ブローチ集め
都市の外壁すら超える巨大な建造物。多くの若人たちが机を並べ青い春を送る偉大な学び舎である。それと同時に、大陸中の権謀術数と魔力と願いと欲望が渦巻く魔術師たちの伏魔殿でもある。
普段からどこか油断ならない雰囲気を漂わせるその場所は、今日は明確に緊張感と呼べるものを纏っていた。
今日は試験0日目。普段は授業の無い特級クラスの生徒も教室に足を運ぶ日であり、学院の一大イベントである『前期試験』の説明日だ。
「今、何時?」
俺は学院の正門広間の真ん中に立つ時計台に話しかける。
2メートルほどの男神像が巨大な柱時計を担ぐ、見るからに鬱陶しいオブジェだ。
「11時24分である」
厳めしい、しかし整った銅像の顔が動き、低く響く声で答えた。
「ありがとう」
俺は天を仰ぎながら感謝を述べる。
一見すればただの銅像だが、ゴーレムであることは見ればわかる。
分からないのはどうしてしゃべるのか。それとこの前までは無かったよね?ということだ。
だが確かなことは一つ。
「寝坊しちゃった」
試験の説明は、後6分で終わる。つまり、終わったってこと。
ふぅ、と俺は大きく息を吐いて懐の財布の重さを確かめる。
「ティーリアとガーベラを捕まえよっと」
俺は二人の冷たい眼差しと軽くなるであろう財布を思って、ずりずりと足を引きずりながら教室へと向かった。
□□□
「流石は特級クラスの天才魔術師ゼノン・ライアー。試験の説明なんて聞かなくても楽勝ってわけね」
「すごいわぁ~。その神経が~」
ニタニタと笑う小妖精と普段通りの柔らかな笑みの大女魔術師は、ここぞとばかりに嫌味を口にした。ちなみにサイズはあれである。身長である。
俺はハーブティーを口に含み、静かに息を吐いた。
ここは、学院の学食だ。
ティーリアとガーベラが教室から出てくるところを捕まえた俺は、何とか二人を説得して学食に連れ込んだのだ。説明会をさぼった俺は当然とばかりに二人に奢ることになり、2人は当然とばかりに一番高いメニューを頼んだのだ。
だから俺はハーブティーしか飲めない。
だがそれは仕方がない。一番目のホムンクルスであり使用人のアニータが5度も起こして一度もベッドから出なかった俺が悪いのだ。
俺は消えたお小遣いから目を逸らして、2人に質問をした。
「それで、試験は何するの?」
背もあれも小さな異端児、フィー先輩の言う通りならば、今年も例年通りの試験らしいが、それも分からない。確認は必要だ。
ティーリアはぬけぬけと質問をぶつける俺に対して、長い黒髪を振り払い小さく舌打ちをした。
「ティーリア様、下品ですよぉ」
すかさず臣下の美女が突っ込む。ぽわぽわしている言葉遣いに反して、礼儀作法にうるさい。
ティーリアは「わ、分かったわよ、ごめんなさい」とおずおずと謝った。
それだけで二人の関係性がよくわかる。
「ねえ、いちゃついてないで試験のこと教えてよ。そのために高い昼食奢ったんだからさ」
王族コース金貨1枚だ。王族でも高いと言うだろう。
だがこの魔術学院の学食で一番頼まれているメニューらしい。馬鹿げてるよ、まったく。
平民なら1月分の生活費になるぐらいだというのに。
そんな大金を払って美少女主従の掛け合いを見せられるなんて…………。
「いちゃついてないわよ!」
顔を真っ赤にして怒るあたり、それっぽいと言えばさらに怒るだろう。
「はいはい。それで試験は?」
俺は面倒くさくなり、しっし、と先を促す。するとティーリアは新緑のような双眼でキッ、と俺を睨んだ。
「いちゃついてるのは2人じゃない~。それよりも試験の話をしましょうか~」
ぱんぱん、と手を叩いてガーベラが場を仕切りなおす。
ティーリアも静かに席に座りなおした。
「学院の前期試験は予想通り、『ブローチ集め』よぉ」
「やっぱりか」
『ブローチ集め』。それはここ何年か行われている学院の前期試験の形式だ。
「全校生徒入り乱れるブローチの奪い合い合戦。何でもありのバトルロワイアルか」
