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【金狼】と【編纂】

「でかいな」


分かり切ったことを口にしたリーダーへと、メンバーから白けた視線が注がれる。

メンバーの意を汲んで口を開いたのは、副リーダーのエマだ。


「怖気づいた?」


【勇猛なる戦士】のリーダーであるブレイズは鼻で笑い飛ばした。


「まさか。こいつを狩れば、俺たちもミスリルになれるかもしれない。高揚だよ、エマ。俺は今、戦意に震えているのさ」


パーティーメンバー以外の人間には見せない、獰猛な冒険者の顔。一人称も変わり、こちらがブレイズの本性だ。

とは言っても、誰かを騙しているというわけではなく、ただ単に皮を被っているだけだ。

ブレイズの理想は、勇猛果敢で誠実、冷静な貴公子だ。

だが我の強い精神をいつになっても塗りつぶせないだけである。


「ミスリルね。個人ランクがミスリルに上がるには桁外れの功績が必要よ?」

「だから今なのさ。学術都市に拠点を移して2年で都市存亡の危機を救う。十分すぎる功績だろ?」


エマはその言葉を否定しなかった。

ブレイズの率いる【勇猛なる戦士】のパーティーランクはミスリルだが、構成員にミスリルはいない。最大がブレイズとエマのゴールドだ。


「ミスリルになれば、俺たちは名実ともに【勇者】に並ぶ!誰にも二番手なんて呼ばせねえ!」


そう。それがブレイズの行動原理だった。

ブレイズの率いる【勇猛なる戦士】は、以前は龍王国ディーンを拠点に活動していた冒険者パーティーだった。

当時、すでにゴールドランクに到達し、新進気鋭の若手として名をはぜていた彼らの進撃を止めたのは、何を隠そう【勇者】率いる【黒白の刃】であった。


王子と隣国の聖女率いるそのパーティーは、身分、実力、カリスマ、どれをとっても【勇猛なる戦士】の上位互換であった。

【勇猛なる戦士】を上回る速度でランクを上げ、国を襲う魔物を討伐し、()()()()を壊滅させた彼らの名声は、国内外問わず、広まっていった。


この国ではどこまで行っても二番手だ。そう判断したブレイズは、副リーダーの勧めもあり、拠点を学術都市アルフィアに移したのだった。

新たな地での冒険者活動はスムーズに進んだ。発生する魔物のレベルは龍王国よりも高かったが、さらに自身を鍛え上げることで、彼らは新天地でも『都市有数』の冒険者の地位を手に入れた。

だが一年と少し前、勇者たちがこの地にやってきた。

下火になっていた対抗心が再び湧き上がり、【勇猛なる戦士】はここ最近、精力的に活動していた所に、今回の件だ。


「分かってるの?今回は勝利優先。負ければ市民が死ぬわ」


少し逸っている。そう感じてエマが釘をさす。


「分かっている。優先順位は間違えねえよ」


すでに魔物はすぐそこまで迫っている。都市の結界を感知し、その歩みは遅くなったが、その分全身を観察する隙が出来た。


巨体。まずはそれだろう。四脚歩行の蜥蜴のような見た目は、内に肉を蓄えているのか肥え太っているように見える。

その体表を覆うのは、焦げ茶色の鱗だ。ぶ厚く、剣山のように鋭い鱗は、陽光を浴びて、鈍い光を宿している。

その濁った黄色の瞳が睥睨するのは、人間という名の肉の塊。

薄く開かれた口からは空気の擦れる音のような独特の呼吸音が漏れる。

冷たい食欲と魔物特有の生物への敵意と戦意。それらが入り混じった鳴き声は、そこいらの冒険者が聞けば、震え上がるほどに恐ろしい。

だがブレイズは、冷静にその魔物の特徴を観察していた。


ブレイズの知識にない魔物だ。どのような攻撃方法を持つのかは不明。身に宿す力は強大。

普段であれば、戦闘は避けるが、都市が背後にあり、そちらへと魔物が進む以上、そんな選択肢は取れない。


魔物までの距離、数百メートル。


「総員、戦闘用意!!」


魔術で拡張された声が、城壁中に響き渡る。


『この城壁が最後の砦だ!アルフィア様の結界がある、そんな甘えた考えを持つ者がいれば捨てろ!都市を覆う結界の強度は不明だ!魔物が結界に攻撃を加える前に討伐する!

