十話「悪魔のような天使なお方」
素朴な村の素朴な少年。物覚えが良くて手先が器用で力持ちでよく働くだけの普通の男子。それが俺だった。
村も含まれる田舎の領地を治める貴族とは環境なんて全く違って、田舎の外にいる貴族なんて別世界の住民だとも思っていた。
実際にあの時に俺を助けたあの女の子も、まるで天界から迷い込んできた天使のようだった。
村近くにある森はあまり長居の許されない危険な場所として知られる。そこは奥へ行けば行くほど魔物が出るし、『森の主』と言ってこの領地の警備隊ですら一筋縄ではいかない大物も棲んでいる。
俺はその森へ入った。なんてことはない、ただ村の意地悪なガキにおちょくられ、度胸試しするようけしかけられただけだ。単純だった俺はその挑発に乗ってしまった。
森の深いところへ足を進めるほど、不気味な雰囲気に変貌する。ましてや孤独で立ち向かえば、途中から恐れを抱いた。
もう引き返してしまおうか。
蛮勇の効果は切れて、冷静になった頭は「何をやっているんだ俺は」と正気を取り戻す。
しかし正常な判断を下すには遅すぎた。
「グルルゥウア……!」
熊に似ているが、その何倍もの巨体を持ち、鋭いかぎ爪を持つ化け物と遭遇してしまった。俺のような子どもを簡単に屠れるその魔物は、噂に聞いたことがあった。
森の主だ。
「っひ……!」
後退りしようとして、落ちていた枝に足を引っかけて転んでしまう。だが森の主がおめおめと俺を見逃すハズも無く、あっという間に距離を詰められてしまう。
――殺される。
生まれて初めて、死を間近に感じた。呼吸も荒くなり、心臓の鼓動もうるさく鳴るのに、そんなものを気にも留められないほどに焦りが頭の中を巡る。
森に入らなければ良かった。しかし全ては後の祭り。
「《ヘルファイア》ッ!」
だが突如として黒い炎が飛んできて、森の主の顔を焼いていった。いつまで経っても消えることの無いその炎に、森の主は甲高く森に響く悲鳴を上げる。
黒い炎の出どころへ目をやれば、俺よりも幼い見目の少女がいた。
彼女は金糸のごとき美しい髪をなびかせ、外見から受ける幼い印象とは反対に怜悧な淡い青の目で魔物を睨みつけていた。
丈の短い上質なロリータワンピースは彼女の可憐さを際立てており、初めは彼女が森の主を圧倒するほどの魔法を放った本人であると認識出来なかった。
「お、おまえ、いったい……」
「こっち!」
澄んだ空のような彼女の碧眼がこちらへ向く。それだけで、恐怖一色だった心臓が今度は別の意味で早鐘を打った。
それに浸る余裕も無く、彼女の透き通るように白くて弾力のある肌が伝わる。
彼女に手を引かれたのだ。
自分が危機に陥っていることを思い出せば、立ち上がって彼女に引っ張られるままに森の出口を目指した。
後ろで森の主が暴れる轟音が鳴り響いたが、振り返る間も無かった。途中つまずきそうになっても、危機感から無理やり体勢を立て直した。
何より、この子の目の前でこれ以上晒したくないと、男としてのプライドが働いた。
森の入り口まで戻ると森の主を撒いた。あの耳をつんざく叫びは既に遠くにあり、俺は助かったのだと悟った。
安心感から足の力が抜けそうになると、彼女は踵を返す。
「あとは道のりに進めば村のハズ。早く行って」
「ま、待ってって! まだ魔物から助けてくれたお礼を――」
窮地から救ってくれたお礼を言う暇も無く、彼女はどこかへ去ろうとする。それを引き止めるが、彼女は渋い顔をした。
「警備隊に報告しなくちゃいけないから。それじゃあね」
「せめて名前だけでも教えてくれよ! そもそも女の子一人で家に帰れるのかよ!」
こんな子どもが何故一人で森にいたのか知らないが、少なくともこの子は俺の村の人間じゃない。身なりからして恐らく貴族だろう。だがここいらの領地を治めるリヴァン家の者ではないことは明らかだ。
ならば別の領地から来たお嬢様。そう理解しての発言だったが、彼女の気を害してしまったようだ。
「どこの馬の骨かも知らない奴に名乗る名は無いわ」
吐き捨てるように言われた言葉に、俺はハッとした。
