ガードゥの『仕掛け』
時を遡ること数十分。
黒牙と別れたエリスイスは、ガードゥ・バブブを捕まえるために屋敷の内へと踏み込んだ。この屋敷は魔術師の工房であり、要塞でもある。
あらゆる魔具や魔術による仕掛けがあるだろう。
屋敷内での戦いはエリスイスにとっては不利であり、本来ならば屋敷外から攻撃を加えるか屋敷に入るにしても躊躇するものだ。
だが、エリスイスは普段と変わらない微笑を浮かべ、迷う様子も無く踏み込んだ。
背後で屋敷の扉が独りでに閉まる。まるで獲物を飲み込んだ口のように不気味で生物染みた動きだった。
だがエリスイスは動じた様子も無く、軽い足取りで二階の階段へと足を進める。
(この女、分かっているのか?)
その姿を見ていたガードゥは眉を顰めた。ガードゥの監視方法は普通の遠隔監視魔術でも魔具によるものでも無いため、相手に気づかれることは無い。
ガードゥの視界に映るエリスイスは屋敷中に仕掛けた罠を全て回避していた。魔術によるものも物理的な爆弾やとらばさみといった罠も全てだ。
エリスイスは明らかに罠を認識し、避けている。
それを成すには、魔術に対する深い造詣の他にも、斥候としての罠感知能力や観察力も必要になる。
それらの能力をエリスイスが備え、罠を見破っていることにガードゥが驚いているわけではない。
その程度の能力を持っていることは既に事前の調査で判明していた。
エリスイスは教団の学術都市における最大の目標だ。
捕縛するためにその能力も交友関係も広く調査されており、おおよそ全ての才能と能力を持っているという驚くべき調査結果を、ガードゥも持っていた。
ガードゥが訝しんだのは、迷わず屋敷に入っていたことだ。
魔術師の居住地は、ただの家ではなく研究拠点としての側面も持つ。そのため、自身の命と研究成果を守るため、魔術師は自身の拠点に最大限の防御と迎撃手段を施す。
普通であれば、工房内に侵入することは悪手。
そうしなければならない理由があれば別だが、エリスイスの魔術の腕であれば、屋敷を丸ごと吹き飛ばすことも出来るはずだ。
もし、外部からの攻撃を加えようとしても完全に防ぎきることが可能なため、意味は無かったが、彼女の初手は屋敷外からの大規模砲撃だと予想していたため、その予想に反し、エリスイスが外からの攻撃は無駄だと分かっているように迷わず中に入ってきたことを警戒していた。
あえて屋敷内に籠ることで、エリスイスの大規模な攻撃を誘い魔力を損耗させるというガードゥの目論見は崩れた。
その予想の違いは、エリスイスが罠の中に飛び込んでもガードゥを捕縛できるという自信の表れでもあると解釈できるが、ガードゥにはその予想との差が不気味な何かの兆候に思えて仕方が無かった。
(どのみち、私に敗北は無いがな)
ガードゥは最奥の部屋で待つ。不気味な予感は感じてはいても、ガードゥは自身が敗北するとは欠片も考えてはいない。
例え誰が相手でも屋敷内で自身に勝てるものはいないと、傲慢な自信ではなく魔術師としての冷静な論理で確信していた。
□□□
「奇妙ですね」
エリスイスは小首を傾げる。あまりにスムーズに進める。
敵兵による襲撃も無ければ、工房の機能による魔術攻撃も無い。
散発的な罠は存在するが、時間稼ぎ以外の役割は果たしていない。
「やはり、外から攻撃した方がよかったのでしょうか」
エリスイスは、自身の選択に疑問を抱く。
彼女が外からの攻撃を諦めて内部に侵入したのは、外からの攻撃が通じない確証があったわけではない。
ただ、屋敷内部と外部との微妙な魔力差を無意識下で感じ取り、勘で外からの攻撃は無駄だと悟ったのだ。
エリスイスが二階への階段に足を掛けた時、屋敷の奥から魔力の揺らぎを感じた。
