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ザレス・ヴァン・フォレスト

銀色の鎧を着た騎士が、木製の扉を押す。木材が軋む音を立て、何かが動く感触のあと、扉が開いた。

扉を潜り、障害物となっていたモノを見ると、そこには剣を抱き、眠り続ける男がいた。無造作に伸びた髭と適当に切りそろえた短髪。この距離からでも濃い酒の匂いが漂ってくる。

初めて来たころは、血と汗と酒が入り混じった独特の匂いに顔を顰めていたが、すでに何も感じなくなった。


深い青色のマントをたなびかせる彼に、中にいた荒くれ者たちの視線が集中する。だが、その胸元の銀色のプレートを見ると、その視線は散っていった。

ここは、冒険者ギルド。魔物退治の荒くれ者どもを束ねるフォレスト支部だ。


「よう、ザレス!今帰りか?」

酒場と併設されている冒険者ギルドは、喧騒に絶えない。仕事帰りで仲間と飲み明かす者もいれば、殴り合いの喧嘩をする者もいる。彼らの周囲には人の輪ができ、小狡そうな斥候スカウトが、胴元を務めている。


そんな騒がしさに負けないほどの大きさで、ザレスに声を掛ける者がいる。

彼の名はデック。茶髪を短く刈り込んだ偉丈夫だ。酒場の一角で仲間たちと飲んでいたようだ。

ザレスはヘルムの下で苦笑を浮かべ、その席へと近づく。

戦士のデムがジョッキを掲げ、挨拶をしてくる。彼は寡黙だが、『破弓の団』で一番の常識人だ。


「こんばんは。ザレスさん。お疲れ様です」

ヒーラーのエリーンが慈愛に満ちた笑みで微笑みかけてくる。小さく頭を下げる仕草にも、気品が感じられ、彼女の育ちが周囲の荒れくれ者どもとは一線を画すことを一目で分かる。


冒険者同士の素性の詮索はご法度。そのため、ザレスも彼女の出自を聞いたことは無いが、本来は冒険者などしているような身分ではないのだろう。聖国の司教の家系か、どこぞの令嬢か。

そして彼女は、その笑顔と修道服を押し上げる膨らみで、何人もの冒険者を魅了してきたフォレスト支部のアイドルでもあった。


だが、慣れているザレスは特に気にした様子もなく、「ありがとう」と軽く返す。

仏頂面の魔術師、ララことララシーマは、ザレスを気にした様子もなく、ちびちびと蒸留酒を舐めている。彼女の赤い短髪からは、少し短い尖った耳が覗いていた。


リーダーのデック、戦士のデム、ヒーラーのエリーン、魔術師のララシーマは、4人は『破弓の団』という冒険者チームを結成している。全員腕利きで、特にリーダーのデックは、今は銀ランクの冒険者だが、金ランクへの昇格間近だという噂もある。


「何の依頼を受けてたんだ?」

「街道に出たオークの討伐だよ」

「流石は『銀騎士』。ソロなのによくやるぜ。この後、一緒に飲まねえか?俺達も依頼帰りでな!パーッとやるつもりなんだ!」

デックが飲みに誘ってくれる。彼はザレスが冒険者になったときからの付き合いで、今では親友と呼べる間柄だ。複雑な出自のザレスにも好奇の目を向けず、対等に接してくれた恩人でもある。飲みに行くことも多いが、今日は用事があった。


「……すまない。父に呼ばれていてね。これから屋敷に戻らないといけないんだ」

「ハッ!お前も貴族なんてやめて、うちに入ればいいのに。親父さんと上手くいってないんだろ?」

「ダメですよ、リーダー。人のご家庭に口を出すのは」

歯に衣着せぬデックをエリーンが宥める。ザレスはそれに対し何とも言えず、曖昧な返事を返し、彼らの前から去っていった。



「……あんた、あいつを入れる気なの?」

静かに飲んでいたララシーマが、忌々し気に呟く。その声音から、彼女がザレスを毛嫌いしていることがよくわかる。

妖精人エルフというのは、種族として高潔で潔癖症であり、それゆえ他者と諍いを起こすことも多いが、彼女の反応はそうしたものとは違う。ザレス個人への嫌悪感が感じられる。


