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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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第一話後編 アリストアとエドウィン

エドウィンの初陣が発表がされた。

王妃から漂う緊迫した空気はアリストアが無垢な笑みを浮かべながらエドウィンを称賛して霧散させた。

細やかな祝いが終わった夜にエドウィンは夜着に着替えて星空を眺めていた。美しい星空にアリストアを誘おうかと内扉を通りアリストアの部屋に行くと留守だった。

人払いしている部屋のバルコニーに出るとアリストアは両手を組んで星空を眺めていた。



五歳から王宮で生活するアリストアとエドウィンの部屋は内扉で繋がっている。

母を亡くし、一人で膝を抱えてうずくまるアリストアをエドウィンが連れ帰った日に王がアリストアのために用意した部屋。

一人ぼっちのアリストアを心配して傍にいたいと願うエドウィンの初めての願いを王妃が受け入れた。

王は公爵夫人殺害事件の捜査に殺気を纏いながら夢中の公爵に任せられず、内部犯が疑われる敵も味方も判断がつかない公爵邸よりも安全な王宮で引き取った。

母親を亡くしたばかりのアリストアにずっと付き添うエドウィンを止める者はいなかった。

無表情でも儚い雰囲気を持つアリストアを優しく慰めるエドウィンも、徐々に心を開き表情を見せるアリストアに笑いかけるエドウィンも周囲にとっては眼福だった。

エドウィンとアリストアは二人の世界で視線は気にしない。徐々に近づいていく二人の関係を誰もが微笑ましく見守っていた。

成長したエドウィンがアリストアを慈しみ、アリストアがエドウィンを慕っているのは誰の目にも明らかであり、ずっと内扉で出入りするエドウィンを止める者はいなかった。




エドウィンにとって初めて会ったアリストアは礼儀正しく物静かな小さい女の子。

ヒールの高い靴を履かない当時のアリストアは同世代の令嬢よりも頭が一つ小さかった。

挨拶するとすぐに公爵夫妻のもとに行き婚約者なのにエドウィンに挨拶以外で話しかけない、王宮のお茶会に足を運ばない少女。


「年上の男がリードするものです。アリストア様はまだ3歳です。社交デビューもしばらく先です。まだまだ母親が恋しい年頃でしょうから仕方ありません」

「会いに行けばいいの?」

「名案です。王族でも歩み寄ることは大事ですよ」


婚約者と仲良くすることが大事と宰相に教えられ、公爵邸に会いにいくといつも家族で過ごしていた。公爵夫人の話を強面の常に無表情の公爵の膝の上で楽しそうに聞き、いつもニコニコと笑っているアリストア。エドウィンも美声の公爵夫人の話や歌を聴くのが楽しく婚約者への面会という名目で頻繁に通っていた。

当時のエドウィンの唯一の外出先だった。


「アリーをお願いします。どうか一緒にいてあげてください」


女神のように美しい公爵夫人に頷くと綺麗な微笑みが返ってきた。

それがエドウィンと公爵夫人との最期の記憶。

しばらくして公爵夫人の悲報を聞き、訪ねると庭で蹲るアリストアを見つけた。

ずっと膝を抱えているアリストアをいつも抱いていた公爵が留守のためエドウィンは真似して抱き締めた。公爵夫人が亡くなりエドウィンは悲しくても、アリストアのほうが苦しそうだった。


