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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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第二話後編 ディアスと兄弟

隣国との戦に従軍する王子はディアスだけである。

ディアスの世話役の異母兄が留学し初めての戦だった。

諜報が得意な異母兄からの情報通りなら指揮をするのは平凡な軍師、手駒に逸材はいない。


「一人でいいのか?」

「必要ない」

「隣国ならすぐに落ちるか。いざとなれば救援要請しろよ。兄さんが助けてやるよ」

「いらない」

「血の繋がりは濃い。同じ血は流すなよ」


ディアスは異母兄に宣言した通り、兄弟に助けを求めることなく戦を勝利に導く道を整えていた。

曲者も強敵もいないので、一芸に秀でる異母兄弟は必要なかった。

騎士寮で暮らす王子は特技を磨き上げる。

弓の名手も毒使いも女装が得意な隠密も使うことなく、戦場ではディアスの策通りに全てが進んでいた。


「お見事」

「命令に忠実な兵がいるからだ。誰でもできる」

「そろそろ終盤ですか」


腹心達は大雑把な性格に反して、緻密な策に感心しながら、情報を交換していた。

ディアスは捨て駒嫌いのため、死傷者をほとんど出さない。指示は細かくも、必ず勝利に導き、兵の命を大事にするので指揮官として人気がある。

ディアスは部下の報告を直接聞いて策を修正しながら、新たな命令を出す。

数日前に「エドウィンの無事が第一」という王宮から手紙が届けられたがディアス達には関係なく誤報と処理した。

王宮で守られているエドウィンの安全にディアス達は関与できないため、王宮に確認の伝令を走らせることもない。


「伝令です!!」


ディアスは腹心達との会話を止めて伝令を迎えいれた。


「は?」


ディアスは伝令兵の報告を聞き間違えかと思った。

ディアスの後に控えた副官も同意見で伝令兵が疲れているのかと思うほどありえないものだった。


「復唱を」

「物資を運ぶ責任者はエドウィン殿下。明朝出立されるので―――」


ディアスと違い全てを持っている異母弟であり王太子エドウィン。

武よりも文を学ぶことを優先され願えば全てが叶えられる唯一の王子。

初陣を迎え物資を運んでくるという報告はディアスの望みに反して聞き間違えではなかった。

数日前に誤報と処理した最大のミスにディアスは乱暴に髪をかきあげる。


「めんどうだ。エドもお付きも」

「殿下の護衛は貴族の騎士。命令に逆らうのが見えてますね…」

「物資を運ぶのに王子はいらないでしょうに」


家を継げない野心のある貴族子息は文官か武官の道に進み、成果を上げて爵位を授与を目指す。文官よりも武官のほうが成果をあげやすく、最年少の司令官を頻繁に任されるディアスは目の敵にされている。

侍女を母に持つディアスを見下し逆らう貴族子息が多いため、従軍兵を選ぶ権利を司令官を受ける代わりに強請った。ディアスは命令に忠実な平民や下位貴族ばかりを選んで従軍させている。