「お前が貴族嫌いなのは知ってるが、あいつは別だ。そうだろ?一度でもお前を見下したか?」

「……フンッ」

ララシーマは貴族が嫌いだ。それは彼女の出自に関係がある。彼女は貴族が遊びで手を出した妖精人エルフとの間に生まれた半妖精人ハーフエルフだ。

純血を尊ぶ彼女の故郷では半端者と蔑まれ、森を飛び出したのが彼女が冒険者になった理由だ。


彼女が冒険者になったのは、それ以外に生きていく術が無かったから。見目麗しい半妖精人の彼女なら、身体を売って生きるか、あるいは貴族や豪商の妾となることも出来ただろうが、それは誇り高い妖精人の血を継ぐ者としても、一人の女性としても許容できなかった。


デックと出会い、信頼できる仲間のも巡り合い、今の彼女は冒険者として生きていくと決めてはいるが、それでも過去の思いは消えない。

彼女は今でも、貴族と聞くと拒否反応を示す。


デックは、頑ななララシーマの態度に苦笑を漏らしながらもそれを咎めはしない。

『破弓の団』のリーダーとして、皆を率いていても、決して何かを強要したりはしない。それがデックが思想も種族も違う3人を纏められる理由でもある。


「なんにせよ、面倒なことを押し付けられないといいんだがな……」

デックは、カウンターで依頼の換金をするザレスの後姿を見る。彼は知っている。ザレスは父に疎まれており、長男にも関わらず継承権をはく奪され、形だけ騎士団に所属させられている。

それも、ザレスへの慈悲ではなく、長男を冷遇しているという醜聞が、貴族社会に広がらないようにするためだ。


彼が冒険者をしているのは、貴族の道楽ではなく、自分で稼がなければ生きていけないから。

そんな彼が父親であり、フォレスト領の辺境伯に呼び出されるなど、いい予感はしなかった。


□□□


「私が、ですか」

ギルドでの換金を終えたザレスは、父の屋敷へと向かった。正確には、ザレスが育った生家でもあるのだが、彼がこの家をそう呼ぶことは無いだろう。

父は、聞き返してきたザレスを忌々し気に睨み返し、拳を樫の机に叩きつける。


「……そうだ!貴様が騎士団を率い、アレスティアめの首を私に献上するのだ!」

ザレスの父、デッド・ヴァン・フォレストは、落ちくぼんだ瞳でザレスを睨みつける。


(変わられた……)

ザレスが父親と会うのは半年ぶりだが、精悍な容姿と剛腕で知られたかつての父はいない。残ったのは、傲慢さと憎しみと、死者への執着のみだ。

離れていても、酒精の香りが漂ってくる。トレシアを失った悲しみが父を変えたのだろう。だがそれでも、国の命令を無視するのはまずい。

ザレスは僅かに残った父への上から、そして家族が父の蛮行に巻き込まれるのを恐れ、何とか思いとどまらせようとする。


「ですが、中央の使者の方々は、アリスティアには手を出すなと言っていたはずですが」

ザレスは、父のもとに、中央から直々に死者が来て、アリスティア領への侵攻を禁じたことを、弟から聞いていた。それは、皇帝の使者であり、その命令を無視するのは皇帝に逆らうことと同義。

貴族への冷遇が進む今の帝国では、当主である父だけではなく、その血を継ぐザレスや弟にまで、処刑の刃が及ぶ可能性がある。


「貴様に入れ知恵をしたのはオルテッドか。あの愚息め。……そもそも、エリーゼ半島の調査を推し進めたのは、皇帝陛下だ!今更になり、説明もなく手を出すな、などと聞く義理はどこにもないわ!貴様は黙って従えばいい!!」

