第五話 甘い誘惑
夜盗から美少年を助けた美女は隠れ家を目指していた。
踊り子を母に持ち、旅一座で育った美女はたくさんの名前を持つ。
母親の美貌を受け継ぎ、剣士の父に剣を習い剣舞を身に付け多くの観客を魅了した。
屈強な体を持つ青年と恋をして旅一座を抜けた。
青年との恋に終わりが訪れるとまた新たに恋を探しに旅に出る。
名前を変え過ぎてもはや最初の名前さえ覚えていない。
過去に執着のない美女は一つの恋が終わると名前を捨てる。
恋は美女に刺激を与え、美しさに磨きをかけ、あらたな恋を運ぶもの。
狙った獲物は逃がさないが決して捕まられない。
何にも囚われない自由気ままに生きる女だった。
美女は町で有名な難攻不落の軍師を落として、恋人期間を楽しむも結婚を匂わされ別れたばかりである。
美女はたった一人と添い遂げるという文化が肌に合わない。
軍師と別れたのに、軍師に恋する幼馴染と妹に目をつけられた美女は女の諍いに巻き込まれる前に手切れ金をもらい新しい国を目指している途中だった。
別れた恋人に興味はなくても、贈り物は遠慮なく受けとる主義の美女はしばらく前の恋人の世界中に作られている隠れ家を利用して旅をしていた。
人避けの呪いが施され、常に住みやすいように整えられている小屋は便利で旅の最中に見つければ何度も利用していた。
美女は汚れているエドウィンを床に寝かせる。
服を脱がせると腕以外は傷一つない真っ白い肌が姿を現す。
「え?」
美術品のような大人になりかけの体は数多の男と夜を共にした美女にも初めて見るものだった。
成人した体を持つ恋人と過ごしてきた美女は真っ白な体にそっと触れると赤子のような柔らかい肌に口角を上げる。
体から流れる汗は透明感があり爽やかな香りが漂う。
痛みに耐性のないエドウィンの体から汗が流れ、頬が染まり、呻く声や苦しそうな顔さえ美しく美女は妖艶な笑みを浮かべながら傷の手当てを始めた。
泥で汚れた体を拭くと美しさが増し、少年趣味のなかった美女は新たな扉を開いた。
女剣士でもある美女にとってエドウィンの斬りつけられた左腕は軽傷だった。
エドウィンの反応と赤子のような肌を堪能しながら看病を始めた。
年上趣味の美女にとって年下の美少年の攻略は初めてである。
王妃の庇護下で大事に育てられたエドウィンは病気や怪我をした経験は一度もない。
初めての怪我と高熱に魘されるエドウィンの虚ろな瞳が美女を映し出す。
「休んで」
痛みと体のだるさに襲われながら聞いたことのない声を耳が拾う。
生まれて初めて体が熱くなり、胸の鼓動は常に速い。
エドウィンの体が自分で制御できないのは初めてだった。
喉の渇きを覚えるとふっくらとした唇に触れられ水を与えられる。
ゴクリと飲み込む水は甘く、口内に広がる甘さに体が熱くなっていく。
体の熱は一向に冷めることはなく目に映る美女を見れば胸の鼓動がさらに速くなった。
「目が覚めた?」
美女はエドウィンの世話を始めて一週間後にようやく焦点のあった美しい瞳に驚きながらも、小屋に常備してある栄養価の高い果実を唇に当てる。
美女を見て顔を赤くする初心なエドウィンに微笑みかけながら、指についた果実の液体を舐めとる。
エドウィンは甘い実を口に入れられ、美女の手に流れる液を舐めとる赤い舌から視線が外せず、ゴクリと生唾を飲み込む。
「包帯をかえるだけよ」
美女はエドウィンの包帯を丁寧に解く。
エドウィンは丁寧に巻かれた包帯を巻きなおすために触れられただけで顔に熱がこもった。
「そろそろ起きられそうね。この家の物は自由に使っていいのよ。ここの持ち主は研究者で―――」
表情豊かでテキパキと動き回る美しい女性との時間にエドウィンは現実を忘れた。
健康的な肌色に、豊満な胸に反して引き締まった腰。
柔らかくても小柄で平坦な体を持つ国で二番に美しいと言われる婚約者とは比べられないほど魅力的な美女に夢中だった。