王子だけは国王が配置を決めている。

エドウィンの護衛は王妃のお気に入りの貴族子息達ばかりでありディアスの命令通り動かないのが目に見えていた。


「エドウィン殿下の安全が最優先です。国の未来を―――」


エドウィンの安全を最優先にと長々と語る新たに訪ねた伝令の報告にディアスはため息をこらえて追い出した。

父に抗議の文を送りたくてもエドウィンはすでに出発しており、間に合わないのは目に見えていた。







物資と護衛に囲まれ姿を見せたのは戦場とは不釣り合いな温和な笑みを浮かべるエドウィン。

ディアスは隊列を整えて出迎え、苦手な兄弟ごっこを始める。


「兄上、このたびは」

「口上も挨拶もいらない。ここまで大変だっただろう」

「いえ、王族として当然です。僕は――――」


ディアスはエドウィンから話を聞き、正義感に駆られ過保護な妃の反対を押し切り出陣してきただろう様子に呆れ、顔には出さずに止めなかった父親を心の中で罵った。

エドウィンに随行した一人の青年がディアスに書類を渡した。


「これよりディアス様のお側に仕えます。――――王太子殿下にふさわしく、わきまえていただけるようお願い申し上げます」



ディアスはエドウィンに聞こえないように偉そうに呟く王妃からの分厚い書類を渡す監視役の青年に望まれるままにエドウィンを賓客としてもてなすように命じた。

ディアスは賓客として砦に閉じ込めればいいかと甘い考えを木っ端みじんにされるのは翌日のことだった。



****


ディアスは王妃からのエドウィンの扱いについての分厚い資料を読むのを途中で放棄すると監視役の青年がバカにした顔で読み上げた。

その後も監視役の青年に頻繁に「エドウィン殿下を無事に帰国させることが最優先」と囁かれ苛立ちを誘っていた。

しばらくしてそれが些細なことに思える事態に頭を抱えていた。


「あれは本気なのか?末弟よりも使えない。あれで戦場は自殺行為だろうが……」


ディアスはエドウィンと会話はするが武術の腕は知らなかった。

剣が嫌いな5歳になった異母弟よりも酷い乗馬と武術に絶句した。


「砦で待機を」

「兄上、お気遣いはいりません。最前線に配置してください。王族が安全な場所で待機するだけなど、臣下に示しがつきません」



全てが人並み以下のエドウィンを戦場には邪魔になるので配置できなかった。

エドウィンは兄の気遣いに笑顔で首を横に振る。

指揮官のディアスの命令に逆らうことはエドウィンでなければ軍規違反で厳罰案件である。

エドウィンを囲む監視役や護衛の有力貴族達はエドウィンの意見に賛同する。

エドウィンの命令は絶対と教えられている戦場慣れしてないエドウィンの臣下はディアスの命令はきかない。

ディアスは邪魔、足手まといとは口に出さずに戦場で一番安全な捕らえた捕虜の見張り役に配置した。





ディアスの策により一つの砦が落ち、大量の捕虜を手に入れた。捕虜の中には餌につられた将軍も含まれ、報告を聞いたディアスは笑みを浮かべた。

戦わずして隣国一の将軍を捕え、死傷者もなく砦を手に入れたことで兵の士気も上がっていた。


「勝利の女神に捧げます!!」

「戦神の勝利!!」

「宴だ!!」


砦を制圧したので、一夜の休息。

羽目を外さない加減は兵達に教え込んであるのでディアスは要望に頷く。

兵達が盛り上がっていると制圧した砦に不釣り合いな真っ青な顔の兵が駆けていた。


「ディアス様はどちらに!?ディアス様!!ディアス様!!ディアス様!!」


大声で呼ぶ声にディアスが呆れた顔で兵に近づいた。


「うるさい。連呼するな」

「ディアス様!!捕虜が逃げました」


捕虜が逃亡できるような配置をしていなかったディアスは呆れた顔から無表情に変わる。


「は?死傷者は」

「被害はありません」


将軍が暴れて、兵達を殺して逃亡するという最悪な状況でないことに安堵する。


「ならいい。状況を」

「で、殿下が……」


ディアスの安堵は間違いだった。

真っ青な顔で駆けつけた伝令の報告に絶句する。

捕虜は武器を取り上げ、縄できつく縛り逃走できないようにしていた。

捕虜の見張り役を任せていたエドウィンが言葉たくみに騙され捕虜を逃がしていた。

しかも戦の鍵を握っている将軍達を。


「お止めしましたが、聞いてくださらず」

「追撃は?」

「捕虜には少年兵が多く、追撃も剣を向けるのも禁止されました」

「追撃は無駄か。敵兵が潜んでないか探させろ。おい、宴は後だ」


ディアスは宴の準備をしようとしていた兵に指示を出す。