屋敷内にはエリスイスを迎撃するための魔術罠が何度も発動したこともあり、大量の魔力が漂っており、普通の魔術師であれば見逃したほどの揺らぎだ。
だがエリスイスの鋭利な感覚はそれを捉え、人為的な何かだと察した。
「誘われている?」
エリスイスに自身の位置を伝えるためのものなのか、あるいは気づかれないと思い発動させた魔術の痕跡なのか。
相手がエリスイスの実力をどこまで掴んでいるのか不明なため、真意は分からなかったが、エリスイスは迷うことなく屋敷の奥部へと進んでいった。
エリスイスは魔力の発生源だった部屋の扉の前に立つ。エリスイスの剣士としての感覚が扉の向こうにいる人の反応を捉える。
黒い直剣を引き抜き、斬撃を放つ。扉は斬られるどころか、あまりの衝撃に接触点を起点にはじけ飛び、散弾のように室内に飛び散った。
エリスイスは扉の残骸を踏み、室内へと入る。その部屋は講談室のような場所だった。広い室内にはアンティークの家具が多く並び、大勢の人間が寛げる場所となっている。
だが今はエリスイスの飛ばした破片のせいで、放射線上に家具が破壊され、無残な姿をさらしている。
そしてその部屋の奥に赤髪の魔術師の姿があった。
エリスイスは部屋に踏み入った。それだけでガードゥは僅かに身構える。それは本人の知覚できない無自覚の警戒と畏怖の表れだった。
輝くような碧眼に流れる金糸の髪。そして軽装を下から押し上げる胸元の膨らみと黄金比の肉体は、このような状況にも関わらず、ガードゥの意識を一瞬奪うほど、暴力的に美しい。
エリスイスは艶やかな唇を開き、問うた。
「ガードゥ・バブブですね」
それは一応の確認だ。相手の反応や言葉遣いから眼前の男が影武者の類ではないかを見破るための確認だ。
「騎士の国の王女だけあって野蛮なことだ」
ガードゥは微かに不機嫌そうに語尾を上げる。
(私の攻撃で傷はない。ということは攻撃されたこと自体に苛立ちを感じていますね。殺し合いの中でも王族同士の礼儀や作法を重視している。本物ね)
エリスイスは呑気なことだと心中で嘲りを感じながらも、本物のガードゥであることを確信した。
「私に攻撃を仕掛けることの意味を理解しているのか?国際問題になりかねないぞ」
ガードゥは自身がモルドレッド教団に与していることを隠し、あくまでバブブ公国の王子としてエリスイスの襲撃を咎めた。
そうすることで、エリスイスがガードゥの教団との繋がりを確信し襲ってきたのか、あるいは教団とは関係のない王族同士の諍いなのかを明確にしようとしていた。
「国際問題にはなりませんよ。あなたが表舞台に出ることは二度とありませんから」
それに対するエリスイスの返答は、ガードゥの疑問に肯定も否定もしない敵意表明だ。
そうすることでエリスイスの目的を誤認させ、相手の動きを鈍らせられたらいいという程度の小さな小細工だった。
(……デネス王国派閥がバブブ公国の王子である私を襲う理由はない)
学術都市には大陸中から魔術師、騎士、戦士たちが集い、彼らの主義主張、身分、出身国による多種多様な派閥が形成されている。
その中でもエリスイスを旗頭とするデネス王国派閥は巨大派閥だ。対するバブブ公国はあくまで小国であり、どの派閥争いからも一歩引いた中立の立場を取っている。
派閥争いの一環としてデネス王国派閥のエリスイスが自身を襲う理由は無いとガードゥは判断した。
(ならば、教団を手引きしたのが私だと知り、襲ったのか。だとすればなぜだ?)
エリスイスは教団の誘拐目標でもあるが、それをエリスイス自身は知りえないとガードゥは思っていた。ならば、エリスイスが積極的に教団を潰しに動く理由は無い。
(——ですが、私はそれを知っていますよ?)
