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第三話 エドウィンの世界

幼いエドウィンの世界には両親と大人達だけだった。


「王太子は特別です。玉座に座るエドウィンは学ばなければいけないことがたくさんあります。遊んでばかりの他の子達とは違います」


エドウィンは母親の言葉に頷き、膝の上に座って授業を受ける。

母の膝の上から卒業した頃に婚約者のアリストアや同世代の友人に出会う。

しばらくして初めて兄弟の存在を知る。

エドウィンと話すのは王妃の許しがある者だけとはエドウィンは知らなかった。

宰相と散歩をしていると賑やかな声に誘われ足を進めていくと見たことのない子供達を見つけた。

王宮に部屋を持つエドウィンは後宮の最奥の離宮や騎士寮で暮らす妾や王子達と面識がなかった。


「兄君達ですよ」

「兄上?」


エドウィンは宰相に紹介されて異母兄弟に挨拶をした。

そして遊びにいれてもらえるようになり、家族が増えた日だった。

休憩時間に庭に出ると賑やかな声に誘われ歩いていくと兄弟を見つける。


「エドも混ざるか?いまは、」

「チェスですよ。鬼ごっこは終わりです」


兄弟達が遊んでいる場面を見つければ笑顔で迎え入れられる。

エドウィンは優しい兄弟達が見えない所で武術を鍛え上げられ、戦場に送られているとは知らなかった。王子達はエドウィンを見つけると体を動かす激しい遊びをやめて、チェスを始める。

エドウィンが怪我をすれば母親と自分達の首が危険なことを教え込まれ、エドウィンと王妃は危険物と認識していた。

王子達は文字より先に危機管理を教え込まれていた。

エドウィンの機嫌を取りながら遊ぶために年長者達は幼い王子を引き離す係とエドウィンのおもてなし係と別れていた。


「チェスを教えてあげるよ。アリーも一緒にやろう」

「お願いします」


アリストアはチェスが強いと思い込んでいるエドウィンが勝てるように誘導しながら駒を置く。いつも宰相や王とチェスをするエドウィンの隣に座って眺めていたのですでに覚えている。

エドウィンがチェスが苦手と気付いていても決して口に出さずに微笑む。勝敗に興味のないアリストアはエドウィンが楽しそうならそれで良かった。

人を疑うことを知らないエドウィンは勝ちを譲られても気付かない。



「兄上は?」

「夢を見つけて旅に出ました」


エドウィンは姿の見えなくなった異母兄の所在を聞くといつも同じ答えが返ってきた。

挨拶もなく出かけた兄に寂しく思うもしばらくして兄から届いた手紙に笑う。


「兄上は世界を旅するんだって。いつかお会いできるかな」


アリストアはエドウィンが嬉しそうに見せる手紙の微妙な筆跡の違いに気付いても何も言わずに微笑む。

もう一生会えない王子の存在にエドウィンが気付かなければいいと思いながら旅人になっただろう王子の幸せを語る優しい声に耳を傾ける。

辛い事や苦しいことからは遠ざけられ、刺激のない平凡で優しく綺麗な世界がエドウィンの前には広がっている。

子供の頃の悩みは授業中に眠くなることくらいだった。


***


エドウィンは王妃の命令のもと大切に育てられている。

それでも避けられない別れがある。

戦死者は戦場で遺髪を切り、火葬された。

ただし戦の勝利に貢献した指令官だけは腐敗しないように処理を終えて、棺に入れられ帰国する。

そして王族が出迎えて葬儀を執り行うのが習わしだった。

エドウィンにとって初めて戦死者は、教師の一人だった。



「師匠!!」

「最期まで戦い抜き、見事な最期だった。泣くのではなく誇れるようになりなさい。王族は弱い姿を見せてはいけない」


エドウィンは棺に眠る優しい老人の顔を見て涙を流した。

国王は戦死した将軍の亡骸の前で泣き崩れるエドウィンを優しく嗜める。

アリストアは泣き崩れるエドウィンを一瞬だけ悲しそうな顔で眺めて、棺に近づき礼をした。


「お爺様、名誉の死を迎えられたことを誇りに思います。守ってくださりありがとうございました。お爺様のことは心に刻みます。どうか安らかにお休みください。お爺様のお体を届けてくださりありがとうございます」



