変な教団
「危なー」
俺は空中から勝ち誇る勇者を見下ろす。『聖なる領域』の解析が遅れていたら、転移が出来ずに死んでいただろう。
「しかし、勇者とはね……」
話には聞いたことがある。勇者とは聖人教の認定する人類最強の存在であり、魔王を打ち倒す希望だと。
「確か、龍王国ディーンの第一王子が勇者に認定されたんだったか」
人類至上主義を掲げる聖人教の本拠地である聖人国カルドゥーナと聖人国の北方に位置する龍王国は仲が悪かった。だが、二〇年前、突然両国は同盟を結び、その後すぐに勇者の誕生が伝えられた。
「ドッペルゲンガーが感じた二つの聖痕は、勇者と聖女のものだったわけだ」
彼らがなぜこんな所にいて冒険者のまねごとをしているのか知らないが、外れくじを引いたようだ。
「彼らの話していたモルドレッド教団とやらのことを聞きたかったけど、無理だよね」
勇者がわざわざ追っている相手だ。そして俺もその存在を知らない。
聞いておきたかったが、勇者は仲良く話ができる相手ではないだろうし、『種』に探らせようか。
ゼノヴィアは魔物を倒せたみたいだし、これ以上残る必要はない。俺は《隠者の衣》の能力を発動させ、都市に向けて飛翔しようとした所で通信に気付いた。
俺は懐から魔具を取り出す。
「どうしたの?ゼノヴィア」
『近くの洞窟に不審な人影がいます』
不審な人影。勇者はモルドレッド教団が何かの実験をしているとか言っていた。実験をするなら、その観測者もいる。……これは、当たりか?
「二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うけど、今日は二兎取れそうだね。…ゼノヴィアも洞窟で合流しよう」
俺は洞窟に向けて、飛翔した。
□□□
「くそ!魔人め!!」
洞窟の奥底、魔術の設備に囲まれた広間で老魔術師は拳を机に叩きつけた。彼はココラカ都市での魔物強化実験を行っていた教団の研究員だ。
そしてそれを勇者にぶつけ、情報収集をする任務を与えられていた。だが彼の目論見はたった一体の魔人によって破壊された。
「……お、お師匠様、魔物が奪われました」
弟子の一人が顔色を窺うように報告をしてくる。だが、そんなことは分かっている。問題はSランクの魔物を容易く焼き殺した龍人の正体だ。
正体不明の敵に実験を潰され、勇者の情報も敵も正体も不明です、では彼の首が物理的に飛ぶ。教団は失敗した者に優しくはない。ライバルたちも老魔術師を蹴落としにかかるだろう。せめて、せめて、敵の正体さえ分かれば。それが彼の胸中だった。
「……魔王細胞を取り込んだ魔物だぞ。それを倒す龍人となれば、東大陸の『鮮刃大公』かアリスティア家の『暴龍』ぐらいだ。大公は男で『暴龍』とは姿が違う。まさか、アリスティアの新たな魔人――」
老魔術師が正解に辿り着きかけた時、機器を操作していた弟子が悲鳴交じりの声をあげた。
「ゆ、勇者がこちらに近づいております!」
「なッ!い、今すぐ逃げなくては!」「師よ!避難路をつかいましょうぞ!」「くそっ」
弟子たちは報告を聴き、狂乱に襲われる。それだけ勇者の名は教団にとって恐れられ、疎まれている。
「静まれいっ!!」
老魔術師の魔力の籠った叫びが弟子たちを落ち着かせた。
「勇者の足止めには『魔導機人』をぶつける」
その言葉に、弟子たちは別種の動揺に見舞われた。『魔導機人』は教団の幹部の一人に与えられたもの。それを師は足止めに使うと言っているのだ。
貴重な魔物と実験機材、そして『魔導機人』を失えば、老魔術師に未来はない。だが、老魔術師もただで『魔導機人』を失つもりは無かった。
「我が一番弟子、ドネリコよ。貴様はこの場に残り『魔導機人』と勇者の戦いを記録し、支部へと送信せよ」
今回の任務の主目的は勇者の持つ聖印『聖炎』の調査だ。それさえ果たせれば、魔物の横取りも正体不明の魔人も『魔導機人』を失う失態も覆せる。
いや、完全には覆せないが、自分一人の助命ぐらいは叶うだろう。そう脳内でそろばんをはじき、弟子へと冷酷に告げた。
「承りました、お師匠様。私がこの場に残り、勇者と『魔導機人』の戦闘データを支部へと送ります。ですので、お師匠様は生き延びてください」
『魔導機人』と勇者の戦いを記録し、それを送信するころには、勇者たちもこの場を見つけるだろう。つまりこの男は捨て駒だ。そう知っても、男の目には師への忠義と尊敬の念が浮かんでいた。
「分かった。貴様に託すぞ」
(おのれ…!何者かは知らぬが、許しはせぬぞ…!)
