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黒牙咆哮

黒牙は地面を蹴り、駆けた。一瞬で大男の間合いに入り、拳の間合いにまで距離を詰める。そして正拳付きを放った。

大男はそれをメイスの柄で防ぐ。耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴り響き、大男はその感触に眉をひそめた。


(生身とぶつかった音ではないぞ)


生身で頑強なアダマンタイトでできたメイスと打ち合えば、潰れるのは拳の方だ。だが肉が潰れ、骨が砕ける音はせず、金属同士を打ち付けたような音がした。

下からすくい上げるように、黒牙の拳が放たれる。

ローブの上から身体を打ったその一撃は、大男の肉体を打ち上げ、黒牙は追撃の一撃を放ち吹き飛ばした。


「なるほど、貴様も人外か」

大地に二本の線を引きながら、後退した大男は黒牙の両腕を見て、納得の言葉を漏らす。

黒牙の両腕は、人のそれでは無かった。肘のあたりから黒い鱗に覆われ、その上から強固な体毛が生えている。

部分竜化。黒牙は肉体の一部の人化を解くことで、竜の肉体の頑丈さを取り戻していた。


だが、黒牙の表情は優れない。人化し身体能力は落ちているとはいえ、二発も殴り耐えられたのは黒牙にとっては初めての経験だった。

例え同僚の竜たちでも、黒牙の攻撃を防ごうとはしない。ましてや竜ですらない人間に耐えられるとは想定すらしていなかった。


「俺の名はバス。覚えて死ね」

大男、バスはメイスを引き、構える。そしてその場で振り下ろした。

「―――!」

大地が砕け、その衝撃が黒牙の立つ場所まで波及する。大地が砕けて足場が失われ、黒牙の体勢を崩した。


その隙を狙うようにバスは走った。砕けた地面などものともせず、巨大な瓦礫を踏み潰しながら真っ直ぐに距離を詰める。優れた体幹と高い身体能力が成せる動きだ。

体勢が崩れた黒牙の無防備な胴体をメイスで打つ。しなる柄が有り余る男の膂力を伝え、黒牙の肉体に傷を刻む。


「―――ぐッ」

だが黒牙は倒れない。竜特有の高い生命力で攻撃を耐え、反撃の拳を放つ。

交差するように放たれたバスの拳とすれ違い、黒牙の肉体が沈んだ。


それが意味することは一つ。黒牙が肉弾戦で押し負けたということ。黒牙の拳はバスの肉体にダメージを与えられず、逆にバスの一撃は黒牙を打ち据えた。


黒牙の視界が回り、生まれて初めて酩酊感を感じる。そして膝をついた。

膝をつく黒牙を見下ろすバスは、この日初めてメイスを両腕で握りしめる。ぎりぎりとアダマンタイトの柄が悲鳴を上げるほど握りしめ最上段より振り下ろす。


「『破閃集撃はせんしゅうげき』」

武技が放たれた。


黒牙は武技が放たれるよりも早く、本能的に竜の力を引き出していた。尾を顕現させ、地面に突き刺す。そして肉体を引き寄せることで、後方へと退避した。


黒牙がいた地面に男の武技が突き刺さる。魔力が宿ったその一撃により、広域に破壊がまき散らかされると思っていた黒牙は全身に鱗を広げ、防御を固める。だが、黒牙が予想していたような破壊は訪れなかった。


破壊音すらない。だがメイスは確かに地面を貫いた。僅かな範囲のみ、ちょうどメイスの大きさほどのサイズに地面が消えていた。正確には消えたのではなく、あまりに小さく集中的に破壊された結果、砂へと変わり、地面の奥深くに消えただけだ。


その武技は、破壊の衝撃を集中させる武技だった。だがバスのあまりの膂力と合わさり、長大な杭のように破壊を貫く恐ろしい技へと変じていた。

あれを喰らえばどうなっていたか。黒牙の人化した肉体の防御力では間違えなく耐えられず、体に風穴をあけられていただろう。いや、竜の肉体であっても無傷では防げなかった。


