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一話「メスガキだと?」

 どうやら異世界転生したようだ。

 

 意味が分からない。




 今の私の名前はロリミア・ポッピンドール。愛称はロリ。

 外見は自称してしまう程に可愛らしい女児なのだが、残念ながら中身は成熟しているし、性別すら異なる。


 その原因は私が女児として生まれる前に遡るのだが、思い返すよりどうしても目の前のことに意識が逸れる。


 昔の西洋の貴族が好みそうな、品のある調度品に囲まれたアンティーク調の部屋。その中の豪華で質の良いダブルベッドに座りながら、目の前で安堵している男女と、私に泣きつく()()()()()()()()()()に対して、どう取り繕うか迷っていた。


「おねえ゛さ゛ま゛ぁ゛〜〜〜〜っ!」

「意識を失って以来、ずっと高熱で心配したんだぞ」

「目を覚まして良かったわ……本当に」


 ひとまず涙と鼻水を私の服に垂らしながら泣き喚くこのクソガキを止めてくれ。


 今の私の家族である両親とクソガキ――妹は、私の無事を確認して一安心したようだ。

 実は彼らが来る前に医者に診られたのだが、どうやら医者が「命に別状は無い」と判断しても不安がっていたらしい。


「肝が冷えたぞ。まさか禁書庫から悪魔の本を取り出し、開くとは……」

「ご、ごめんなさい、お父様」


 厳密に言えば私のせいではないが、身体は同じなのでここはしおらしく謝っておこう。

 すると今の私の父親である厳かな男は溜息を吐き、首を横に振った。


「いや……怒っても仕方がない。むしろ命を取られなかったことを幸運に思うべきだろう」


 いくら反省の意を示している娘相手とは言え、馬鹿をやらかした者に対してなんとも甘い父親だ。



 

 目を覚ます前の私は正真正銘のロリミア・ポッピンドールだった。だが今は違う。中身はれっきとした成人男性である。


 何故別人と化しているのか。

 それは前世の記憶を思い出したからだ。


 前世の私はいつの間にか死に、しかしその魂は天国にも地獄にも行くことは無く、気付けば何故か神と名乗る人物の前にいた。無神論者だった私は神を軽んじたが、脅すように存在ごと消えるような恐ろしい感触に襲われて状況を受け入れざるを得なかった。


 そして神は余興として私に「ギャルゲを元にした異世界に転生しろ」と申した。

 

 理解が追いつかず、思わず軽蔑の目を向けた。が、再び魂が空気に溶け出すかのような感覚に苛まれて恐怖を覚え、頷いてしまう。


 神が言うには、どうやらギャルゲーの世界で条件を達したら勝ち組の新たな人生を約束してくれるらしい。


 ……だが私はゲームについて人並み以下の知識を持つ一般人である。そもそもそんな余興、馬鹿らしいにも程がある。

 ふざけるのも大概にしろ、と抗議したが神の中では決定事項らしい。抗議は却下された。


 何様だ、コイツ?

 ああ、神サマか。

 

 そんなくだらない自問自答を終えると、神はついに条件について話す。


「メスガキとして人気者になり、エンディングを迎えろ」


 と。

 反射的に握り締めた拳を振り上げなかった私の理性を褒め称えたいくらい、怒りに駆られたのは言うまでもあるまい。

 そして神は私の意思や疑問など気にすることも無く、一方的に喋るだけ喋って私の意識は途絶えた。


 生まれ変わって母親の産道を通った時はまだ前世の記憶は無く、六年は普通の女児として生きた。

 が、つい数日前、貴族である両親が散々言い聞かせる程に出入りを禁止されていた禁書庫から悪魔が眠ると呼ばれる本を開いてしまう。

 

 そこから数時間前まで高熱にうなされて現在、前世の記憶を取り戻した次第である。


「お、おねえさま。ほんとうに、だいじょうぶ……?」

「大丈夫よ。さっきまで寝ていたのだから、身体はスッキリしているわ」


 私の顔を覗き込んでくるのは、うるうると目に涙を溜めて今の私と瓜二つの顔をくしゃくしゃにする幼女は今世の双子の妹である。

 手入れするまでもなく艶やかな金髪は肩まで伸びている。まんまるの碧眼にはありありと心配を浮かばせ、赤子を彷彿とさせる程に弾力のある頰は血色が良いのか赤みが乗っている。

 人畜無害を体現した少女。それが彼女である。ちなみにこの子と同時に生まれた一卵性双生児の為、私も全く同じ容姿を持つ。

 

