幹部会合
アリスティア城の一角に、その部屋はあった。
中央に円卓の机と複数の椅子があるだけの部屋。窓は遮光カーテンで閉ざされており、昼間にも関わらず、その部屋は薄暗かった。燭台を模した魔石灯が淡い光を放っている。
室内には複数の人影があるが、円卓に座るのは3人だけ。
そのうちの一人、ゼノヴィアが口を開いた。
「幹部会合を始めるわ」
「いえーい!ひゅーひゅー!」
「……なんです、その歓声は?」
聞き慣れぬ歓声を発したベルドーナに、クライが不思議そうに尋ねる。
「これはね、マスターに教えてもらったんだ。マスターの故郷の掛け声なんだって!」
「いえーい、ひゅーひゅー、ですか。私も覚えておきましょう」
クライは真面目な顔で歓声を記憶する。もしこの場にゼノンがいれば勘弁してくれと思っただろう。
夜中に突如、部屋に現れて絡んでくるベルをあしらうために適当に教えた言葉であって、それを故郷の言葉と思われるなんて最悪だ。
ちなみに、サキュバスのミリミアナもゼノンの寝室への不法侵入を何度も試みていたが、全てゼノヴィアとメイドたちに阻まれていた。
そのためミリミアナは、ベルの背後で羨ましそうにベルを見ていた。
「あなた、どうやって主様の寝室に入っているの?」
ゼノヴィアとしてはベルの侵入も阻みたいが、なぜか彼女の侵入に気づくのは入った後だ。優しい主様はベルのことを許しているが、ゼノヴィアとしてはそんなうらや……不敬なことは防ぎたい。
「えへへ~、ないしょ~」
「チッ」
淑女とは思えない舌打ちが響く。ゼノヴィアはゼノンがいなければこんな感じだ。礼儀正しいクールな美女の仮面を取り払い、傲慢で乱暴な龍の側面が覗く。
幹部たちの盛り上がりが一段落した辺りで、メイドが飲み物を配膳する。その所作は乱れることなく王族が見ても感嘆の息を漏らすほど洗練されていた。
クライは紅茶を一口飲み、満足そうに微笑む。
「素晴らしい味です」
メイドは何かを言うこともなく、黙ったまま一礼をし、感想に答えた。
ベルはそんなメイドたちを見て、最初の議題をとりあげた。
「ねえ、城内の格付ってどうなってるの?マスターを除けば、ボクたち幹部が一番上ってことは分かるけど、リリエルさんとかはどうなるの?」
その言葉に、ゼノヴィアは困ったように眉根を寄せた。彼女としても、それは気になっていた。彼女の主、ゼノンは、配下たちに組織だった動きを求めているし、組織の拡大も望んでいる。
そうなれば、序列をはっきりさせ、責任と指揮系統を明確化させることは必要だ。
「私が主様の護衛、クライが半島内の治安維持を、ベルドーナが島外の諜報と工作を担当する、というのは決まりね。リリエルは、使用人たちの纏め役。彼女は独立的な立ち位置にいてもらいましょう」
ゼノヴィアはあえて、幹部間の序列には言及しなかった。それをすれば面倒なことになると、自己中心的な性格をしている彼女でも理解していた。序列をつけるとすればもっと後だ。
そしてゼノヴィアはもう一つ、リリエルの立場についても言葉を濁した。彼女がリリエルの立場を決められなかったのはその職務の特殊性からだ。リリエルライトはゼノンが幼少期の時から世話をしてきた存在であり、ゼノンからの信頼は一番厚い。
それにリリエルの配下となるホムンクルスたちも、ゼノンの身の回りの世話をする者たちだ。
ゼノヴィアはリリエル達使用人を組織体系に組み込むことで他の幹部からの横やりが入り、ゼノンの生活に支障が出ることを嫌ったのだ。
「そっか!それがいいかもね!」
ニコニコ笑うベルを、ゼノヴィアとクライが白々しいものを見たと言いたげに半眼を向ける。もしゼノヴィアが使用人たちを組織体系に組み込めば、幹部であるベルはメイドたちに命令できる立場になる。そうなれば彼女のゼノンの寝室への侵入を阻むものが減ることを意味する。
きっと、格付だの何だのを持ち出したのは、あわよくばという思いがあったのだろう。それに気付いたメイドたちも目を細め、絶対にゼノン様の部屋には入れない、と決意を新たにした。
「幹部は我々だけではないでしょう。確かデネス王国に潜入している人間がいたはずです」
エリスイス・エスティアナ。ゼノンは彼らにエリスイスの存在は明かしてはいないが、デネス王国に参謀がいるとは言っていた。
いいかげんなゼノンのせいで、クライたちはデネス王国に潜入している幹部がいる、としか知らなかった。
「『首飾り』だっけ?信用できるの?」
一番新参のベルが不信感を露わにし、ゼノヴィアへ問いかける。
「知らないわ。私も会ったことないもの」
ゼノヴィアも首飾り型の魔具越しに会話したことしかない。柔らかな口調に、こちらを見透かすような知性を感じさせる声音。
気に入らない、というのがゼノヴィアの第一印象だったが、ゼノンが『首飾り』を信じている以上、そんな不信感を口に出すことは出来ない。
