4 光の御子
お読みいただきありがとうございます。
漫画版とリンク貼ろうかはまだ迷っていますが、よろしければあとがきに漫画版のルミナスの画像はっておきます。
好奇心に負けた方は御笑覧くださいませ。
ルミナスは「光の御子」である。
その誕生時にいくつもの御印を示し、神殿は彼が特別な人間であることを、広く知らしめた。ルミナリオの王家として、宗教を同じくする周辺諸国に対し、神の祝福の証「光の御子」が王子としてうまれたことは大きなアドバンテージだ。
ルミナス=ルミナリオス。王妃を母とする高貴な血筋の第2王子。
魔王の脅威がなくなった王国で、兄王太子が即位したため臣下に下り、現在はルミナス=アンジュール。大公位を賜り、国政にも深くかかわっている。
光の御子の特徴である、銀色の長い髪をなびかせ、国内外とわず、人の生活を脅かす魔物を狩る。
その正体は、天の神の御使い、天使の地上での姿である。
ただの人間ではあるが、美しい容姿に明晰な頭脳。そして魔物に相対してもひけをとらない武力と体力。
おおよそ考えられるありとあらゆるギフトが備わった存在だ。
神は人間の祈りに応える形で天使を地上に遣わす。
が、矛盾した話だが、魔物も世界の構成を担っているため、駆逐してしまうわけにはいかない。そのため天使が地上で仕事をする際には、人間として生まれ、限りある命と人間としての力の限界をもって職務を遂行するのだ
例外は魔王が現れた場合である。
どこからか生まれてくる魔王はおおよそ天使1体に匹敵する力を持つため、出会った際には本来の天使の力が解放される。
彼は魔王オーレリアと対峙したとき、天使の力を地上で使う許可が下りたと感じた。と、同時に目の前の「魔王」にも、先ほどまでただの人間だったのに、魔力が満ち満ちてくるのがわかる。
(なんということだ)
知っていさえすれば、自分が直接相対するなどしなかったのに。
ただの人間ならば、聖騎士団にでも始末させればよい。
本来貴族の少女相手ならば、武人である自分が力負けすることなどありえないのだが、ひしひしと感じる。
人外の力に関しては互角であると。
そもそも、ただの人間を魔王として認識するのもおかしな話だが、
ルミナスの天使としての感覚がオーレリアをして魔王だと断ずるのだ。
今までルミナスは自分を「ただの人間」だと思っていた。
光の御子などといわれても病を祈りで治すこともできないし、何か不思議な魔法のようなものがつかえるわけでもない。自身を「光の御子」という不可思議な存在であると認識したことはない、いやなかった。
魔王と相対する今日このときまでは。
一瞬にして、「光の御子」として自分が地上でどこまでの力が揮えるのか、その発動条件はなんなのか、が天啓として頭に、心に流れ込んでくる。この感覚をなんと呼んだらいいのかわからないが、とにかく「そう」であることがわかるのだ。
にらみあったその時、オーレリアがわっと泣き出した。
「わたくしは殿下に逆らう気は毛頭ございません。どうかどうか、おそばに置いていただき、つかえさせていただきたく存じます」
身のこなしを見る限り、見かけ通りの13歳の貴族令嬢とみて良いようだ。
だが、ルミナスは嫌悪を隠し切れなかった。
少女は泣きくずれながらもチラチラと彼の顔を盗み見て、そうして一瞬だがニヤリと笑ったのだ。
(気色の悪い)
(立場を利用してわたしに近づくことを考えるか)
ある意味でちゃっかりした、女らしい考えではあるが、それを可愛いと思うような感性はルミナスにはなかった。
ただただ気持ち悪いだけである。
もとより女性に寄ってこられても嬉しいと感じたことがない。
どの女も自分をどうにかモノにできないか、という無駄な考えに取りつかれる馬鹿者揃い。あろうことか王子の自分に媚薬を盛ろうとする女もいる。もし自分に身分という盾がなければ、もっと、それこそ力ずくでどうにかされていたかもしれない、と常日頃思う。
このようにルミナスのオーレリアの第1印象は最悪であった。