「……確かに名前を聞きたきゃ先に名乗るのがフツーだよな。俺はレオだ」
「そう。それじゃ」
「いやだから待てって!?」
おーい! と呼んでそっぽを向いた彼女の肩を掴もうとすると、彼女の身体はふわりと浮いて空を舞った。重力を無視して鳥のように飛び、彼女はどこかへと去っていった。
取り残された俺はただ茫然と空を眺めることしか出来なかった。
「……かわいかったな」
ただ、死にかけた後だというのに、俺の心は彼女に占められていた。
清廉なあどけない顔立ち、煌びやかな髪や瞳、フリフリの可憐な洋服。ビスクドールのような美しさと可愛さを兼ね備えておきながら、危機に颯爽と現れ、強者である森の主を易々とあしらうその強さ。
惹かれてしまった。最後まで目が離せなかった。胸の高鳴りが止まなかった。
――俺は自分の初恋を、自覚した。
村に戻って大人たちに怒られたが、その日から俺はどうしたら貴族とお近付きになれるかを周りに聞いた。
ただ会うだけならば都に行けばいいが、貴族の彼女が農民の俺のためだけに会ってくれるとは考えにくいし、会うだけでなく恩を返したいのだ。
あわよくば――とは考えるが、まずは探すことが最優先だろう。
「貴族を探すには貴族に頼る方が早いな」
父からそう聞いた俺は、この領地を治めるリヴァン家の戸を叩いた。
出迎えて対応してくれたのはリヴァン家の長男様だった。当主様はどうやら外出中で、次男様は貴族の友人のところに向かっているらしい。
リヴァン家の者は皆、温厚で善良だ。貴族にしては貪欲でない。だから俺の無茶にも等しい話にも真剣に耳を傾けていただいた。
「森の主を倒すほどの魔法の腕……金髪碧眼で、君より年下の少女……」
「はい。もしかして心当たりがあるんですか?」
「金髪碧眼の少女は珍しくないけど、魔法が得意となれば弟の友人で二人心当たりがあるよ」
「だ、誰なんですか! 教えてください! 俺、恩を返したくて……!」
前のめりになり、困らせてしまうほどに食いつく俺の様を見た彼は少し考え込む。
「……お礼が言いたいなら弟経由で伝えられるよ」
「いえ、お礼のみならず恩を返したいのです。命の恩人のためなら何でもするつもりです」
「その心意気はいいと思うが……どうやって彼女に恩を返すつもりなんだい?」
「それは……」
言葉に詰まってしまった。
相手は貴族だ。望みのものがあれば、金や権力に物を言わせて手に入れることなど容易いだろう。平民の俺の手など必要無い。
そもそも俺が出来ることと言えば、農作業くらいだ。
「……ち、力なら自信があります! よく畑作業を手伝ってますから! あと毎日水を汲んだバケツを持って走ってますから、体力にも!」
「生憎と執事や庭師以外に貴族周りで肉体労働する職業は少ないよ。それらになるにしても教養がいる。悪いけど君には難しいと思う……いや、待てよ」
俺を説得しようとする途中、彼は止まった。しばらく俺をジロジロと見つめ、見定めるような視線を送ると、彼は頷いた。
「――狭い門だが、君の会いたい人に会えるかもしれない道がある。上手くいけばそのまま力になれる可能性もある」
「……! そ、それは何ですか!?」
「国立オーディウス学園への入学だ」
いわく、そこは主に貴族たちが入る教育機関であり、卒業後にはエリートとされる職業へ就くことを確約されるという。
平民からすれば雲の上のような話だ。何せその学園に入るには幼い頃から相応する教育を受けていなければ、入学は不可能も同然。よほどの才能に恵まれていない限り、十歳の今から入学に向けて勉強しても間に合わない。
「文字は読めるかい?」
「親父に習ったんで……ある程度本は読めます」
「道理で農民にしては敬語が使えてるわけだ。なら本を貸すから、その内容を出来るだけ覚えてくれ。三日後にどれだけ覚えているかテストする。模擬戦闘もやってみよう」
「お、俺、戦ったことなんて無いですよ」
「素質が見たいだけだから、どのように戦ってくれても構わない」
一瞬怖気付いてしまった。
違う世界だと思っていた教育にただの農民の小僧である俺が触れたところで、果たして彼女に追いつくことが出来るのか?