冒険者の誇りにかけて、否、都市に住む者として、僕たちの愛すべき都市が、市民が踏み殺されるなどあってはならないことだ!総員、死力を尽くし、一つでも多くの魔術を、剣戟を浴びせろ!』


ブレイズは腰に刺した剣を引き抜く。城壁の最上部に身を置く彼の姿を見るものは少ない。

引き抜かれた刃は、炭のように黒く染まっていた。

その刀身からはブレイズの魔力とは違う淀んだ重たい魔力が溢れ出す。それは瞬く間に熱を帯び、炎へと変じた。


「『鋭貫刺突』」


空気を切り裂く轟音を奏でながら突き出された刺突と共に、炎の魔力が膨れ上がる。

膨れ上がり、大気を焼く業火の塊は、刃のように鋭く形成されながら、飛翔する。


数百メートルの距離を一息で詰めた炎の穂先は、蜥蜴の頭部へと向かう。魔物も頭を動かし、躱そうと試みるが、抵抗虚しく斬撃は魔物の顔を縦断した。


『URuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!?』


悲鳴と共に、焼き切られた鱗が、降り注ぐ。その様は、城壁のどこからでも見て取れた。


『戦士たちは、突撃しろ!!左右から挟撃するように挟み込めぇええっ!!』


ブレイズの合図と共に、城壁一階部分の門が開け放たれ、中から冒険者たちが一気に飛び出していく。その数は五十を超えている。

彼らの雄たけびは、城壁の上に立つブレイズまで届いている。


ブレイズの初撃は、狙い通り冒険者たちの戦意を揚げられたようだ。


(ん?今、学院生がいたか?)


満足そうに剣を納めるブレイズの高い視力が、白い制服を捉えたような気がしたが、気のせいだと頭を振った。


「さて、どうなるか」


この規模の戦闘を指揮した経験は、ブレイズでも乏しい。しかも相手は未確認の新種。

隠し切れない緊張を表情に宿して、ブレイズは重い眼差しで魔物へと向かう冒険者を見つめていた。


□□□


「うあぁあああああああっ!下ろしてぇええっ!!」


緑の香り満ちる平原に、少年の叫びが木霊する。

その声に戦意の色は欠片も無く、ただ子供の泣き言のような悲痛なものだった。


「あん?自分で走るのか?」


トレンティの腕を掴んでいた浅黒い巨体の冒険者は、ぱっとトレンティの腕を放す。

突如放り出されたトレンティは、咄嗟に魔装術を行使し、冒険者と並走するように走る。


「い、今のうちに、逃げないと―――っ」


退路を確かめようと背後を振り返り、そして硬直した。

そこには、自分たちを追いかけるように後に続く冒険者の群れがあった。


「ああああああああああああ!!」


僅かでもスピードを落とせば、轢き殺される。そんな錯覚すら思える。

そしてそれは事実だろう。魔装術を発動させた鎧姿の冒険者にぶつかれば、ひ弱なトレンティなど一瞬でひき肉だ。

だが前に進めば、そこにいるのは巨体の魔物。

その全身から放出される異質な魔力の気配を、魔術師であるトレンティは色濃く感じ取っていた。


(あ、あれはやばい!なんか気持ち悪いっ!)


トレンティは咄嗟にゼノンに貰った指輪の魔具を発動させた。トレンティの姿が、消える。そしてそのまま斜め前方に向かっていく。魔物の真横を掠めるように大きく弧を描いて、城壁に戻ろうとしたのだ。

咄嗟にでも帰路を組み立てられるのは、合理的な魔術師としての知性によるものだろう。

だが冒険者としては、そして戦う者としては弱気な行動である。

だが今はその行動が、彼の命を救った。


最前列を走る浅黒い肌の冒険者。トレンティを引っ張ってきた彼は、背負った斧を構えて、雄たけびを上げながら突進する。その側には、後方から追い付いてきた足の速い冒険者たちがいる。