落胆しながらも、ディアスの命令に忠実な兵達は浮かれた顔を消し動き出す。

ディアスはエドウィンに話を聞くも事の重大さを理解できていないことに頭が痛くなる。

騙し合いを知らないエドウィンやエドウィンの言葉を全て肯定する側近達の相手をゆっくりとするほどディアスは暇ではなかった。

制圧したはずの砦に隠れている敵兵を誘い出すために物資を全て運ばせた後に、火を放つ。

逃げ出す兵を捕え、尋問にかけても録な情報はなかった。

捕虜にした将軍や精鋭騎士の姿はなく、ディアスの策が初めて破れた日だった。



エドウィンの暴挙には終わりがなかった。

ディアスにとって楽なはずの戦は、たった一人の存在により一切策が通じなくなる。


「あれは間者か?」

「優しく誠実な王太子殿下」

「天使は戦場には不釣り合いです」

「敵兵には天使ですが、我らには悪魔かもしれませんが」

「どこに配置すれば…。送り返したい」


何度注意しても直らない敵に情けをかけ、騙されるエドウィンの悪癖にディアスよりも口達者な副官が言葉巧みに説得をして兵糧の守りと分配を任せた。

ディアスは護衛にエドウィンから目を放さないように命じて一般兵と同じ服を着せて王族のマントは預かった。

物資と共に迷惑な物を送りつけた父を恨み、監視役とは別に頻繁に王太子の安全が最優先と使者を送る王妃に苛立ちを抑えて報告書を書く。

ディアスの副官は迷惑な王太子への苛立ちを鎮めるためにお守りの絵姿を眺めていた。

ディアス達が絵姿の主に最後に会った時は異母弟の悪癖も惨事を予想していなかった。


「無事なお帰りをお待ちしております。皆様に祝福が降り注ぐことを。どうかご武運を」

「勝利を捧げます!!」

「行ってまいります」


禊をすませ、神殿に祈りを捧げた足でどんな時間の出陣も見送りに現れる勝利の女神と騎士達が呼ぶ未来の国母。

戦神の記憶にある勝利の女神との出会いは初陣の日だった。

神事の正装に身を包み、戦に向かう兵を見送り、帰りを迎えてくれる幼い少女の存在を知った日。


緊張とは無縁の10歳になったばかりのディアスは異母兄に世話をされながら愛馬を連れて隊列に加わった。

小さな少女が歩き回っており、ディアスの前に立ち止まり礼をした。


「お気をつけていってらっしゃいませ。ディアス殿下のお帰りを心よりお待ちしております」

「は?」


自分をディアス殿下と呼び、礼をする存在を初めて見たディアスは小さな少女をいぶかしげに見た。隣にいる世話役の王子が異母弟の戸惑いに気付き笑った。


「頭をあげて。アリストアはいつも見送りに来てくれるんだよ。可愛いだろう?」


アリストアは頭を上げて、声をかけられた方に振り向き笑みを浮かべて言葉を返す。

そして王子や兵達に声を掛けていく。


「アリストア様に勝利を捧げます」

「風が強いのでお部屋にお戻りください。飛ばされてしまいます」

「ありがとうございます。ご武運を」


戦場に向かいながら異母兄にアリストアが王宮に住んでいることを教わってもディアスは特に興味を持たなかった。

初めて戦場を知り、人を斬り、血の海を見て、気付くと馬に乗って帰国していた。


「おかえりなさいませ。無事なお帰りを心からお喜び申し上げます」

「あ、いや、えっと」

「ささやかな宴の準備をしてあります。よろしければ、」


初めて人を殺し、血塗れのディアスはアリストアに笑顔で労りの言葉をかけられ戸惑っていた。


「このあとはどうか私達にお任せください。ディアス殿下達のおかげで―――」

「ディアス、着替えて宴だ!!アリストアも来るんだろう?」


様子のおかしいディアスに王子が明るく声をかける。


「はい。エド様もいらっしゃいます」

「宴は無礼講だ。父上達も姿を見せない。久々の温かくうまいメシだ」


ディアスは宴の席に連行され、初めて人を殺した日に腹が苦しくなるまで肉を口に詰め込まれた。


「ほら食えよ。兄さんが食べさせてやるよ。戦の後の肉も酒は絶品だ。酒は駄目か。肉だな」


周囲は勝利を祝い盛り上がっていてもディアスだけはぼんやりとしていた。

ディアスはエドウィンとアリストアが退席すると異母兄に神殿に連行された。


「お守りくださったことに感謝致します」


神殿では、一人で祈りを捧げるアリストアがいた。


「アリストアは誰も使わない冷水が満ちている水場で禊をしてから兵のために祈りを捧げる。どんな姿でも受け入れ帰りを待ってくれる。綺麗事だけでは生きれないことは彼女はよく知っている。ディアスのしたことは必要なことだ」