正体不明の魔人のせいで計画が狂い、自分の経歴には傷がつき一番弟子を失うことになった。
老魔術師は憤怒を心に浮かべながら、表面上は冷静に機材の回収を弟子たちに命令する。せめて失点は少なくするべきだ。少しでも助命の機会を得るために。
慌ただしく動く弟子たち。そんな中、突如鳴り響いた警戒音が洞窟内に響き渡った。
未だ回収していない計器が甲高い音を立て、異常を知らせる。
「なんじゃ!説明せよ!」
弟子の一人が計器に飛びつき、操作をする。そして震える声でこう言った。
「魔力反応……。この洞窟を覆うように魔力反応が確認されました!これは…結界です!!」
まさか、勇者が…!いや、早すぎる。彼らはまだ数キロ以上先にいる!ならば、一体何者が……。
□□□
「さて、結界は張ったし中に入ろうか」
洞窟の前でゼノヴィアへ声を掛ける。
「はい。冒険者どもは大丈夫でしょうか?」
ゼノヴィアは冒険者たち、つまり勇者たちが気になるようだ。確かに彼らは俺と戦った後、イオス・エマを探し、周囲をうろついているようだ。
恐らく彼らの使い魔とみられる鳥たちが何体か飛んでいたから、干渉して俺たちの姿は映らないようにしておいた。
「大丈夫でしょ。彼ら、魔術は得意じゃなさそうだったし。気づけないよ」
この結界は『遮音』『防魔』『対物』『意識誘導』の4つの効果を組み込んだ特製の結界だ。彼らには気づけないだろう。
そして中の奴らも逃げ出せない。
「私が先頭に。行きましょう」
ゼノヴィアは真っ赤な刀身のカットラス《火炎龍》を抜き、中へと入っていった。
どこからともなく湧き出した狼をゼノヴィアは一刀で切り伏せる。狼たちは切り口から影を漏らし消えていった。
「幻霊か。中々の格だね」
俺は壁に手をつき、魔術を使う。すると、前方の通路でばちん、と火花が散った。魔力が詰まって炸裂したのだ。
「罠もたくさん。いい拠点だね」
霊地としてもいい場所だ。彼らを排除した後、アリスティア家の拠点にしてもいいな。
そんなことを思いながら、ただ進む。
出てくる幻霊やゴーレムたちはゼノヴィアの一刀で切り伏せられるので、やることが無い。暇だ。
進んでいると、鉄の扉を見つけた。あの先にいるのだろう。
「開けますね」
ゼノヴィアは扉に手を突く。手のひらから吹きあがった炎が扉を溶かした。そしてゼノヴィアの精霊魔術が岩盤を冷やし、道を作った。
「撃て!」
老いてしわがれた声が響き、魔術が飛んできた。火属性汎用魔術〈フレアバード〉に風属性汎用魔術〈烈風の五矢〉、そしてオリジナルの魔術がいくつか。
「返せ〈水鏡面〉」
そのすべてを跳ね返す。注ぎ込んだ魔力分、魔術を反射する防御魔術は、思い通りの効果を発揮し、術者を自滅させた。
高位の魔術が跳ね返り、何人かの魔術師が消し飛んでしまった。できれば生け捕りにしたかったけど、相手の魔術対策が不十分だったみたいだ。残念。
「き、貴様ら…!何者だ!?」
一番偉そうな老魔術師が問いかける。俺はそれに答えずに質問を返した。
「君たちはモルドレッド教団、とやらだろう?何でこんな所にいる?」
老魔術師は表情を強張らせ、動揺を露わにする。
「……ッ!我らを知っているとは…。 貴様は――」
「そう怒らないでくれよ」
俺は会話途中で、無造作に手にしていた結晶を放り投げた。対人戦の基本は相手の意表を突くこと。俺は敵と会話をする趣味は無いのだ。
