえ」
ガタイの良い男が豪快に泣いていると絵面に迫力があるし、女性陣は言葉を失ってしまう。クリスはレオの奇行に耐性があるらしく、肩はすくめどこの場で唯一困惑を免れていた。
「何で本人の私より喜んでるのよ。なっさけない……相変わらずあなたの涙腺、ザコなんだから」
「もうじわげありまぜん……鍛えます」
「急に冷静になられるとそれはそれでキモいわよ!」
レオは泣き顔から急にキリッとした真顔に変わる。あまりの変わり身の早さに、たじろいでしまった。
「ほんっと意味分かんないわ。頭おかしいんじゃないの? 一回お医者様に診てもらった方がいいわよ」
「別に俺、思考はいつも通りですが……」
「そのいつもの思考がおかしい――って、リューシャ、何笑ってるのよ。アンジェもどうしてそうニコニコしてるワケ?」
レオへ動揺するあまり、すらすらと罵倒が口から出る。けれど二人はどこか微笑ましげに、私がレオを罵倒する様を見ていた。
どうしてそうも向ける眼差しが温かいのかしら。
「あはは、レオくんってば良かったねぇ」
「何? レオってマゾヒストだったの?」
「そーゆーコトじゃないって。ねぇ、アンジェちゃん?」
ニマニマと笑みをアンジェに寄越すリューシャ。あの笑顔は良からぬことを企んでいる時のものね。
一方、アンジェも温かい笑みをレオへ向けた。
「こういう時のお姉様の罵倒は照れ隠しです。それにお姉様が照れ隠しで罵倒するのは、気を許した方のみなんですよ」
「え……な、なんと……」
「あ、アンジェ! 何言ってるのよあなた!?」
「お姉様も少しは素直になった方が良いですよ」
「言ってくれるじゃない、アンジェのクセに……!」
「そういうところですよ、お姉様?」
さ、さっきの仕返しのつもりらしいわね。
ぐぬぬ……と内心で唸っていれば、私の頭上に影が差した。
「ろ――ロリミア様ぁ〜〜〜〜!!」
「きゃぁぁああああっっっ!?」
再び感極まった様子のレオが私ににじり寄ってきていた。あまりの迫力に思わず悲鳴を上げながら距離を取ろうと、飛行魔法で猛スピードで逃げる。
「お待ちくださいロリミア様!!」
「『待て』と言われて誰が待つのよ! ちょ、ちょっとアンジェ! クリス! リューシャ! 助けなさいよっ!!」
「ねーねーアンジェちゃん、今度生徒会室に邪魔するねー。あの二人が痴話喧嘩とかしたら、ボクの話し相手いなくなっちゃうからさぁ」
「せ、生徒会室にですか……?」
「いいじゃんいいじゃん。クリスくんは遊びに行ったりしないの?」
「生徒会の一員でもないのに入れないだろ」
「え、でもいとこのお姉ちゃんが生徒会長だった時、ボク普通に出入りしてたよ」
「多分それはリューシャ嬢が自由奔放だったから注意を諦めただけだぞ」
「何呑気に駄弁ってるのよ!!」
他人事だと思って……! 良い度胸してるわね、今度理解らせてやるわよ!?
「ロリミア様ァーーーーッ!! 不肖レオ、貴女のそばに仕えてずっと貴女をお守りいたしますッッッ!!!!」
「分かったから追いかけてこないでキモいわっ!!」
迫真の顔面をして猛スピードで追いかけてくるレオと、そんな彼から全力で逃げる私。
それを「また照れ隠しの罵倒〜」だの「お姉様は素直じゃありませんからね」だの「いっそ可哀想に見えてきたな……」だの談笑する外野。
それはしばらくオーディウス学園でよく見られる光景になることを、この時の私は知る由も無かったし、知りたくもなかった……
本編はこれにて完結となります。
閲覧、いいね、ブクマ、高評価、感想、誤字脱字報告までしていただき誠にありがとうございます。とても嬉しいです。励みになりました。
以下は自我の出てる後書きみたいな感じなので飛ばしてもらって構いません。
元々はメス堕ち(不健全)小説読んで思いついたメス堕ち(健全)小説です。最後にメス堕ち(健全)するの書きたかっただけの一作です。
メスガキって題名に入っているのに、メスガキ要素が少なめで申し訳ない。実はメインはメス堕ち(健全)なんです。
そもそもTSもメスガキも書くの初めてだし詳しくないので、多分他にも何かやらかしてそう。すみません、精進します。
あと本当はリューシャ視点も入れたかったのですが、テンポや都合上カットしました。
気が向いたら番外編として出します。主要キャラで唯一視点話出てないし、リューシャ視点でも一悶着あったし。
そういえばXとかいうTwitterにて、ネッ友から誕プレでいただいたロリミアちゃんのイラストを掲載してるので、見てほしい。
イラストうれしうれしい。
あとはおさらいがてら軽くキャラ紹介(今更)を。
ロリミア・ポッピンドール
ロリポップが名前の由来のTS転生メスガキ系合法ロリ主人公。自分がメス堕ちしたことに気付いてないし、一部記憶を失う。
前世は男性権威主義で子ども嫌いの男。でもメス堕ちしてからは女の子らしくなったね♡
重い想いのレオに振り回されながら勝ち組の人生をメスガキとして歩むことになる。
アンジェラ・ポッピンドール
ロリミアがいなければ代わりに幼女になってた系清楚お嬢様。誰よりもロリミアのそばにいながら誰よりもロリミアのことを誤解する。
クリスのことは当時の生徒会長に指摘されてから意識するようになるが、自分が果たしてクリスに恋愛感情を抱いているか否かはまだよく分からない。
クリストファー・リヴァン
ギャルゲーにありがちな主人公の友人ポジに位置する平凡な田舎貴族の男。この中では一番まともな価値観や倫理観をしている常識枠。
アンジェラに恋慕を抱いているが、身分不相応であることと、アンジェラが自分を意識してるかすら不安なため、ヘタレな日本男児より奥手を決め込んでいる。
レオ
ロリミアに窮地を助けられたその日から彼女を想って研鑽したら、トップクラスの才能を開花させて本来より強くなってしまった屈指の脳筋チートキャラ。
本当は儀式中にグロリアバチのハチミツ舐めまくってて、呪いの解けたロリミアにキスして「めっちゃ甘……」みたいなのをしたかったが、よくよく考えてみれば筋骨隆々の男が幼女にキスするって時点でキツいのでやめた。
リューシャ・カカオルト
何故かロリミアをいたく気に入ったデリカシー0の天才。
詳しくは番外編で書きます。