特級クラス
今日は入学式だ。俺と同じように真新しい制服に身を包む者が多い。大体三分の一が俺と同じ黒い制服、残りが白い制服を着ていた。
黒い制服は魔術科の学生、白い制服は騎士科の学生だ。胸元にはクラスを示すバッジが付いてあり、俺の胸元にはSと書かれている。
あれから一年。俺は運命の魔女アルフィアとの約束に従い、魔術学院の試験を受け、学術都市アルフィアに来ていた。
「特級クラスは、こっちか」
魔術師の大本山だけあって、空を飛んで移動する生徒や絨毯に載って廊下を滑る生徒も見受けられる。学院は騎士科と魔術科で半分ずつに分かれているらしく、教室に近づくごとに白服の生徒が減っていく。
俺はSと書かれた教室の扉を開け、中に入る。すると、中にいた生徒の視線が集中した。数は多くはない。広い講堂の中に生徒は20人ほどだ。
だがお付きの従者や護衛を合わせれば40人ほどか。生徒の瞳は品定めをするように、従者たちは警戒するように構えている。
(空気わるー)
誰もしゃべらない。席は決まっていないようなので後ろの席に座ったが、椅子を引いた音が嫌に響いた。とても一年を共に過ごす相手とは思えない。
その後、数人ほど入って来るが、大体みんな従者を連れている。連れていないのは俺ともう一人だけだった。そしてそいつはだだっ広い講堂の中でなぜか俺の隣に座った。
「よろしくねぇ?」
「よろしく」
紫のウェーブがかった長髪を持つ美女は楽しそうに微笑んだ。目元の泣きぼくろがセクシーだ。見たところ優秀そうな魔術師だ。どことなく、死と呪いの気配がするが。
俺は小声で問いかける。
「なんでこんなに空気悪いの?」
すると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
「魔術師なんてこんなものでしょう?お互いの研究と資材を奪い合うのが魔術師なのだから」
そう言って彼女はパイプをふかし紫煙を吐き出す。
そう言われればそうだ。本来、大陸中に散っている魔術師が一か所に集まるのがこの場所だ。言わばここは火薬庫か。
「それに、ここには貴族や王族も多いから政治も関係するわぁ」
「なるほどねえ」
半島に引き籠っているアリスティア家は政治だの魔術師間の関係性なんて知らない。妙に友好的な彼女とは仲良くした方がいいかもしれない。
「そういえば名乗って無かったね。俺はゼノン。ゼノン・ライアー」
ライアーというのは偽名だ。アリスティアの名は目立つし敵も多い。この地で俺の本名を知っているのは学院長であるアルフィアだけだ。
「あら。私は――」
「騒々しいな」
紫髪の彼女が名乗りを返そうとすると、無粋な声がそれを遮った。
静かな教室に響く声の主は、赤髪の偉丈夫だ。短髪に揃えられた髭。それが学生服を身に着けているのは、地球の記憶がある俺からすれば違和感がある。
「ここは栄誉あるアルフィア魔術学院の特級クラスだ。血脈の浅い平民はおとなしくしていることだ」
彼はそれだけ言うと、険しい顔のまま元の席へと戻った。嫌味を言って絡みに来たわけでは無いらしい。まるで教師が子どもを叱るように、自然に見下された。
凄いな、異世界。ナチュラルに差別されたぞ。
外と関わることの少ない俺は忘れていたが、この世界は身分制ガッチガチだ。それは身分の差が無いと言われる魔術学院でも変わらないらしい。
そのタイミングで前方の扉が開き、教師が入ってきた。細身の知的な顔立ちをした30代ほどの男だ。彼は講堂を見渡し、満足げに頷いた。
「よし、揃っているな。特級の問題児共も初日は来るらしい」
開口一番、中々の皮肉を放った。……問題児クラスなの、ここ?
