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悲鳴

「意外とあっけなく終わったな」

天窓の上から、俺とリリエルさんは眼下の真っ赤なキャンパスを見下ろす。精神干渉魔術を薄く掛けていたとはいえ、一晩で終わるとは……


「呪いの造成としてはいまいちなのでは?」

「確かにね。殺し合いをさせるなんて言わない方が、もっと呪いを搾り取れたかもしれない」


俺が彼らに殺し合いをさせたのは、異世界に来て悪趣味な闘技大会にハマったからではない。ただの魔術師としての実益だ。


この世界には、呪術と言われるものがある。一言で言えば、呪いを使う魔術だ。

『呪い』は、人の感情に触れた魔力が変質したものであり、生体への侵食力が高い特徴を持つ。


そのため、呪術には生物を殺したり隷属させる術が多い。

だが今回、彼らから呪いを産み出そうとしていたのは呪術に使うからではなく、餌としてだ。


「生き残ったガレス君の呪いに期待しよう」

餓死するか、自害するかは知らないが、もう少しは搾り取れる。


眼下の部屋は、あの子のために用意した特別ルームだ。中心にある円状の部屋を起点に、小さな部屋がいくつも用意されている。

ガレス達以外にも、厳冬山脈から取ってきた魔獣たちが、他の部屋で殺し合い、呪いを産み出している。


魔力を弾くマナキレス石で覆われた部屋には、特殊なパイプが通され、魔鉱石から生み出した魔力を送り出している。そして、魔力と感情が結びつき、造成された呪いが中央部に流れ込むように加工されている。我ながら完璧な造りだ。


「あの子はどうなってる?」

「蛹に変わりました。もうすぐで孵るかもしれませんね」

鉄の足場を進む。


中央部に達すると、円柱型の部屋があった。呪いの終着点であり、呪いを欲するモノが住まう場所。

そこにあったのは黒だ。粘つく粘液のような黒い糸が小さな円柱状の部屋を覆い尽くしている。その中心には、どくどくと蠢くナニカがあった。


「……あれは、何なのでしょうか」

「さあね。だが、隷属術式を受け入れた以上、冷遇はしないよ」


リリエルさんの声音には警戒の色が宿っている。彼女の気持ちは分かるが、理論的には敵にはなれない。

彼に仕込んだ隷属術式は、使い魔たちに使ったものよりも、遥かに強力なものだ。


俺は思い出す。あれと出会った半年前のことを。


「魔物の討伐ですか?」

俺は師匠に呼び出され、出向いた執務室で魔物の討伐を申し付けられた。だがそんなこと、9年以上エリーゼ半島にいるが言われたのは初めてだ。


厄介な魔物が生まれても、大体師匠が支配している使い魔か配下の魔人が殺していたはずだ。なぜ、今回に限って俺が行くのだろうか。

まさか、エリスイスの時のように、試練か何かだろうか。


「そうだ。お前のテストにもちょうどいい。行け」

出たよ、テスト。師匠はそれを、俺を使う体のいい言い訳にしている気がする。

「……行けって言われても。相手は何ですか?」

師匠の暴君ぶりには慣れたが、ターゲットも知らずに走らされる殺し屋はいない。それとも相手すら教えてくれないのだろうか。


「これを使え」

師匠は引き出しから取り出した結晶を取り出し、放り投げてくる。キャッチしてそれを見ると、師匠が使い魔を使役するときに使っている契約媒体だった。


俺はそれに魔力を流し、使い魔との疑似的なパスを作り出し、相手の情報を閲覧する。だが、これは……。


「死んでる?」

「そうだ。殺された」

殺された魔物は、スティング・ハイ・ファングと呼ばれるネズミ科の魔獣種だ。

小さな体と伸縮自在の針を持つ鼠で、前世でいえば、ハリネズミだ。串刺しにした獲物を小さな体で齧ることから、その名前が付けられた。


「……冒険者のランク分けでは、Bランクの魔物ですよね」

魔物を狩る民間組織である冒険者ギルド。奴らは魔物にランク分けをしている。Bランクというのは確か、単騎で村や小規模な町を滅ぼせるぐらいの強さだ。それが殺されるとは……。