だがあまりに愚かなオーレリアを敵とみなすのもバカバカしい。
魔物だらけの自領を救うため、心を鬼にして娘を告発したドリアン=ランベール伯爵に報いるためにも、生かして様子を見ることにした。
魔王オーレリアもまた、天敵に相対するとき以外は「ただの人間」であった。
ただ、彼女は魔物を自分の配下として命令を下すことができた。
であるにもかかわらず、彼女は魔物がランベール領を蹂躙するに任せ、なにもしなかった。
「なぜわたくしが汚らわしい魔物をまとめねばならないのですか?」
そのくせ気に入らない使用人を何人も魔物に襲わせている。
そんな言うこととやることが違う様子も嫌らしい。
挙句に言ったものだ。
「光の御子様がわたくしの夫になっていただけるのでしたら、わたくしは夫にしたがいます。」
冗談ではない。
が、王家も神殿もこの縁組に前向きだ。
王弟であるルミナスを魔物討伐の危険にさらすより、彼女を連れていって「あっちへおいき」と言わせる方がはるかにリスクが少なく、かつびっくりするほど簡単であったからである。
もちろんルミナスもいずれ王家と国家のために、自身の結婚は有効活用する気ではいた。そのために選り好みをし、22歳の今日まで独身を通したのである。
が、実際にオーレリアを、と差し出されてみると、
(けっこう、・・・・がっかりするものだな。)
これはたぶん最悪に近い政略結婚なのではないかと独りごちる。
アレとの間に子どもをもうけるなど、想像もできない。
以来、彼女の立場は宙ぶらりんだ。
ルミナスの預かりに間違いはないが、婚約者であるような、ないような。
現在ものの試しに学院に放り込んでいる。
他生徒にはルミナス監視下にあるので「安全」と説明しているが、実際はむしろ近寄らない方が安全なので、学院には生徒を安心させるためだけに、魔王本人には会わずにこっそり顔をだす。
もちろんオーレリアからの「会いにこい」「エスコートしろ」の矢の催促は無視だ。
今日も彼女の要求だらけの手紙に目を通すのかとうんざりしていていたが、監視役の使用人から「こんなものを」と差し出されたものは異様なものだった。
紙の表にはドレスや宝石のおねだり、そして夜会やお茶会などへの出席、エスコートの要望が書き連ねてあったが、その裏にびっしりと、走り書きがあったのだ。
(これは物語か?)
物語というには拙いし、つながりがどうなっているかまったくわからないが、たくさんの小さな出来事が書いてあった。
その中のひとつがルミナスとの出会いだった。
彼女とは、ランベール卿によって告発された後の討伐作戦で会ったのが「出会い」だ。が、ここに書いてるのは、恋物語のはじまりのような、おとぎ話のような楽しいものだった。
敵であるはずの光の御子に話しかけられてポカンとする可愛らしい少女が、どうして自分は殺されないのかと不思議がっている。
(妄想?)
書いたのがオーレリアでなければ楽しい想像だ。
まとめてひとつの物語にしてみたらどうだ、と唆したいくらいだ。
紙の束を受け取り、引き続き報告するよう指示を出す。
「一度様子をみにいくか」
*
このオーレリアはアウロラ=オーレリアがやり直した中でも最悪だった。
決してアスタリオスに愛されないよう、幼少期から自分に都合の良い考えだけを吹き込み、おおよそ、傲慢でわがままに、しかも怒りっぽく、勉強も、父母の教えも無視するよう、自分でも目を背けたいくらいの困ったちゃんに育て上げた。
目論見通り彼に愛されることはなく、ただオーレリアだけが不幸になっていけばよかったのだが、なんとルミナスの気を引くために事件をおこし、よりによって大事なアスタリオスその人を巻き添えで死に至らしめた。
これにはアウロラ=オーレリアも参った。
とりあえず世界は闇に沈めたが、泣きわめくより何よりため息しか出なかった。
時間にして100年くらい「事象の地平」で呆けていたように思う。
今、「最後のオーレリア」が放り出されたのはそんな世界である。