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一年四月

「嘘だろ・・・。」

千隼は目の前の光景に激しく動揺し、元から大きいその瞳を数回足早に瞬きして見せた。

桜が舞い、出会いや別れの季節として知られる春。その快適な暖かさに包まれた誰もが胸を躍らせる季節に、彼だけは背中にこの気温には到底見合わない量の汗をかき、別の意味で誰よりも胸を踊らせていた。

それは、新品の制服に身を包み、これからの学生生活に期待や不安を見え隠れさせた表情の眩しい新入生たちが、その不規則な足並みを一つのホールへと運び終えた後のことであった。

「新入生代表」の言葉の後に「はい。」と短くソプラノが続き、今年度の首席入学者である少女がその姿を演台へと現した。

彼女の高校生にしては麗色な相貌に、少しだけ生徒達がざわついたのも束の間、千隼の脳内には “昨夜” の女が鮮明に思い浮かんでいた。

「この度は、私たち新入生のために祝辞を頂き感謝いたします。」

似ている・・・いや、似ているんじゃない。間違いなく本物だ・・・。

彼女の透き通った声が言葉を紡ぐ度に、体内からジワジワと汗が流れ出ていく感覚に襲われる。

彼、瀬田隼人・二十四歳もこの春から新任教師として都内の高等学校へと就職し、今日が待ちにまった教師としての最初の日であった。

しかし目の前で新入生代表の挨拶をしているのは、間違いなく昨夜、自分と肌を重ねた女であったのだ。

「私たち新入生一同は、この伝統ある×××高校で過ごす三年間を精一杯、有意義な時間とするように悔いなく過ごす事を・・・」

思わず激しい目眩のような感覚に襲われ、膝から崩れ落ちたくなる程には衝撃的な光景であった。

パチリ

彼女と視線が重なる。喉の奥からヒュッと冷たい息が出たのを最後に、脳が正常に動作するのを拒んだかのようにそれ以降のことはあまり覚えていない。

最後に朧げに記憶しているのは、目があって数秒。

「・・・ここに、誓います。」

彼女が昨夜のようにその整った顔で笑う姿と、ホールに響く激しい喝采の音であった。




「•••田先生!瀬田先生!」

「ハ、ハイ!!」

職員室にてやっと混乱していた脳味噌がその動きを再開した。

しかし再開と同時に、先程の光景に再び目眩を起こしそうになり、思わずぎゅっと目を瞑った。

「何をボーッとしているんですか、全く。」だなんて、教頭先生の言葉に謝罪の言葉を述べながら慌ててHRの準備を行う。

その忙しない姿を見て教頭はコホンと小さく咳払いをしながらも、暖かい眼差しで俺を観ていた。

ここの学校の職員は皆気さくで、暖かい。

生徒を正式に受け持つのは今日が初めてではあったが、その準備にこの学校にはひと月程前からお世話になっていた。

それなのにも関わらず、知らなかったとはいえど生徒と関係を持ってしまったことが解った今、後ろめたさから誰の目も直視することができなかった。

この状況は非常に不味い。

下手したら初日から、俺は懲戒免職にだって成りかねない。

考えれば考えるほど顔が青ざめていくのを自分でも恐ろしいくらい実感した。

「緊張するでしょうが最初は皆そんな感じです。今日から一年C組の副担任として、瀬田先生、よろしくお願いしますよ。」

「はい。」

「解らないことは、その都度、同クラスの担任を受け持つ、九条先生に聞くように。」

「解りました。九条先生、よろしくお願いします。」

「よろしくね。瀬田先生。」

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