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十二話「侵食」

 レオとの決闘の途中から記憶が無くし、気付けば私は着替えさせられて医務室のベッドで眠っていた。起きるとそばにいたアンジェやクリスに猛烈に心配され、事の顛末を聞くことになる。


 どうやら私は決闘中に吐血し、気絶したらしい。


「そう……悪かったわね。私の召喚した巨人も、暴走してしまったようで」

「いえ、クリスやレオ様、リューシャ様が対処してくださりましたから。それよりお姉様、ご容態の方は……?」

「肺が……げほっ、ごほっ。はぁ……しゃべるだけで、だめね……」

「あ、安静になさってください! 無理に話す必要はありませんから」


 肺が痛い。間違いなく死の呪いが肺を蝕んでいる。これ、死ぬまで続くのか……


 やれやれ。巨人は暴走するし、レオとの決闘には実質負けだし、肺は痛いし、踏んだり蹴ったりだな。

 しまいにはどこかに向かっては戻ってきたらしいレオに「呪いのせいだから負けじゃない」と言われ、情けをかけられているようで屈辱だった。


「うるさいわね、呪い呪いって。もう死ぬ身なのは分かってるのよ!」


「決闘に負けたのも呪われたのも全て私の責任。誰かに、何かに押し付ける気は無いわよ! ……どうせ、もう、死ぬんだから」


 ああ、腹が立つ。

 最近、どうも感情のコントロールが上手くいかないようだ。いつの間にか前頭葉が萎縮でもしてしまったのだろうか。不老の呪いは脳まで老化しないと思っていたのだが。


 しかし確実に呪いのせいで憐れまれているのは察していた。

 だからこそ気に食わない。


 ――私なんて放って、みんな笑って過ごせばいいのよ。

 どうせ死ぬ私にそう構わないでほしい。


 ()()()()()()()()()()()()()()




 ……は、


 私は何を、思ったのだろうか。


 医務室を去っていったレオやリューシャを気にする余裕は無かった。アンジェやクリスが心配そうに私の顔を覗き込むが、空返事しか出来なかった。


 何を言っているのだ、私は。レオを通して現実世界の人気者になり、勝ち組の人生を手に入れるために今を生きているのだろう?


 何故、私は今世を惜しむような思考をしているのだ。


「お姉様、やはりどこか具合は悪いのですか? 顔が真っ青です」

「……そう、かもしれないわ。もう学校には戻れないわね……きっと入院になるから」

「そんな……」


 私を見て悲しげに眉を下げるアンジェやクリスの反応は、憐れまれているようで苛立つ。しみったれていて気に入らない。

 しかしそれ以上に胸を締め付けられる。


 何かがおかしい。

 

 一度抱いた違和感は、病院に入院する羽目になっても、徐々に身体が弱っていても払拭されなかった。むしろ増すばかりだ。


 最初はらしくもなく情が湧いてしまったのかと思った。アンジェ以外で滅多に見舞いに来ない友人たちに寂しさを抱いたのだから。

 メスガキであることを強要される今世は屈辱そのものだ。しかし私は姉想いな妹、温厚な友人、私に好意を抱く者、使える下僕等々の人脈や、何不自由無い財産、飢えを知らぬ環境など、随分と恵まれた。