「正体を隠されているということです。ゼノン様がお決めになったのなら意図があるはず。詮索はやめておきましょう」
意図など無い。ただ、幹部たちで勝手に自己紹介をしているだろうと思っていただけだ。
「……そうだねー」
それを薄々察しているベルは一人、棒読みで答える。ベルとゼノンの関係は、一種の契約関係。ゼノヴィアやクライのような絶対的な忠誠を誓ているわけではない。そのため、ゼノンを過度に神聖視することも無く、冷静に現状を理解できていた。
ベルはベルで主の真意を汲み取り、デネス王国に仕込んだ部下を使い、探ろうと決めた。
「はあ、それでクライ、半島内の状況は?」
疲れたようにため息をつき、ゼノヴィアは本題に話を戻す。
「問題ありませんよ。増えすぎた魔物は間引き、使えそうな素材は保管庫に運び込んでいます。外部からの使い魔も何匹かいましたから、入り次第撃ち落としました」
クライの分体の数も今では100体を超えている。彼は使い魔の警備網と分体を合わせて完璧な警備を行っていた。
「そう。なら次はベルドーナ」
「…えっと、ミリミアナ!説明してあげて!」
目を泳がしたベルは配下のミリミアナに丸投げした。ミリミアナはそれが分かっていたのか、動揺することなく言葉を紡ぐ。
「はい~。現段階は、悪魔たちと『種』を大陸中に派遣している最中です~。中でも聖人国は悪魔への警戒が高く、中々潜入させるのが難しいですね~」
「聖人国にはホムンクルスを中心に派遣すればいいでしょう。その際に、中小商会を使うといい」
現在、ホムンクルスの商人たちの管理はクライに一任されていた。彼の一存で使い潰せる商会もいくつかある。
「ホムンクルスが足りなければ増員をゼノン様にお願いしましょう」
「そうですね~。潜入技能を持ったホムンクルスが20人ほど欲しいです~。できれば年代はバラバラで」
「分かりました。後で打ち合わせましょう」
クライとミリミアナは淀みなく状況報告を終えた。サキュバスは本来自由放蕩な悪魔なんだが、上があんなのだとこんなにしっかりするのかと、クライとゼノヴィアは少し感心した。
ちなみに、クライにしっかり者と認識されたことで、この後からミリミアナの仕事が増えることになった。
「ところで、ゼノヴィアは部下を持たないの?便利だよ~」
ベルドーナがゼノヴィアに問いかける。彼女がミリミアナに感心したのを感じたベルが揶揄い始めたのだ。人の気持ちに敏感なのは流石悪魔と言ったところか。だが性格は最悪だ。ゼノヴィアが爆発しない内に、クライは間に入ることにした。
「確かゼノヴィアは部下を捕まえていませんでしたか?」
クライの記憶では、半島内の捜索の際に、派手に竜と暴れていた。あの竜たちは厳冬山脈の一角に住み着いていたのを半島内の警備を任されているクライは知っていた。
「ええ、あの4体は人化の法も覚えてそれなりに使えるわ。後は雑魚だけど。一応、龍牙騎士団と名付けて主様の護衛にするわ」
「ふぅ~ん」
思うようにゼノヴィアを揶揄えなかったベルドーナは興味を失くしたように爪をいじり始めた。
クライは知っている。ゼノヴィアは雑魚だと言っていたが、竜は竜だ。魔物の中でも竜種は格別の強さを持つ。なにせ、最下級の竜でもCランク、単騎で村を滅ぼせる強さを持つ。それがゼノヴィアの元で群れているのだ。恐らく単純な武力だけなら、龍牙騎士団はこの半島一だろう。
「じゃあ、私は行くわ。主様に呼ばれているから」
ゼノヴィアは勝ち誇った顔でベルを見る。その顔には、勝者の余裕と女の優越感が滲んでいた。
「……はあ!?ただの用事でしょ?いつもの事じゃん!!」
ベルドーナは半笑いで言い返すが、その眦はひくついていた。
「ふふっ。一緒にお昼を食べよう、ですって。私はあなたのように侵入しなくても部屋に入れるのよ」
ゼノヴィアは長い銀髪をたなびかせ、部屋を出た。ばたん、と扉が閉まった後、ベルドーナが爆発した。
「んにいいぃぃいいッ!ボクも今度ご飯食べるぅ~~!!」
ベルドーナがミリミアナに飛びつき、駄々をこね始める。まるで赤ちゃんみたいだとクライは思った。
「ちょ、ちょっと、ベルドーナ様!は、離れてぇ!前見えない、あっ――」
主に視界を遮られ、よろついたミリミアナはこけた。
食器を巻き込み、盛大に倒れ込んだ二人は、頭から熱々の紅茶を被ることになった。
「あつっ、アッツい!」
紅茶まみれの元にメイドたちが駆け寄り、慌ただしく二人の肌を拭う。
「だ、大丈夫ですか?ベルドーナ様、ミリミアナ様」「うわ、びしょびしょだあ」
「気持ち悪いー」
くっついたままのベルドーナが身を捩った。
「ちょ、変なとこ触らないでくださいぃ~」
クライは静かにため息をつき、そっと部屋を後にした。
彼の名はクライ。呪骸種の魔物であり、その弱さから危機察知能力に長けるもの。
これ以上ここにいれば面倒ごとに巻き込まれると彼の本能が訴えかけていた。