足の速さにより、前後に分かれた冒険者たち。

その第一陣とも言うべき冒険者たちへと、魔物の視線が降り注ぐ。

睥睨する。あまりに高い視点から見下ろされたため、冒険者たちはその視線に気づかない。

だが続く行動は、遠い城壁からでも見て取れた。


魔物が全身を震わせる。波打つように身体が揺れて、不気味な風切音を奏でる。

低い弦楽器のような音色。それは、無機質で、蛇の威嚇音のような静かな警戒色だった。


「鱗が揺れてんのか?」


その行動の詳細を、最前列にいた冒険者たちは見た。

身体を揺らしているのではない。鱗が揺れているのだ。

まるで個々の鱗が生きているように震えている。

鱗は逆巻き、鋭利な切っ先を冒険者たちに向ける。

続く行動を、冒険者たちは誰に言われるまでも無く、悟った。


「防げぇええええええっ!!!」


誰かが叫んだ。

同時に、逆巻いた鱗が弾けた。それは視界を埋め尽くす魚の群れのようだった。

正面から、頭上から降り注ぐそれは、優しく抱擁するように冒険者たちを包み込み、容赦なく鋭利な刃で斬り付ける。

ある冒険者は巨大なタワーシールドの奥に身を縮こませ、隙間から潜り込んだ鱗に柔らかい急所を抉られた。

ある冒険者は、自慢の敏捷性を活かして、短剣を振るい、鱗を打ち落としながら、肉体を端から削られていった。


悲鳴すら塗りつぶす激突音と衝撃。


その後に残った冒険者は、僅か数名のみだった。


先行していた冒険者を目標とした鱗の一斉掃射。僅か十数人を狙ったものとはいえ、生き残りが数名というのは絶望的な数字だ。

それを遠くの城壁から見ていたブレイズは、大きく表情を歪めた。


「スケイル・シェル・ショッパーか!面倒な!」


長い冒険者経験の中で、何度か相対したことのある魔物の名前を、ブレイズは言い当てる。

スケイル・シェル・ショッパーとは、細身の身体をした数メートルほどのサイズの蜥蜴型の魔物だ。

その鱗を射出する特徴的な戦い方と蜥蜴型という共通点から魔物の種類は間違いない。


「あんなにでかくなるの?」


エマが怪訝そうに魔物を眺める。スケイル・シェル・ショッパーとはあまりにサイズが違い過ぎる。それに加え、体型ももっとスマートな魔物だ。だからブレイズ達も、外観から眼前の巨体の魔物をスケイル・シェル・ショッパーとは結びつけることが出来なかった。


「変異種なんだろう。妙な現れ方をしていたんだ。おかしくはない」


ブレイズは、教団の都市における暗躍を知らない。だからこそ、眼前の魔物を誰が作ったのかは知らなかったが、そこに人に意思が介入していることには気づいていた。


「エマ!作戦変更だ!砦に残した魔術師の内の何人かを前線に送れ!あの鱗の弾は真横からの風に弱い!それと第二陣には、盾と防具を徹底させろ!」


ブレイズは最前線の状況を見て、瞬時に対応策を弾き出した。


「了解。一度撃つわ」


エマは背後に控えた魔術師たちの術式を編纂して編み上げた砲撃魔術を放った。

未だ構築途中の魔術ではあったが、最前線の時間稼ぎのために、一度魔物の勢いを殺す必要があると考えた。


空中に大きく投影された魔術陣が緋色に輝く。陣の中央に炎の塊が現れる。

単純な熱量を発生させるだけの単純な術式だが、二十人を超える魔術師の魔力を集中させた一撃は、溶岩の如き眩い輝きを帯びていた。


火球は圧縮され、輝きを増す。橙色に変じた炎の塊を、エマは発動術式を起動させて発射する。僅かに放物線を描きながら飛翔した炎弾は、魔物―――スケイル・シェル・ショッパーの変異種―――の上半身に直撃した。

