自由への策
場所を俺の執務室に移す。ちなみにゼノヴィアは、培養室を出た瞬間、リリエルさんに捕まった。
「え?」
手を掴み、引っ張るリリエルさんの無言の圧に、ゼノヴィアもたじろぎながら俺の方を見る。
「ゼノン様。彼女の着替えが終わるまで、少しお待ちを」
まあ、全裸はまずいよな。なぜかゼノヴィアは気にした素振りはないが、そういうのは学習装置で学べなかったのだろうか。
「………え、あの」
俺から引き離されると気づいた彼女は、その黄金の瞳を潤わせながら、か細い声でそういった。
「俺は執務室でいるから、着替えておいで」
「……はい」
ゼノヴィアは不安そうに尻尾を揺らしながら、歩いて行った。リリエルさんに手を引かれる姿は、幼い子供のようだが、暴力的なスタイルの良さが、どうあっても色艶やかという印象しか抱かせない。
黒妖精人と龍の混成種。凄まじいポテンシャルだ……。
俺はごくりと慄きを唾と共に飲み込んだ。
□□□
窓から外を見る。今日は天気がいい。雪の結晶がゆるやかに地に落ちている。春の訪れが近いのかもしれない。
まあ、春なんて10年も見てないけど。それでも多少の気温の変化はある。
真っ白な四季の巡りあわせに風情を感じていると、執務室の扉がノックされる。
返事をすれば、ゼノヴィアを伴ったリリエルさんが入ってきた。
ゼノヴィアはちゃんと服を着ていた。リリエルさんが着せてくれたのだろう。さすがだ。
ゼノヴィアは、民族衣装のような服を着ていた。布を折り重ねたような服の各所を金や銀の装飾品で止めている。
だが、腹部や背中はむき出しで、深く入ったスリットからは瑞々しい太ももが覗いている。
腰にはカットラスと呼ばれる曲剣を下げており、まるで踊り子のような服装だ。
「いかがでしょうか?」
ゼノヴィアが無表情で聞いてくる。だが彼女の尻尾は僅かに揺れており、俺の返事を待っている。
「うん、似合ってるよ。なんか、セクシーな感じ」
確か、砂漠地域の黒妖精人の服装だったはずだ。砂漠の宝石と称えられるだけあり、美しい彼女の容姿を邪魔せず、煌びやかに飾り立てている。
「……ありがとうございます」
これでよかったのだろうか。人を褒めた経験があまりないから正しいのかは分からないが、まあいいだろう。
ゼノヴィアは執務室の机の隣に移動してくる。俺の護衛、といったことを覚えていて、守ってくれているのだろう。生憎と、このアリスティア城に敵はいないが。
何なら使用人もいない。ここにいる三人だけだ。
……これでも俺、一城の主なんだぜ!ははっ、はははっはははははは!はぁ……。
「ゼノン様。帝国に潜り込ませていた『種』から報告がございます」
急に顔が暗くなった俺に、ゼノヴィアがあたふたし始めたが、俺の異常行動に慣れているリリエルさんは気にせず話題を出してきた。
リリエルさんは、ゼノヴィアを送ってきただけではなかったようだ。どうやら、俺の策がはまったらしい。
『種』とは、エリーゼ半島の外に送り出した人造人間たちだ。その用途は様々で、商人として外貨を稼ぎ、エリーゼ半島では入手できない触媒や素材を送る者や、外の情報を入手するために送られている者などがいる。
今回の『種』は後者、諜報員である。
「フォレスト辺境伯が騎士団を動かそうとしているそうです。それに合わせ、冒険者ギルドの方にも動きがありました。目的地は恐らく」
「ここか。あの三男、思ったよりも大事にされてたんだな」
中途半端な魔術の腕を持ついけ好かないボンボンという印象しか残っていない。
名前も思い出せないなぁ。トレ、トレ、トレヴィアーンみたいなやつだったはず。
「策にハマったかな?それなら楽なんだが……」
「不明ですが、進路次第で判断できるかと」
それもそうだ。フォレスト領からエリーゼ半島まではかなりの距離がある。
大規模な軍隊を動かすなら、必ず使い魔たちの警戒網に引っかかるはず。
いや、それも陽動の可能性はあるか。少数精鋭で俺の首を狙ってくるかもしれない。
魔術だの祈祷だのがあるこの世界では、数は力に直結しない。
有象無象の軍勢をたった一人の強者が潰す。それがこの世界の常識だ。
「主様、策とは何なのでしょうか?」
ゼノヴィアが身体を傾け疑問を投げかける。背の高い彼女が側に立てば、見下ろすようになる。
それを避けるために屈んだのだろうが、緩い胸元からのぞく深い谷間が目の毒だ。
ふわりとアロマと蜂蜜を混ぜたような甘い香油のような匂いが香り、意識が引き寄せられる。
こいつ、まつげ長いな。目でかいし、鼻も高い。モデルみたいな顔立ちをしている。
その整った顔立ちも、魅惑的な肢体も白銀の長髪も、全てが美しい。
一度意識してしまえば、照れくさくなり、頬が熱くなるのを感じる。
そういえば俺、童貞だったな……。前世からの年も合わせれば、魔法使いになってる。まあ、本当に魔法使いになっちゃったんだけど。
柔らかく揺れる二つの果実に気を取られながら、頭を働かせる。そういえば、あの策を動かしたのは、ゼノヴィアが生まれる前のことだ。
この作戦はゼノヴィアにも動いてもらわないといけないので、説明する必要があるだろう。
「ああ、それはね――」
「……なるほど」
素人の思い付きの作戦だったが、ゼノヴィアが聞いても無謀なものではないみたいだ。彼女の表情に疑念の色は無い。
彼女の振る舞いには俺が死ねと言えば迷いなく死にそうな危うさがあるから、それを鵜呑みにする訳にはいかないが。
「まあ、今回の作戦は完全に受け身のものだからね。俺たちにできることは無いから、獲物が引っかかるまで優雅に待つとしよう」
ああ、楽しみだ。外の素材が手に入る機会はほとんどない。俺はリリエルさんが入れてくれた紅茶を口に含む。
フルーツの爽やかな酸味が広がり、気持ちが落ち着く。窓の外には、変わらない雪が降り注いでいた。
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