Sランクの魔物に分類される黒牙を殺しうる力。バスもまた、自身と同格の力を持っていると黒牙は確信した。冒険者のランクでいえば、ミスリルに達するだろう。

人間社会の中でもほんの一握り、英雄と呼ばれる領域にバスは立っていた。


「竜か。一部の竜は人に化けるとは聞いていたが。王女も珍妙なペットを飼っているな」


バスは黒牙をエリスイスの配下だと考えている。それを聞いても黒牙は反応を示さなかった。もしもここにいたのが黒牙の同僚達であれば、エリスイスのペットと言われたことに激高し、人化を解除し暴れ狂っていただろう。だが黒牙は常識人であり、理性的だった。誤解させたままの方がいいと考え、反論はしない。


そして、人化を解くこともしない。それをすれば勝てるかもしれないが、巨大な竜の姿に変わればトリエが張った結界も壊しかねない。

結界が消えれば、黒牙の竜の姿が周囲に晒される。


竜は人類にとって恐怖の象徴であるとともに、獲物でもある。その肉体は余すところなく武具や薬剤の材料となるため、もしも黒牙の正体がバレれば、学術都市内の魔術師や冒険者たちに狙われる可能性もある。


そうなれば、ゼノンの護衛にも支障をきたし、結果黒牙の上司のゼノヴィアに殺されるだろう。黒牙が生き延びるためには、人化を維持したまま、バスに勝利する必要があった。


(無理難題だな)

例え完全竜化をしても、勝てるかどうか分からない相手だ。

黒牙の目にはバスが絶望的な大壁に写っていた。


□□□


衝突音が響く。何度も重なり合い、時には金属音を響かせ、時には肉を叩く生々しい音を立てた。教団員と悪魔の戦いは終わっていた。

生き延びた悪魔たちはみな、結界から出て場を開けた。彼らはその場に残ってもできることは無いと理解していた。

そして巨大な暴力の渦に巻き込まれ、肉体を失うことを何よりも恐れていた。


屋敷では相変わらず動きは感じられない。

中庭に等間隔で植えられた魔石灯のうち、生き延びた魔石灯の光に照らされ、2人は戦い続けた。

既に丁寧に手入れをされていた美しい庭の姿はない。あちこちの地面が捲れあがれ、屍が転がる戦場へと化している。


黒牙は相変わらず無手のまま戦う。だがその姿は既に人のものではない。二足歩行の人型は保っているものの、全身には竜の鱗と体毛が生え、鋭いかぎづめと身体能力を生かし戦っている。

完全竜化の時ほどの身体能力はないものの、小回りの利く体と竜の本能を生かし、鋭い攻撃を何度も繰り出していた。


だがそれでも、バスの身に傷はない。何度も攻撃がバスの身体に当たっても、その鋼のような肉体に傷をつけることは出来ていない。

いくら魔装術を使っているとしてもあり得ない肉体強度だ。

その上、バスは『破閃集撃』以来、武技を使用していない。武技の中には防御力を高める技もある。バスの防御力の頂点はここではないのだ。


(どこか、防御力の薄い箇所は無いか………)

それでも、黒牙は勝利を諦めない。四足で地を蹴り、円を描くようにバスの背後に回る。そして尾を使い、瞬時に体勢を立て直し、強襲した。

五指を揃えて突きを放つ。それは、背後から心臓を貫くような軌道を描き、バスの肉体に当たった瞬間止まった。


「そこか」

黒牙の一撃は、僅かにバスの体勢を崩しただけだった。振り向きながら放たれたメイスが地面を砕く。すぐ真横を通った竜の肉体すら砕く一撃を見て、黒牙は幾度目とも分からない冷や汗を流し、瞬時に飛びのいた。


速度は圧倒的に黒牙の方が上のため、間合いを取ることは難しくはなかった。だが攻撃をすればするほど、バスも黒牙の攻撃のリズムを読み取り、より正確にカウンターを放つようになっている。後何度か、もしくは次か。いずれバスの攻撃は黒牙を捉えるだろう。