恋多き年上の美女の策に嵌まっている自覚はない無防備なエドウィンは美女の話に夢中になりながら国に繁栄をもたらす先見の巫女の存在を思い出す。
「明日は雨が降るわ。傷が痛むから、薬の量を増やすわ」
占いが得意で天気さえも当てる美女。
博識でも、生活力のないエドウィンにとって美女の生活の知恵は予言とおなじものだった。
「戦は始まってしばらく経つけど、」
隣国との戦争の話を聞いた時にエドウィンはようやく現実を認識して息を飲んだ。
「帰らないと。ここは」
「ずっとここにいてもいいのよ?戦わなくてもお金は稼げるわ」
美女に夢中で思考していなかったエドウィンは自分の役目を思い出し、帰ろうとすると美女は引き留める。
美女は触れるだけで初心な反応をするエドウィンを堪能していたが、決意を秘めた男の顔つきをしたエドウィンに欲が刺激され強引に唇を奪う。
無防備なエドウィンに濃厚な口づけをすると精悍な男の顔が驚いた顔に、次第には力が抜けて色気を帯び、熱くなる体に妖艶に笑う。
エドウィンは感じたことのない甘さにどんどん夢中になる。美女は柔らかく美しい体を味わいながら想像以上の体の相性に初心な美少年を育てる楽しみを見出し、傍で守ってあげるのも悪くないと方針を決めた。
エドウィンは美女に陥落され、甘美な夢の世界に誘われ、現実世界から遠のいた。
目を醒ましたエドウィンは美女の豊満な胸に包まれて真っ赤な顔で体を放す。
美女は目覚めたエドウィンに甘い声で囁きながらつい最近まで包帯を巻いていた左腕に触れる。
「私が守ってあげるわ。愛しい人。美しい体に血を流すことは―――」
塞がり始めた左腕の傷口に唇をあてられ、エドウィンの熱が一気に上がる。
美女に甘く肌を吸われどんどん体がおかしくなっていき、また甘美な夢の世界に誘われ囚われる。
美女は美少年の体を自分好みに育てあげ、眠る姿に妖艶に微笑む。
体力のないエドウィンは美女を満足させるには物足りない。
エドウィンが眠る間に身の回りの世話をして、目が醒めれば若い体を味わう。
どんどん時間だけが流れていく。
目が醒めたエドウィンは目の前にある豊満な胸に真っ赤になる。
離れがたい気持ちに襲われためらいながらも、そっと抱きしめた。
エドウィンは初めて美女を抱きしめ、馴染んだ感覚の違いに違和感を覚える。
「エド様、ご無事で。お帰りをお待ちしてます」
泣いているアリストアを思い出し、理性を総動員させ、美女を抱く手を解いて服を着る。
美女は目を開けると服を着ているエドウィンがいた。
美女を見ないようにしているエドウィンの頬に手を当てて額を合わせる。
「はなれたくない」
エドウィンは美しく笑う美女を突き放すことはできず頷く。
体が火照り、美女を見ると悪化するため目を閉じた。
必死に理性を働かせ、現状を思い出し抗う。
濃厚な口づけをされて、体が制御できずにおかしくなっていくも、戦の途中だった。
口づけをされて、力の入らない体を叱咤しながら乱れた服をきちんと着こなす。
思考を放棄して、まずは帰陣することにした。
「帰りはこっちよ」
帰る方向がわからないエドウィンを笑顔で先導する美女の頼もしさにさらに心は奪われていく。
腕を引いて歩いてくれる存在を知らないエドウィンは頼りになる美女にどんどん夢中になり、剣も軍略も得意と微笑む美女を頼りにするようになっていく。
「え?王子?」
美女は保護した場所を目指しながらエドウィンの話を聞き、無謀な騎士見習いではないことに驚いていた。
軍師の恋人時代を思い出し、王子が本陣を一月以上も明け綺麗な姿で帰陣すれば反発を生むのでエドウィンの左腕に必要なくても包帯を巻きなおし、偶然を装い服を汚した。
王子を救出したなら報奨金ももらえ、しばらくは新しい恋人と蜜月を過ごすのもいいかと思いながらゆっくりと足を進めた。
カチっと小さな歯車が鈍い音を鳴らした。
欲を知った無垢な少年は小さな歯車が少しずつ狂いはじめていることに気づいていなかった。