鱗へと着弾したその瞬間、炎はぐらりと形を揺らす。そしてその内側から解き放たれた膨大な熱量が、術式の誘導に従い、一点に集中し、その背の中央を焼き尽くした。


『URuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!』


ブレイズの一撃の時とは比べ物にならない絶叫が、魔物の喉から絞り出される。その背から吹きあがる肉を焦がす黒煙は、魔物の巨体と合わさり、動く火山の噴火のようだった。


魔物は痛みを堪えるように何度も地面を踏みしめ、後退する。

その時、魔物の意識からは、眼下を這うちっぽけな冒険者の生き残りのことなど、微塵も残っていなかった。


「第二陣には俺も出る。砦の指揮は任せたぞ」


エマはひらりと手を振って、ブレイズを見送った。

ブレイズはパーティーメンバーたちを引き連れて、砦に残った50人程度の冒険者たちの先頭に立つ。


「行くぞ!僕が道を開く!信じて進め!」


背に届く歓声に背を押されながら、ブレイズは砦を飛び出した。


(本音を言えば、もう少し様子を見たかったが……)


凄まじい速度で大地を疾駆しながら、ブレイズは思案する。

敵は、未知の魔物。攻撃手段と元となった魔物は判明したとはいえ、未だ未知の塊。

万全を期すのであれば、全ての隠し札が判明するまで、ブレイズ達は城壁に籠っているべきだった。


(まあ、士気的に考えたら、限界だったか)


選択肢はなかったとブレイズは後悔に見切りをつけた。

敵の魔物は強大過ぎる。事実、十人以上の冒険者が、敵の一手で死んだ。

指揮官であり、最高戦力であるブレイズが、後方に引き籠っていては、前線の士気に影響する。

第二陣の戦意を揚げるためにも、ブレイズが前線に出ないという選択肢はなかった。


(エマは城壁に残せたし。やるか)


「行くぞ!戦うしか能がない間抜け共っ!!」


ブレイズは剣を抜き、加速する。背後からは返答代わりの雄たけびが返って来る。

前線に辿り着くと、鱗の掃射を生き延びた冒険者の姿が見えた。その中には、トレンティを連れて行った浅黒い肌の大男もいた。


「お前たちは一度後退し、回復しろ!」


ブレイズは返事を聞かずに加速する。剣の魔力を注ぎ、劫火を纏う。

突如現れた魔力の塊に、魔物の意識が向かう。


(注意は引いたか)


頭上から降る視線に笑みを深くし、ブレイズは弧を描くように魔物の側面に回り込もうとする。

だが魔物はそれを許さない。

機敏な動きで体の向きを変え、その巨大な腕を叩きつける。


「―――!!『歩光』」


ブレイズは移動速度強化の武技を発動させる。『瞬里』の上位技に当たる武技は、強靭なブレイズの身体能力を桁外れに高めた。

一歩で数十メートルの距離を飛びのく。だがそれでも、衝撃に体勢を崩されかける。

陥没した地面にめり込む腕は、天より降り注いだ天の柱のような威圧感を宿している。


「直撃すれば死ぬなぁ……」


その余りに馬鹿げた威力に、ブレイズは苦笑を漏らす。

だが、冒険者らしい荒い笑みを浮かべ、恐怖を戦意で塗りつぶす。


魔物が腕を引き抜くよりも早く、ブレイズは飛び出した。その腕に飛びつき、走る。

ほぼ垂直だが、凹凸のある鱗をうまく使いながら、駆けのぼっていく。

そんなブレイズの存在に、魔物は気づいた。

駆け上るブレイズの邪魔をするように、腕の鱗を逆立てる。

足場となっていた鱗が、一瞬で剣山へと変じる。

ブレイズは貫かれないよう、咄嗟に足場を蹴った。足裏を貫かれることは免れた。だが代償に、足場を失った。


頭まではまだ数十メートルある。地面であれば、数歩でたどり着ける距離。だがそれが、遥か遠い。人には翼は無いと知らしめるように、重力の鎖が、ブレイズの五体を捉える。


だがブレイズは、空中で体勢を立て直し、空を蹴った。


『躍空』。空を足場とする武技である。足元に魔力で足場を作り出すことで空を蹴る技は、ゼノンが『大墓地』で戦った彷徨戦霊が使った技であり、数多ある武技の中でも難易度が高い技だ。