博打のような状況に黒牙は眉を顰め、バスの周囲を走る。バスは完全に待ちの体勢だ。速度に劣るバスが距離を詰めようとすることは無いと黒牙は理解していた。

だが、今まで幾度と繰り返されていたパターンを崩すようにバスはメイスを構えた。


「『飛巌とびいわ』」

バスは掬い上げるようにメイスを振り上げる。砕けた瓦礫が魔力の輝きを帯び、四方へと飛んだ。

「うおおおぉおお―――ッ」

黒牙は予想だにしなかった飛び道具に、慌てて拳を振るい瓦礫を砕く。だがすべての岩は撃ち落とせず、いくつかをその身に受けた。

黒牙の分厚い鱗と筋肉の鎧を超え、骨身にダメージを与える一撃に黒牙は苦痛に顔を歪ませ、痛みに耐える。


「『瞬里しゅんり』『重撃じゅうげき』」

足が止まった黒牙を狙い、速度を上げる武技を使って距離を詰めたバスが、メイスを振り上げた。

メイスに宿るのは武技の輝き。完全に虚を突かれ、黒牙は躱すことも出来ない。

黒牙は咄嗟に両腕を頭上に掲げた。

その両腕に魔力の輝きが宿った。

「―――ッ!?」

そして、衝撃。

鱗など一瞬で砕け、刺すような痛みが脳を走る。自身の体勢も分からない衝撃の中、黒牙は必死に腕を支え続けた。


メイスに宿っていた魔力が薄れ、武技が終わる。黒牙は苦痛の中で咄嗟に尾を突き出した。反射的に掲げられたバスの腕をすり抜けて黒牙の尾はバスの目に迫る。

だが―――

「ふんっ!」

バスの放った前蹴りが、黒牙の胴体に突き刺さる。骨を砕く鈍い音を立て、黒牙は吹き飛んだ。


地面を削った黒牙は、折れた両腕で何とか自信を支えて膝をつく。満身創痍。その言葉が似あうほど黒牙は死にかけていた。

だが眉を顰め、不快感を示したのはバスだった。


バスの戦士としての感覚では、黒牙はバスの『重撃』を防げるはずはなかった。あの一撃は黒牙の腕を砕き、頭蓋を潰すはずだった。

だが結果は、黒牙の腕を砕くのみで終わった。先ほどの前蹴りにしても、骨が折れる程度で済んでいるのは、今までの黒牙の耐久力からは考えられない結果だった。


(防御力が上がっている。竜の力を引き出しているのか?)


バスには、黒牙の急な耐久力の上昇の原因が分からない。

だがそれも当然だ。ただの魔力操作なのだから。


バスは、その超常的な身体能力を発揮するために、魔力による肉体強化術である魔装術を使っている。そして必要に応じて足や腕に魔力を集め、より高い強化を施している。そしてその魔力の集中と鍛えた技の先に、『武技』が存在する。

魔力の偏りによる肉体強化の効率化は、人間の戦士であれば習得していて当たり前の技術だ。


だが黒牙のような魔物は、生まれながらその魔装術を無意識に使用している。肉体の魔力の流れは血流のようなものであり、意識して操ることは出来ない。

黒牙には、肉体強化のために魔力を使っているという感覚は無かった。

そのため、バスのような戦士が修練の結果使えるようになる魔力の意図的な『偏り』が出来なかった。


だが、黒牙は無意識下で魔力を攻撃箇所に集中させ、防御力を引き上げていた。それは本来圧倒的な肉体を持つ竜には不要な技術だ。だが今、死地に立ったことで黒牙の秘めた才覚と合わさり、極限化の能力開花を成し遂げた。


バスに理屈は分からない。だが黒牙が、強くなっていることは分かる。そしてそれは、バスにとっては歓迎できない変化だった。だからバスは、黒牙の肉体ではなく、心を折ることにした。


