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闘犬のように

石造りの地下牢。頑丈な金剛石の檻と魔術の結界により、完全に隔離された檻の中、彼は鎖に繋がれ横たわっていた。

額に大きな傷跡を持つその男、ガレスは渾身の力を込め、鎖を引っ張る。が、


「――ぐっ!」

ガシャン、と大きな音を立て、鎖は伸びきるが、壊れる気配は無い。朝から何度も繰り返し、既に手首の皮は剥がれ、血がにじみ出している。


「……はあ、はあ。魔力さえ、使えれば……」

この部屋の効果か、鎖の性質かは分からないが、魔力が使えない。阻害されたように流れが操れない。


ぐー、と大きく腹が鳴った。朝から鎖を引っ張り続けていたため、体が食事を求めている。ガレスはいったん、脱獄を諦め、牢の端に置かれたパンを食べる。


白い、ふわふわとしたパンは、平民では食べられない上質な小麦を使って、丁寧に焼き上げられている証拠だ。


この牢に閉じ込められて数日、ガレスには十分な食事が与えられていた。まるで貴族に出される食事のような豪勢なものを、十分な量食べていたお陰で、肉体的には全く衰えていない。


それが、何よりも不気味だった。なぜなら、ガレスの牢には先客がいたからだ。

白骨化し、無残な死骸を晒す鎖に繋がれた死体が。


まるで、未来のガレスの姿を暗示しているようでゾッとする。

俺もいずれ、食事を出されなくなり、狭い牢で一人、孤独に餓死するかもしれない。そんな最後は御免だ。


だが、生きて帰れるとも思ってはいない。自身が今いるのは魔術師の居城の中。邪悪な合成獣キメラの材料にされるか、あるいは実験体か。生きて帰るのは諦めている。


死の淵に立ち、かつてガレス抱いていた貴族になりたいという野望も、育ちのいい令嬢を娶りたいという欲望も遠く感じる。


己が削がれ、最後に残ったのは戦士としての願い。せめて、戦って死にたいという一心が、ガレスを突き動かしていた。


(なんだ?)

ガレスの耳に、扉が開く音が聞こえた。そして、牢が並ぶ地下室に、足音が響き、それは近づいてくる。


彼の牢の前で止まった存在は、ガレスを解凍し、牢屋に入れた人形だった。球体関節を持ち、変わらない表情を張り付けた不気味な人形だ。


「おはようございます」

彼女は機械的に挨拶をし、牢屋の鍵を開ける。牢屋の扉から、使用人の人形よりも簡素で骨太な黒い人形が入ってきて、ガレスを拘束する。


「な、てめえ!放せやッ!」

ガレスは手足を振り、暴れるが、人形たちは強力な腕力でガレスを押さえつけ、その手足を拘束具で縛る。


「我が主人があなたたちをお呼びです。どうか、失礼の無いように」

「……化け物が!お前ら全員殺してやるからな!」

「……はあ。これだから外の雑種は嫌いです」


そう言って使用人の人形は、ガレスに侮蔑の目を向ける。それが異常なことぐらいガレスにも分かる。


人形を産み出し、使役する術は、魔術師が良く使う手だが、ここまで精巧に『人間』を模倣する人形など見たことが無い。

常識の埒外の技術で作られたものだということはガレスにも分かる。


ガレスは黒い人形に引かれるまま、地下通路を歩く。

(地下に行くのか…?)


てっきり、地上に連れていかれるかと思っていたが、ガレス達はさらに地下へと向かう階段を下りていく。


武骨な通路には、騎士の全身鎧や武器などがたくさん飾られている。あれを奪い、鎖を切れば、チャンスがあるのではないか……。


だが、両脇を囲む黒い人形のせいで、動くことは出来ない。ガレスはチャンスを伺ったまま、黒鉄の巨大な扉の前に立たされた。


「……何をさせる気だ」

リリエルはガレスの質問には答えず、黒鉄の扉に手を触れる。彼女が触れたところから青い幾何学模様が広がり、扉はゆっくりと開いていく。


(魔術で封印された扉か…。中に何がいるのやら)

開かれた扉の先は、ガレスの予想とは違い、小さな部屋だった。室内は見たことも無い材質の石材で覆われており、真っ白な部屋の天井は一面ガラス張りになっていた。

そして室内には、ガレス以外の4人もいた。


「――!お前ら!」

ガレスは仲間の無事を喜ぶ。いけ好かないトレシアもいるのは複雑だが、戦力が増えたのは喜ばしいことだ。


ガレスは仲間たちの元に走り出す。拘束具のせいで、走りづらいがそれが気にならないほどガレスは安堵感に満たされていた。死を覚悟したガレスだが、孤独も恐怖も感じないわけではない。