「ばとるろわいある、って何よ?」
目敏いティーリアが、俺の独り言に反応する。俺は何でもない、と首を振った。
「ルールも一緒?」
「ええ。去年までと全く同じよぉ。細かなルールや手続きはこの紙に書いてるわぁ」
そう言ってガーベラは、異空間から羊皮紙を取り出して俺に差し出した。
そこには、細かな文字で、「前期試験ルール」と書かれていた。
「…………準備いいね」
すらすらと俺に説明をするガーベラにそう言った。するとガーベラは小さく息を吐いた。
「あなたが朝いなかったから、余分に貰っておいたのよ」
どうやら彼女はこうなることが分かっていたようだ。申し訳ない。
俺はガーベラの刺すような視線から逃れたくて、羊皮紙に視線を落とす。
そしてルールを確認する。
『ブローチ集め』。それは一言で言えば、点の取り合いだ。
生徒には、普通クラスには銀のブローチ、特級クラスには金のブローチが配られる。
色は点数を表しており、普通クラスの点数は1点。特級クラスの持ち点は5点となる。
そして生徒は点数を消費することで、様々な恩恵を得ることは出来る。
具体的には、5点消費することで、進級だ。
逆に言えば5点集められなければ退学ということである。
「すごいルールだよなぁ」
俺は呆れ混じりの声を溢した。
このゲームは単に点数を取り合うだけではない。
特徴ともいえるルールが二つある。
ひとつ目が、『トリュプスの誓い』という同盟である。
トリュプスの誓いは、いわゆるチーム制度だ。
人数無制限で『同盟』を組むことが可能であり、特典として「同盟点」が手に入る。
「同盟点は、加入員全員の合計点、と」
個人で5点ずつ点を持っている生徒が3人で同盟を組めば、個人の点数はそのままに、同盟として15点が与えられる。
同盟の点はリーダーが使用権を持つ。
そして同盟の最大の特徴は、同盟点「15点」を消費することで、同盟員全員が進級できる。これは、同盟員が何人でも一律15点で全員進級だ。
高いとみるか安いとみるかはチームの人数次第だろう。
また、『同盟』には一人三つまで参加できる。
そして俺たちの目的でもあるもう一つの制度にして、前期試験最大の褒美だ。
「『乙女』。これが権限外資料閲覧のために必要なわけか」
『乙女』とは、点数を消費することで得られる物品や権利のことであり、分かりやすく言えば、ポイント交換だろうか。
点数十点で希少素材の優先調達権、100点で新規研究室の開設など、様々な特典が記載されている。
そして500点で『無制限』。学術都市の力の及ぶ範囲なら、何でもするということだ。凄まじい褒美だが、必要な点数が群を抜いている。
単純計算で特級クラス100人分。学院生のほぼ全戦力に喧嘩を売らなければ達成できない点数だ。現実味は無いが、実際にこの権利を獲得したものはいるらしい。
そして今年は俺達だ。
『無制限』と言っても、他の生徒を傷つける条件や、国家間の争いに繋がるようなことは不可能だ。
そのためアルフィアの力を武力として行使することは出来ない。だが、運命を見て、特定の個人を探させるぐらいは可能だ。
教団暗躍の証拠であるミネルヴァ王女捜索と確保のためには、なんとしても500点集めてアルフィアの力を借りなければならない。
俺は目を細めて、『無制限』の文字を睨みつけた。
「この試験、複雑で面倒よね。同盟制度なんてややこしいだけじゃない」
高い昼食を食べ終え、紙ティッシュで顔を吹いていたティーリアが、心底面倒だと首を傾げた。
俺にもその気持ちはわかる。だが『トリュプスの誓い』は試験を成立させるためには絶対に必要なのだ。
その理由を、ガーベラが説明した。
「ティーリア様。この制度はぁ、普通クラスへの救済措置としての面もありますよぉ。普通に戦えば、ほとんど残らなくなってしまいますからねぇ」
「あ、そっか」
普通クラスの持ち点は1点。進級のためには最低5点必要。特級クラスを倒せればそれだけで足りるが、倒せるなら特級クラスにいる。