アリストアは棺を運ぶ兵に礼をして顔を上げると、エドウィンへ視線が集まっていることに気付く。

悲しんでいるエドウィンを見て、ポタリと涙を流し跪き、冷たい祖父の手を握り祈りを捧げた。

アリストアは祖父の死よりもエドウィンが悲しんでいることが悲しかった。

感情を顔に出せば怖い侍女に教鞭でパチンと叩かれるので、エドウィンが一人で叱責されないように涙を流し、祖父の冥福を祈り続けた。

エドウィンは父の言葉に涙を拭いて立ち上がると、泣いているアリストアに気付いた。


「殿下、アリストアをお願いします。婚約者を守るのは男の役目です」


師匠の言葉を思い出しアリストアにエドウィンは近づいた。

泣いているやっと笑うようになった小さい少女はエドウィンが守らないといけない存在だった。


「アリー、大丈夫だよ。僕が傍にいるから」


アリストアの止まらない涙を拭い、手を繋いでそっと立ち上がらせ、王子として将軍への別れの言葉を送った。

そして師匠の旅立ちを見送った夜にアリストアと手を繋いで神殿に行き祈りを捧げた。

翌日からエドウィンは戦争について関心を持ち始めた。

王妃はエドウィンを戦場に送るつもりはないためエドウィンの興味が逸れるように手を尽くしたがエドウィンとアリストアの頼みに負けて後方支援について教育を始めた。

エドウィンがアリストアと共に戦争について授業を受け始めた頃に、ようやく兄達が戦に出ていることを知った。

アリストアはエドウィンの代わりに戦で成果を上げる王子達に感謝していたので王妃の目がない場所で常に敬意を示し良いお付き合いを心掛けていた。エドウィンさえ望まないなら死者で溢れる戦場に行って欲しくなかった。王妃の教育や価値観が変わっていることに気付いてもエドウィンの隣にいるために決して口に出すことはなかった。




時は経ち、成人が近いのに初陣をすませてないのはエドウィンだけだった。

王太子は他の王族と違うと母に言われても、他国の王太子は出陣しきちんと兵を指揮していた。


「戦場を知らずに、兵を送るなんて無責任だろう?命を預けてくれる兵達が見て、感じる空気は戦場でしか味わえない。戦乱の世に生まれた王族の宿命だ」

「初陣の時は震えました。子供だったので許してもらえましたが。今では笑い話ですよ」

「ご令嬢の前でする話ではない。アリストア嬢、すまないね」


エドウィンは友好国の王子達の話す言葉を聞いて初めて初陣を迎えていないのは自分だけだと気付いた。

調べると異母兄弟達は12歳で初陣を迎え、すでに戦場で指揮をしていた。

エドウィンが初陣に興味を持った大きなきっかけになった。

王子達も最近は勢力を増し、多くの国を征服して国力を上げている王国の王太子エドウィンが初陣を終えていないとは思っておらず、悪気はなかった。

エドウィンの隣で無垢な笑みを浮かべていた少女が戦争の話に儚く微笑んだ。血生臭い話が似合わないアリストアを気遣い王子達が話題を変えたため、エドウィンの心境の変化に気付くものはいなかった。