神殿にはアリストアの神への感謝を捧げる美しい声が響き渡り、次第に歌声に変わっていく。

ディアスはゆっくりと目を閉じ、耳に馴染んでいく歌に意識を傾ける。


「どうか安らかに。命を懸けて託していただいたことに感謝申し上げます」


神殿に響くのはアリストアの母親の母国に伝わる鎮魂歌。

人を斬ってから冷えていたディアスの体がだんだん温かくなり眠気を誘う。

アリストアが去り、兄は眠ったディアスを抱き上げる。

アリストアの歌声は緊張感を解き眠りを誘う。

人を殺してから眠れないディアスがようやく眠ったことに安堵の笑みを浮かべてベッドに寝かせた。

武術の才能があるゆえにこれからも戦場に駆り出される不器用な弟に戦う理由が見つかるように。

生きたい理由が見つかるように願いながらしばらくは付き添うことを決めた。



ディアスは目を開けると、長椅子で眠っている異母兄を見つけた。

机の上には母が用意した料理が置かれている。

肉を一切れ口に入れると馴染みの味に笑う。

昨日は味がしなかった。気合いを入れなければ止まらなかった震えもない。

外には雪景色が広がり、神殿に行くとアリストアとエドウィンが祈りを捧げていた。

穢れを知らないだろう二人を眺めながらディアスは血に汚れる自分を受け入れた。

侵略されれば、母や穢れを知らない小さな少女達が血に染まる。血の海に兄弟達の首が浮かんでいるのを想像し寒気に襲われる。そんな光景を見たくないと初めて思い、戦う意味に気づく。


「強くなりなさい。いつか守りたいものができたときに手に入れるために。力があれば可能性は広がる」


ディアスは騎士寮に入る時に母に言われた言葉が少しだけ理解できた気がした。

神殿を出ると雪景色が広がっていた。

ディアスは庭に出て剣を振るった。


「おかえり。ディアス、よく帰ってきた」

「転んだってバカじゃないか?」

「ディアスはよくやったよ。初陣では十分だ。意地悪はやめなさい」

「俺は初陣では五人斬りを披露した。凄いだろう?」

「たった五人で誇らないでください。雪が降ってるので中に入りましょう。風邪をひきますよ。ディアスも訓練するなら誘いなさい。今日はチェスの日です。連敗記録を止められますか?」


雪の中で剣を持つディアスに心配していた兄弟達が集まり部屋に連行した。

異母兄達にからかわれ、不機嫌に返すも戻ってきた日常にディアスは笑う。

屈託なく笑うディアスが兄に頭を撫でられ振り払わなくなった日でもあった。






貴族と違い民は正直である。

式典に必ず参列する美しき王太子と婚約者の肖像画は人気であり、市にも大量に出回っている。

アリストアの肖像画をお守りとして持っている騎士は多くディアスの副官もその一人。

隣に描かれていた王太子の絵姿を破いて燃やしているのは不敬でもディアスは見逃した。

兵の士気を高めるアリストアとは正反対の問題ばかり起こすエドウィンに頭を抱えながらディアスは策を巡らす。

戦の勝利にはエドウィンを監禁するのが一番と理解していても王妃から送られてきた監視役が許さなかった。

監視するなら連れ帰って欲しいというディアスや腹心の言葉は届かず、楽な戦はディアスにとって難易度の高いものに変わっていた。

ディアスは初めて留学した王子の存在を求め、戦力にならない異母兄の偉大さを知る。

一番エドウィンの扱いがうまく、無害な笑みを浮かべて時に王妃さえも意のままに動かす異母兄。


「ディアス、覚えておいて。間者よりも迷惑なのは権力のある世間知らずの子供だ。お付き合いをきちんと覚えないと首を絞めるよ。生きるために必要だ」


初めて指揮を取った時に聞き流した言葉がディアスの頭に浮かんだ。

ディアスはさらに頭を抱える報告が待ち受けているとは気づかず不機嫌な顔で報告書を仕上げた。

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