「私は特級クラス担当のガラバ・カラディだ。お前たち特級クラスは講義を免除されているため、会う機会はほとんどないだろうが」
ガラバ先生は、ふん、と鼻を鳴らした。どことなく不機嫌そうだ。
ガラディ。俺はその名前を知っていた。数秘術の名家だ。数秘術は、世界を数字によって解明、再構築することで、神の定義を図ろうとする学問だ。
魔術師の中では異端に近い学問のため、専攻者はほとんどいないが、俺は前世の科学と似たその魔術を警戒をしている。
「その代わりにお前たちには義務がある。年に2本の論文か魔術式の提出だ。どちらも私に提出しろ。学院会議でランダムに教員に振り分け、審査をする。もし、前述の義務が達成できなければ、普通クラスに転落だ」
なるほど。好きな授業を受けられる代わりに、学院に貢献しろと言うわけか。これはかなり都合がいい。空いた時間があれば、冒険者業でもしよう。
実は俺、一年間少しずつ依頼を受けて、シルバーランクまで上がったのだ!
「そして、一月後には試験がある。有名なので説明はしないが、この試験を突破できなければ退学だ。各自で備えておくように」
え、何の話?滅茶苦茶気になるけど、誰も質問するような気配は無い。恐ろしいのは、エリート揃いのはずのこのクラスでも、試験と聞き緊張感を滲ませるものがいることだ。
かなりの難易度なのかもしれない。
「最後に言っておく。この学院に身分の差は無い。お前たちはただの魔術師で成績優秀者というだけだ。お前たちの母国のように、民がへりくだり、気を使ってくれるとは思うな」
最後にガラバ先生は皆に釘を刺した。わざわざ言うということはよくあることなんだろう。
「では解散だ。……ああ、いや、待て。この学院に所属する魔術師は、研究室に属することが義務付けられている。お前たちも各自で教授に話を通し、どこかしらには属せ。以上だ」
そう言って先生は教室から出ていった。すっげえ必要最低限の説明だ。
ガラバ先生が消えると、静かだった教室に話し声が満ちた。生徒同士で話し合う者もいれば、従者と囁き合う者もいる。
彼らの身なりは整っている。恐らく、この教室で平民の出は数人しかいない。後は貴族たちだろう。彼らにとってはこの学院のルールは衝撃的だったようだ。
「……知って来ているはずだけど。建前だと思ってたのかしらねぇ」
隣に座った彼女が嘲笑うように呟いた。彼女は貴族嫌いなのだろうか。
「ねえ、見える?あの奥に座っているのがデネス王国の第二王女、ティーリア・エスティアナ様よぉ」
そこに座っていたのは黒髪の美少女だ。長い髪を腰まで流し、つまらなそうに頬杖をついている。艶やかな黒髪からは、尖った耳が覗いている。だが、少し短い。半妖精人だ。気の強そうな顔立ちは威圧感を与えるが、同時に高貴なオーラも纏っている。
デネス王国の第二王女と言うことは、エリスイスの妹ということか。似ていないな。何がとは言わないが。
「それで、さっき絡んできた赤髪がバブブ公国の第一王子、ガードゥ・バブブ」
彼もガラバ先生の言葉に戸惑った様子は無い。恐らく彼女の上げた二人が、この教室で特に身分の高い二人で、できる魔術師だ。
「他も高名な魔術の名家ばかりよぉ。龍王国の偽獣宿し、聖王国の使者一族、王国の魔人騎士とかねぇ」
世間に疎い俺でも知っている魔術の大家たちだ。お偉いさんばかりだな。
「どうして教えてくれるの?」
「…だってあなた、そういうの疎そうだもの……私、ガーベラ・ウィネス。少し話せない?」
そう言って彼女は、可愛らしく指を組んだ。子どもっぽい仕草を大人の身体をした美女がすれば、妙な色気が漂う。狙ってやっている訳ではないだろうけど……。
「場所を移すか」
俺は少し赤らんだ顔で、そう言った。それを、黒髪の王女が鋭い眼差しで見つめていることには気づけなかった。