つまり普通クラスは普通クラス同士で戦う必要がある。そうなれば、単純計算で、普通クラスの数は五分の一になる。
流石の学院も、学年一発目の試験でそこまで学生を削りたくはないだろう。
だからこその『同盟』だ。単純に行けば、戦闘に自信のない者は15人で同盟を組み、ブローチを守り通せれば、同盟点15点を使い、全員進級できる。
まあ、そう簡単にはいかないだろうが。
「俺たちにとっても都合がいい。三人で『同盟』を組んで点数を集めれば、個人の点数には手を付けずに同盟点だけで資料閲覧権限を獲得できるからね」
同盟を組めば、単純に点数が倍になるというメリットもある。
俺、ティーリア、ガーベラの点がまるまる同盟点として与えられるからだ。
「そーね。個人点は趣味にでも使おうかしら」
ティーリアは楽し気に俺が持っている物と同じ羊皮紙を取り出して眺め始めた。
その姿はおもちゃのカタログを眺める幼女のように無邪気で、愛らしいと言える。
俺はハーブティーを飲みながら表情を隠す。
ティーリアに語った言葉に嘘はない。だが、それ以外にも同盟の役目はある。
それは特級クラスの生徒による争いの創出だ。
特級クラスの生徒は、生来の魔術師である場合が多い。
彼らの多くは研究者としての面を持ち、自身の研究成果である魔術をひけらかすような催しには積極的にはならないだろう。
だからこそ、『乙女』で特級クラスのやる気を引き出す。そして、『トリュプスの誓い』により、点数集めをさせる。
一般クラスの生徒たちの多くは、自身の点数を守り、そして進級するために特級クラスの実力者を頼るだろう。そして彼らはそれを拒まない。効率よく大量の点数を集めるためには一般クラスの点数が不可欠だからだ。
点数の欲しい実力者たち、庇護してほしい弱者たち。彼らの目的は一致している。
その結果、貴族の多い学院内では、身分と実力を柱として複数の巨大同盟が結成されるだろう。
その固まったチームを崩すのが、『トリュプスの誓い』によって所属できるチーム数だ。
ルールによれば、一人三つまでチームに所属できる。
その結果、巨大同盟の内部で、あるいは外部と重なり合うように大小さまざまな同盟が、様々な思惑を持って結成されるだろう。
これは色々悪だくみに使えそうなルールだ。
あまり知略に長けない俺でも、いくつか悪用方法を思いついた。手法を知る上級生や頭のいいエリスなんかは、もっとうまく使えるだろう。
恐らくこの試験、単純な戦いにはならないだろうと、俺は予想する。
俺は静かにカップをソーサーに静かに置いた。
すると、俺の方を見るガーベラの柴色の眼差しと目が合った。
何かを訴えかけるように鋭い。
俺は分かっているよ、と視線だけで返した。
分かってるさ。裏切ったりはしないよ。
そういう試験だけど、弁えるさ。
俺は試験を考えた者の底意地の悪さに苦笑を浮かべながら、これから広がるであろう地獄に想いをはぜた。
□□□
試験のルールも確認できた俺は、早々に学院から帰宅する。
今日は試験の0日目。明日から始まる試験の準備期間であり、講義も無いため、普通クラスの生徒たちも帰宅している。
俺達魔術科、そして騎士科の生徒の白黒の制服が入り乱れており、あまり見たことのない人通りの多さだ。
彼らに共通するものは「緊張」、そして「猜疑心」だ。
俺は懐に仕舞った金のブローチを見る。明日からは胸元に付けることを強制されるその品は、明日より2週間、最重要の急所となる。
既に生徒たちの多くは、組むチームを決めているのか、塊になり行動している。その集団に騎士科も魔術科も無い。
俺は一人呑気に歩いていると、横から声を掛けられた。
「おーい、後輩よー」
気の抜けるような幼女の声が、尊大な言葉に乗り飛んでくる。
俺は金の波打つ髪の少女を思い浮かべながら、振りむいた。
「いやあー、己、ずっとお前を探してたんだぞ」
フィアールカ・フィーフィー。俺の所属する祈祷学研究室の4年生がそこにはいた。
「どうしたんです?」