――いや、やるしかない。
「分かりました。やります」
本を受け取った俺はその日から本の内容の掌握に努めた。
一目でもまた彼女に会いたい。ただその一心で、俺は新たな世界に飛び込んだ。
「読める……読めるぞ」
読めない文字は親父に教えてもらいつつ、必死に知識を頭に叩き込んだ。恐らく人生の内で一番集中力を発揮した瞬間だろう。
普段使うコップほどの厚さのある本を全て読破し、また三日後にリヴァン家の屋敷に尋ねると、いくつか問題を問われた。
問題は、ほとんど正解だった。
「驚いたな……普通の貴族は一ヶ月で覚えるようなことだ。それをたった三日で覚えたのか」
「数問間違えたので、まだまだです」
「向上心があるのはいいことだが、あまり無理し過ぎるのも良くないぞ」
「大丈夫です、問題ありません」
長男様には本気で驚かれた。確かに物覚えは良い方だと自覚していたが、並の貴族より吸収が早いらしい。
だがこの成長スピードじゃ遅い。今以上に勉強をしなければ。
「まあ世紀の天才でもない限り、頭脳だけでオーディウス学園に入れるわけじゃない。戦闘訓練も行う必要がある。庭に出て、好きな武器を選ぶといい。僕が相手をするからかかってきてくれ」
勉強のみに専念していたが、確かに強さも必要だ。言われた通りに庭に入り、まずは木刀を持って長男様に飛びかかった。
攻撃は受け止められた。が、向こうの方が体格差的に有利なハズが、俺の力の方が強かったらしい。
更に力を込めれば彼は体勢を崩した。
集中力が、極限まで高まる。
「そこだァッッッ!!」
ここぞとばかりに木刀を薙ぎ、彼の首に当てた。
「……参った」
たかが一瞬の出来事。だが俺は確かに彼の首に木刀を当て、一本を取った。
その事実に当の本人である俺が呆気に取られていると、長男様は困ったように笑った。
「本当に戦闘は初めてか?」
「生まれてこの方、畑作業しか知りませんでした」
「ならとんでもない逸材だな。現役合格も実現するかもしれない。将来が楽しみだ」
彼は俺に手を差し出した。その意を察すると、俺は握手しようとする――が、その前にふと気になったことがあるので口にする。
「……何で俺に協力してくれるんです?」
「聡いな。……別に、将来性のある若者に投資するのは当然だろう。それに、君の恩人らしき人物には僕も恩がある」
「恩?」
「弟が昔、助けられてな。兄としても礼を尽くしたいが、いかんせん田舎貴族が都会貴族に出来ることなんてたかが知れてる。君が恩を返してくれるなら、君を通して僕もお礼出来るだろう?」
もっともらしい理由だ。
納得した俺は彼の手を握り返し、俺は彼の指導の元、勉強や模擬戦闘を経て他の貴族と遜色無いほどまでに教養と力を得る。
……まあ作法にはとても苦戦させられたが、それはともかく。
それから四年の月日を費やし、俺は国立オーディウスに受験したら受かるだろう、というラインまで成長した。
貴族とはあまりにも環境に差があるのにここまで来れたのは、リヴァン家の長男様のサポートのおかげでもあるが、何よりまた彼女に会いたいがためだった。
「君を助けた人は恐らくロリミア・ポッピンドール嬢か、アンジェラ・ポッピンドール嬢だろう。どちらかまでは分からないが、二人は双子でどちらも魔法が得意だ」
「分かりました」
「ただ、二人の見分けは簡単につく。ロリミア嬢は幼い頃から外見が変わらないんだ」
呪いの類だろうか?