その上、足元に魔力の足場を作るという性質上、魔力消費も効率の最悪。

ブレイズほどの武芸者であっても、使えて数歩分程度である。


だがそれで、十分だった。一歩踏みしめるごとに宙がはぜる。それほどの衝撃が、魔力で押し固めた足場に伝わる。

魔物の顔の正面に躍り出たブレイズは、最後の一歩を踏みしめる。

だがその尋常ならざる速度を、魔物は黄色の不気味な瞳で、じっと眺めていた。


ブレイズが、魔物の顔へと飛び出す。音速に迫る速度の中で、ブレイズは逆巻く鱗を見た。

それは、魔物の顔に生えていた鱗だった。

カウンターのように展開された鱗の弾丸。それをブレイズは読んでいた。


「おっ、らぁあっ!」


痺れる足を酷使し、武技を発動させる。一歩目と比べて随分と薄くなった足場を踏みしめて、ブレイズは軌道を上方へと修正する。

それでも躱しきれない弾丸は剣を振って弾き飛ばし、ついにブレイズは魔物の上部へと躍り出た。


そして勢いのまま、魔物の頭部へと剣を突き立てた。

黒ずんだ刃は、容易く魔物の肉体に突き刺さる。それは、剣の性能もあるが、それ以上に魔物の防御力が低下していたことが大きかった。

鱗を射出するという攻撃方法は、一時的に鎧を脱ぐことと同義だ。


「スケイル・シェル・ショッパーのパチモンなら、弱点も同じだろ………!!」


ブレイズは、剣に魔力を注ぎ込む。刀身が呼応し、膨大な量の炎を生み出した。

それは、通常の炎以上の火力を秘めていた。それは容易く魔物の鱗を焼き尽くし、下へ下へと掘り進むように炎を噴出させ、途切れない。


その炎は、ただの炎ではない。竜の火だ。

ブレイズがかつて龍王国で討伐した流浪の火竜の骨髄を元に名匠の手で打たれた名剣『炭骨』。

その剣は、死した後も生前の炎を忘れなかった。

魔力を注ぐことで、竜の炎を際限なく刀身から噴き出すその剣は、持ち主すら焼き尽くさんとするほどの熱を生む。

それをブレイズは今、制御を捨てて魔物の肉体に突き立てた。


『Uruuuuaaaaaaaaaaa!!??』


肉体を焼かれた魔物が絶叫を揚げる。一度目のブレイズの斬撃、二度目のエマたちの砲撃、そのどれよりも熱く、濃く、膨大な熱量は、魔物の肉体に深い熱傷を刻んだ。

竜炎はまるで、生きているように肉を這い、広がっていく。


魔物の頭部で膨れ上がった炎に、足元で攻撃を開始し始めた冒険者から、歓声が上がる。


だが、そのまま焼かれるほど、魔物は甘くはなかった。

東部以外の鱗が逆巻く。それは、鱗を射出する前段階。

ブレイズも再び魔物の肉体から飛びのき、攻撃に備える。


(まず俺を殺そうってか?意外と冷静な魔物だな)


冷や汗を流しながら、ブレイズは眼下の鱗を見る。

ブレイズの計算では、既に魔物の脳を焼き尽くしている予定だった。

だが、想定外に魔物の生命力が高かった。

今のブレイズの剣は無い。


(『躍空』と硬質化系の武技で耐えられるか?)


冷や汗が、頬を伝うのを感じる。死の鎌が自身の首にかかっている幻想すら抱く。

魔物の異質な力と生へと執念は、冒険者というちっぽけな存在を容易く踏み潰すことをブレイズは知っていた。


だが、今回に限り、ブレイズの心配は杞憂だった。


鱗は全て、ブレイズを無視して、魔物の頭部へと向かっていく。その様は、穴に吸い込まれていく濁流を思わせた。


「何を?」


炎柱へと吸い込まれていく鱗。その大部分は焼き尽くされながらも、その一部は傷口に入り込んだ。炎の勢いは抑え込まれるように鱗に圧され、やがて本体である『炭骨』にも届く。