妙ににこにこしているフィー先輩は不気味だ。俺は思わず用件を尋ねた。だがそれが合図だったかのように、彼女は優しい先輩の仮面を脱ぎ捨てた。
「どうしたじゃないわい!お前にこれを渡し忘れたせいで、すっごい怒られた!早う、行くぞ!今から作戦会議じゃー!」
小さな手で、俺に銀の首飾りを叩きつけながら、ぷんすかとフィー先輩は怒った。
凄いな、この人。多分、理不尽にキレてるよ。
「俺のせいじゃなさそうなんで、帰りますね」
早起きしたので眠いのだ。帰って二度寝したい。
だがフィー先輩はキッ、と眦を吊り上げた。
「いいわけあるかっ!行くぞ!」
どこに、という前にフィー先輩は俺の裾を引っ張って走り出した。
その視線の先には、研究棟があった。
埃臭い通路を通り、再び研究棟の中を走り抜ける。微かに胸元に吊るした銀の首飾りが、動くような違和感を感じた。
「先輩、この首飾りって」
俺はタンスの中に入りながら尋ねた。
ふっ、と視界が転がったと思えば、どこかの物置にいた。
この研究棟内部は空間が捻じれている。そのため、おかしなところを通った先に目当ての研究室があるのだ。
先についていたフィー先輩は、埃を払いながら俺の疑問に答えた。
「それは祈祷学研究室のメンバーに配る《道紐の首飾り》じゃ。研究室までの案内をして、通信魔術も組み込まれてるんじゃぞー」
俺は情報世界に潜り、首飾りを見る。
…………確かに、彼女が言ったとおりの魔術が組み込まれている。それも、ほぼ完ぺきに。
アリスティアの錬金術師である俺の目から見ても、優れた魔具に見えた。
「誰が作ったんですか?」
俺は好奇心からそう尋ねた。
「己。天才じゃからの!」
小さな、というよりまるでない胸を張って、フィー先輩は自慢する。
まぶたで伏せられた目は見えないが、たいそう自慢げに輝いているのだろう。
「ええ。すごいです。天才です」
「え、あ、うん、素直じゃの、貴様…………」
思いもよらなかった俺の反応に、フィー先輩は身をよじる。
だがそれは俺の本心だ。彼女が口にした天才という言葉にも嘘はない。
修道服のようなローブから覗く改造された白の制服は、まぎれもなく特級クラスのもの。
ただの魔術師ではないのだろう。
その後も俺たちは訳の分からない通路を首飾りの案内に従って進み続けた。すると、見覚えのあるぼろい扉の前に辿り着いた。
「んじゃ、入るぞ」
フィー先輩は踏み入る。俺も後に続いた。
「おかえり、フィアールカ。そしてようこそ、ゼノン・ライアー君」
中では、三人の魔術師が俺達を待っていた。
「初めまして。1年のゼノン・ライアーです」
俺はちらりと室内を見渡す。
俺に声を掛けたのは、年長者らしき男だ。年のころは40ぐらいだろうか。顔には年相応の皺があるが、柔らかな表情と明るい髪色もあり、若く見える。
後の二人は男女の学生だ。一人は、アジア系の顔立ちをした青年、そしてもう一人がとんでもない美女だ。なぜか俺を睨んでいる。
2人は一般クラスのようだ。
急に睨まれた俺は僅かに動揺して肩を揺らす。そして一番話が通じそうな男性に視線を戻した。
「私はディーゼル・ティシア。祈祷学研究室の室長をしている者だよ。普段は神学や地理学などで教鞭をとっているけど、君とは初めまして、だね」
特級クラスは講義を免除されている。そのうえ俺はほとんど学院に顔を出していないし、教員との関りも無い。
間違いなく初めましてだ。
「そしてこっちの二人が、私の生徒たちだ」
ディーゼル先生は、2人の上級生らしき生徒を手で示した。
それを受けて、アジア系の青年が一歩前へ出た。
「僕はジロウ・ニシナ。2年生だよ。後輩が入って嬉しいよ!よろしくね!」
くしゃり、と顔いっぱいに笑みを浮かべて彼はそう言った。
その爽やかな笑顔と異国風情のある整った顔立ちは、好青年という印象を俺に与えた。
その名前も顔立ちも気になったが、ここで聞くべきことでは無いと思い、俺も挨拶を返す。
「よろしくお願いします」
