魔獣母胎
「ゼノン様?」
リリエルさんの声で、現実に帰って来る。クライは放っておいてももう大丈夫だろう。呪骸種はどうやら、発生したての頃が一番不安定で崩壊しやすい様だから、十分な呪いがあれば勝手に力を蓄える。
きっと彼は、アリスティア家に空いた穴を埋める貴重な戦力となるだろう。
なら次は、もう一つの戦力を作るとしよう。
「リリエルさん。明日は固有魔術を使う。素体を移しておいてくれ」
あの固有魔術には、いくつか面倒な準備が必要だ。素体に材料に儀礼場。幸い、この城には全てが揃っている。
術式も把握できた。後は、実践するだけだ。俺は胸の高鳴りを覚えながら、転移をし、自室へ戻る。
魔力を高め、性質を清めるため、冷水を浴び、夜の前に就寝した。
その頭の中に、ガレス達のことはすでになかった。
◇◇◇
翌日、俺は今まで立ち入ることの許されていなかった尖塔の一つに向かう。
そこは、指輪の転移もできないため、空中に架けられた渡り廊下を進み、魔像の悪魔に守られた入り口を潜る。
通路に等間隔に並ぶ羽の生えた悪魔像。いわゆる、軒下の悪魔と呼ばれるガーゴイルだ。
荒い岩石のような表皮に雪を積もらせ、武器を持った姿勢のまま立つそれは、精巧な石像にしか見えないが、一体一体が都市を滅ぼせるほどの性能を持つアリスティア家の作品。
この城でも最大の防衛網が敷かれているこの尖塔を守る先兵だ。
俺は石像の視線を感じながら両開きの扉の前に立つ。この塔の入り口は二か所。俺が今立つ最上階付近の入り口と地下にあるリリエルライトしか知らない搬入口だ。
当主にすら知らされないその理由は、固有魔術を保全するため。それは、当主からも守るということ。
仮に当主となった魔術師が真理の探究を諦め、俗世に堕ちた時、あるいは当主の座を退いたのにも関わらず、固有魔術を使おうとした場合に備えて、儀式の鍵をアリスティア家に仕える人形に託したのだ。
この塔の厳重過ぎる防衛網もそのため。外敵に備えるためではなく、内部の敵、アリスティア家当主やその配下からの攻撃に備えるため、あの強すぎる軒下の悪魔たちがいるのだ。
ここの主は俺ではない。それを感じながら、扉に手をつく。師匠より受け継いだアリスティア家当主であることを示す金の指輪が、輝き、扉と呼応する。
冷たい、金属の感触。にもかかわらず、どこか脈動するような呼吸を感じる。
まるで意志を持つように扉が歪み、うねる。
液体のように蠢くそれは吸い込まれるように壁へと消えていき、門が開く。
「扉じゃないのか……」
何らかの魔法生物が扉に擬態していたようだ。俺がそれに気付けなかったのはあれに意思が無かったからだ。機械的に術式を読み取り、道を開く。ただそれだけのために生み出され、奉仕し続ける存在。ゾッとする。
俺は塔の内部へ進んだ。石造りの古めかしい壁面だ。壁には魔具ではない、普通のトーチや蠟燭の明かりが宿り、下への通路を示していた。
驚くほど静かだ。蝋燭の火は垂直に立っており、この場が密閉された空間であることが分かる。側を俺が通ったことで、己が火であることを思い出したように小さく揺れた。
嫌に靴音が反響する通路を降り続ける。微塵も狂うことなく揃えられた階段は、位置感覚を喪失させる。上を見ても下を見ても闇だけが漂っている。蠟燭の明かりがあるはずだが、なぜかそれは見えない。
魔術を使い、眼球を強化すれば見渡せるかもしれないが、それはやめた。
ここは明らかに異界に類する場だ。
ここにはここの法則があり、審判がある。
それが見るなと言っているのなら、見ない方がいい。
俺は足早に下る。まるで海底へ落ちていくように。胎内に回帰するように。
くるくると終わりのない階段を下りていく。
ようやくたどり着いた、尖塔の最下層部。そこには、入り口と対を成すような鋼鉄の扉があった。くるりと塔をひっくり返せば、きっとそのままの構造で変わらないだろう。
扉に手をつく。また、蠢き、消えるのかと思ったが、そんなことは無い。ただの扉だ。俺は重い両開きの扉を押し、開く。
中は、円形の部屋だった。恐らく、塔の外周と同じサイズの部屋であり、とても広大だ。
だが、広い室内にあるものはほとんどない。
目立つものは一つだけ。それは、俺が入っていたような培養槽だ。人型の生物を生成するときに使う錬金術の道具であり、その隣に小さな筒が二つ付いている以外は、普段見ている物と同じだ。
だがその培養槽に近づくことは出来ない。
俺は手を伸ばし、部屋を両断している膜に触れる。
青い透明の被膜であり、表面に術式が刻まれた境界面だ。
「物力、呪い、精神術に神術か。4重の結界とは厳重なことだ」
これも恐らく術式の保全のためのもの。例え固有魔術を使う当主であっても近づけないようにしている。それと、産まれたモノから術者を守るものでもあるのだろう。
壁面には細かな術式で覆われ、それが赤く点滅を繰り返している。
石造りの部屋のはずなのに、生物の内臓のような生々しさを醸し出していた。あるいは、母の子宮か。
「これが、固有魔術〈魔獣母胎〉に使う儀礼場なのか」