弾かれた剣が宙を舞う。ブレイズが手をかざすと、刀身から火を噴き、ブレイズの元へと戻っていった。


「チッ。意外と厚いな」


眉を顰め、自身の穿った傷口を見る。脳を貫くと思っていた炎柱は、その実、皮膚の表面を焼くのみでとどまっていた。

それは、火力が足りなかったのではない。魔物の防御力が高すぎたのだ。

ブレイズが穿った傷口の側面。そこには、無数の鱗の層が10メートルほど積み重なるように形成されていた。


「でかい肉体の大部分は鱗か」


スケイル・シェル・ショットとは違うぶ厚く鈍重な肉体。その理由をブレイズは悟った。

元となった魔物よりも敏捷性を捨て、鱗を増強された肉体は、明らかに戦闘面での進化を思わせ、どこか人の手が入っているような違和感をブレイズに与えた。


「まだ撃つなよ、エマ」


ブレイズは、城壁方向から湧き上がる魔力の波動を見て、相棒を窘めるように呟いた。


魔物が、再び鱗を逆立てる。その標的はブレイズと足もとの冒険者だ。

一斉に射出される鱗の半数が、ブレイズに向いていた。

ブレイズは、苦労して登った頭部という位置をあっさりと捨てた。

何の迷いもなく数百メートルの高さから飛び降りる。


背後から迫る鱗を、『炭骨』の炎で焼きながら、近くなっていく地面を睨みつける。そこには、冒険者たちが集っていた。

冒険者たちは、空から迫るブレイズに驚き、続いて頭上から雨のように降る鱗の雨に、眼を剝く。


「おいおいおいおいっ!来るんじゃねぇええっ、【金狼】!?」


叫ぶガラの悪い顔をした男に、苦笑を返しながら、ブレイズは構わず落下する。


「お前らのためだぜ?」


ブレイズは武技を使い、着地の衝撃を殺しながら、頭上を見つめ、刃を構える。

その剣から噴出した炎は、刀身を数十メートルにまで拡張させる。一息で降りぬかれた炎の波は、頭上から迫る鱗の雨を全て、焼き尽くした。


集中した鱗群ならともかく、散らした散弾ならば、炎の火力を突破できない。

それを前の一撃で気付いたブレイズは、あえて魔物の肉体から離れることで弾幕を散らして、ついでに冒険者たちに迫る鱗の雨も焼いた。


「―――何人死んだ?」

「あ、ああ。アンタのお陰で、数人程度だ。散っちまったがな」


冒険者の視線の先には、広い平原に散る冒険者の姿がある。彼らは各々に戦い、巨大な魔物へと攻撃を加えている。

死者の数は、ブレイズの予想よりも少ない。それは、前線で戦う冒険者の影に隠れるように魔術を行使する魔術師のお陰もあるのだろう。彼らは風の魔術を使い、鱗を散らして冒険者を守っていた。

彼らがいなければ、被害はさらに拡大していただろう。だが、全ての鱗を弾けるわけではない。時折、鱗の弾丸やその巨体による踏みつけで、血の花が咲いている。


そして何よりの問題は、彼らの攻撃にまとまりが無いことだ。

挟み込むように戦うように指示したはずの冒険者たちの無秩序な姿を見たブレイズは、大声を張った。


「いいか!足を狙って倒せ!でかくても急所は変わらない!心臓か脳だ!」


ブレイズの声に従った冒険者たちが、四肢に散り攻撃を加え始める。

彼らの練度や実力はバラバラだが、強力な魔物が多い学術都市を拠点にしているだけあり、平均値は高い。

死者は出るが、それでも有効になりうる攻撃を加えている。だが……。


(硬すぎるっ!)


魔物の鱗はぶ厚く、その攻撃のほとんどは届いていない。今はブレイズの攻撃で鱗を剥ぎ取って、そこに他の冒険者たちが攻撃を加えることで、ダメージを与えている。

だがそのせいで、魔物の攻撃はブレイズに集中し、それを防ぐために大炎を作り出すブレイズの魔力は削られ続けている。


(鱗は再生しない。剥ぎ取り続ければ、生身が出る!だが、多いんだよっ!)