もはや止まらない。それを悟ったザレスは父に気づかれないように小さく息を吐き、一歩下がる。


「……かしこまりました。必ずや、父上の願いを叶えてみせましょう」

「――ッ!私を父と呼ぶな!死神め!」

デッドが怒りに任せ、グラスを投げつける。胸元にぶつかり割れたそれから零れた酒が、ザレスの胸を汚した。

ザレスはそれ以上何も言わず、父の執務室を後にした。



「死神か……」

生まれてきてから今まで、何度も浴びせられた罵倒だった。デッドの妻であり、ザレスの母であるアリシアは、ザレスを産み、死んだ。

母を愛していたデッドは、ザレスが母を殺したという偏執に囚われている。


デッドは、トレシアを愛していた。アレシアの死後、娶った義母との間にできた息子ではあるが、彼の中に母の影を見たからこそ、アリシアの名前の一部を与えたのだろう。


そんなトレシアは死んだ。エリーゼ半島の調査に向かい、帰ってこなかった。これでデッドは、最愛を二人、亡くした。

今のデッドを突き動かすのは、トレシアを奪ったアリスティアへの憎しみだ。ついでに憎いザレスが死ぬことも願っているのだろう。


もはやデッドの中には貴族としての責務もザレス達に対する家族としての情も何も残っていない。だがそれでも、伯爵家としての権力は残っている。

半ば廃嫡されたザレスに逆らう術はなかった。


□□□


屋敷の中を歩く私に浴びせられるのは、侮蔑の眼差しだ。この家の使用人たちは、父の機嫌を取るために、私を憎む。最初はフリだったのかもしれないが、25年も続けば本物に変わる。この家でまともなのは一人だけだ。

見送りも無いまま、屋敷を出る。すると、裏口から隠れるようにこちらを伺っていた人影が私に近づく。


「お兄様……!」

「オルテッド。私に会えば、父上に怒られるよ」

ふわふわした金の髪を持つ少年は、嬉しそうに微笑んだ。私を兄と呼ぶこの子は、フォレスト家の次男、オルテッド・ヴァン・フォレストだ。私の異母兄弟で、死んだトレシアの双子の兄だ。


九歳下のこの弟は、昔から私に懐いてくれていた。今も、父に呼び出された私を心配して会いに来てくれたのだろう。


「別に構いません。それよりも、父の用件はなんだったのですか?」

「……アリスティア家の討伐を命じられた。近いうちに騎士団を連れ、ここを発つ」

「トレシアのせいですね。あの愚か者……!」

「お前の弟で、今は死者だ。悪く言えば、怨霊となり、お前を呪う。そう教えただろう?」

柔らかい髪を撫でてやると、不承不承といった様子で小さく頷いた。


「お兄様、私はッ――!」

オルテッドは苦しそうに身体を折り曲げ、咳を繰り返す。背中をさすってやると、やがて落ち着いたのか、青くなった顔で「大丈夫です」と小さく呟いた。


「屋敷に戻りなさい。体に障る」

「…はい」

私はオルテッドに背を向け、歩き出す。私がこの場に居れば、あの子は去りづらいだろう。

それに、騎士団の詰め所にも用がある。父の命を果たすためには、彼らの協力も不可欠だ。


私は父には逆らえない。オルテッドがいるからだ。あの子の病気は定期的な治療と服薬を必要とする。それには貴族でなければ、支払えないほど高額な金が要る。


私が父に逆らえば、父はオルテッドへの治療をやめるだろう。あの人は、トレシアしか愛していなかったから。

だがそれももうすぐ終わる。


冒険者として銀ランクまで上り詰め、十分な金額が溜まってきた。あと少し、金が溜まれば、オルテッドを連れ、どこか自然豊かな国に移り住んで、治癒術師に病気を治してもらう。

だからこそ、今回の遠征で死ぬわけにはいかないのだ。

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