……俺の恩人が二人のどちらかだとすれば、ロリミア嬢だろう。あの時俺を助けた少女は、六歳くらいの女の子に見えた。
「僕の見立てでは受験には受かるだろう。頑張ってくれ」
彼に声援を送られ、俺は受験しようとした。
この四年間、最初の一年は指導を受けていた。が、途中からはただ教科書を与えられ、自主練に励むよう言われた。
俺に教えるという行為は無駄らしい。覚えようと思えばすぐに理解して覚え、模擬戦をしようとしても練習になったのは最初だけ。数ヶ月経てば自警団のリーダーすら相手にならないほど強くなり、最近は空気を相手に格闘している。
武器も使うと壊れてしまうし、何より己の肉体で攻撃した方が早い。だから我流の戦闘スタイルを確立していった。
勉学も戦闘も文句無し。
そう太鼓判を押され、受験当日――を迎えるその前、親父が病に倒れた。
まさかお袋に全てを任せて受験するわけにもいかず、俺は家に残り看病した。
俺はリヴァン家の、というかそこの長男様の後ろ盾やサポートがあったにも関わらず裏切ってしまった。
それに罪悪感を感じながら、親父の体調がマシになった頃に屋敷へ赴き、事情を話した。
「父親が倒れてしまったのか、なら仕方がない。そう気に病まなくてもいい」
意外にも、彼はあっさりと許してくれた。
「申し訳ありません……この四年間、手助けしてくれたにも関わらず」
「僕がしたのは僕の昔の教科書をあげたり、都に行く準備を整えたくらいだけど……それに心配無い。オーディウス学園は規定の年齢以上であれば何歳でも入れるし、あの双子と同級生になりたいなら編入制度という手もある」
「編入制度?」
「言ってなかったっけか。本来の受験より難易度は上がるが、二年次からでも入れるんだ」
その制度を使えば、ロリミア嬢やアンジェラ嬢と同級生になれるかもしれないのか。
「君なら編入試験に受かりそうだから、夏に受けても――」
「いえ、もう少し研鑽を積んでから受けようと思います。編入試験はとても難しいものなのですよね。親父の身体もありますし、不躾で申し訳ありませんが、春に編入試験は受けられないのでしょうか」
「夏を逃したら次の編入試験は冬で、二年からの編入になる。もっと難しくなるぞ」
「それまでに更に強くなればいいだけです」
「やれやれ……どこまで強くなる気なんだか。でも君なら出来る気がしてしまうな。なら僕が学園に通ってた頃の教科書全てあげるから、十分に勉強するといい。医者を呼んで父親の容態も診てもらうよう手配しよう」
「何から何までありがとうございます!」
「サンクコストってやつだよ。ここまで投資したんだ、最後まで付き合おう」
彼は本当に面倒見が良い。俺の村で食料の不足無く過ごせるのも、善良な領主とその家族の人柄のおかげだろう。
「そうだ、夏休みになれば弟が帰ってくるから、ぜひ顔合わせするといい。君の恩人がロリミア嬢かアンジェラ嬢なら、彼を通じて会える」
「分かりました」
ここまで世話になるとは頭が上がらない。深い感謝を胸に刻み、俺は村に戻った。
医者に診てもらった親父はみるみるうちに回復し、自分のせいで受験出来なかったことを悔やんできたが、別にチャンスが無くなったわけじゃない。
そもそも親父にも世話になりっぱなしだ。農業そっちのけで初恋に現を抜かして研鑽ばかりするバカ息子を、それでも応援してくれたのだから。
死にかけの時にすら自分の都合を優先するなんて出来ない。
夏が近付けば、俺は危険な森に入って森の主に遭遇したとしても無傷で対処出来るほどにまで肉体や戦闘技術が出来上がっていた。
だがまだ足りない。恩人だってこの数年で成長しているハズだ。
彼女を守れる力を得るまで、努力を怠るつもりは無い。
気付けば俺は十四歳ながら村の誰にも負けない偉丈夫になっていた。夏休みになって帰省し、何気に初めて会うクリストファー・リヴァン様には年上だと間違われるくらいには。
「……レオ、君って普段何食べてるんだ?」
「他の者と変わりありませんが」
「おかしいな……僕の方が良いもの食べてるハズなのに、何でこうも体格差が……」
「筋肉に締まりが無いだけです」
「だからって何で僕と二十センチ以上、身長が違うんだよ」
もはや一般男性とさして変わりは――いや、少し大きい俺の背丈によって、彼を見下ろす羽目になった。
長男様の計らいでクリストファー様と模擬戦を行うことになったが、結果は目に見えていた。
無傷で拳を構える俺と、冷や汗をだらだらと流しながら木刀を落とす相手。
軍配なんか上げるまでもなかった。
「……兄貴、何で今までレオの存在隠してたんだよ」
「面白そうだったし、お前はアンジェラ嬢に夢中だったから別にいいかなと」
