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第二話前編 ディアスと兄弟

王が酔った勢いで侍女に手を出し生まれた王子は多い。

国王夫妻は政略結婚であり、王は気の強い王妃とは正反対の慎み深い女性が好みだった。

暗殺が得意な王妃は押しに弱い王が権力を持つ側妃を迎えいれることを許さなかった。

王は王妃が敵視しない、外見も能力も全てが劣っているように見える空気の読める王好みの王宮に溢れる従順な侍女を妾に召し上げるので不自由はなかった。

時にはお忍び中に出会った恋人を侍女として迎え入れ、愛妾にした。

寵愛を隠し、王が過ごしやすいように後宮の環境を整え、王妃が絶対的権力者として振る舞えるように見せかけるために取引した数人の妾もいる。

酔った勢いのフリをして、計画的に妾を増やしているのは王の秘密であり気付いているのは一部のものだけだった。

国内で絶対的権力者と思われている王妃の裏で、静かに操る奏者(傀儡王)の正体を知るものも。

妾が生活する離宮にはアリストアやエドウィンは近寄らないため、二人も知らない事情である。




妾を母に持つ王子は王族とは名ばかりの扱いを受けている。

物心がつくと騎士寮に部屋を与えられ、武術を徹底的に教育される。


「天才だ!!これは」

「陛下の血を!!とうとう才能を受け継ぐものが」


訓練場で騎士達を騒がせているのは、無愛想なやる気のない最年少の王子だった。

初めて剣を持たされ、手合わせを挑まれた騎士を倒したディアスは興奮している指導騎士達をうさんくさそうに見ていた。

ディアスの肩を頭二つほど大きな少年がポンと叩く。


「生意気だよな。誉められてるんだから喜べよ」

「別に」

「優しい兄上が誉めてあげよう。それとも母上がいいか?」


別の少年がディアスの頭をくしゃりと撫で、笑いながらからかう。

ディアスは異母兄の手をパンっと振り払い、駆け出そうとすると肩を掴まれ拘束されていた。


「いらない。馬に乗ってくる!!俺の馬、はなして」

「今日は駄目だ。もうすぐ雨が降るから遊ぶのは中だ。年長者の言うことは聞け。まだ馬に乗れないだろうが。馬の世話を覚えるほうが先だ。むやみに近づくと蹴られるよ」

「小さいのが来たな。母上のとこに寂しいなら帰っていい」



騎士寮へ入寮する息子に王は馬を贈る。

王子達は自分の手で馬を世話して、絆を結びながら自分好みの馬に育てあげる。

自分の馬を贈られ喜んでいたディアスは訓練場に異母兄に連行され、突然手合わせをさせられた。

最年少の弟をわかりにくく歓迎している異母兄達にからかわれ不機嫌な顔をしていた。


「馬の世話をする時間もある。乗馬を覚える前にまずは―――」



素っ気ないディアスの様子は気にせず、異母兄達は笑いながら世話をやく。

先輩が後輩の、兄が弟の面倒を見るのは騎士寮のルール。

特に年長者の王子達は王族の世話は王族がすると母親に教わっており、面倒見のいい王子が統率していた。


「一人で寝られないなら兄様のところにおいで。母上と眠るのは卒業だ」

「兄上の教えには従うように。まぁおいおいな。歓迎するよ。お菓子をあげるから拗ねるなよ」

「部屋に案内するよ。喜べ。一人部屋だ。広い部屋が欲しければ強くなれ」


無愛想な最年少の天才騎士の卵に嫉妬する王子はいない。

大人になれない王子達の嫉妬の対象はすでに存在していた。

そしてしばらくすると自分よりも可哀想な存在が現れる。

騎士寮で過ごす王子達は子供なりに協力して生活していた。王宮で一番平穏な場所は王妃が干渉できない古びた騎士寮と知るものは少なかった。







騎士寮で一番広い部屋を与えられているのはディアス。

武術の天才と囁かれ10歳で初陣、12歳で軍略の才を見込まれ指揮官に任命され戦のたびに最前線を任される。

15歳で最年少の総司令官に任命された礼儀知らずの戦好きの乱暴王子という不名誉な通り名を持つ青年である。

外見に無頓着で20代半ばと勘違いされている19歳の年若い青年は兵達には戦神と崇められている。

貴族に人気があるのは美しい王太子と王妃。

兵士に人気があるのは戦神と勝利の女神である。

ディアスは与えられたことを忠実にこなすだけで自分に向けられる感情や権力に興味のない人間だった。


「おめでとう。今年はディアスがトップだ」

「今の部屋で不便はない」

「お前の部屋は弟が使う。成績順で振り分けられるから引っ越せ。嫌なら負ければいい」



ディアスは部屋移動の命令を拒否していた。

荷物を動かすのも億劫で、掃除が面倒な広い部屋はいらなかった。


「兄上、ディアスの荷物は移しました」

「は!?」

「荷物が少ないから楽だった。感謝するなら受けとるけど」


ディアスは自分の部屋に行くとすでに幼い王子がニコニコと荷物を片付けていた。


「僕の部屋!!あれ?兄上は忘れ物ですか!?」

「挨拶に来ただけだ。馬の世話は明日からな。ディアスに会ったことないだろう?」

「はい!!ご指導よろしくお願いします」

「ディアスに爪の垢でも飲ませるか。可愛げは持ってれば得だぞ」

「女装はしない」


一人部屋を喜ぶ最年少の弟に部屋を返せと言えないディアスは大人しく与えられた部屋に移った。

広い部屋に乱雑に荷物が置かれており、荷物を片付けていく。

軍部では一目置かれるのに私的な場では兄には逆らえない立場の弱い王子でもある。