ガードゥの考えを読んでいたエリスイスは、ガードゥの疑問に心中で答えた。
実際はエリスイスはその智謀と情報収集能力により、教団の目的の中には自身の誘拐が入っていることを知っていた。そしてそのために、以前から手駒を使い、教団を探っていた。
エリスイスには教団を積極的に潰す理由があった。今はそれに加え、ゼノンの願いもある。
だがエリスイスが教団を潰す理由があるかどうかはガードゥにとって問題ではない。
問題は実際にエリスイスが得体の知れない者たちを率いて、この場に来たことだった。
(学術都市側から討伐依頼を受けたのか)
庭で暴れた悪魔。そして竜の力を持つ者。ガードゥは自身の固有魔術により、庭で始まった戦闘の動きを観察し、敵対者の正体を知っていた。
悪魔も竜人も王女の使役する部下とは思えない存在だ。エリスイスに悪魔の大量使役が可能だという情報は無く、ガードゥはエリスイスの裏に悪魔使いの影を見た。
そしてその存在は、学院側の人間だと判断した。
それは不正解だ。悪魔も竜人だと思われている黒牙も、ゼノンの部下であり、アリスティア家の配下だ。だがいかに聡明なガードゥであっても、盤上に居なかった勢力の存在を疑うことは出来ない。
そしてエリスイスはガードゥがそういう結論に至ると分かっていて、あえて曖昧な返事を返し、ガードゥを誤った真実に誘った。
人は、他人から与えられた真実は疑うが、自分で手に入れた真実には固執する。そのことを、エリスイスは今までの経験から理解していた。
戦いの前の知力比べは、エリスイスの勝利だった。そしてその勝敗に気づけないほど、ガードゥはエリスイスの思考の罠にはまった。
ガードゥがエリスイスの目的、所属を誤解するまではほんの一瞬だった。それはエリスイスの目的通り、ガードゥの思考を誘導し、時間を稼いだ。
そしてエリスイスの次の手は、言葉ではなく神速の斬撃だった。
「光技ノ一」
光の魔力を付与した直剣で武技『飛斬』を発動させることで、光の斬撃を放つエリスイスのオリジナルの武技だ。
エリスイスの膂力に乗せて放たれた斬撃は一瞬でガードゥとの距離を潰し、直撃した。
直撃すれば完全竜化状態の黒牙にすら、無視できない傷を刻む一撃だが、ガードゥの体勢を僅かに崩すのみで傷一つ与えられなかった。
魔術師には耐えられるはずのない威力。完全な奇襲であり、ガードゥがエリスイスの斬撃を知覚で来た様子は無かった。
そして防御魔術や武技の類が発動した魔力の気配も感じなかった。エリスイスの一撃は不明の防御手段で防がれた。
それについて考える隙すら与えまいと、ガードゥが攻撃に移る。
ガードゥが腕を振るう。その指揮に従うように、周囲の家具が浮かび上がり、エリスイスに向かい飛翔する。
だがその速度は、達人並みの剣技と身体能力を持つエリスイスにとっては遅すぎる。
彼女は木製の椅子を両断しようと剣を振り上げた。
だが、エリスイスの剣は椅子に止められた。武技を発動させていたわけではないが、魔装術による強化を施した肉体による一撃だ。
そして使用する黒の直剣も大国の王女が持つに相応しい名剣だ。鉄の柱ぐらいは容易に断ち切る。その一撃が木製の椅子すら切れず、押し合っていた。
魔術により推進力を得た椅子がエリスイスを押しつぶそうとする。そしてその周囲から同様の椅子や壁掛けの剣、魔石灯などの家具が襲い掛かる。
エリスイスは包囲される前に、剣を斜めにすることで椅子をいなし、前進する。
彼女の背後から家具同士がぶつかる衝撃音がする。明らかに木製の家具同士がぶつかりあったとは思えない甲高い激突音が響き、その衝撃波が空気を揺らし、エリスイスの元まで届いた。
(直撃すれば、死にますね)
ガードゥは家具を硬質化させ、物体移動の魔術で飛ばしている。魔術による物体移動は単純な魔術であり、その推進力は注ぎ込んだ魔力に依存する。
