魔術戦
「さて、どうしようかな」
俺は地面に潜るように消えていく小山のようなサイズの『魔獣』を見る。
情報世界では、あの魔獣を中心に空間が歪んでいる。
恐らく『裏』に向かうつもりだろう。
(俺達は分断された。俺達に気づいてもいるだろう。だけど、エリス達を優先した。つまり、狙いはエリスかガーベラ、もしくは皆殺しにするつもりだけど、向こうの方が優先度が高い。……出口が向こうにある?いや、無いから先に殺すつもりか?)
駄目だな。可能性は色々思いつくが、エリスと違い将の才能は無いので、択を絞れない。
「ティーリア、どうする?」
「な、何がよ?」
魔獣がまき散らす膨大な魔力と呪いの気配に怯えているティーリアは、長い耳をしおらしくしながら聞き返してきた。
「こっちで出口を探すか、向こうに行ってガーベラたちと合流するか」
「……合流するに決まってるでしょ!」
そう言うと思った。
だが俺も賛成だ。あの魔獣はエリス無しではきつい。
「オッケー、なら行こうか」
俺は地面に手を向け、魔術を組み立てる。
空間魔術と錬金術の合わせ技、即席だが出来るはず。
「よし」
俺の手の先には、俺たちが『表』に飛ばされた時に通った空間の穴があった。
「はあ!?アンタ、どうやって作ったのよ?」
「勘とセンス。世界の広さに対して魔獣の支配が行き届いてないから、構造さえ理解できれば穴は開けられるよ」
この『表』に呪いが濃く残っているのがその証拠だ。
あの魔獣は恐らく、クライと同じ、『呪骸種』だろう。
呪いで肉体を作っている。
だが流石に、千年降り積もった呪いは支配しきれなかったのだろう。
「でも急いで。ちょっときつい」
普通の空間魔術以上に魔力の消費が激しい。
何と言うか、別種の魔術と効果範囲が重なっているようで、術式の維持に大量の魔力を必要とするのだ。
「ちょ、急に―――「ティーリア、まずい、誰かが俺の作った道を通った」」
俺の言葉にティーリアは息を呑んだ。
思い当たることがあるのだろう。
「それって……」
「来る前にアルフィアから説明があった教団の『透明化術者』だね。多分、2人組で隠れてたんだろうけど、道の途中で離れたんだろう」
だから一人だけ、俺の感覚に引っかかった。
(この空間は教団の作ったものでは無いのか。あの魔獣の支配者はアルフィアか?それともイレギュラー……どっちにしても魔女の手のひらの上だ)
今できるのは一刻も早く魔獣を討伐することだ。
「急がないと!お姉さまたちが奇襲されたらまずいわ!」
「そうだね」
俺達は2人そろって穴に飛び込んだ。
だが――――
「――――狭いんだけど!?」
「し、仕方ないだろ!」
穴が狭いから、必然的に二人で抱き合うような体勢で落ちていく。
ティーリアの柔らかい手足が絡み合い、吐息が肌に当たる。
眼前にある新緑の瞳は、鋭くこちらを睨んでいる。
「さっさと着きなさいよ!」
「それはこの世界の制作者に言いなよ」
あの魔獣かアルフィアの設計だよ。どっちも殺すから手伝うよ。
「抜けたわ!」
俺達は再び、緑豊かな世界に戻ってきた。
同時に、遠方からの強烈な視線を感じた。
(魔獣……見てるな)
忌々しいと言いたげな魔力の揺らぎが、空間の穴を一瞬で埋めた。
(二度目は開けられないな)
退路は消えた。
緑豊かな平原。その中央に鎮座し、呪いをまき散らす魔獣。
そしてその付近で戦闘準備を整えるエリスとガーベラ。
(チッ。教団は消えてるな)
この状況はあいつらにとってもイレギュラーなはずだ。
でなければとっとと脱出している。
だが、行動が読めない。俺達と共に魔獣を倒す方向に向ければいいのだが……。
