大墓地
説明会が終わり、俺とガーベラは食堂に移動した。広い食堂は高級感あふれる造りとなっている。騎士科も魔術科も使うこの場所には昼時ということもあり、大勢の生徒で溢れている。
俺は頼んだ「貴族の豪華定食:下」を食べる。一食銀貨3枚もするだけあり、ひどい名前だけど美味しい。
「美味しいわねぇ」
「そうだね」
彼女も俺と同じものを食べている。赤髪が言うには彼女も平民らしいが、魔術師だけあり、貧乏というわけではないのだろう。
「出身どこか聞いていい?」
「いいわよぉ。どこだと思う?」
……む。そう来たか。
「王国!」
「あら、半分正解ね。生まれは北方にある小さな集落よぉ。龍王国の北側にあるの。母がデネス王国の宮廷魔導士に召し上げられた時に王国に移り住んだの。5歳の時よぉ」
へぇ。意外と当たるもんだなぁ。
「ん?宮廷魔導士の娘ってことは、結構身分高め?」
「貴族ではないけどねぇ。ティーリア様とは幼馴染よぉ」
そう言ってVの字にした指をくねくね曲げた。呪いの仕草みたいで不気味だ。
「それで、どうして俺に声を掛けたの?」
「同じ平民同士だから、っていうのは変かしら?」
「変だね」
彼女は魔術師らしい魔術師に見えた。つまり、寂しさや心細さから群れたりしないタイプだ。それに親交があるなら王女と組めばいい。
きっと何かの利を求めて、近づいたのだろう。
「本当のことを言うと、協力したいの。特級クラスの課題は一人でやるのは大変だから」
「…いいよ。何する?」
「そ、そうね。まずはお互いの得意分野を知りましょう」
あっけなく了承したゼノンにペースを崩される。狼狽え、髪をくるくるといじる姿は可愛い。
「俺は錬金術が得意だよ」
「私は死霊術と占星術よぉ」
「へえ」
珍しい組み合わせだ。特に占星術。天体魔術の一種であり、星の輝きと配列から未来を占う占星術は使い手が少ない魔術だ。
占星術といえば、確かデルウェア帝国には占星術の大家があったらしい。
今は取り潰され、帝国に知識と技術を吸収されたと聞いたことがある。
「それで、どんな研究をする?錬金術の研究なら学院から繋がる異界『融獣孤島』、死霊術なら学術都市の『大墓地』があるわ」
彼女は研究対象を錬金術か死霊術のどちらかにするようだ。恐らく、どちらを選んでもお互いの得意分野を生かせるようにしたいのだろう。
「『大墓地』にしよう」
「そう?私は助かるけど」
「俺も死霊術を研究したかったんだ」
これは嘘じゃない。俺は死霊術、その中でも特にアンデットに対して興味がある。俺は今、敵のいない平和な世界を作るために部下たちを従え、世界中に派遣している。
だがいくら平和な世界が作れても、寿命で死んでは意味がない。そのため、不老不死に至るための術の開発は、世界平和と並ぶ大きな課題だ。
神官の祝福や銀など、弱点の多いアンデットだが、不老不死に一番近い存在ではある。殺されない限り、永久の時を生きる。もしかすればアンデットの先に、不死に至る術があるかもしれない。
不老不死へのアプローチとしては、べたべたに手垢のついた面白味も無い手段だし、数多の魔術師が取り組んできたテーマだが、有意義でもあるだろう。本業の死霊術師の助けが得られるなら、この機会を逃すべきではない。
「なら次はテーマ、ね。言うまでもないことだけど、死霊術はその中でも降霊術、使役術、創体術に別れているわぁ。さらに細かく分けようと思えばいくらでも分けられるけどぉ……」
「うーん。俺の希望を言うなら、創体術がいいかな。アンデットの弱点の消し方、とかはどう?」
「……面白そうねぇ。墓地のアンデットを捕まえて色々調べましょうか~」
死は終わりではない。新たな命と苦しみの始まりだ。少なくともこの世界では。朽ちず大地に還ることのできなかった死は呪いを宿し動き始める。