あまりに高い推進力を与えれば、細かな操作は難しくなるが、ガードゥは推進力とその制御を両立させられる魔力量と魔術制御能力を持っている。
そんなガードゥの魔術でエリスイスの剣技で切れない硬度の物質をぶつけられれば、防御力に長ける剣士ではないエリスイスには耐えられない。
単純だが、閉鎖空間では厄介な魔術だと、エリスイスはガードゥの危険度を少し上げた。
だが、自身が負けるとは欠片も思っていなかった。
追加で飛んでくる物体を剣で逸らしながら瞬く間にガードゥとの距離を詰める。
そして刺突を放った。
体表で最も柔らかい部分である眼球に吸い込まれるように伸びていく。
エリスイスの攻撃に反応するために魔装術を使い、動体視力を上げていたガードゥでも、エリスイスの刺突は捉えきれなかった。
だがまたしても、刺突はガードゥに傷をつけることが出来なかった。
エリスイスの手に帰ってきた感触は、椅子と同様の頑丈な物体とぶつかった衝撃だ。
(これは、ただの硬質化ではありませんね)
エリスイスは椅子などの家具とガードゥ自身の異常な硬度は共通の法則によるものだと知った。
物体の硬度を引き上げる魔術は数多存在するが、肉体の硬度を上げる魔術は珍しい。
物体硬度を引き上げる魔術は、元素同士の結合を強めることで成立する。
だがそれを人間の肉体に適用すれば、血流も心臓の鼓動も止まる。
絶えず体内に動きがある生物には、物体と同じような硬質化は不可能だ。表層に魔力の膜を張る、あるいは体表のみを硬質化させる。そういった方法はあるが、どちらにせよ魔力の動きを感じることが出来る。
だが、ガードゥにはそれが無い。それどころか、未だに魔術を発動させた気配すら、エリスイスは感じられなかった。
ガードゥの周囲の絨毯が突如めくれ上がる。足元から放たれた攻撃にエリスイスは反応できない。波打つ絨毯によってエリスイスは天井に打ち上げられた。
だがエリスイスは空中で身体を捻り天井に着地した。それでもエリスイスは不安定な体勢にあり、次のガードゥの攻撃は躱せなくなる。
「光技ノ二」
エリスイスはガードゥの機先を制し、魔術を構築する。
エリスイスの手のひらに光の奔流が現れる。一気にはじけ飛び、多数の光の矢となって部屋中を飛び交う。
『光技ノ二』は、屋敷の庭で教団員を貫いた技だ。その時は光の矢を数十本以上に別れさせ、操作していたが、今は違う。
数は10本程度であり、それを操作することなく適当に放ったことで、魔術に注ぎ込んだ魔力のほぼ全てを威力へと振り分けた。
その内の幾本かがガードゥにぶつかり、それ以外は部屋中へと飛んでいく。
至近距離で発現した光の塊のせいで、ガードゥはエリスイスの位置を見失い、追撃が出来なかった。
エリスイスはその間に天井を蹴りつけ、入り口まで戻り、体勢を立て直した。
(やはり、効きませんか)
エリスイスの予想通り、ガードゥに傷はない。物理攻撃も魔力攻撃も効かないことは、『光技ノ一』が通じなかった時点で分かっていた。だが、純粋な魔術攻撃ならと思い、放ったがそれも無駄に終わった。
(ガードゥ・バブブは支配魔術の使い手。得意とするのは物体の支配とその操作)
エリスイスは、部下に調べさせたガードゥの情報を思い浮かべる。
支配魔術は文字通り、物質や生物の精神等を支配する魔術だ。
バブブ公国の王家は代々支配魔術の使い手であり、支配魔術による地層の調査と鉱物資源の採掘により国を興した歴史がある。
家具の硬質化は、支配魔術で説明がつく。より深く対象の情報を操作できる支配魔術を使えば、物体の硬度を操るぐらいはできるだろう。
だが、あまりに異常な防御能力とエリスイスにすら悟らせない魔術発動の絡繰りは分からない。
また、魔力量も謎だ。これだけの魔術を発動させ続ける魔力の源泉はどこなのか。
ガードゥ個人の魔力だけというのはあり得ない。エリスの知る限り、この規模の魔力を消費し続ける戦闘が可能なのは、ゼノンただ一人だ。