俺はそのまま、彼女の隣にいた女性に視線を向けた。なぜか俺に鋭い眼差しを向ける女性へと。
「……マイア・ティシアよ。よろしく」
僅かに高い声が冷たく響く。俺への敵意、というか警戒心だろうか。
その見た目は、100人が満点をつけるだろう美女だ。
金の髪をお団子に結い上げており、スタイルは異性を惹きつけて止まないだろう。
その顔立ちも相まって、「華やか」という言葉がよく似合う。
だが向けられる警戒心もあり、俺はぺこり、と頭を下げるだけにとどめた。
「そして!己がっ!フィア――――ッ!!?」
「あ、大丈夫です。名前知ってるんで」
俺は叫び出そうとしたフィー先輩の言葉を遮る。
勢いを止められたフィー先輩は舌を噛んで唸る。そして下から俺を睨みつけてきた。
相変わらず愉快な人だなぁ。
「はははは。フィアールカとは仲良くできてるみたいでよかったよ。彼女は気難しい所があるからね」
「―――は、はあ」
どこが?とは初対面の大人には言えなかった。
せいぜいが気性の荒いチワワってところだろう。同様のことを思ったのか、先輩二人の表情もどこか苦笑気味だ。
このディーゼル・ティシアとかいう教師、天然入ってるのかもしれない。
「それに、今年は誰も入らないと思っていたからね。来てくれて嬉しいよ」
冗談めかしてそう言ったが、彼の表情には安堵が浮かんでいた。
研究室に人が入らなければ、研究も進ませづらいし、設備も予算も後回しにされるのだろう。
「いえ。こちらこそよろしくお願いします。ティシア先生」
「ははははは!ティシアじゃなくてディーゼルでいいよ。ややこしいでしょ?」
この研究室にはティシア性が二人いる。一人はディーゼル先生、そしてもう一人が金髪の美女だ。
「はあ。ではディーゼル先生、と」
別に「先生」とつけて呼ぶのだから、性呼びでも紛らわしくないと思うのだが、彼は気づいていないようだ。
「呼び捨てにする訳でもないんだから、混ざらないでしょ」
同じことを思ったのか、マイアの方のティシア先輩がそう言った。
俺が声に反応してマイア先輩の方を向くと、彼女と目が合った。意図せず見つめ合い、俺たちは気まずげに視線を逸らした。
「まあまあ、いいじゃないか」
「……父さんがいいならいいけど」
そう言ってティシア先輩は俺の方を向いた。どうやら二人は親子のようだ。鮮やかな金髪と端正な顔立ちはよく似ている。
「わたしのことはティシアで」
ティシア先輩はそれだけを言い残し、つん、とそっぽを向いた。
……気まずいな~。
□□□
「さて、それじゃあ『前期試験』の打ち合わせをしちゃおうか」
ディーゼル先生はそう言った。
俺達は長方形の机の周りに並べられたソファに座った。上座にディーゼル先生、向かって右側に先輩方二人、そしてもう片側に俺とフィー先輩だ。
「やっぱり研究室でも動くんですね」
「もちろんさ。目指せ!立地のいい研究室だ。去年までは人員が足りなくて動きづらかったからね!今年はいい点数を目指したいんだよ、ね」
自信なさげな語尾で、ディーゼル先生はテーブルを囲む一員を見た。
どこか申し訳なさそうだ。
「実際戦うのは私たちだけどね」
ティシア先輩が、ぽつりと刺した。
「……ま、まあね」
教員として、前期試験の過酷さを知るからこそ、点数を稼いで来いとは言い辛いのだろう。
まあ、俺は大量の点数を稼ぐつもりなので、別に問題は無いが。
「己は欲しい素材があるからの!稼ぐ気じゃあ!バッタバッタと敵をなぎ倒し!目指せ2000点じゃあ!!」
魔術学院は全部で4学年。特級クラスの生徒数は、平均で20人。
つまり20×4×5点=400点。
そして普通クラスが、平均で40人、3クラス。120×4×1点=480点。
魔術科と騎士科が存在するため、合計で1760点。
何をどうしても2000点なんて稼げないと、彼女は知らないらしい。
どうやって4年間生きてきたのだろうか。
俺は始まる前に潰れたフィー先輩の目標を見て、憐れみの眼差しを注いだ。
「俺もかまいません。点を稼ぐつもりだったので」