ディアスは隣国との戦の指揮を任されており、資料を読んでいた。

従軍させる兵を選び終え、軍部に提出する資料を揃える。

重用するのは身分に関係なくディアスの命令に忠実な兵のみ。

貴族子息も優遇して手柄をとらせるお膳立ても差別もしないため、成果を上げても貴族達には人気がない。

聞き覚えのある声に視線を向けるとディアスとは正反対の貴族の人気者の姿が窓の外にあった。


「兄上、おめでとうございます」

「ありがとう。風が冷たいから部屋に戻りなさい。エドは風邪に気を付けるんだよ」

「はい。お体に気をつけて」


ディアスは窓の外で繰り広げられる異母兄とエドウィンの兄弟ごっこをぼんやり眺めていた。

エドウィンの前で優しい兄弟を演じるのは王子達のルールである。

兵に人気があると気付かないディアスは、溺愛されているエドウィンの代替品として育てられている自覚を持っていた。


「エドウィンは特別です。立場をわきまえなさい。命の価値も役割も違います」


汚い事や危ない事から遠ざけ、綺麗なままでエドウィンを玉座に座らせたい王妃は臣下(雑用係)としての立場を王子達に言い聞かせていた。

王妃が王子達を使用人のように扱うので、敬意を払わない貴族達も多い。

敬意を持たれるのは貴族令嬢に見初められ臣籍降下した王子のみ。

王子の特権は王宮や後宮内を自由に歩けることだけである。


「入るよ」


ディアスの部屋を訪ねたのはエドウィンと兄弟ごっこをしていた異母兄。

明日の昼には船に乗り、人質として学もないのに留学に送られる王子である。

ディアスは引き出しの中から包みを取り出し、異母兄に向かって投げつけた。

異母兄は横にサッと避け、包みは壁にぶつかり床に金貨が飛び散った。

余計な気遣いをするディアスにエドウィンへ向けた優しい笑顔とは正反対の、人の悪い笑みを浮かべて呆れた声を出した。


「いらない。弟の金に手を出すほど落ちぶれていない。乱暴王子が戦神か。成長したな」

「金ならあり余ってる。単純なやつらだ。酒を奢ったからだろ?兄上は行くのか?」

「命令だからな。適当に過ごすよ。名産品でも送ってやるよ」

「いらない」

「達者でな。嫌なら逃げろよ。一杯どうだ?」


決まりだらけの窮屈な生活が苦手なディアスは騎士寮での自由な生活を気に入っている。

武術が苦手で争い嫌いなのに戦場に送られる、合わないことをさせられ続ける異母兄弟よりもマシだと現実を受け入れ自分勝手に生きていた。

唯一の悩みは父親に婚約者を決めろと煩く言われること。

女に興味はなく煩わしいだけなので聞こえないフリをして流している。


国王はエドウィンを特別扱いをしても、他の息子達にも関心は向けていた。

無能な駒は王宮で一番権力があるように君臨する王妃の好きに、有能な駒は自分の手元に残して配置しているのに気付いているのは宰相と一部の貴族だけだった。

ディアスは武術は苦手でも、要領と運が良くどこでも無傷で生き残る異母兄と酒を飲みながら最後の夜を過ごすことにした。

波風立てない生き方を異母弟達に教える異母兄ならどこに行っても生き残るかと父に渡されたであろう上等な酒をグラスに注がれ口に含む。

バタンと扉が開くと異母兄弟達が飛び込んできた。


「兄上いたよ!!伝えて!!」

「ディアスと一緒かよ。お前は片付けろよ」

「兄上はディアスの部屋!!」


少年は窓から元気よく叫び、もう一人の青年は床に散らばる金貨に呆れた顔をする。

ディアスは気にせず、椅子に座ったまま酒を飲む。


「その金貨で肴を買ってこい。どうせ集まるだろう」


一番年下の王子がニコリと笑い金貨を拾う。


「ありがとう!!兄上!!行ってくる!!お買い物!!」

「金だけはあるよな」


ディアスは異母弟に床に散らばる金貨を拾わせ使いを頼む。

騎士寮で一番広い部屋を使う自分のところに兄が来た理由を察して宴会の準備をさせた。

ディアスは場所と資金提供はするが、決して自ら動くことはない。

ディアスの金貨を豪快に使いを準備をする異母弟達に任せる。

抜け道を使い王都に遊びに行くのが趣味な王子達に。

王子の中で一番慕われている兄のために弟達が押し掛け盛大な宴の準備が整えられた。どんなに賑やかになっても後宮から離れている騎士寮では咎められない。


「兄上、ご無事で」

「ディアスもこの可愛さがあればまだ」


エドウィンと違い王子達は学ぶためではなく同盟のために残虐な王が統治する国に留学するのを知っていた。

悟りを開き常に落ち着いている異母兄のようには大人になりきれていない王子達は本気で心配していた。

ディアスは賑やかな異母兄弟達を眺めながら酒を飲む。


「お酒貰ってきました!!アリストアが殿下からってくれたよ」


王子達の相性はそれぞれだが騎士寮で一番の年長者になった異母兄だけは誰にでも好かれていた。


「さんざん世話になったのにその態度は」

「気にしないでいいよ。戦に行くときだけはディアスの言うことを聞くんだよ。上官の命令は絶対。教えたことは忘れないで―――」


優しい兄との別れを惜しむ弟を大袈裟と眺める成長しても可愛げのないディアスは不幸に襲われることを予想していなかった。

ぐっすりと眠る幼い王子達に毛布を掛けている異母兄の存在の大きさも、失ってからこそ価値に気づくこともディアスは知らなかった。


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