教団に尻尾を振った賊が、敬愛する主と同等の才能を持つなど、理論的にもエリスの忠誠心的にも考えられないことだった。
何らかの仕組みがある。そしてそれを解き明かさなければ、勝てないだろう。
エリスイスは部屋を見渡す。先ほどの攻撃は、ガードゥには傷一つ与えられなかった。そしてその周囲の床や壁も同様に傷がついていなかった。
(これは……部屋も支配魔術で硬度を上げているのですか)
なぜ、という疑問が思い浮かぶ。部屋の保護にも割くほど魔力が有り余っているという余裕の表れか、あるいは部屋を守らなければならない理由があるのか。
エリスイスは疑問を晴らすため、再び魔術を構築する。
「光技ノ二」
光の球体を見た途端、ガードゥの動きが変わった。絨毯が一人でに動き出し、エリスイスを覆うように頭上から襲い来る。
数メートルの幅を持つ絨毯が迫りくる光景は、黒い津波のようにエリスイスの視界を遮った。波打つように動く絨毯は柔らかそうに揺れているが、鉄板と変わらない。
圧し掛かられれば、肉と骨を潰されるだろう。
エリスイスは魔術の構築をやめ、その場を飛びのく。
(間違いありませんね)
絨毯による面の攻撃は、エリスイスを害するものではなく、部屋をエリスイスの光の矢から守るための防壁だ。
単純にエリスイスを攻撃するだけなら、もっと小さい物体を操ったほうが魔力消費も少なくて済む。
それをせず、わざわざ大きな絨毯を操ったのは、大量の魔力消費を覚悟してもエリスイスに部屋を攻撃させたくなかったからだ。
(理由はいくつか考えられますが……とりあえず、嫌がらせをしましょうか)
部屋を攻撃すればいい。そう分かったエリスイスは、妖艶でどこか暗い笑みを浮かべ、片手に剣を、片手に光を宿して地を蹴った。
ガードゥは、執拗に部屋を狙うエリスイスを見て、自身の有利が消えたことを知った。
エリスイスは強い。魔術剣士でありながら、ガードゥ以上の魔術の腕を持ち、達人並みの剣技も併せ持つ存在であり、ガードゥでは勝ち目はなかった。
それをガードゥは、バブブ公国に伝わる『固有魔術』と工房の機能を使い、エリスイス相手に優位に戦っていた。だがそれは、仕掛けがある強さだ。
エリスイスはその謎に、手をかけている。
そしてエリスイスの聡明さを考えれば、すぐに真実に至るとガードゥは焦っていた。それが攻撃の荒さに出て、さらなる確信をエリスイスに与えていたが、それにガードゥは気づけていない。
エリスイスは剣で襲い来る物体を弾き、魔術で壁や床を砲撃していた。
破壊されることは無く、光の弾はぶつかった地点で衝撃に耐えきれずはじけ飛び、光の粒を漏らした。
だが意味がある魔力消費だと、エリスイスはガードゥの熾烈な攻撃から悟っていた。
エリスイスが涼しい顔で未だに傷一つ負っていないことも、ガードゥの焦りを誘っていた。
ガードゥの当初の目論見では、すでにエリスイスに手傷を与え、追い詰めているはずだった。
だがそれが出来ていない今、ガードゥはただ魔力を消費し続けている状態であり、残存魔力量を考えても危険域だった。
だがエリスイスもまた、余裕では無かった。神がかった先読みとミリ単位の剣と肉体の操作で、襲い来る物体を躱し続けているが、一手間違えれば大けがを負い、死につながる。
そして並行して魔術を構築し、部屋を攻撃する。それをすでに10分以上続けていた。
エリスイスの肉体にも少なくない疲労がたまっていた。だがそれを欠片も表には出さず、不敵な笑みを浮かべていた。
そうすることで、エリスイスはガードゥの動揺を誘っている。
そしてその通りに、ガードゥは仕留めきれないエリスイスに業を煮やし、より苛烈な攻撃を、より本能的に魔術を使い始めた。
部屋の防御に回していた魔力を攻撃に注ぎ込み、多くの物体をすさまじい速度で操る。
