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2人目の魔女

「さて、死体と機材を回収しようか」

資料なんかはほとんど処分されているけど、回収すれば復元できるかもしれない。魔物を強化した魔王細胞とやらも残っていたら最高なんだけどなあ。

「〈影の蔵〉」

液体のように揺れる俺の影が膨れ上がり、室内を埋めつくす。一層暗くなった室内に、ゼノヴィアの金眼だけが輝く。侵食するように広がった影は、引き波のように足元へと戻り、室内には明かりが戻る。

部屋には何も残らない。死体も機材も何一つなく、魔術で焼けた破壊痕と暗い影ですら拭いきれない血痕だけが人のいた痕跡を残す。


「後は、勇者たちに見つからないように結界を張っておこうか」

今は隠ぺいの術式で洞窟を覆い隠しているが、俺がこの場を離れれば消える。

それでは誰かの眼に止まるかもしれない。この場所はなかなかいい。できれば、俺の拠点として使いたいものだ。


大地に触れる。地下のため地脈は近く、俺は真下を流れる魔力の流れを掴む。

星の鼓動。尽きぬ大海の欠片である河川が僅かに歪む。ほんの少しの流れの差。だがそれは、あり得ざる現象だ。人の身で、地脈を書き換えたのだから。


神への賛歌、あるいは供物や贄を使い、その地の在り方を書き換え、調整することは魔術師の十八番だ。だがゼノンのように、直接龍脈を弄り、望む環境へと置き換える者はいない。

望む地は妖精の隠れ里。極まれに、龍脈の結節点と結節点の間にできる空間は、膨大な魔力が織りなす現象により、この世界から消える。それをゼノンは意図的に作り出した。

「まるで、異界に紛れ込んだみたいです」

誰よりも魔力に敏感なゼノヴィアは、いち早く場の変異を実感する。

「書き換えた地脈もそのうち元に戻るけど、しばらくは大丈夫だろう。帰ろうか」

「はい」


□□□


洞窟を出た俺たちは結界を解き、都市へと帰還した。

空から入った俺たちは、バルコニーに降り立つ。すると、俺の帰還を知った悪魔族のトリエが窓を開けてくれた。

「おかえりなさいませ、ゼノン様、ゼノヴィア様」

「ただいま、トリエ。どうだった?」

「特に問題なしです!『彼岸花』の者たちは潜伏させましたからー」

元気な笑顔で報告をくれたのはフレアバースの部下のトリエだ。ピンクの癖ッ毛の元気娘でココラカ都市の諜報員の纏め役をしている。

ちなみに『彼岸花』というのは、ベルに任せた諜報組織の名称だ。名前が無いと不便だから俺が付けた。


俺とゼノヴィアが部屋に入ると、トリエが紅茶を入れてくれた。ソファに座り、口に含むと芳醇な甘みが口に広がった。隣を見ると、ゼノヴィアも美味しそうに飲んでいる。

「おいしいよ、トリエ」

「ええ、本当においしい」

「えへへ……。ありがとうございます~」

トリエは嬉しそうにはにかんだ。


「主様、これを」

ゼノヴィアは小さなポーチを差し出す。これは俺が作ったアイテムポーチだ。外見以上の容量を持つ。

「ありがとう。……そういえば、俺が戦った彼らだけど、勇者御一行だったよ。念のために明日の朝には都市を出よう」

素性がバレないように気を使ったつもりだが、彼らの『聖印』の能力が判明していない以上、思いもよらぬ『理不尽チート』を警戒するべきだ。


「勇者、ですか。殺した方がいいのでは?」

出た、殺していいですか。だけど、それもありだ。あれと仲良く出来る気がしない。それに、いずれ邪魔になりそうな気がするんだよな。

「どうしようかな……」

ちらりと横に立つゼノヴィアを見る。強さだけなら俺よりも上の彼女がいれば、勇者たちを殺すことは出来るだろう。念には念を入れて、ベルを呼んでおけば確殺できる。


迷うね。彼らは紛れもなく英雄の器だ。成長段階の今、摘んでおいた方がいいかもしれない。それに、彼らの宿す『聖印』にも興味がある。俺の魔術をいとも容易く焼いた黄金の炎。あれが手に入れば、俺に敵はいなくなる。

ゼノヴィアとトリエは、考え込む俺の返事を待っている。


「――決めた。こ――」

「それは止めてほしいな」

殺そう、と言いかけた俺を制止する声がした。

その声の主は、バルコニーにいた。真っ赤な帽子とローブを身に纏った魔女のような女。ぱっと見は二〇代半ばほどに見えるが、纏う雰囲気は老練な魔術師のそれだ。どことなく、師匠を思い起こさせる女だった。