 妹の名は確か、アンジェラ・ポッピンドールといったか。愛称はアンジェ。

 是非とも私の名前と交換を――いや、やっぱり遠慮しよう。見た目通り、天使を思わせる名前なのだ。

 女児(ロリ)もだが、天使(エンジェル)に近い名前は中々堪えるものがある。


「な、なにかほしいものない? ごはんたべる?」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて?」

「でも、だって、おねえさま」


 クソガキはしゃくり上げながら泣いている。

 それもそのハズ、数日前の私は彼女と共に悪戯心で禁書庫へ入ろうと画策したのだ。あの時止めていれば、と自責の念に駆られているのだろう。


「……アンジェから全て聞いた。まずはゆっくり休みなさい」

「はい……ごめんなさい、お父様」


 休む為にまずこのうるさい妹を引き剥がしてくれ。

 ベトベトになった服を見下ろして気が滅入るのを感じながら、家族が退室するのを見送った。


 ……私は病人だぞ? しかも年端もいかぬ子どもだぞ? 服を用意してはくれないのか。

 と思ったがメイドがいたようで、彼女が私の看病や世話をした。


 よほど金や権力のある家らしいな、転生先は。


 一瞬、優越感から笑いが喉元までやってきたが、今の私は幼女だ。メイドの女に女児向けの可愛らしいパジャマを着せられたこともあり、元成人男性としてのプライドはズタズタである。


 その後も療養の為の数日間、現状に不服を持って難しい顔をしていたら「具合が悪いのではないか」と疑われ、ガキらしく作り笑いをする羽目になり、神経はすり減った。


 あの神、今度会ったら拳を顔にめり込ませてやる。




 そう決意して安静にし、医者からも「もう大丈夫です」と太鼓判を押される程に体調が回復すると、次第に私の心は整理がついた。

 訝しまれて面倒事にならぬよう、女児らしく振る舞わなければならないのは慣れないが。


「おねえさま、ほんとうにだいじょうぶ……?」

「大丈夫って言ってるでしょ。アンジェは心配性ね」


 快調に向かう私は、年がら年中様々な花が咲いている庭園でうるさいガキと散歩していた。先程からこの今世の妹は私に配慮してくるが、そもそもベッドの上で安静にし過ぎる方が身体に毒だ。


「……わたしが『禁書庫へ行きたい』なんて言い出さなければ」

「もう、まだそんなこと気にしてるの? 気にしてないって」


 コイツは一緒に禁書庫へ入ったことをずっと後悔しているらしいが、正直うざったい。


 そもそもその悪魔と出会うことで、私は前世の記憶を取り戻すよう仕組まれていたのだ。あの腹が立つ神に。


『転生先の世界の元となるギャルゲの知識も産後に直接叩き込もうと思ったが、前世の記憶含めて情報が多過ぎる。知恵熱で死にかねない』


 とのことで、ある程度育ってから前世の記憶やギャルゲの情報を脳内に刻み込む算段だったようだ。それが成功した結果がこの前の高熱である。


 そして前世と共に思い出したギャルゲの情報だが、まるで頭に完全攻略本を叩き込まれているかのごとく不備無く全知識が備わっている。


 その中には、目の前にいるコイツの情報もあった。


「……? どうかしたの、おねえさま?」

「別に……」


 ギャルゲの名前は『メルトクラウン』、略称がメルクラ。中世ヨーロッパ風の異世界を舞台にした王道RPGで、恋愛と戦闘を同時に楽しめる学園もののゲームだ。


 主人公は魔法と剣技の天賦の才を買われ、国立オーディウス学園に編入する。そこは卒業してしまえば官僚や宮廷魔導士、王族直務の近衛騎士などなど、幅広いながらエリートの道が用意されている最高峰の教育機関だ。

 エリートになる為に門を叩いた先に待ち受ける学園生活で、主人公は友人やライバル、更にはそこで出来た恋人と共に青春を謳歌することになる。

 おおよそこんなあらすじだ。何の面白みも無い。


 そしてゲーム内では、主人公が学園で出会うキャラの中に今世の妹もいる。……ただし、私の目の前にいる幼女の姿のまま。


 アンジェラ・ポッピンドール。幼い頃に呪いをかけられ、成長が止まってしまった少女。外見とは裏腹に大人びた印象を持つ。

 ゲーム内での紹介文はざっとこうだ。ちなみにゲームでは一人っ子である。


 そして彼女の呪いとは悪魔の本を開いたことによるものである。つまり彼女の代わりに悪魔の本を開けた私は、年月を経てもずっと幼女のままだろう。


「おねえさま、むずかしいカオ。なにかなやんでる?」

「大丈夫よ。ただ、悪魔に対してちょっと苛立っただけ」

「おねえさま、何日もねてたもの! 怒ってとうぜんよ!」


 むすっとした顔で私の怒りに共感するクソガキ。怒りの矛先は悪魔ではなく悪魔のごとき神とここしばらくしつこいお前なのだが。

 どうやら神は私にメスガキとして人気者になることをご所望らしい。この数日でその意味を考えてみた。


 周りの人間から好かれる。それが人気者だと思うのが、どうも引っかかる。

 悩んだ末に出たのは『もしやこの世界もゲームとして存在しており、ゲームのキャラとして人気者になれということか?』という推測だった。


 つまりこの世界の人気者ではなく、現実世界の人気者になれと。

 