死者に対する向き合い方は国や宗教によって違う。火葬し、灰に。土葬するが神官の祝福を与える。あるいは、放置。
どれが正しいというわけではないだろうけど、この都市のやり方は放置だ。死者は人間かどうかに関わらず、墓地に土葬され、放置される。
結界で隔離された墓地内には呪いが渦巻き、死者を蘇らせる。それが嫌なら金を払い、神官の祝福を受けるしかない。
この都市の大墓地は一種の蟲毒であり、異界だ。何世紀も隔離され続けた結果、時空が歪み、年に何人も迷い込んだものが消えているそうだ。
だが、俺たちのような魔術師には研究材料が溢れる実験場だ。
というわけで俺たちは早速大墓地に来た。学院に許可を取りに行けば、即時に出た。だが、内部で起こることは自己責任だと、達観した目をした事務員には言われた。
この学院を卒業できるのは、約三割と言われている。2割は課題をクリアできず、落第を繰り返し、5割は死ぬと言われている。
きっと俺達みたいな、入学していきなり異界に入るような恐れ知らずから死んでいくのだろう。
俺達は大墓地の門前に立つ。ここは都市の一角だというのに、人がいない。そればかりか、薄暗く、異界から漏れ出た呪詛が陰惨とした雰囲気を醸し出している。
「ひひひひひ。確かに確認した。入るといい……」
門の前には鎖に繋がれた瘦せこけた男がいた。彼が大墓地の門番だ。
錆びた金属音を立て、門が開く。中は、昼とは思えないほど薄暗く、何かが蠢く音がした。
「行きましょうかぁ」
ガーベラの先導に従い、中へと入る。彼女の手に持つ《霊視のランタン》だけが唯一の光源だ。
「あの門番、二百年前からいるみたいよ」
「…長命種なら不思議はないけど」
妖精人種なら二百年は優に生きるが、彼は見たところ人間だった。もし彼女の言うことが本当なら、アンデットよりあの門番を調べたい。
「かなりの数がいるね」
先ほどから多数のアンデットの姿を見る。《霊視のランタン》の光に怯え逃げるぐらいだから下級アンデットだろうけど。
「浄化せずに閉じ込めているだけだから、増える一方。奥に行けば見たことないようなアンデットもいるらしいわぁ」
「それは楽しみだ――ッ」
墓石の下から這い出してきたアンデットを踏み潰す。魔装術で強化した体は容易く腐った頭蓋を砕いた。
「ランタンの光でも逃げない敵が出て来たわねぇ」
「そうだね。楽できるのはここまでか……」
ここから先は、魔術師らしく敵を蹴散らしながら進むとしよう。
「〈起動:死騎士〉」
ガーベラの魔力が集まり、門を築く。その中から腐った肉と朽ちた鎧を身に纏った長身の騎士が現れる。
死騎士。Bランクのアンデットであり、小規模の都市や街を滅ぼすことができるほどの強力なアンデットだ。このクラスのアンデットを使役できるとは、かなり優秀な死霊術師だ。これが特級クラスの水準なら、意識を改めなければならない。
ガーベラが戦力を出してくれるなら俺は数と索敵でいこう。
「出ろ」
影を広げ、猟犬を出す。腐った液体が淀んだ気体に変わり、やがては四足の獣へと変わる。針のように尖った舌持つ不定形のそれの名は、『ティンダロスの猟犬』。
地球において、異界に潜むという伝承を持つ不浄の獣たち。魔界からベルが連れてきた俺の護衛役だ。
「それ、ティンダロスの猟犬?……初めて見たわぁ」
ガーベラが珍し気に猟犬を見る。獣はその視線から逃れるように足元の石にぶつかり、消えた。
ガーベラは石を手に取り、まじまじと眺める。
「なかなか便利だよ。索敵能力も高いし、短距離転移できるからね」
「なら索敵は任せるわ~」
彼女は石を放り投げ、ローブの裾に付いた泥を落とした。
「ああ、行こうか」