彼らもガレスと同様に手足を拘束されながら、顔を喜色に染めている。

だが、トレシアだけは険しい顔のまま、ガレスを睨みつけている。


「ガレス!これはあなたの失態だ!帰り次第、父上に報告するからな!」

彼は顔を真っ赤に染め、ガレスのリーダーとしての失態を責め立てる。唾を飛ばしながら吠えるその様は、とても貴族とは思えない無様なものだ。


「…なっ!……索敵はあなたの仕事のはずだ!責任を押し付けるのは止めていただきたい」

トレシアの物言いに対し、これまで我慢していたガレスも、言い返す。

以前のガレスなら、何を言われようとも貴族と争うのを避け、トレシアの機嫌を取っていた。

だがすでに、ここから生きて帰れると思っていないガレスには、トレシアに気を使う必要も無い。


「なんだと…!お前、誰に口をきいているんだ……!」

ガレスが言い返すと思っていなかったトレシアは、一瞬言葉に詰まるが、すぐに目を細め脅しをかける。

未だ貴族の権力が通じる場所にいると思っているようだ。ガレスはそんなトレシアを嘲笑った。


「…やめましょうよ、2人とも。今はそんな場合じゃないはずだ」

ガレスの仲間の一人、ベッジが二人の間に入り、つかみ合い寸前の彼らを宥める。

だがその唇は僅かに弧を描き、かつての豪快さと冒険者らしい野蛮さを取り戻したリーダーを歓迎していた。


再開してほんの僅かの間で、伯爵の勅命を受けた調査団の仲は瓦解し始めている。それを見計らったかのようなタイミングで、彼らの頭上から声が掛けられた。


『感動の再会だな。涙で前が見えないよ』

揶揄うような言葉に、トレシアは眦を吊り上げ、頭上を睨みつける。

だが、冒険者としての勘と経験で、ここが処刑場だと悟っているガレス達は、死刑執行を言い渡される囚人のように、緩慢に声の主を見返す。


上を見ると、ガラス張りの天井の上に、足場が組まれており、そこから一人の男が彼らを見下ろしていた。

黒いローブを身に纏い、白い髪を持つ、幽鬼のような少年だ。


「お前は、ゼノン・アリスティア!」

ガレス達を捕らえた魔術師であり、今やこの城の主となった男だ。彼は、まるで実験動物を見るような眼差しでガレス達を見下ろしている。


『元気そうで何よりだ。さて、君たちには今から、殺し合いをしてもらう』

ゼノンは軽い雑談をするように、狂気の所業を明かした。

そして、反応が返ってこないことに気づき、恥ずかしそうに視線を逸らした。


『一度言ってみたかったんだよ。…というわけだ。君たちの枷は外す。武器は与えられないが、素手と魔術で殺し合ってくれ』


ゼノンはガレス達が殺し合うのを前提で話を進めていく。それが何よりも恐ろしい。相手が自分の思い通りに動くことを信じて疑わないその様は、傲慢で恐ろしい魔術師そのものだった。


「……ふ、ふざけるなよ!誰がお前の思い通りに動くものか…!」

ガレスは憤怒から己の顔が歪むのを感じる。死ぬ覚悟はしているが、闘犬か何かのように檻に閉じ込められ、殺し合うさまを鑑賞されるなど、御免だった。

ましてやその相手が、苦楽を共にした仲間たちなど、ガレスには耐えられない。


「せめて俺と戦え!降りてこい!」

吠えるガレスをゼノンは冷淡に見返す。

『一度戦い、勝敗はついただろう?二度目は無しだ』

ガレスの要望を断ったゼノンは、次にガレス達の退路を断つ。


『最後に残った一人は、助けると約束しよう。そして、最後の一人になるまでそこからは出さないし、食事も水も与えない。糞尿も垂れ流しだな』


最後の言葉に、トレシアがぴくりと肩を震わす。貴族のトレシアにとって、命よりも尊厳を保てないことの方が嫌なのだろう。くそったれの魔術師め。正確にこっちの穴を付いてきやがる……!


『では、』

「ま、待ってください!こちらにいるトレシア様は、伯爵家の三男です!無事に生きて返せば、お父君が十分な褒美を――」

『不要だ。君たちの殺し合いは確定事項だよ。では、スタート』


デネが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。深い苦悩に歪んだ顔には、生を諦めた諦観が滲んでいる。デネは、生きて帰ることを諦め、それでもアリスティア家の現状をどうにかして国に伝えようと足掻いたのだ。


だがそれも、無為に終わった。

彼らの希望は断たれた。生きて帰ることも叶わず、戦士としての死も望めない。

残されたのは、魔術師の約束した席が一つだけ。


色を通さなくなったガラスを見て、彼らは死闘の檻に閉じ込められたことを知った。

助かるのは一人。この場には五人。

さあ、どうする?

そんな悪劣な声をガレスは確かに聞いた。


そこからはすぐだった。初日は誰もしゃべらなかった。

ただ、諦観と絶望と疑念が渦巻いていた。苦楽を共にした仲間すらも信じられずに、皆、部屋の壁を背に、等間隔を取って動かなかった。


誰かが声を出した気がする。話し合おうと。この檻を破る術を探そうと。

冷静に戦況を見極めて指示を出す、そんな彼の言葉。

いつもなら信じ、従っていた。

だが動こうとするたびに声がするのだ。

大丈夫?と。


答えは返さなかった。

喉は細く張り付き、思いは形にならない。

誰も答えないと知ったときの彼の顔が頭から離れなかった。


誰もろくに眠れず、夜が明けた。最初に狂ったのはトレシアだ。

窪んだ眼でぶつぶつと何かを呟き、手のひらから炎を放った。

蛇のようにうねるそれは、ドーラスの身に焼き付き、絶叫を絞り出した。

そこからは、成り行きだ。


トレシアを囲い、殴り殺した。その後、誰かの手が当たったとか何かで3人で殺し合いになった。骨が折れ、皮膚が千切れて血が噴き出す音を感じる。気持ち悪い。ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃする。

どうして、こうなった。俺たちは仲間だったのに。

血が、ぬるぬるする。きもちわるい。

なんて結末だ。誰よりも強く、リーダーと呼ばれていた俺が、最後まで立つなんて……。

読んで下さり、ありがとうございます!

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