人に相談することを知らないエドウィンの心のうちはエドウィンにしかわからなかった。




エドウィンは物資を積んでいる馬車に同乗していた。

砦に着くとディアスと兵達が隊列を組んで礼をして出迎えた。


「感謝する。物資は受け取った。ゆっくり休め」

「お気遣いはいりません。兄上や兵達が動いているのに僕が休むわけにはいきません」

「そうか。あとで声を掛けるから部屋で待機していろ。エドの案内を」


王国からの長い道のりと慣れない戦場に体を壊さないように休むようにディアスに勧められても、エドウィンは休むわけにはいかなかった。

仕度を整えるように言われ、ようやく頷き自室よりも狭い部屋に案内を受けた。

どこでも歓迎されるエドウィンはディアスが自分を邪魔に思っていると気付くことはなかった。

エドウィンの世界には邪魔という概念が存在しない。




ディアスの計らいで様々な持ち場を与えられ、目に映る景色はエドウィンの知らない世界だった。

自国の兵が敵国の兵よりも力量があるのは誇らしいことである。

エドウィンの目に映る初めての戦場には弱者を強者が躊躇いなく斬る光景。

戦意なきものに剣を向けてはならないという教えを守る者はいなかった。

武器を持たない少年兵に斬りかかる兵に制止の声を掛けた。


「やめて」

「は?」

「武器も戦意もない相手に剣を向けないように」


エドウィンの制止に兵の動きが止まり、武器を持たない敗走兵の追撃は禁止する。

少年兵は母国に貴重な情報を持ち帰るため逃げ出した。




ディアスの罠におびき出され大量の兵が捕縛された。

エドウィンは捕虜の見張りを任されていた。

尋問の命令は受けていない。


捕虜になった青年はエドウィンを見つけて運の良さに笑う。

少年兵を見逃す王太子が戦場にいると部下が情報を持ち返り、最年少の部下の耳に囁いた。

エドウィンに向けて最年少の少年が泣き出した。


「助けて。お願い」

「どうかお許しを」

「武器もありません。国に薬を届けないと家族が」

「助けてください」


捕虜達はエドウィンに助けを求めた。

エドウィンは困っている者には手を差しのべる善良な性格の持ち主だった。


「戦意はない?」

「はい。薬を届ければ必ずご恩を返します。武器もありません」

「もう戦いません」

「うちに帰りたい。帰して、お願いだから。お兄ちゃん」

「武器を持ちません。妹が待ってます。お願いします」


泣きそうな顔で懇願する少年兵や両手を上げて降伏を主張する老人や青年達を見てエドウィンは更生して、戦わない道を選ぶと信じた。


「解放してあげて」

「殿下!?おやめください」


エドウィンの声を諫めようとする兵をエドウィンの側近が取り押さえ、捕虜達を解放した。

縄が解かれ、捕虜達は全力で駆け出した。


「追撃はいらない。戦意はない」


エドウィンは震えながら頭を床につけて懇願していた男が笑っていたのには気付かなかった。

武器を取り上げられ、傷を負い、降伏を口にして助けを乞う捕虜を解放した先に待っている現実さえもエドウィンは知らなかった。


自国兵の負傷者が少ないのは、ディアスの緻密な策のおかげである。

軍師も兵力も全てにおいて自国が勝るゆえの勝ち戦で広がる光景(殺戮)はエドウィンには受け入れられない現実だった。

真っ青な顔でディアスの部下がエドウィン達の目を盗んで駆けだした。




エドウィンが捕虜を逃がしたと報告を聞いたディアスが現場の確認に現れた。

穏やかな顔をしているエドウィンを強い瞳で睨んだ。


「兄上?」

「戦場では情はいらない。お前が逃がしたのは将軍だ」

「武器もなく、戦意も喪失していました。家族に薬を届けたら恩を返しに戻ってこられると」


捕虜になれば戦意は隠して体力を温存して逃亡の機会に備えるのは当然と親切に教えられるほどディアスの器は広くなかった。


「捕虜になるために戻るバカはいない。お前の育ったお綺麗な」

「落ち着いてください。言葉を選んでください!!」


口調が荒れているディアスにエドウィンの護衛が口を挟んだ。


「ディアス様」

「余計なことはするな。指揮官は俺だ」


兵に呼ばれたディアスが尋問する前の捕虜達を逃がしたエドウィンに苛立ちを抑えて後にしたのをエドウィンは気付かなかった。

エドウィンの護衛が笑顔でエドウィンの言葉に同調するため間違えには気付かない。エドウィンの周囲ではエドウィンの言葉が絶対だった。


「殿下の言葉はいつも正しいです。お気になさらず」


いつもエドウィンの隣で汚いことを引き受けて調整し、エドウィンの願いを全て現実に変えてしまう特技を持つ少女がいないためエドウィンの世界と現実の歯車が合わなくなっていた。

エドウィンの側近も昔からエドウィンの考えは全ていい方向に進むため疑問を持たない。

王妃とアリストアの暗躍を知らないため、どんな非常識も正しい形に変えて導く聡明な王太子と勘違いしていた。

悪意や敵意、害意を知らない王妃の無垢なお人形は戦場に馴染めていないことに気付いていなかった。


「兄上はどうされたんだ」

「お腹がすかれたんでしょう。気になさらず―――」





戦場から離れた兵糧の分配と守りを任されたエドウィンは暇を持て余していた。

兵糧の分配はすぐに終わり、窓の外には青空が広がっていた。

鳥の鳴き声に視線を向けると木々に止まる漆黒の烏を見つけた。

鳥に近づくことは王妃に禁止されているがあまりの美しさに外に出て近づいていく。

護衛はエドウィンを見張るディアスの部下に苦言を伝えているためエドウィンが一人で出て行くことに気付かない。

エドウィンが護衛は勝手に付いてくるものと認識しているため気遣うことはない。危機感のないエドウィンは初めて見る真っ黒な烏の美しい黒翼に魅入られていた。


「うっ……。――――あぁぁ―――」


苦しそうな声を聞いたエドウィンは驚いて声の主を探して急いで足を進めた。

しばらく進むと腹から止めどなく血が流れ死を待つだけの男を見つけた。

自国民でなくとも死を待つしかない男の最期を看取ろうと無防備なエドウィンは倒れている男の横に膝を折る。

武器を失った男はエドウィンの腰にある剣が目に入り手を伸ばした。

男の手を握るために伸ばされたエドウィンの左腕を奪ったばかりの剣で容赦なく斬り裂いた。


「え?」


エドウィンは驚きと初めて襲われる痛みと溢れる血、斬りかかる男に固まる。

悲鳴を出すことさえできない。

男は起き上がり、身なりのいいエドウィンから金品を奪うために首を落とそうと剣を振り降ろす。

剣と剣の交わる音が響き、男の剣は細身の剣に受け止められた。

振り降ろされる剣をただ眺めるエドウィンを背に庇い、美女が美しい剣技を披露した。

剣を弾いたエドウィンの世界にはいない生きる力が漲る美しい女性にエドウィンは魅入ってさらに動けなくなった。

美女は男に致命傷を与えてから踏みつぶし、人の近づく気配に美少年の保護を決めた。

ずっと狙っている烏の餌になるだろう男は放置し、夜盗の仲間が近づいてきたと勘違いして美女はエドウィンを担ぎ上げて走り出した。

エドウィンは揺れる視界と女の美しさを視界にとらえて意識を失う。

美女に近づいてきた人影はエドウィンを探している護衛騎士達だった。


「殿下!!」

「殿下、どちらにいらっしゃいますか」


血に濡れ、服を汚しているエドウィンが殿下と呼ばれる男とは気づかない。

美女は醜い男は見捨てるが美少年なら助ける精神の持ち主だった。


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