魔物の巨体に、本来の細身の肉体を覆い隠すほど異常発達した鱗の鎧が合わさり、その魔物が操れる鱗の総量はすさまじい。

しかも、胴体などの急所を守る鱗は、露骨に固めている。


(俺の魔力、冒険者の数……全然足りねえな。やっぱり狙うなら、頭か)


頭部には、ブレイズが抉り取った穴がある。そこに攻撃を加えればいい。

だが頭部は遥か上空。その上、ブレイズが二度に渡り攻撃を仕掛けたため、警戒されている。二度とあの魔物はブレイズを肉体には上がらせないだろう。


(結局は足を狙って倒すしかない)


当初の結論にブレイズは戻ってきた。


その行き詰った状況を、遠方の城壁にいたエマも気づいた。


「撃った方がいいかしら?」


蹂躙を働く魔物を見ながら、エマはその端正な顔を歪める。


「ま、待ってください!次が最後ですよぉっ!」


エマの背後にいた魔術師の少女が、汗だくの顔でそう言った。


「分かってるわよ」


冗談めかした声音だが、半ば本心からそう思っていた。

エマの頭上には、鉱石の塊があった。錬金術を利用した非在物質の創造と移動魔術による射出。ゼノンがよく利用する『結晶弾』と似た魔術だ。


だがゼノンや彼にこの魔術を教えたアリアとは違い、結晶自体に呪詛を込めたり、複数の結晶を飛ばすなどの応用は出来ないが、単純な質量と硬度は魔物の鱗を砕くだろう。

当たれば致命傷にはならないだろうが、魔物討伐を妨げる異常な防御力を剥ぐことが出来る。

だが、今撃っても当たらないという確信が、エマには合った。


魔物には一度、『編纂』による大魔術を使っている。

それを覚えている魔物は、ブレイズ達と戦いながらも、エマの方を警戒しており、その視界にとらえ続けている。

それを理解しているブレイズも、魔物の死角に回り込もうとしているが、鱗の波がそれを阻む。

膨大な鱗が連なり、雨天の濁流のように地面を砕きながら、地形を変えている。その攻撃の前では、いかにブレイズと言えど、自由に行動することは出来ない。


(だけど、次期に前線が崩壊する……!)


それを思えば、牽制として、前線が立て直すまでの時間稼ぎとして魔術を放つのはありだ。

だがそれをすれば、二発目は無い。


エマは背後を見る。そこには、今回の討伐隊に来ていた魔術師の大半が、膝をつき、息を荒げていた。

典型的な魔力欠乏の症状だ。彼らの術式は、エマの術式として再編され、その魔力は限界まで、頭上の結晶体に注ぎ込まれている。

この結晶弾を放てば、次は無いのだ。

それは、魔物を殺しうる火力が一枚、消えることを意味する。そうなれば、あの魔物は城壁に割いている意識をブレイズに向け、殺しにかかるだろう。


(―――ッ!最悪ね)


千切れかけの縄で、両端から魔物の肉体を繋いでいる。そんな幻想をエマは思い描く。

すでに、魔物を討伐しようという意思はエマの内から消えていた。

今は少しでも多くの人間を、この戦場から撤退させるという方面に向いている。


それを、裏切りだとブレイズは思うだろうか。小さく心に刺さった恐れを飲み込んで、エマは戦場を眺める。

例え生まれ育った故郷を諦めても、あの人だけは。


そんな諦観に崩れる心を嘲笑うように、星が走った。

それに最も早く気づいたのは、エマだった。

彼女の魔術師としての優れた感覚が、頭上を走る魔力の塊に気づいた。


学術都市から戦場へと一直線に伸びる光の線。それは、()()が身に纏う魔力と凄まじい飛行速度が合わさって描かれた大気が焼かれた痕跡だ。


その流星の背には、蝙蝠のような翼が生えていた。その肉体は、硬質な輝きを宿しながらも生物的な力強さに満ちていた。

その騎士は、藤色の外装を纏っていた。


「……でか。変なにおいするわね」


気の抜ける声を鎧の内で響かせながら、王国の魔人騎士、ヒシミア・マルテキストは、終わりかけた戦場へと追突した。

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