 考え過ぎかもしれないが、妙にしっくりきたもので、その路線で考えるようになった。

 もしそうだったらあの神もいっぺん死んでみろ。


 ……いかん、殺意でまた眉に力が。

 しかめ面をしていると心配されて面倒なのだ。


「それよりアンジェは勉強の時間でしょ? 部屋に戻らなくていいの?」

「うっ……お、おねえさまが心配だもの」

「つまらないからやりたくないだけでしょ?」

「……おねえさまにはお見通しかぁ」


 そうあからさまに嫌そうな顔をされればな。


 貴族として生まれたからには、将来は人の上に立つだろう。その為には勉強は必須である。別に貴族でなくとも勉強はすべきなのだが。

 とは言えこのクソガキはまだ道理も知らぬ子ども。遊びなどという非生産的行動の方がよっぽど大事らしい。


「じゃあ勉強するから、おねえさまもいっしょに部屋にもどろ?」

「ええ、ゆっくり本でも読んでるわ」

「むう……おねえさまだけずるい」


 奴は私が絵本でも読むと思って羨ましがっているが、そんな稚拙なものは読まん。


 あのガキが家庭教師の待つ自分の部屋へ戻れば、私は自室へ向かった。子ども部屋らしからぬ豪華絢爛な家具が出迎えるが、目もくれずに本棚の前へ立った。

 かかとを上げて手を伸ばし、手に取った本は『初級魔法大図鑑』。


 どうやら異世界らしく魔法という非科学的なものが存在しているようなのだ。試してみれば確かに私にも使えた。

 魔法があれば悪魔もいる。なんともファンタジー世界らしい。しかし代わりに科学の発展が著しく遅く、まだ鉄道は無い。何せ魔法が万能過ぎるゆえに、人々の関心は工業より魔法にあるのだ。


 かく言う私も魔法の存在を容易に受け入れ、先日から学び始めていた。


 というのも、先述した国立オーディウス学園への入学資格に関わることもあるが、一番の理由は神が言う『メスガキとして人気者になれ』という珍妙な任務をこなす為だ。

 あんな者の言うことに素直に従うのは気に食わないが、こなせば勝ち組の人生を約束するらしいのだ。


 勝ち組の人生。どの世界でもそんな人生を羨む人間が大多数だろう。しかしほんの一握りしかそれは掴めない。

 無論、努力をすれば後天的に勝ち組になれるケースもある。だが大抵は生まれた時から恵まれている人間が手にするものだ。


 ……話が逸れたな。

 メスガキとして人気者になれ。なんとも難しい指令だ。メスガキという概念は知っているが、その定義通りにただ生意気な少女として振る舞ったところで人気は博せないだろう。

 まずメスガキというキャラを確立しなければならない。


「その為には、勉強だな……」


 素の口調が甲高く幼い声に出て部屋に響く。慣れないな。


 メスガキといえば生意気だ。そして生意気でいるには、人より自信家である必要がある。自信を持つには優秀さを備えるべきだ。

 それに理解(わか)らせという用語もメスガキとセットで存在する。メスガキという言葉が定着する程メスガキに需要がある理由は、この理解(わか)らせにあるのだ。


 自尊心が高い生意気なガキを屈服させたい。これが理解(わか)らせだ。

 そんな下劣な性欲がメスガキという概念を生み出したのだ。


 だから私の目標は、屈服させたくなる小娘を演じて画面の前の人間を誘惑することだ。その為には中途半端に優れていなければならない。

 優れていなければ『屈服させたい』と思いにくいし、優れ過ぎていると逆に『頑張っても届かないから無駄だ』と諦めてしまう。ちょうどいい塩梅を狙い、理解(わか)らせがいを与えてドツボを突く。


 そうして初めて私は『メスガキ』のスタートラインに立てるだろう。


「いや、擁護出来ないくらい気持ち悪いな」


 ダメだ、悪寒がする。

 性的な目を向けられる必要があると理解した途端にぶるりと震え、本を落としかけた。

 そもそも元成人男性が幼女として生活しなければならないこの現状がキツい。知らぬ間に地獄にでも突き落とされていたのか?


 この程度の苦行で勝ち組の人生を送れるなら、と一瞬でも思っていた私を殴りたい。精神がすり減る。


「……だが、勝ち組か」


 恵まれた家系や交友関係。不自由を知らぬ財産。他者を見下せる高水準の環境。それらを得てしてこその勝ち組だが、欲しても容易に手に入るものではない。


 しかし。しかしだ。

 この苦行さえ耐え抜けば、勝ち組の人生を約束される。


 たゆまぬ努力で勝ち上がる後天的な勝ち組のように、精神的苦痛に堪えながらもこの世界に爪痕を残すことで私の来世は華々しいものとなる。


 ――よし、演じ切ろうではないか。メスガキを。


 キャラ的に、女だからと言って男に媚びるような真似をしなくていいだろう。むしろ私の性格は高慢だと自覚しているので演じやすい。それは不幸中の幸いである。

 そして神が仕組んだ通り、私は悪魔に成長しない呪いをかけられた。ガキのまま時間が止まったなら、メスガキのフリも容易だ。


 ここまでお膳立てされたのだ。引き返せないも同義である。


 ならば徹底的にやるしかあるまい。


「チッ……」


 だが分かっていても気持ち悪さは払拭出来ないのだった。



主人公の前世は男性権威主義で子ども嫌いの男の為、女性や子どもに厳しい表現があります。


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