俺の魔具の索敵にも引っかからず、ゼノヴィアの超感覚すら欺き、女はそこにいた。

ゼノヴィアは俺が作ったカットラス《火炎龍》を引き抜き、斬り掛かる。彼我の距離が一瞬で潰れ、脆弱な魔術師には見切ることのできない超速の斬撃が放たれる。

だが、その神速の一撃は彼女の身体をすり抜けた。

トリエがスカートの下から取り出した短剣を投げる。魔獣の固い皮膚も貫けるほどの魔力が込められた投擲もすり抜けた。


「なっ――!」

ゼノヴィアは後退し、炎を生み出す。龍の炎が暗い室内を照らし、長い影を落とす。その膨大な熱量を見ても、魔女の顔色は変わらない。


「やめろ、ゼノヴィア、トリエ。多分、俺の客だ」

昔の記憶を思い出す。師匠が語った数少ない昔話。真っ赤な装束に身を包んだ魔女の話を。師匠曰く、相手にするだけ無駄だから無視しろと言われたその女の名は、

「アルフィア。運命の魔女アルフィア、だったかな」

「おや?アリアから私のことを聞いていたのかな?」

「話しかけられても無視しろとも言われたなあ。……で?ご用件は」

俺は魔術を放つ準備をしながら、冷徹に言い放つ。招いていない客に愛想を振りまく必要はない。


「当然、挨拶に来ただけだよ、新たなアリスティアの当主。約1000年ぶりの代替わりだ。先代のアリアと親交のあった私が会いに来るのはおかしいかい?」

「そうか。死ね」

〈彼方の刃〉。無詠唱で放たれた不可視の斬撃が、魔女の衣と肉体を切り裂いた。

斜めに立たれた魔女が、腕と臓物を玩具のように取り溢しながら地面に落ちる。

遅れて噴き出した血が、高価なカーペットを濡らし、悪趣味な染め物を作り上げた。


「死んだ?」

トリエが驚きの声を発する。今まで攻撃を加えてもすり抜けていた無敵の魔女があっさりと死んだことに驚いているのだろう。

だが別に、この魔女は不死身の存在ではない。俺と同じただの魔術師だ。全ての現象には種がある。

「空間魔術だよ。この世界に被せるように薄い空間を作って本人はそこに姿を隠す。後はその姿をこちらの世界に投射すれば、すり抜ける本物の出来上がりだ」

だが別に、存在が消えるわけではない。空間ごと切り裂けば、攻撃は本体に届く。

「流石です。主様……」

ゼノヴィアが頬を薄く染め、陶酔したように褒めたたえる。

嬉しくはあるが、そんな目で見られるのは慣れていない。それに、魔女も死んでいない。


「いい腕だね」

どこからともなく声がした。弾かれたようにゼノヴィアとトリエが死体となった魔女を見る。そこには、無傷の魔女が立っていた。

「………どういうこと」

その足元には、二つに絶たれた魔女の死骸が横たわっていた。

同じ人間が二人。初めのは影武者か。ゼノヴィアがそう疑い、瞳に魔力を込める。

全てを見透かす龍の瞳が、遺伝子情報から過去の行動履歴まで全てを閲覧し、出した答えは『どちらも本物』。


「そういう『固有魔術』か」

「そういう『固有魔術』だよ。便利でしょ?」

「便利と取るか不自由と取るかは人によるだろう」

そう言うと、運命の魔女は楽しそうに笑った。そしておふざけは終わり、と言いたげに手を叩いた。


「用件は二つある。一つ目は勇者を見逃してほしいということさ」

「……もちろん手は出さないさ。彼は魔王を討伐する人類の希望だからね」

思っても無いことをすらすら話す。なぜなら、アルフィアの瞳には真剣な色が宿っていたからだ。俺が勇者に手を出せば、彼女が俺の敵に回る。なぜ守りたいのかは知らないし、興味もないが。

「それはよかった」

彼女は愛想よく微笑んだ。少なくとも表面上は。

「二つ目の用件は何だ?」

「それはね、君を誘いに来たんだよ」

「アリスティア家当主、ゼノン・アリスティア。今は未完成の魔術師よ。魔術学院に入学し、魔術の神髄を探究しないかい?」

彼女の用件は予想だにしないものだった。

「俺が魔術学院に?……なぜ?」

心底分からないと、本心からの声を漏らす。

魔術学院の存在は知っている。独立学術都市アリスティアに存在する大陸最高の育成機関。魔術師の聖地であり、魔術学院への入学を望むものは数知れない。

だが少なくとも俺は用はない。研究ならエリーゼ半島で完結する。なぜ金を払って大陸中の魔術師が集まる危険地帯に向かわなければならないのか。


「なぜ、か。そんなことを言う魔術師は君ぐらいだろうね。確かに、アリスティアである君があの地で学べることはほとんどないだろう。だけど、あそこにはエリーゼ半島には無いものがある」

彼女はそこで言葉を切り、大仰に天を仰いで見せた。まるで希望の光を見た祈祷師のように、フィナーレへと向け、舞台を盛り上げる役者のように。

「それは、出会いさ!……どうせ君はこれから何百年も生きてエリーゼ半島に引き籠るのでしょう?それなら、一時でも同年代の魔術師と交流するのは悪くないと思うよ」


そして彼女が出した言葉は、予想以上にくだらなかった……。

胡散臭い。人脈だの出会いだのを前面に押し出す場所は避けろとおばあちゃんに教わったのだ。

大体、学び舎で得るのが同世代の魔術師との交流だと?馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だ。と言いたいところだが、人脈作りは悪くない。他国の貴族や王族も来るだろうし、彼らと繋がりが出来れば、俺の目的、安全な世界づくりに役立つ。

考え込む俺を見て、断る気だと思ったのか、アルフィアは追加の条件を付けくわえる。


「もし魔術学院を卒業してくれたら、私の持つ神器をあげよう」

「なっ……!…正気じゃないな」

俺の示した驚愕は正真正銘の素の反応だった。

神器。それは神や世界が、法則を道具の形に加工したものだ。なぜそんなことをしたのかも存在理由も不明だが、神器は現代魔術ではたどり着けない神秘の領域の力を宿している。アリスティア家もいくつか保有しているが、逆に言えばいくつかだけだ。学院に数年通うだけで神器をくれるなど、破格の報酬だ。


「どうだい?」

「……いいよ。入ってやる」

彼女の勝利を確信した笑みに対し、俺は返事を返す。内心は笑顔で。

「よかった!それなら、来年の春前に私を訪ねてね。試験を受けてもらうから!」

「は?試験とかあるの!?」

彼女は言いたいことを言い終えると、霞のように消え去った。

「学生になられるのですね。制服は私が一番早く見たいです」

そう言うことじゃないと思うな。

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