入学
「でかいなぁ」
眼前に佇む建造物を一言で表すとすれば巨大だ。数多の結界、魔具、ゴーレムや幻霊で守られた学院は難攻不落の要塞でもある。
ここが魔術学院、俺が4年間通うことになる学び舎だ。門前に立ち止まる俺に、くすくすと囁くような笑い声が向けられる。
そちらを横目で見ると、俺と同じ新入生らしき二人組がいた。学院を見上げる俺はお上りさん丸出しだ。だけど、都会っ子みたいな女学生に笑われるのは何と言うか辛い。
こういう奴らが田舎から来た、いもっ子を新宿から遠ざけるのだ。俺は少し早歩きで校舎に入った。
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「ああん?何でこんなに人が多いんだ?」
学院の2年生である龍王国の第一王子レオン・ガル・ディーンは長めの黒髪をかきあげ、門前で呟く。
「お兄様、今日は新入生の入学式です」
「アンタ、そんなことも知らないの?」
義妹のレティシアが丁寧に解説をし、幼馴染のアナ・ティアラが馬鹿にするように咬みつく。
「仕方ねえだろ、学院に来んのは久しぶりなんだからよ」
レオンは勇者だ。その実力はすでに学院のレベルを超えている。彼がこの学院に通っているのは彼の父である国王から諸外国の重鎮との顔合わせと交友を図らせようという目論見からだ。
だがレオンは学院には最低限だけ顔を出し、後は冒険者ギルドで依頼を受ける日々を送っていた。
「魔術でも習ったら?アンタが本気でやればレティシア以上の魔術師になるんでしょ?」
アナに引き合いに出されたレティシアは機嫌を損ねることもなく、小さく頭を振っている。
「魔術ねえ……。俺には必要ねえな」
アナに問われたレオンは鼻を鳴らし笑う。生まれながらの力『聖炎』を使うレオンにとって、魔術を学び聖炎を超える力が手に入るとは思えなかった。
「それよりザックとミアはどうしてんだ?」
「ザックさんは長期の依頼を受けて都市を出ています。ミアさんは入学式の挨拶があるとかで行かれました」
「へえ」
パーティーメンバーの獣戦士と聖女の動向に軽い相槌を返す。
「仲間の動向ぐらい知っておきなさいよ!」
いつものようにレティシアがレオンの世話を焼きアナが文句を言う。そんな美男美女の三人組に周囲の視線が集まる。
女性は頬を染め、端正な顔立ちのレオンに熱い視線を注ぎ、男性は美女を二人連れるレオンへの嫉妬とレティシアとアナへの恋慕の眼差しを向ける。
見慣れた光景だが、煩わしいものだ。レオンは足早に学院の中へ入ろうとする。
「おい、さっさと入ろうぜ――」
その時、レオンは周囲の視線の変化に気づく。
学生共の視線が、一点に集まっている。彼らは歩みを止め、一様に何かに見惚れている。
「おはようございます。レオンさん、レティシアさん、アナさん」
レオンたちの背後から蕩けるような美しい声が掛けられる。
振り向いたレオンの視線の先にいたのは、美しいとしか言い表せない女神だった。長い金の長髪を腰まで伸ばした碧眼の美女。
その整った顔には清楚な笑みが浮かんでいる。だがそのプロポーションは凶悪だ。豊かに実った双丘が制服の上からでも見て取れる。長い脚がスカートから覗き、それが動く度に周囲の男の視線を引き付けている。
「よお、エリスイス。久しぶりだな」
そこにいたのはデネス王国第一王女エリスイス・エスティアナだった。今年、17歳になる彼女は年は勇者たちと同い年だが学年は一つ上。魔術学院でも歴代最高と名高い天才だ。
「こんなとこにいていいのかよ。入学式だろ?」
揶揄うようにレオンが尋ねると、エリスイスはくすり、と笑い、風に揺れる金糸の髪を撫でる。学年主席である彼女は、入学式でスピーチをするのがこの学院の慣習だった。
「打ち合わせは終わりました。それに、レオンさんを見つけてしまいましたから」
少し上目遣いにレオンを見る。その誘うような仕草に、数多の美女を見慣れているレオンすら一瞬、意識を持っていかれる。それほど彼女の『美』は極まっていた。
「レオンさんが学院に来るのは久しぶりでしょう?生徒会長としては、もっと学院に通ってほしいのですけど」
「これでも来てる方だぜ?」
「ふふっ。では、私はこれで。レティシアさんもアナさんも機会があればお話ししましょう」
そう言ってエリスイスは講堂の方へと去っていった。本当に挨拶だけのようだ。レオンと話そうとするものはみな、勇者であり王子でもあるレオンに取り入ろうとするものばかりだったので、彼女の反応はレオンにとって珍しいものだった。
「相変わらず完璧な人よねー。私ちょっと苦手」
「まあ、お前は完璧じゃねえからな」
レオンはアナのなだらかな一部分を見て呟く。
「どういう意味よ!馬鹿勇者!!」
「怒んなよ。……まあ、俺の妻になるかもしれない女なんだ、仲良くしやがれ」