俺とティーリアは、〈飛行〉を発動させ、エリス達の元へと向かう。
「遅かったですね。何をしていたんですか?」
じろり、とエリスは俺とティーリアを見る。
聖母のような笑みを浮かべているが、その碧眼には炎がちらついている。
横に立つガーベラも、こちらを、というか主に俺を睨みつけている。
「え、いや、別に何も」
「そうね……普通にもどっただけで」
「…………まあいいでしょう。ですが、戻ってきたのは尚早だったかもしれません」
「なぜ?」
「こちらに出口は無いので」
「………なるほど。つまり俺たちは追い詰められたのか」
「そうなりますね」
「もう一つ悪い報告。こっちに教団がいるわ。しかも二人で一人は透明化術者よ」
エリスも俺と同じ結論に達したのか、不確定な三つ巴に眉をしかめた。
流石の彼女もこの状況は読み切れないらしい。
「ガーベラ、敵の攻撃をトリガーに反撃の魔術を組めますか?」
「はい、自分だけであればぁ」
「それで構いません。ティーリアは勘でどうにかしなさい」
「分かったわ」
分かったのか。流石騎士の国の王女様。たくましい。
そしてエリスは教団を敵として対処することにしたようだ。
透明化術者の透明化による奇襲への警戒を促している。
「私とティーリア、ガーベラの死霊術で魔獣を足止めします。ゼノン君は魔術での攻撃を。ガーベラはゼノン君の護衛を」
「分かりましたわぁ」
「了解よ」
「はーい」
俺の気の抜けた返事にティーリアはにらみを利かせてくるが俺は無視する。
相変わらずのチンピラ王女だ。
せいぜいガーベラに行儀が悪いと怒られるがいい!
「ゼノン、ちゃんとしてねぇ?」
「うえっ!?わ、分かってるさ」
「ふっ」
――――ッ!こいつ、覚えてろよ。
「………」
エリスはちらりと俺を見る。
それは、どこまでやるのかという確認だ。
俺が本気で魔術を使うとなれば、それは錬金術だ。
だが錬金術を本気で使えば、いよいよ言い訳が出来なくなる。
薄々不審がっているガーベラにバレるぐらいならいいが、この場には『モルドレッド教団』もいる。奴らに顔がバレるのは最悪だ。
「まあ、それなりに頑張るよ」
「………はあ、貴方は本当にふざけてるわねぇ」
「ちゃんとしなさいよ、私のために」
「そうですね、ゼノン君はそれぐらいがいいかもしれません」
エリスの判断は、本気を出す必要は無い、か。
今この場で最悪なのは、エリスが死ぬこと。
次に教団に俺がアリスティアだとバレること。
最後がティーリアとガーベラが死ぬことだな。
僅かな言葉だけで俺とエリスは優先順位を決めた。
「では、行動開始です」
エリスは小山のような肉塊へと駆ける。
ティーリアはエリスの方へと肉体を旋回させる魔獣の側面へと回り込む。
それに付き従うのがガーベラの『死の騎士』だ。
ガーベラ本人は俺の周囲に警戒を払い、幾重もの結界を敷く。
そして俺は、魔術の準備をする。
極大の魔術陣が幾重にも重なり合い、砲身を形成する。
中央に輝くのは圧縮された魔力の輝きだ。
マインの屋敷に襲撃を仕掛けた際に使用した、魔力を術式で増幅、指向性を持たせ、解き放つだけの魔弾だ。
緑に満ちた平原を真昼のように照らし、草花を余熱で焼く太陽の如き輝きに魔獣の視線が向くのを感じる。
『Gruuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!』
極大の咆哮が放たれる。
叫びに合わせ、周囲の植物が枯れていく。
それは、呪いへの体勢を持つ魔術師でなければ、即死していたであろうほどの濃度の呪いだ。
それが、攻撃ではなく、ただの『叫び』に付随している。
(地上に出てなくてよかったな)