「な――っ!? ……僕ってそんな分かりやすいか」
よく分からないが、どうやらクリストファー様はアンジェラ様に好意を抱いているようだ。兄の指摘に頬を赤らめながら目を逸らしている。
確かに分かりやすい。
「対戦ありがとうございました、クリストファー様」
「そう気負わなくていい。敬語も崩してくれ。なんなら呼び方も『クリス』でいい」
「……いいのか、クリス?」
「ああ。だって君なら編入試験を楽々突破して同級生になりそうだし」
そして俺はクリスと友人になった。
夏休みの間は編入試験の対策がてら屋敷に入り浸るようになり、自然とクリスと顔合わせするようになる。
「もうすっかり我が家に馴染んでるな。養子になるか?」
「悪いが俺は親父とお袋の息子だ」
「言うと思った。僕も呆れるほどの天才と家族とか拗れそうで嫌だ」
「俺は天才じゃない。色んな人に助けてもらったからここまで成長出来たんだ」
「そういうところがあるから憎めないんだよなぁ……」
この通り、クリスとも気兼ねなく話せるほどに気が合った。
俺が何故ここまで死に物狂いでありとあらゆるものを吸収して強くなっているか、その理由を語るべく俺の恩人の話をした時なんか真摯に聞いて協力すら申し出てくれた。
「……多分、ヘルファイアで森の主をいなすのは姉のロリミアの方だな。四年前でも彼女ならそれくらいする」
「そんなに魔法の腕が良いのか」
「彼女は魔法を偏執的なまでに学んでいる。だから今の彼女は既に現役の魔術師にすら及ぶ」
「そうか……流石にその領域にはまだ至れないな」
「『まだ』って……えぇ……」
強くなれば強くなるほど、あの日の恩人が放った魔法の強さについて身にしみて実感する。
ヘルファイアは従来の炎魔法と違い、中々消えない黒い炎を出す魔法だ。しかしその分だけ使う魔力がかかり、制御も難しい。
それを齢十でやっていたのだ。驚愕させられる。
「アンジェとロリミアにお前のことを紹介するのは構わない。が、頼むからいきなり威圧するような真似はやめてくれよ。お前怖いんだって」
「そんなに怖いか?」
「初対面はな。それにロリミアなんて背が低いから、彼女から見ればお前の威圧感が際立つ。あ、ロリミアに身長の話は禁句だぞ。それでボコボコにされた奴がいるんだよ……」
なるほど、触れてはならない禁忌か。
俺はしっかりとクリスの忠告を聞きつつも、彼から双子の思い出話を聞くことになった。
特にアンジェラ様について熱く語られた。
というか、惚気られた。
まあ俺も恩人に初恋を奪われたから、同族意識はあるが……
夏休みになるまで続いたその日々も、夏休みが終われば途切れた。友人が学園へ戻って寂しい思いを抱くも、編入試験を対策した。
対策に対策を重ね、森にある木を伐採がてら倒し、リベンジに来た森の主を完膚なきまでに叩きのめして恐怖を植え付け、教科書は食い入るように見て覚え、基礎の先の応用の応用まで理解した。
これ以上、編入試験に関しては努力の余地が無い。
そう自信をつけるまでに努力を積み重ね、俺は編入試験へ挑んだ。
――結果は、学園の歴史に名を残すほどの好成績で試験を突破した。
「ッシャァアアアアッッッ!!!!」
辺りにおたけびを撒き散らし、我も忘れて喜びのガッツポーズをあげた。
ちなみに流石の声量に、一緒に結果を見ていた長男様やクリスから珍しく怒られた。
春からは晴れて国立オーディウス学園へ編入である。
だがまだスタートラインに立ったばかりだ。双子に会ってどちらかが恩人かどうか確認し、その方とお近付きになって恩を返すのが目的だ。
目的を見失ってはいけない。浮かれた心を一瞬で引き戻して冷静になる。
「うわぁ急に落ち着くな!」
即座に切り替えればクリスに引かれたが、構わない。
リヴァン家のサポートもあって編入準備を進め、いざクリスの紹介でアンジェラ様と顔合わせをすると、恩人と重ね合わせてしまった。
が、彼女はあの日に俺が惚れた少女ではない。しかしあまりにも似過ぎている。
であれば姉のロリミア様が俺の恩人であることはほぼ確実。
俺は心の準備をし、五年越しに恩人――もとい、初恋相手と再会した。
「お会い出来て光栄ですロリミア様! 覚えていらっしゃるか分かりませんが以前に危機から貴女に助けていただいたレオと申します! ロリミア様に再び会って恩を返したい一心で精進してようやく同じ学校に編入することができました! 同じクラスでないのは残念ですがこうしてまた謁見してもよろしいでしょうか!?」
ハッキリ言って心の準備とか関係無かった。
彼女の姿を見るなり、思っていた言葉が全て吹っ飛んでしまったのだ。
ロリミア様はあの時と姿がお変わりなかった。いや、気のせいか、更に可愛くなられたような……?