部屋の防御に関しては、エリスイスの光撃のカ所に魔力を集め、限定的に部屋を硬質化させる。
そうすることで、防御と攻撃のバランスを調整し、より効率的にエリスイスを殺そうとしている。
そしてその目論見通り、エリスイスには防ぎきれない攻撃が出てきた。かすめた木片により傷を負い、背後から襲い来る家具を膂力だよりに強引に跳ね除ける。
足を止めたことで、より多くのがれきや家具に包囲され、回避ルートが減っていく。
エリスイスは追い詰められていき、それがガードゥの戦法の正しさを肯定していた。
このままいけば、魔力が切れる前に仕留められる。そうガードゥは感じていた。
すでに室内を舞う破片や家具は竜巻のような苛烈さを宿している。無事な家具は一つも無く、室内にも少なくない傷がついている。
そう、傷がついたのだ。ガードゥはエリスイスへの攻撃を優先するあまり、部屋の防御がおろそかになっていた。だが本人はそれに気付いていない。
エリスイスが大きな損傷を与えるほどの威力を光矢に込めなかったためだ。だが、攻撃を防ぎきれなかったという結果は、エリスイスの目に残る。
そしてそのほんの小さな傷跡から、エリスイスはガードゥの魔術の仕組みと弱点を予想していた。
(ですが、困りましたね。思った以上に熱しやすい性格のようでした)
エリスイスは飛び交う物体を弾きながら、自身の想定外を認めた。
すでにガードゥは、自身の魔力と脳のリソースの大部分をエリスイスへの攻撃に割り振っていた。それはエリスイスから防御と回避以外の選択肢を奪うほど苛烈だった。
当初の予想では、ガードゥはエリスイスへの攻撃を高めながらも、部屋の最低限の防御を維持すると想定していたため、これほどまでの攻撃編重は想定外だ。
ガードゥの本気の攻撃に晒されながら、エリスイスが欲する威力の魔術を構築することは難しい。
その方法が無いわけではないが、この作戦でそこまで見せることは、後の作戦に影響が出ると考え、エリスイスは判断を迷っていた。
だがそんな行き止まりの状況を崩す事態が起きた。
エリスイスが突き破った扉から、幾本ものナイフが飛んでくる。
それは宙を漂う数多の物体を躱し、ガードゥの眼球、喉、心臓といった急所に向かった。
だが、通じない。
「うそっ!」
無茶苦茶な防御方法で攻撃を止められたトリエが、動揺を露わにする。
黒牙により、屋敷内のエリスイスのサポートに派遣されたトリエは、屋敷内に入ると上階から届く魔力と戦闘の気配を感じ、飛んできたのだ。そしてナイフでガードゥを奇襲した。
エリスイスの渾身の攻撃が通じなかったのだ。トリエのナイフが通じるはずがない。
だがそれでも、顔めがけて飛んできたナイフにより、ガードゥの意識に一瞬の隙が出来た。
時間にして、僅か一秒程度。だがそれだけの時間があれば、十分だった。
「いい働きです」
本心からの称賛を述べ、凄まじい速度で術式を構築する。
光の奔流が、黒の直剣を染め上げる。光により倍以上に伸びた直剣が部屋を染め上げ、影を潰していった。
エリスイスはそれを、床の一点に向けて構えた。傷一つない床へと。
ガードゥは無意識に部屋の硬質化を調整していた。重要ではない壁や床には流す魔力を絞って硬度を落とし、決して攻撃を通したくない部分には十分な硬質化をしていた。
それが室内の傷の差に出ていた。
(傷の無い床。そこが一番重要な場所ですね)
ガードゥは攻撃に重点を置く余り、守りたい部分に対する硬質化も不十分となっていた。無意識にエリスイスの低い光矢の威力を防げる程度の硬度に抑えていた。
そしてトリエの奇襲により、魔術自体が不安定となった。
(——今なら、撃ち抜ける)
「光技ノ一」
突きに合わせ放たれた光の渦が床を撃ち抜いた。所詮は木材。魔術による硬質化が無ければいともたやすく砕けた。
光の突きは地下の岩盤をも貫き、地下室の一室を光の爆発で破壊した。




