6 オーレリア=ランベールは悪役令嬢かもしれない
「いや?直接わたしが面談するつもりでいる」
アスタリオスがランベール卿に手紙を届けた一連の報告をすると、意外なことにルミナスが直接オーレリアと会うという。
ルミナスにしてみればオーレリアは二重の意味で接触を避けたい相手だ。
ひとつは本人の難ありな性格によるもの、もうひとつは、ルミナスに相対した場合、彼女もまた魔王の力が使えるようになってしまう危険を回避するためだ。
ではなぜ?
ルミナスの興味を引くを何かがあったようだが、なんだろう?
彼女にしては奇妙なくらい神妙な手紙を書いたことだろうか。
その程度ならばアスタリオスに様子見を命ずるのではないだろうか。
「見ろ」
裏にも表にも書いた跡のある反古紙のようなものを差し出す。
オーレリアの筆跡だ。
「お前がわたしの影であることを知っている」
心臓が跳ねた。
*
オーレリアはルミナスとの面談を前に緊張していた。
身分的にも気楽な相手ではないし、魔王として光の御子には苦手意識がある。
ついでにいうと、触られるとピリピリ肌を刺すような感覚になる。
あれ?
触られたことなどあっただろうか?
光の御子が自分に触れたはずはない。
なのに笑顔の光の御子が浮かぶのはなぜ?
(うわ!触るとピリピリする~!)
心底面白がってる様子に腹が立ち、□□□□で殴った・・・・。
そんなはずはない。
ランベール伯爵邸で剣を突き付けられ、王都に連行された。
沙汰を待つ間、神殿の牢に入れられ、当然エスコートなどされたことがない。
牢に入るときなどは後ろから牢番に突き飛ばされた。
あんまり悔しくて腹立たしくて、自分をこんな境遇に陥れた男に絶対エスコートさせてやる!と固く決意して学院生活に臨んだわけだが、以来一度も会ってもいない。
なんでそんな相手にエスコートされたいと思うんだか・・・・。
我ながらその時の自分の考えが解せぬ。
殺されそうになった恐怖を忘れたのか自分よ。
しかもよりによってなんでまた結婚したいなどと言い出すか、真っ平ごめんだろう。
いや、真っ平などと不敬な。
まあ、こんな戯言を王家が許すはずもないから、安心して成り行きを見守るべきだ。全力でご遠慮申し上げたいところだが、余計なことは言わない方が吉である。どうせ向こうからお断りを伝えるタイミングを見計らっているはず。その機会が訪れたら神妙に受け入れればいい。
ふと、川遊びをしたときエビがいたのを思い出す。あれは後ろに逃げるのだ。びっくりするほどの素早さで。ぴゅーっと。
・・・・・・見習おう。
場所は学院内の庭園の四阿で、遅刻してはいけないと小一時間ほど早くその場に赴いた。かといって先に席についてるのも憚られる。護衛が人払いをし始めたら近くに寄って指示を待とう。
今の自分には監視はついているだろうが、侍女はいない。自分で行動のタイミングをはからねば。
そうして時間つぶしに持参した本を開く。
すると、下級生であろう男子生徒が近づいてくる。
肝試しかな?
時々あるのだ。特に男子。
魔王である自分にあと何歩のところに近寄れるかを競うのだ。
まあ近寄るくらいなら目をつむるが、タッチして逃げるとか始まったら許さん。
具体的にはディミトリアス先生にチクろう。
ただ、気になるのは時々嫌々やりにくる様子の生徒が混じることだ。
以前は気にもしなかったが、もしかして無理やりやらされているのではないか?
今回の生徒の場合も、なにやら後方の茂みに複数人、潜んで成り行きを見ているようだ。
「失礼します。・・・魔王、オーレリア=ランベール嬢」
おや、話しかけた。冷や汗だらだらのくせに顔は真っ赤。
どっちかに統一できないものか、そして、ニキビがいっぱいで痛そうである。気の毒。
「あのっ!・・・・自分と一緒にお茶をいかがでしょうか!」
・・・そう来たか。でもがんばって言い切ったのはえらい、と誉めたいような気もする。
ところでキミ誰?
オーレリアは光の御子以外に興味はない。学院にどんな貴族の子女子弟が通ってるか、まったく頭に入ってない。
貴族令嬢としてそれはいかがなものか?という状態であるのだが、本人は怠惰の言い訳に「王弟殿下と結婚するワタシが王族以外の貴族の顔など憶えてなくとも向こうから名乗るでしょ」と空恐ろしいことをのたまっていた。
わが身の黒歴史に思わず顔をおおって呻いた。
その動作に怯えたのか、男子生徒は目に見えてびくっとする。
ウザイ。
「いいわよ」
立ち上がると、男子生徒は「え?」と聞き返す。
さらにウザさが増すが、気持ちはよくわかる。聞いた言葉が信じられないんだよね。でもその反応からするにもしかして平民特待生かな?
「悪いんだけどあなたを知らないの。お名前は?」
「・・・トリエスタ商会の次男で、スオミ=トリエスタです。」
平民、当たり。
推察当たるとルミナス様になったみたいでちょっと嬉しい。・・・って、光の御子様とそんなに話したことないじゃないの。
混乱している?
なぜ?
・・・もしかしたら夢と現実を混同している⁈
わたくし今ものすごく痛い人じゃない⁉
おそらく彼と同じに、背中に嫌な汗が伝ってきたが、まず切り替えてこちらを終わらせよう。口元を扇でおおい、声を潜めて言う。
「・・・いじめ?」
スオミは驚いて目を瞠ったが、真顔でアゴを引く。
うん、平民の特待生って頭がいいんだよね。話が早い。
「わたくしと二人で歩けばすぐ先生が飛んでくるから、事情を話したら?正直に」
信じられないものをみた、という表情から、一転口元がニッと引かれた。
「このあと約束があるのよ、さっさと行きましょう。」
わざとまわりに聞こえるよう言い放つと、歩き出す。
一瞬エスコートすべきかと、迷って差し出された手は無視する。
その方が「らしい」じゃないか。
四阿のある庭を連れ立って出ようとしたそのとき、
「何をしているのですか」
ディミトリアス先生、絶妙のご登場です。
何をしているってまさにアナタを釣ろうと思ってたところです、ハイ。