これに耐えられるのは、魔術師多い学術都市と言えど、ごく一部だろう。
閉ざされた異界でなければどれだけ被害が広がったか。
「ゼノン、ここで殺すわよぉ」
ガーベラも同じ結論に至ったのか、硬い声音でそう言った。
「分かってる。『射抜け』」
起動句と共に、魔弾が解き放たれる。
直撃すれば魔獣の巨体も吹き飛ばせるほどの魔力を込めた。
俺の攻撃に対し、魔獣の取った行動は、防御である。
魔獣の巨体が膨れ上がる。
瞬間、その全身から血が噴き出した。
血は凝縮し、盾のように魔獣と魔弾の間に揺蕩う。
魔弾は血の盾に触れた瞬間、散って行く。
(魔術の制御が、解けた)
空中で花火のように散った魔弾は、無数の火花となり、地上に降り注ぐ。
それは魔獣の周囲一帯の地面を、爆撃した。
暴風と熱が、俺とガーベラのいる場所まで届く。
………あのあたりにはエリスとティーリアがいたんだが。
「ガーベラ?」
「ティーリア様は大丈夫よぉ、『死の騎士』が庇ったからぁ」
なら、いいか。エリスなら自力でどうにかしただろう。
先ほどの一撃で魔獣の意識は完全に俺に向いた。
それにあの魔術は………。
(ガードゥの支配魔術だな。………あれがガードゥ?追い詰められて巨大化するなんて、べたな真似を)
だがそれだけではない。
あの魔術はガードゥの肉体が触れた一定範囲しか届かないはず。
血に乗せて効果範囲を広げるなんて真似が可能になるとは。
(固有魔術の完全な伝達を可能にするあの肉体。上で沸いた魔獣共と同質のものだな。教団の用意したものなら、前にゼノヴィアと一緒に取った『魔王』の類だろう。だけど、それだけか?)
アリスティアの錬金術師として、あのガードゥの成れの果てと地上の魔獣は同類のものだと分かる。だが、その質が違い過ぎる。天と地ほどの差がある。
『Gtuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
考える時間は無い。
魔獣は更なる血を吹き出し、それは空中で無数の矢を形作る。
狙いは、俺だ。
俺は術式を構築する。だがそれは、防御のためのものでは無い。
俺のみを守るのは、彼女の役割だ。
降り注ぐ血の矢を前に、俺は冷静に彼女の名を呼んだ。
「ガーベラ」
「分かってるわぁ。〈転移〉」
空間魔術が発動し、俺とガーベラは空中に移動する。
俺達の真下を矢が降り注ぎ、地面に着弾した瞬間、気体へと変化し、周囲に滞留した。
(当たらなくても気体になって魔術の支配を奪ってくる。面倒だな)
物質の形態変化と制御は、本能的な魔獣のそれではない。
明らかに魔術師の思考回路と技術を感じる。
「〈黒色硬化〉『飛べ』」
俺は硬質化させた地面を移動魔術で持ち上げ、回転をかけながら魔獣にぶつける。
魔獣は血の盾で先ほどと同じように防ごうとする。
だが、一度加速した岩は、魔術を打ち消されても慣性で飛翔し、その肉体を抉る。
それでも、ダメージにはなっていない。
肉体に食い込んだ岩は、瞬く間に取り込まれ、傷口を塞ぐ。
(魔術は解体され、物体は取り込まれる。俺の天敵みたいなやつだな)
長期戦の予感を俺は感じ取る。
「ゼノン、飛ぶわよぉ」
再び視界が変わる。
何かと思い、先ほどまでいた空中を見ると、血の霧で覆われている。
触手のように蠢く霧は、逃した獲物を惜しむように風になびく。
「さっき矢で飛ばしたやつか」
霧は形を変え、数多の手と化す。
宙を飛び、結界に守られた俺とガーベラを追う。
だがガーベラは〈転移〉と〈飛行〉を使い、軽やかに躱す。
「上に気を取られ過ぎだよ」
遥か下、土煙に隠された地上で光の刃が立ち昇った。