 今更この人生に愛着が湧いたのかと、錯覚した。


 だが、何かがおかしい。


 その『何か』は、たびたび見舞いに来るアンジェを見るたびに従来のものとは逸れる感覚を覚えた。


「お姉様、体調はいかがですか?」

「今日はまあ……調子が良い方かしら。アンジェこそ疲れているみたいだけれど、遅くまで勉強していたの?」

「まあ……そんなところです」


 最近、アンジェはみるみるやつれている。姉想いな奴だとは思っていたが、私の死期が近付くとここまで弱るものなのか。


「お願いだから無理しないでちょうだい。私の見舞いも、別に疲れてるから構わないから」

「いえ、お姉様のお顔を見ていないと、不安で不安でたまらなくて……」


 そう言って彼女は小さい私の身体に抱きつく。まるで、まだ生きる熱を確かめるように。

 私も彼女を抱きしめてやった。そうしたい衝動に駆られたがゆえに。


「まったく。アンジェは昔からアンジェね」

「……はい。私はお姉様がいないとダメです」

「まだ甘えん坊で、どうしようもなくて、しょうがない子。大人びてきてちょっとは頼もしくなったと見直したけれど、そうでもなかったわね」

「…………はい」


 私の罵倒すら弱々しく肯定するアンジェは見ているこちらが心配するほどに疲弊し切っていた。

 クリスは何をやっているんだか。惚れた女が弱っているんだぞ。助けにくらいなってやれ。


 おかしくなった『何か』は、アンジェを慈しんでしまった。




 日を重ねるごとにアンジェはやつれていったし、私の体調もどんどん悪化していった。

 入院時には無茶をすれば咳が酷くなった程度の症状も、今では何をしても肺を痛めながら咳き込む。全身に力も入らず、身体をあまり動かせそうにない。

 入院中に()()()()をやったらあとは暇になってしまった為、苦痛もひとしおである。


 私の寿命が近いことを知り、仕事を放棄すらして父や母が飛んできた。彼らは見ている憔悴しており、病人である私が心配する程だった。


「ロリ……すまない。何も出来ない親で、すまない……ッ!」

「ロリ……」

「そんな顔しないで、お父様、お母様。私の為に色々と手を尽くしてくれたのでしょう? それだけでも私は幸せ者よ」


 貴族らしからぬ人格者の二人は、衰弱しつつある私の顔色の悪さを目の当たりにして更に顔を青くする。


「私が今まで不自由無く暮らせたのも、二人のおかげよ。だから……」


 ああ、らしくない。

 言葉を詰まらせながら、自分でもそう自覚する。


「……その、ありがとう。ワガママばかり言う娘だったけれど、それでも愛してくれて」

「もっと、もっとワガママ言って良かったんだぞ、お前は……」

「そうよ、我が子のワガママなんて、いくらでも聞けたのよ……」


 完全にお通夜状態だな。

 お礼を言った気恥ずかしさから視線を彷徨わせていれば、両親は小さな私の身体を抱き締めた。


 私もおずおずと抱き締め返したら、更に泣かれた。

 ……まあ、愛した我が子を失うのは、善良な親にとって辛いのだろう。今日は大目に見てやるか。


 いつの間にか湧いた罪悪感は、確かに私が今世に情を抱いてしまった証だった。




 その数日後、初めて身内以外で見舞いが来た。


「お姉様、お待たせしました!」

「顔色が悪いな。すまない、ロリミア。見舞いに来れなくて」

「やっほーロリちゃん。あれ、見ないうちに痩せた?」

「ロリミア様! あまり無理なさらないでください!!」


 アンジェのみならず、クリス、リューシャ、レオまで一気に病室へやってきた。

 クリスは私の心配をするものの彼自身もどこか疲れた様子を見せ、リューシャは変わらず飄々としていながらも目の下の隈をこすり、レオはうるさく声を張った。

 ここ病室だぞ、静かにしろ。


 というかレオ、見ないうちに前よりゴツくなってないか?


「お身体の具合はいかがですか?」

「けほっ……ええ、まあ、あまり芳しくはないわ。よく咳き込むせいで、喉も痛むし、貧血だし……それより、急にどうしたのよ。みんなで来て」

「実は、みんなでしばらく調べ物をしていたのです」

「調べ物?」


 授業の課題の一環だろうか。それにしたって随分と調べることに時間がかかったような……


「お姉様の死ぬ呪い……もしかすると、お姉様が死なずに解けるかもしれないのです。試したことが無いので、確証はありませんが……」

「……! あなたたち、そんなことを――」

「ですから解呪を試します。だって私、お姉様に生きてほしいんですもの……!」


 涙ぐみながら話すアンジェだが、私は内心焦っていた。

 いや、いや。まさか解呪方法に辿り着いたというのか? どうやって!?

 そもそも私は死ぬ予定で今まで生きてきたのだ。ここで延命処置など行われたら、計画が全てパーだぞ!


「お父様たちにはつい先程、許可を得ました。あとはお願いします、レオ様」

「はい!」


 待て待て待て!

 制止の声を上げようとするが、ここ最近咳ばかりで痛む喉がそれを許さなかった。


「ちょっ――」

「あと少しの辛抱です、ロリミア様。俺が必ずあなたを助けます」


 そう告げたレオは儀式の口上じみた何かを唱え、辺りに魔力が漂い始めた。慌ててベッドから出て彼の儀式を止めようとしたが、衰弱死に近付きつつある身としばらくの入院生活で鈍った身体は、思うように動かせなかった。