「はい。ここに入れるのは当主と私だけです」
既に室内にいたリリエルさんが首肯する。彼女は石づくりの台に手を置き、儀式の調整をしていた。こうして眺めている間にも、リリエルさんの制御する作業用の人形が、儀式に使う触媒や魔力鉱石をせっせと運び込んでいる。
中央にある培養槽の中には、一人の少女が膝を抱え、浮かんでいる。長い銀の髪と褐色の肌。耳は長く尖っており、豊満な胸と艶美な曲線を描く肢体は、酷く美しい。
彼女が今回の主役とも言える希少な黒妖精人のホムンクルスだ。
黒妖精人は砂漠地帯に住む妖精人であり、大地の精霊との交わりで生まれた種族だ。
元来、森を好む妖精人が、不毛の地に進出することはほとんどなく、それがあるとすれば、争いに負け、住処を追われたか、里を追放された一族の末裔だ。
そのため、妖精人との仲は良くなく、個体数の少なさもあり、この辺りではほとんど会わない種族だ。
「しかし、よろしいのですか?龍の素材を使うのなら、肉体性能の高い個体の方が適合率がいいかと」
妖精人はそもそも肉体性能が低い種族だ。対する龍はこの世界で最高の肉体を持つ生物であり、龍の素材を組み込むのなら、強靭な肉体を持つ種族の方が適合しやすい。
「これでいいのさ。俺が彼女に求めるのは万能性だ。……俺の護衛をして欲しいからね」
妖精人なら、魔術への敵性も持つだろう。上手くいけば人間以上の魔術適正と強靭な肉体を持つ生物が生まれる。
ちなみに、なぜ白妖精人にしなかったのかといえば、それは素材となる龍のせいだ。そもそも、災いの化身である龍と森の守り人である妖精人との相性は最悪だ。
それでも、大地の性質を持つ黒妖精人なら、辛うじて適合する、というわけだ。
断じて俺が褐色美女が好きなわけではない。
「なるほど。でしたら最良の選択だと思います。…準備が整いました」
何か含みがありそうなリリエルさんの視線から顔を逸らしながら、俺はほっと息を吐く。
「じゃあ、始めるか」
俺は制御装置に両手をつく。石造りの柱は淡く光り、俺と室内の術式を接続する。
「魔物の素材を」
リリエルさんの操る人形が、培養槽の両脇ある筒の一つに、長大な牙を入れる。死してなお、凶悪な魔力を振りまき、生を欲すそれは、まぎれもない『龍の牙』。
かつて、アリア・アリスティアは南方のドワーフ王国の砦に住み着いた龍を殺した。この牙は、彼女が残した『遺産』だ。
筒の中の液体に使った牙は、瞬く間に溶けた。
「生体因子抽出中……。完了しました」
「魔素を」
リリエルさんが、牙を入れた筒とは反対側の筒に、魔鉱石を入れる。
魔鉱石は魔素が結晶化した存在。彼女が入れたそれは、厳冬山脈で取れた、最上級品だ。それを何個も筒の中に入れていく。魔鉱石もまた、一瞬で溶ける。
「魔素抽出完了しました」
素体と魔物の生体因子、そして魔素。必要なものはすべて揃った。俺は意識を情報世界に向け、部屋の陣の補助を受けながら、魔術を発動させる。
アリスティア家が誇る固有魔術であり、世界にバレれば禁術指定されるであろうその術の名は、『魔獣母胎』。
「注入開始」
二つの筒の中身が、中央の培養槽へと注ぎ込まれる。濃厚な魔素と生体因子をダークエルフに注ぎ込み、馴染ませる。
(ッ!なんて負荷だ……)
実行すべき作業の多さと情報世界から送り込まれる情報量に頭痛がする。
それは、世界に逆らう対価だ。あるいは、禁忌を犯した罪人に与えられる天罰か。
だが、そんなことはどうでもいい。俺にとって、奇跡を起こしたのは緑の羽虫で、世界の法は魔術だ。
俺は心臓の奥から魔力を絞り出し、術式に注ぎ込む。室内の陣が赤く輝き、辺りを真っ赤に染め上げる。
やがて、素体に変化が訪れた。
その豊かな臀部の上から、黒い鱗を纏った尻尾が伸びてくる。そして、額の両側から鱗と同色の角が捻じれて生える。
これこそが、『魔獣母胎』
魔素と魔物の生体因子を、精神と魂の無いホムンクルスに組み込み、肉体を変異させる。そして肉体と相互に依存しあう魂を作り出す。
卵を先に作って鶏を産む力技であり、錬金術に長けたアリスティア家が3代をかけ生み出した「魂の錬成術」だ。
今回は人類種を素体にしたので、生まれてくるのは、人に似た姿と知性持つ魔物、魔人だ。
ちなみに生まれる魔人の精神は、学習装置で教えた知識と埋め込んだ忠誠術式、それと素体と魔物の本能により形成される。要するにガチャだ。変なやつにならないといいんだが。
既に肉体の変異は終わった。ダークエルフの魔術適正と龍の肉体を持った魔人、名づけるとすれば、『妖精龍人』とかか?
まだ、魂の形成と精神の安定のために数日間は培養槽に入っている必要があるが、俺にできることは終わった。後はリリエルさんに任せても大丈夫だろう。
「少し休む。後はお願いね」
俺は疲労で重くなった頭でリリエルさんに指示を出し、部屋に転移した。その後俺は、半日以上眠り続けた。
見かねたリリエルさんに起こされ、昔のように世話をされたことは、記憶の片隅にしまっておく。
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