とにもかくにも、印象は変わらない。
――まるで天使のようだ。
「……アンジェと間違えてないかしら?」
失礼な。俺がまさか貴女のお姿を見間違えるハズもないだろう。
それを否定すれば彼女は口を滑らせ、ボロを出した。どうやらロリミア様は俺を助けたことを覚えているようだ。
俺の存在を記憶の片隅にでも置いていただいただなんて、光栄極まりない。
「……なら、今度の筆記試験で私を上回ったらいいわよ。ま、庶民上がりのあなたでは無理だと思うけれど」
「本当ですか!? 頑張ります!」
ロリミア様は気高く、相変わらず俺とは別世界に住むような存在だった。
他の貴族と会い、クリスや他の都会貴族たちと交流してもその印象は変わらない。ロリミア様の周りだけ雰囲気が違うような、神聖な空気が漂っていた。
久々の恩人との再会という事実だけで舞い上がり、クリスから距離を取られるほどにその日の俺はニコニコで恐ろしかったそうだが、正直ロリミア様と会った後のことは覚えていない。
記憶にあるのは、多大な幸福感だけだ。
だが今度の筆記試験でロリミア様の点数を上回らなければ、二度と謁見すらできないというのだ。浮かれるのもほどほどにして、俺は試験勉強に取り組むことにした。
「聞いたよレオくん、ロリちゃんと筆記の点数勝負するんだって? どんな問題が出るか予想しようか?」
「遠慮しておこう。俺は俺の実力のみで彼女に勝ってみせる」
「わーお、熱いね。でも気に入ったよん。ロリちゃんの友達として彼女も応援するけど、レオくんのことも応援してあげる」
「ああ、ありがとう」
同じクラスのよしみで友人になったリューシャからの誘惑もあったが、俺は振り払った。
せっかくのロリミア様からの勝負だ。他の人に頼るのは無粋というものである。
そして試験は行われた。理不尽問題以外は全て解けたハズだ。だが依然として不安を抱いていた。不安過ぎて、試験から結果発表までロクに眠れないほどに。
そして筆記の順位が開示されると、俺は絶望した。
ロリミア様と、同じ順位。
すなわち、ロリミア様を上回ることが出来なかった。
――もう、お姿を見ることすら叶わなくなるのか……?
目の前が真っ暗になっていると、ロリミア様は忌々しげに顔をしかめながら俺を見上げた。
「……やるわね、あなた。ここまでとは思わなかったわ」
それは、一切の皮肉が無い賞賛だった。
ロリミア様が、あの気高いロリミア様が俺を褒めている!
その事実だけで、俺は地獄から天国に昇ったような気分になった。
「光栄です、ロリミア様! ……しかし俺はまだまだです」
「いいえ、同じ点なのだから、どちらが上かはまだ分からないわ」
「え? いえ、俺は別にロリミア様の上に立とうだなんて……」
俺はただロリミア様に恩を返せれば、それでいいのだ。叶わぬ恋だとしても、おそばにいられればそれ以上の幸福は無い。
そのためには別に彼女より上にいようなんて思っていない。今回の筆記だって、ロリミア様に会えなくなるのが嫌で頑張っただけで。
「何? じゃあ『下にいるからロリミア様が守ってください』って?」
「そんなわけありません! 俺はロリミア様を守りたい。その一心で努力をしてきたんです、庇護下なんてあり得ない!」
そうか、ロリミア様にとっては守られる者=弱者なのか。だから彼女にとってはそれが我慢ならないのだ。
「だったら、私と決闘しなさい! 勝ったら何でも言うことを聞いてあげる。その代わり、負けたらあなたは私の下僕よ。みじめに泣いて尻尾巻いて逃げてもいいけれど?」
「冗談じゃありません。では証明してみせます。俺があなたを守るに値する男だってことを!」
俺はロリミア様が強者である認識を微塵も疑ったことはない。ただ、彼女の力になりたいだけなのだ。
だが彼女はきっとそれでは納得しない。
ならば一度力を示す必要がある。そう判断して、俺はロリミア様からの決闘の申し込みを受けた。
レオ
ギャルゲー『メルクラ』の主人公。ロリミアのせいで積まれた死に物狂いの努力によってとんでもねぇ才能が開花し、リューシャすら超えかねない化け物になる。結構ゴツい。たまに天然バカ。