放物線を描いて飛んだそれを、老魔術師は素早い反応速度で撃ち落とす。魔力の輝きが光り、結晶が砕けた。
だけど別にいい。それはただの目くらましだ。
老魔術師は俺に杖を向け、魔術を放とうとする。弟子たちは半数が俺を見て、残りの半分は魔術の準備をしている。だがそれは失策だ。この場には隙を窺う狩人がいるのだから。
ゼノヴィアの姿が掻き消え、赤い剣線が宙を走る。まず、老魔術師の腕が杖もろとも切断される。速度を落とさず跳躍したゼノヴィアは縦横無尽に飛び回り、弟子たちの命を刈り取る。彼女が動くたびに魔術師たちの首が飛び、鮮血の花が咲く。
「ぐうぅぅッ……!おのれぇええ」
老魔術師は腕を抑えながら全身に魔力を巡らせる。魔装術による身体強化だ。やり返してくるかと思ったが、逃げるつもりのようだ。意外と冷静だが、一手遅い。
「ぎゃああッ!」
老魔術師の背後から飛んできた魔力の刃が両足を切断した。己の肉体を支えられなくなった老魔術師は、無様に倒れ込む。
室内の人間を切り殺し終えたゼノヴィアは、いつの間にか俺の隣に戻ってきていた。その艶美な褐色肌に、血は一滴も浴びていない。
「やりすぎだよ。死ぬよ、彼」
俺は指輪の魔具に魔力を込め、老魔術師の傷口を塞ぐ。魔力を貯めた菫青石に罅が入り割れた。寿命だ。内部に流した魔力の負荷で術式が焼き切れた。
床に伏す彼の顔は、失血からか真っ青だった。
「申し訳ございません。まさかこの程度で死にかけるとは……」
ゼノヴィアは困ったように眉根を寄せ、反省を示す。彼女にとって人間は脆すぎるみたいだ。俺も握りつぶされないように気を付けよう。
「……うぅ。貴様ら…」
呻く老魔術師にゼノヴィアが刃を突きつけた。薄皮一枚の部分で止まった刃が血を滲ませた。
「もう一度聞くよ。君たちはモルドレッド教団だろ?なぜここにいる?」
ゼノヴィアが刃を押し込む。肌を裂いた剣先が首筋に刺さる。あと少し、深く潜りこめば、頸動脈を切り裂くだろう。
「……そ、そうだ。私はモルドレッド教団の研究員だ。ここには人造魔物の起動実験と勇者の能力を調べに来た」
「あの魔獣、作ったの?」
「……そうだ。魔王細胞を組み込むことで魔物を強化している」
Sランクの魔物を作れるのか。素晴らしいな。…そして、魔王を利用しているということは、教団は魔王の肉体を持っているみたいだ。素晴らしい。ぜひ、欲しいな。
「どうして勇者がここに来ると?」
そう尋ねると、彼は少し押し黙り、狂ったように笑いだした。
「……ふふふ、ふははははははッ!モルドレッド教団はあらゆる場所に潜伏している!当然、聖人教にも龍王国にもだ!貴様がどこの誰かは知らぬが、教団の存在を知り、私を殺す貴様には惨たらしい死が待っているだろう!腕には自信があるようだが、所詮はただの魔術師!あの方々には遠く及ばない。もはや貴様には、表にも裏にも居場所はない!全ての力が貴様を殺しにかかると知れ!」
なるほど、スパイが勇者の動向を伝えていたのか。それに彼らの影響力は大陸中に及んでいる。それは、邪魔だな。俺の思い描く世界に、裏社会で暗躍する謎の教団なんて要らない。ベルに報告を上げて、教団の人間を炙り出してもらおう。
「ゼノヴィア、殺していいよ」
「はい」
深紅の刃がギロチンのように振り上げられる。
「……恨んでやるぅ!貴様が死ぬのをあの世で待っているぞ――」
振り下ろされた刃が首を落とす。老魔術師は目を見開いたまま死んだ。




