5 悪役令嬢「心」を入れ替える
お読みいただきありがとうございました。
あとがき部分に、漫画版アスタリオスの挿絵を入れました。
好奇心に負けた方が御笑覧ください。
「全部捨ててしまったですって?」
オーレリアは茫然とした。
昼食時間もとうに過ぎて、さすがに空腹を覚えたため、食堂へ行った。その間に、部屋はきれいに整えられ、机の上はきれいさっぱり何もない状態にされていた。
「裏も表もお書きになられていましたので、お出しになる手紙でもない書き損じと判断しました。」
頭は下げていても、まったく申し訳なさそうではない。
オーレリアの使用人ではなく、光の御子の使用人であるからその慇懃無礼さはいたしかたないところだ。
今までのオーレリアであったら腹が立ってそこらのものにあたりちらすところだ。
が、怒る暇があったら、取り戻すのが先決である。
「あれは必要なものだったの。ひろってこられないかしら?」
爆発に備えて身構えていた使用人はおや、と思う。
まるでマトモな部類に入る貴族女性のようではないか。
だが、書付はルミナスに報告書と一緒に渡してしまっている。
王弟殿下に、提出した物件を下げ渡していただくより、目の前の女のヒステリーに耐える方がたやすい仕事である。また、彼女のために、わざわざ頼んでやろうとも思わない。
「もうしわけございません」
再び頭を下げると、目の前の少女がふう、とため息をつく。
「なくなったものは仕方ないわね」
物分かりが良すぎる。
まさかニセモノと入れ替わったのではないか?疑いを胸に顔を上げると、
「ゴミでないことがわかるように 日記帳のようなものがほしいわ。王弟殿下に頼んでみてちょうだい」
至極まっとうなことを言う。
終わったことにぶつくさ文句を言うよりはるかに建設的な意見だ。
しかも「王弟殿下」ときちんと敬称で呼んだ。
何度ご注意申し上げても「ルミナス様」と許されもしないのに名前呼び、挙句の果てに「ルミナス」と呼び捨てることさえあった。曰く将来は妻になるのだからいいのだ、だそうだ。開いた口がふさがらない。
これはますます疑わしい。と疑念を深めるところに、さらにご親切な言葉が続く。
「急がなくてもかまわないから」
昼過ぎまでかかって書いたものが消えてしまったのは残念だが、ありがたいことに紙に書いたおかげで記憶が頭に残っている。
宝物が消えてなくなる心配はない。
であるならば、次は手紙を書こう。
宛名は 父 ドリアン=ランベール。
娘オーレリアを国家に告発したその人である。
*
「どう思われる?」
問いかける男は、ルミナスをほうふつとさせる長い銀髪の麗人、神官アスタリオス=ディミトリアス。
彼はルミナスの最側近であるが、これは国家機密であり、公にはされていない。
よって、今回は神殿の担当者としてランベール領にやってきた。
魔王オーレリア=ランベールは国家より監視を受けている。なので手紙はすべて検閲されたうえで差し出される。だが、光の御子監視下に入ってよりこちら、オーレリアがルミナス以外に手紙を出すことはなかった。
書き損じの手紙にはいつも、家族への、特に父ドリアンに対する恨みつらみが綴られるか、または光の御子殿下に愛されてどれほど自分が幸せなのかを語る、妄想じみた文章が書かれているか、であったが、それらが差し出されることはなかった。
ドリアンは娘からの手紙を受け取り、少なからず驚いていた。
妻リモーネには見せられないような罵詈雑言の嵐を予想していたが、簡単な文章ではあるが、手紙は何度も読み返したいくらい優しさにあふれていた。
悪筆をわび、無沙汰をわび、父が自分を告発せねばならなかった心情をおもいやる、到底オーレリアの筆とは思えない手紙に、涙が浮かんでくる。
もし一連の出来事で彼女が変わることができたのならば、娘を売るような非道をしたことも、無駄ではなかったかもしれない。
リモーネにもすぐ見せてやらねば。きっと喜ぶだろう。
だが
「ディミトリアス卿。これは娘が書いたもの・・・・に間違いないのでしょうか」
オーレリアが書き物をすることは少なかったが、娘の字は判別できる。
魔王である彼女に、信頼のできる家庭教師を見つけることは難しく、オーレリアに文字を教えたのは父であるドリアンだった。それでもなお、疑わずにはいられないほどの変化だった。
「代書をたのまれた者はおりません。」
「許されるなら、家に帰ってきたい、とありますが、そんなことが可能なのですか?」
いやそれは無理だろう。思うが口には出さない。
(あいかわらず愚かな女だ。)
アスタリオスにはあまりおおっぴらに人に言えない癖へきがあった。
女に成りきる前の少女が好きなのだ。
オーレリアはそういう意味では年齢的にもその美貌でも彼の好みに合うはずなのだが、「女の子らしい優しさのある少女」が好きなアスタリオスにとって、容姿が整っていても意地の悪いわがままなオーレリアはアウトオブ眼中だ。もっとも女のいやらしさのない、清らかな少女など探すのはなかなか難しいが。
「ランベール卿さえよければ、王弟殿下にその旨頼むとありますね。」
頼んでどうにかなる問題ではないだろうが、目の前の人の好い男にはあまりきつい言葉を投げかけたくない。そもそもオーレリアが戻ってくることの方が家族にとっての悪夢なのではなかろうか。
この件はルミナスにも報告が入ってる。
であるならば、近々自分にオーレリアと面談せよと命令が来るはずだ。
(面倒な)
美しい少女と会うのは彼の喜びだが、オーレリアは別だ。
彼女に同情的だったアスタリオスでさえ、できれば今後は彼とかかわりのないところで生きてほしい、と願わずにいられない。
だが、ルミナスが彼女を避ける以上、オーレリアに接するのはアスタリオスの役目になるだろう。
初めて会ったときには、オーレリアも彼の美貌に目を瞠った。
が、すぐ馬鹿にしたように言ったものだ。
「同じ銀髪なら、ルミナス様の方がずうっといい。」
ただの神官じゃあね、と。
いや、お前選べる立場じゃないから。
ツッコミたいところだが、この手の女はよく知ってる。自分に都合の良い言葉以外に耳をかすことはない。
つまり時間の無駄なので、アスタリオスは仮面を張り付けたような微笑みを返すにとどめた。
因縁をつけられないことが、面談の時間を最短ですますコツである。
近々また会うことになるだろう。
ため息が出そうになるが、まあいい。
ルミナスから命じられる仕事の中では比重は軽め。特に命の危険はないのだから。
・・・・メンタルはごっそり削られるだろうが。
面談は学院になるだろうから、きれいな少女たちに会えるだろう。
きっと気が晴れるに違いない。