「分かりました。見てきます」

俺はそう言うと、《エリーゼの指輪》に魔力を込める。これは、エリーゼ半島の中のいくつかの場所に転移できる指輪だ。


直接室内には飛べないが、俺はそれを使い、自室前の通路に転移する。光と共に視界が切り替わり、ドアの前に戻ってきた。


扉を開くと、俺がここに来た時と同じ豪華な内装が目に入る。

来た時と違うのは棚の書物が魔術関連のものに変わり、部屋の左側に、研究室に続く扉が設置されたことだ。


俺は研究室に入る。中は木を基調とした内装にしており、様々な道具や資料が所狭しと置かれている。

ぼこぼこと水を吹く蒸留器や枝葉を揺らし、アピールしてくる人面樹など、趣味と実益を兼ねた様々なものを置いている。


俺は机の上に置いたローブを身に纏う。これは、刻印魔術で『対呪』『対魔力』『防刃』などの術式を刻んだ魔具だ。いわば、俺の戦闘服だ。


それ以外にも、防御魔術を刻んだ指輪など様々な装備で身を守っている。魔術師は肉体的にはぜい弱なため、これらの装備なしに出歩くなどあり得ない。


「さて、行くか」

《エリーゼの指輪》に魔力を注ぎ、使い魔が死んだ地点に近い場所に転移する。


「うおぉおっ!」

転移したら、空でした。

「〈飛行〉」

飛行の魔術を発動させ、重力の楔から解き放たれる。落下していたおれの体は、宙に留まる。


「今日は吹雪いてるなぁ」

空には重い曇天が根を張り、白い雪の粒をまき散らしている。暴風がローブを巻き立て、視界は最悪だ。

防寒の魔具は装備しているため、寒さは感じないが、肌に付いた雪が解けて髪が濡れる。散歩するには最悪の天気だ。


「この辺だな」

結晶を握りしめ、死体の位置を探る。場所は、山脈の真ん中あたりだ。

俺は〈飛行〉を維持したまま、真下に落下する。雪を追い抜き、山の木々が見分けられるようになった辺りで、停止する。


「……」

木々が多く、小さな使い魔の死体は見当たらない。下手人の姿も、無い。まあ、人間並みの視力しかない俺が見つけられるとは思わないが。

こんな吹雪の中、敵を探せるのは獣人か妖精人の狩人ハンターぐらいだろう。


山に下りて探すのは悪手だ。近接戦闘が苦手な俺が奇襲でもされれば、最悪死にかねない。魔力に敏感な魔獣に気づかれる可能性があるが、これしかない。


俺は影の中に生み出した空間から、一つの魔具を取り出す。それは、オルゴールの形をしていた。

箱を開き、ぜんまいを巻くと、ゆったりとした音楽が響く。それと同時に、オルゴールの蓋の鏡に魔力の波形と地形図が反映される。


このオルゴールの名は《歌姫の見透かし箱》

魔力を音に載せて飛ばし、反響した魔力を捉え、鏡に反映させる索敵用の魔具だ。デメリットは音が出ること。


索敵用なのにうるさいと、師匠に酷評された失敗作だが、魔物相手なら関係ない。

奴らは魔力に敏感だから、音が出ていなかろうと普通の索敵魔術でも気づかれるからな。逃げる前に殺せばデメリットは関係ない。

鏡の精度を上げると、死んだ使い魔の姿が映る。そして、厄介なことが二つ、見つかった。


一つ目は、使い魔を殺した存在が見つからないこと。

二つ目が、死んだ使い魔が動いていることだ。

その使い魔は、俺の存在に気付いたはずなのに、逃げることもせず、ただじっと、俺を見つめている。俺はその振る舞いに、知性を感じ、思い悩む。

殺すだけならすぐだ。ここから適当な魔術をぶつければいい。だが、それ以上に気になる。あの使い魔の正体が。


「困ったな」

そう言いながらも、俺は頬がつり上がっているのを感じる。いやいや、これは仕方が無いことだ。疑問を残すなと師匠には教わったし、正体不明のままにすれば、アリスティア家にとってもよくない。

仕方がなく俺が身を張って、師匠のために調べておこう。なんて良い弟子なんだ!

というわけで、到着だ。


「やあ、君、しゃべれる?」

地面についた俺は、数メートル先に立っている四足の鼠を見る。

全身に生えていたはずの針は無残に折れ、生きているのが不思議なほどの重傷を負っている。

額に埋められた隷属術式を込めた結晶だけが無事に光を宿していた。

いや、事実それは死んでいる。


「しゃべる、にがて」

それの喉の奥から、ひしゃげた鉄パイプに無理やり空気を通したような歪な声が発せられる。よく見ると、喉の奥に黒い何かがいた。


「呪骸種か。珍しい……」

呪骸種とは、呪いで肉体を構築する生命体だ。発生原理、生息地全てが不明。その生態上、肉体を維持するために呪いが必要であり、戦場跡や墓地によく出現する。


また、呪骸種は、呪いを吸い取るために、生物を嬲り殺したり、街や村を襲うことも多く、協会の第1級討伐指定種にされているため、総じて短命だ。


発見例もほとんどないが、「マルトゥーナの赤月」のような大惨事を引き起こした魔物として有名だ。

眼前の個体は、恐らくまだ子どもだ。


「それで、俺に何かようか?」

「よう、ある。たすけて、」

助けて?命乞いか?といっても、師匠に殺せと言われてるからなあ。


「やくたつ。そだてば、つよい。つかいま、つかいま」

つかいま。使い魔か。俺の使い魔になるということか。ふむ。それなら、生かしておく理由になるな。

というか、ここを逃せば、呪骸種を使い魔にできる機会なんてない。ぜひ、使い魔にしたいが、師匠がなー。あの人、呪骸種がいると知って、俺を行かせただろ。


そんな気がする。……まあ、いいか。使い魔にできれば、師匠も文句は言わないだろう。

俺は影から結晶を一つ、取り出す。師匠が作った使い魔契約用の媒体だ。中に込められた隷属魔術が、対象の魂を縛る特性の魔具で、俺がこっそり盗んだものだ。


「じゃあ、契約しようか。えっと、体どこ?」

俺の言葉を受け、鼠の口の中から、黒い塊が這い出る。不定形のそれはゲルのような質感をしており、率直に言って気持ち悪い。


俺は念のために、耐呪の魔術を重ね掛けし、近づく。そして、ゆっくりと結晶をゲルの体に押し当てる。すると、結晶に刻まれた術式が魔力で輝き、結晶と呪骸種の間に契約を締結した。

これで、契約完了だ。


「よし、これでお前は俺の使い魔だ。…名前は、クライ」

「くらい、つかえる。のろい、ちょうだい」

「その前に師匠の説得だな。君もうまく合わせろよ」

俺の後を、鼠に入ったクライがとことこと付いてくる。


後述しておくと、クライを連れて帰った俺に、特にお咎めはなったばかりか、育てるために地下室の一室をくれた。

だが、魔具を持ち出した俺は、ありがたい拳骨をいただいた。


読んで下さり、ありがとうございます!

感想、評価等頂けたら嬉しいです。

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