「もう諦めろ」

冷徹に上から目線でバスが終わりを促す。バスの身に纏う防具には傷や破損はあるが傷はない。それに対し、黒牙は全身の鱗が割れ、血を流していた。

すでに満身創痍だ。


「もう勝った気か」

荒い息を吐き出しながら黒牙が問う。ただの負け惜しみに過ぎないように聞こえる。だが黒牙の目的は体力の回復のための時間稼ぎだ。

それをわかっていながら、バスは黒牙の言葉に乗った。黒牙の言葉を受けたうえで、論破すれば黒牙の心を折れると考えたからだ。


「お前は属性竜ではないな。身体能力で負ければ、勝利の道は遥か遠い。ここまで追い詰められた人化を解かないということは、何らかの理由で解けないのだろう。

竜は孤高に生きるからこそ、何にも縛られず強いのだ。人の社会に身を浸した時点で、貴様はただの蜥蜴だろう」

それは、黒牙に対する侮辱であり、同時に正しい理屈であった。


「耳に痛いな」

実際、黒牙は今、仕える主のために人化を解けないでいる。敗者に近い黒牙にバスの言葉を否定する材料は無かった。


「だが、人に仕えるからこそ、得るものもある」

黒牙は立ち上がり、拳を構える。折れた腕と苦痛を訴える胴体を無視し、両の足で地面を踏みしめる。右手を正面に向け左足を引く。まるで武術のような構え。初めて見るその姿に、バスはメイスを構え、警戒を高める。


「『重撃』!」

右腕に魔力が集まる。先ほど覚えたばかりの意図的な魔力の偏りを使い、バスから喰らった攻撃の再現を試みる。

武技『重撃』。一撃の威力を高める単純な技だ。だが黒牙の筋力で打てば、頑丈なバスの肉体を貫く可能性もある。


「『不動』」

両腕を交差させ、武技を発動させる。魔力の働きにより肉体が金剛石の如き強度を得る。

バスには回避という選択肢もあった。だが、黒牙が今まで使ってこなかった武技を発動させたことに気を取られ、自身も咄嗟に武技を発動させ、受け止める体勢を取ってしまった。

それにより、バスの動きは制限されてしまった。

踏み込んだ黒牙が拳を引く。そして、振らなかった。


(なんだ――)

拳に気を取られていたバスは遅らせながらに気づいた。

黒牙の咥内に集中する魔力の輝きに。

そして同時に思い出す。

竜の最大の攻撃は何かを。


『グオォォォオオオオオオオォオオオオッ――!』

ゼロ距離から放たれた竜の息吹がバスの姿を覆い隠す。

息吹は屋敷を覆う結界を貫き、都市の空へと消えていった。


□□□


荒い息を吐き出す。オゾンが焼けるような刺激臭が鼻を刺す。

間違いなく自身の息吹は直撃したと黒牙は確信する。


バスに『息吹ブレス』を直撃させるためには、相手に防御態勢を取らせる必要があるため、覚えてもいない『武技』を使うふりをし、相手の動揺を誘い足を止めたが、代わりに防御の武技を使われた。

そのため、殺せたという自信は無く、願うような気持ちで自身の勝利を祈った。


黒牙は、息吹の余波で吹き飛んだ砂ぼこりを睨みつける。体は魔力を大量に消費したことで重く、動くことも億劫だ。

『獣地竜』の黒牙は、地竜種に属する。地竜種は高い身体能力が特徴だが、その反面魔力は低い。ましてや人型であり、息吹を放つための体内器官も無いまま放ったことで、黒牙の魔力は枯渇寸前まで減っていた。


これで倒せていなければ、正体の秘匿を諦め竜化するか、逃げるしかない。

だが幸いにも、砂ぼこりが晴れた先には倒れ伏すバスの姿があった。


「何とかなったか」

黒牙は安堵の声を漏らす。黒牙はフェイントによる相手の誘導と不意打ちの息吹ブレスという策に自信が無かった。そもそも、相手を誘導し、勝つという意識自体、黒牙にはない物だった。

それが変わったのは―――

黒牙は感じたことのない達成感を胸に抱き、笑った。

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