 レオのまっすぐと向く強い眼差しと目が合うと、私の意識は闇へと落ちた。


 久々に見た友人たちの顔ぶれと、何より私が生きられるかもしれない未来に()()しながら。




 微睡か、あるいは気絶か。


 沈んだ意識は過去を投影していた。随分と懐かしい、私がロリミア・ポッピンドールとして生を受ける前の話だ。


「ギャルゲを元にした異世界に転生しろ」


「メスガキとして人気者になり、エンディングを迎えろ」


 神という名のふざけた輩から与えられた試練。その時の夢を見るのは初めてか。あの頃は憤慨したものだ。


「ふざけているのか?」

「ふざけていようがいまいが、関係無かろう。お前がやるべきはただそれだけなのだから」

「意味が分からない。どうやら我らが神は人間より頭が手遅れなようだな」


 そう嘲笑混じりで皮肉気にこぼしたのも懐かしい。

 まあ私に拒否権など無かった為、無理矢理転生させられることとなったが。


「そら、メスガキとして爪痕を残すとよい」

「ふざけるな! ()は男だぞ!?」

「中身が男でもガワが女なら問題無かろう」

「だからって女のガキなんかに――」

「つべこべ言わずゆけ」


 そして私は転生させられたのだった。今思い返しても神には腹しか立たんな。


 ……ん?


 今、違和感を感じた。一度得たその感覚はじわりと脳を侵食し、やがてとんでもない事実を認識する。


 ――いつの間に私の一人称は()から()になったんだ?


 前世の私の一人称は、『俺』だったハズだ。何故、私は『私』と自認し、あまつさえ今の今までそれを自然に受け入れていたんだ?


 夢の中の神が私を見た。その時初めて、私は神と過去の自分を後ろから見ていたことに気付く。

 奴は幼女となった私を認識し、そして口角を片端上げた。


「使命は果たされた。よくやったな、ロリミア・ポッピンドール」

「……何を……した……」


 紡ぐ声を震わせながら、呆然と立ち尽くす。


「私に……何をしたッ!!」

「ほんの手助けをしてやったまで。心配せずとも望み通り、勝ち組の人生を送らせてやろう」

「こんな屈辱があるか! お前、おまえぇ……! 私の意識に何かしたのだろう!?」

「手助けをしてやった、と言っているだろう」


 自分がさも親切心を働かせたかのごとくのたまう神に、私は怒りが収まらなかった。


「別に大した作用は無い。ただ、徐々に精神がその世界に生きるにふさわしくなるよう、そしてメスガキとしての意識を持つよう助力しただけだ」

「わ、私は男だぞ!」

「元、だろう。よもや気付いていないのではあるまいな? 自分の意識が徐々に侵食されつつあることに」


 ……そうか。

 アンジェが見舞いに来るたびに感じていたおかしな『何か』は、()()であったのだ。


 一人称が『私』で定着してしまったのも、アンジェや家族に情が湧いてしまったのも、全てコイツが仕向けて私の意識を密かに改変したからか。

 ふざけた真似をしてくれる。


「チッ、ならさっさと勝ち組の人生を送る為に転生させろ。もうメスガキはこりごりだ」

「勝ち組の人生は約束するが、転生は無理な話だ」

「は……何を言っているんだ?」


 神の言葉に脳が停止する。


 その言葉で察してしまい、その認識を認めたくないがゆえに。


「恵まれた家系や交友関係。不自由を知らぬ財産。他者を見下せる高水準の環境。ほんの一握りしか掴めない勝ち組の人生を、ロリミア・ポッピンドール、今お前は歩んでいるではないか」

「……ふざけ、るな。私はてっきり再び転生させてもらえるかと思って――!」

「誰が転生させてやると言った。あくまでこちらが提示したのは『勝ち組の人生の約束』だ。転生は含まれていない」


 そんなもの、詐欺ではないか……!


 確かに神の言う通り、今世が勝ち組と言っても過言ではない人生であることは認めよう。私が、メスガキでいることに常にプライドを傷付けられたこの私が、惜しんでしまう程の人生だった。


 だが、だからと言って幼女として一生を終えることを強いられるのは屈辱でしかない!


「察していると思うが、もうお前は助かる。あの儀式はお前を救う儀式だ」

「やはり悪魔の呪いを解く為の儀式か。まさか悪魔の時と同様に、全てお前の手のひらでは――」

「お前が蒔いた種だろうに」


 は? 何故そうなる?


「……気付いていないのか。まあそれもよい。残りの勝ち組としての人生、存分に楽しめ。ただし、変わらずメスガキとしてな」

「お、お前ぇ! こんなものを、こんな人生を歩む為に今まで幼女でいることを許容したのではないぞッ!!」

「吠えられてもその姿では可愛いだけだ。そら、帰れ。目が覚めたらあとは好きに生きるがいい。まあ、最後に手助けくらいはしてやるが」


 身体の自由が利かない。神は幼女の私を見下ろしたまま嘲笑っている。

 くっ、一発くらいは殴りたいのに!


「ではな。中々滑稽だったぞ、ロリミア・ポッピンドール」

「お前、絶対に――!」




 罵倒の言葉を繰り出そうとした瞬間、突如としてコンセントを引き抜かれたテレビのようにプツンと夢が終わった。


次回、最終回。

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