そう言うと、どこか生易しい視線が俺に向けられた。
「最初は進級に必要な点数以上を稼ごうとすると痛い目見るぞぅ~」
どこか実感の篭った言葉がフィー先輩から投げかけられる。
「……あんまりはしゃがない方がいいわよ」
冷たい声でティシア先輩が釘を刺す。そんなやばい試験なんだろうか。最悪魔術で吹っ飛ばせばいいと思っていた俺は、少し背筋が冷えた。
「ま、まあまあ。ライアー君は特級クラスだし、心配し過ぎる必要は無いよ」
ニシナ先輩が、ティシア先輩を窘める。
ティシア先輩は、「ん」と可愛く返事をして、ソファに深く座りなおした。
(あれ?あの2人って…………)
「とりあえず、各自で必要な点数を集めようか。もし進級に必要な点数が足りなかったら、チーム点から出すから、みんな気を付けてね」
「「「はい」」」「ういー」
四人の声が、ディーゼル先生に返事を返す。
どうやらチームで行動するというわけではないようだ。
各自自由に行動して、点数を稼ぐという方針か。
それが、いつも通りの慣例なのか、あるいは―――
俺はこちらを窺うティシア先輩の視線に気づかぬふりをする。
俺が敵かどうかを探る視線だ。
そしてティシア先輩ほどあからさまではないが、ディーゼル先生とニシナ先輩からもそれを感じる。
(タイミングミスったかな)
前期試験の直前に、不人気の研究室に入った特級クラスの学生。
……怪しすぎる。誰だって疑うだろう。
「ぬふふふふ~。ほいっ!」
俺のお茶菓子を奪っているフィー先輩以外は。
「それじゃあ、これに名前を書いてね」
そう言って、ディーゼル先生は一枚の紙を取り出した。
そこには、俺以外の三人の名前が書かれている。
俺は手に取り、「ゼノン・ライアー」と書いた。
それをフィー先輩が手で取り、魔力を流す。すると、吸い込まれるように空間の一点から消えた。
今のが『トリュプスの誓い』の申請用紙だ。
特殊な魔具であり、書かれた名前は偽装できない。そして魔力を流すことで、学院の教員室に転移で飛ばされる。
先ほどティーリアとガーベラと同盟を組んだので、狼狽えることは無かった。
俺はこれで、ティーリアたちと一つ、祈祷学研究室で一つ同盟を組んだことになる。残るはあと一つ。どう使うかが試験の成績を左右するだろう。
「では、俺はここで」
もしかすれば、『祈祷学研究室』で話し合いがあるかもしれない。気を利かせて、早めに帰るとしよう。
「うん。いつでも来なさい」
そんな声を背に、俺は立ち去った。
□□□
昼間にも関わらず薄暗い通路を進む。ぎしり、ぎしりと不安定な足場が悲鳴を上げる。
「トリュプス、ね」
俺は試験の根幹をなすその名を口の中で呟いた。
トリュプスはこの世界の神話に登場する古い神の名だ。
三つの首を持つ神、トリュプスは乙女の装身具を喰らい、数多の財宝と永久の命を乙女に与えたと言われる。ただそれだけの逸話しか残っていない。そんな神だ。
何を司っていたのかは知らないが、名付けたのはアルフィアだろうと、俺は確信する。
運命を見て、胡散臭い笑みを浮かべる魔女は、何を知り魔術師の試験に神の名など与えたのだろうか。
だがそれも、今はどうでもいい。
「いよいよだね」
明日からは学術都市外への移動は制限される。学院の生徒たちは学術都市内で戦い、だまし、奪い合う。
俺には戦いを楽しいと思う感情はないが、同年代の魔術師たちと術を比べられることには少し心が躍る。
そのために、最近は夜遅くまで準備をしているのだ。その成果を明日から試せる。
俺は隠し切れない興奮と胸の奥の鼓動を感じて笑った。
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一月ぶりの更新となりました『白雪の錬金術師は真理を探究する』です。
4章『前期試験』を一週間に一回ほど投稿する予定です。投稿頻度は落ちますが、その分内容は増やしていこうと思っています。
これからもよろしくお願いします。




