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ガードゥ

バブブ公国の第一王子、ガードゥ・バブブは供を連れ、教室を出た。

「王子、この後は客人との」

「分かっているさ。黙っていなさい」

知らず、その声音は苛立ちを含んでいる。ガードゥは大きく息を吸い気を落ち着ける。苛立ちの原因は分かっている。ガラバという教師だ。貴き血の価値を解せず、平民と同等に扱うとは。噂には聞いていたが、これほどまでに野蛮な都市とは思わなかった。


(まあ、いい。下賤な者どもには消えてもらおう)

先ほどの平民どもも教師もだ。この学院は数多の異界に繋がっているため事故が多い。迷宮に飲まれ消える者も何人もいる。

血の浅い平民が消えようと、調査はされんだろう。


魔術は歴史の積み重ねだ。何代にも渡り血筋を改造し、才能を産み出し、知識を蓄えた果てにようやく普通の魔術師が生まれる。ガードゥほどの魔術師ならば、普通の魔術師の何倍もの血と時間をかけ、ようやく生まれるのだ。

平民の出などという突然変異で生まれた魔術師などが同じ部屋に座り、同格となるなど彼の誇りが許さなかった。


中庭に差し掛かったところで、彼は眼前から歩いて来る一人の女性に気づいた。

彼女はガードゥの姿を見ると、その端正な顔立ちを僅かに歪めた。それでも道を変えることはなく、彼らは近づいた。

「久しいな、ミネルヴァ王女」

「ごきげんよう、ガードゥ様」

彼らは中庭で貴人としてあいさつを交わす。ガートゥの尊大な物言いに、ミネルヴァの背後にいた護衛が僅かに顔を顰めた。大国であるデルウェア帝国の第一皇女と南方のバブブ公国の王子では立場が違う。彼の物言いは、礼儀の観点から見ても褒められた物言いではない。それでも帝国側の二人が文句を言えないのには訳がある。


「私との婚約、考えてくれたかね?」

「……いきなり無粋ではありませんか?私の伴侶に関しては父に任せておりますので」

「ふむ、そうか。では、皇帝陛下によろしく伝えてくれ。私ほど優れた魔術師の血を王家に入れ、我が国との繋がりもできるのだ。この大陸に、私以上に優れた君の夫はいない」

「失礼します。講義がありますので」

ミネルヴァは無表情で礼をし、彼の横を通り過ぎる。彼女の護衛に関しては殺意すら籠った眼差しを向けていた。


□□□


「――ッ!何なのですか、あの男は!デルウェア帝国の姫に対してあの物言い、許せるものではありません!」

ミネルヴァの護衛としてつけられた騎士、マインが怒りを露わにする。彼女の怒りは分かる。あれほど慇懃無礼と言う言葉が似あう振る舞いは無いだろう。

だが、ミネルヴァもガードゥに強く出ることもできない。


「声が大きいわ、マイン」

「申し訳ありません!殿下」

「……彼の言っていることに間違いはないわ。優れた魔術師だし、バブブ公国との繋がりができるのはわが国にとってもいいことよ」

デルウェア帝国はお世辞にも資源が豊富な国とは言えない。帝国はその武力と科学力により、大国としての地位を保っている。帝国にとって、武力を支える資源は唯一と言っていい弱点であり、解決すべき国家の課題だった。


一方、バブブ公国は帝国の南方に位置し、豊富な地下資源で栄えてきた資源国家だ。そこの王族と血の結びつきが出来るのは帝国に大きな利益をもたらすだろう。

だがそれは別として、ミネルヴァはあの男が嫌いだった。人を物としか見ていない無機質な瞳と自身に向ける欲の籠った眼差しが大嫌いだ。だからミネルヴァの父、皇帝も彼との縁談を保留にしているのだ。


そう、あくまで保留。優しい父はガードゥとの結婚を避けようとしてくれているが、周りの者たちは許さないだろう。自身はいずれ、あの男の妻になるのだとミネルヴァは分かっていた。


「皇族に生まれたのだもの。結婚相手は選べないわ」

「……姫様」

「行きましょうか、講義に遅れそう」

マインの悲しむような顔を見るのが辛い。私があの男のものになることより、お転婆姫と呼ばれ、好き放題していた私を守ってくれた彼女を悲しませたくは無かった。

ミネルヴァは小さく微笑み、歩みを早めた。


□□□


都市の一角にその屋敷はあった。赤い屋根の広大な敷地を持つ屋敷であり、その門前には衛兵が何人もいる。

元は都市で有数の商人の屋敷だったが、その商人が謎の失踪を遂げた後売りに出され、今はバブブ公国の所有物となっている。

その屋敷の応接間には、バブブ公国第一王子ガードゥ・バブブの姿があった。それ以外は護衛騎士一人とガードゥの対面に座る黒髪の男一人だけ。


「いやあ、学院終わりに申し訳ございません」

黒髪の男は不気味な笑みを浮かべたまま言葉だけの謝罪を口にする。それに護衛騎士が勃然とした怒りを顕すがガードゥは傲然とした表情を崩さない。

眼前に座る中肉中背の男は、宮殿の自室に現れた時から変わらない。彼は砂漠の寒さが吹き荒れる夜にガードゥの良き従者となった。


「何用だ、トレース」

「ミネルヴァ殿下のお心を射止めることは出来ましたか?」

「ふん。私を揶揄いにきたのなら、貴様と言えど許しはせんぞ」

部屋の空気が淀む。陽の光が歪んだような錯覚を覚え、この屋敷を構成する全てがトレースを押しつぶそうとする、そんな錯覚すら覚えた。


(……素晴らしい力だ)

この屋敷はすでに、ガードゥの領域。この屋敷にある家具も家も土地も吹く風も、全てはガードゥの意思に従い動く。

それだけで彼が卓越した魔術師であることが分かる。だからこそトレースは彼を勧誘したのだ。


「そう怒らないでください。揶揄うつもりはありませんよ」

トレースは手を振り否定するがその仕草も嘘くさい。

「……貴様がわざわざそう言うということは、バブブ公国の終わりが近いようだな」

「ふふふっ。後は大物を残すだけです」

「ミネルヴァは私が貰う。本当はエリスイスが欲しかったのだが、あれは譲れんだろう?」

「ええ。当初の約定通り、ミネルヴァ殿下は貴方に、残りは教団で頂きます。……いつ実行しますか?」

「今夜だ」

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