「お母様、お父様………」


幼いエドウィンは寝言で泣きそうな声で呟くアリストアの手を繋いで一緒に眠った。

少しずつ元気を取り戻しても、寂しがりやなところは同じ。

王子殿下から呼び方がエド様になる頃には明るい笑顔が溢れるようになった。


「エド様と一緒なら大丈夫です。エド様」


ずっと一緒にいてあげたくてもいつまでも子供のままではいられないことを理解していた。

エドウィンは不安そうな顔で星空を眺めているアリストアに近づいて優しく抱き締める。

幼少期とは正反対に成長し、品行方正で物静かなアリストアはエドウィンにとっては寂しがりやで弱くて頼りない小さな少女。

アリストアはエドウィンに抱き締められたことに驚く。

大好きな温もりにさらに不安に襲われ、堪えきれずに瞳から涙をポロリと流す。

エドウィンは母親を亡くしてから人の死が怖いアリストアの涙を優しく拭う。


「アリー、大丈夫だよ。少しだけ離れるだけだよ」

「エド様を信じております。エド様の帰る場所をお守りして、ま、毎日お祈りします」

「アリーを一人にしないよ。どんな時も君が信じてくれるなら絶対帰ってくるから。待っててくれる?」

「はい。お待ちしてます」

「寝るまで側にいてあげるよ。冷えるから入ろう。手を繋ごうか。おやすみ」


エドウィンはアリストアの冷たい体に気付いて優しく笑いかけベッドまでエスコートする。

アリストアがベットに入るとエドウィンは枕元にそっと腰掛ける。

頬に流れる涙を拭い、小さくて冷たいアリストアの手を両手で包み公爵夫人が教えてくれた子守唄を口ずさむ。

アリストアはエドウィンの子守唄を聴きながら優しい顔を見つめる。いつもと変わらない優しいエドウィンに力が抜けて、一番好きな声を聴きながら目を閉じる。

エドウィンは嘘をつかない。

きっと帰ってくるから大丈夫と自身に言い聞かせて涙を止めた。

優しく額に落とされた口づけに笑みがこぼれたアリストアは繋がれる柔らかい手のぬくもりに幼い頃の決意を思い出す。

母が亡くなり、真っ黒な世界に色を塗ってくれたのはエドウィン。


「僕が傍にいるよ。大丈夫だよ」


アリストアにとって綺麗なだけで頼りにならない王子様が抱きしめてくれた腕の温かさは時が経っても鮮明に覚えている。

抱きしめて一人じゃないとずっと傍で声を掛けてくれた優しい王子様。初めて王子様の婚約者になって幸せと気付いた日。

ずっと拒んでいた王妃教育もエドウィンのためなら、隣で一緒に生きるためならどんなことも頑張れる。嫌いだった勉強も、怖い侍女の叱責もエドウィンとの未来のためなら苦ではなくなった。

アリストアはエドウィンを信じて前を向く。

エドウィンの出陣が決まり荒れているだろう王妃を思い浮かべ、エドウィンの邪魔をしないように機嫌をとる方法は明日考えることにして夢の世界に旅立った。


「良い夢を。おやすみ」


エドウィンはぐっすり眠ったアリストアに優しく笑い、手を解いて部屋に戻る。

エドウィンは父親の代わりにはなれなくても、公爵を真似ることはできた。

優しく誠実で美しいと称される王太子は当時は婚約者が溺愛されていたことも、成長してから自分に盲目的とも気付いていなかった。



****


エドウィンは出陣の日を迎えた。

エドウィンは出陣の支度を整えると、側で控えているアリストアを見つめ人払いした。

弱くて怖がりなアリストアを抱きしめた。


「どんな時も君が信じてくれるなら絶対帰ってくるから」

「エド様を信じております。エド様の帰る場所をお守りして」


アリストアは強い瞳でエドウィンを見つめて微笑んだ。

成長した少女の信頼の籠った瞳に見つめられエドウィンも笑い返す。

エドウィンの出陣に伴い、二人で任されていた執務を全てアリストアが引き受けた。

エドウィンはアリストアが自分のための準備も整えてくれたのは理解していた。

信頼に応えられるように励み立派な王への階段を昇ろうと決意を固める。

目の前の柔らかい頬にエドウィンが口づけると二人の時にしか見られない、可愛らしいはにかんだ笑みに優しく微笑み返した。



アリストアが感情を表に出すのはエドウィンの前だけだった。

出会った時から一度も喧嘩はない。

手を取り合って同じ道を歩いていくだろうと優しい笑顔の持ち主をアリストアは信じている。

それは離れていても変わらない。だから怖くないと何度も自分に言い聞かせながらエドウィンを送り出す覚悟を必死に固めていた。

二人の時間が終わりを告げて、アリストアは王妃と共に美しい笑みを浮かべて出陣を見送った。

不満そうな空気を醸し出す王妃が邪魔をしないように細心の注意を払いながら。

王妃は愛息子の出陣に不満でもアリストアが手を回していたため最後までエドウィンの初陣を止めることはできなかった。


「出陣姿も美しく神のご加護がありますわ」


微笑みながら不安の色さえ見せないアリストアへの不満を王妃が口にする前にアリストアは礼をして立ち去った。

アリストアが神殿で祈っていると報告を聞き、王妃も祈祷を始めた。


溺愛している愛息子の出陣は王妃から理性を奪うには十分なものだった。

毎日無事を祈祷し、常に緊迫した空気を纏い機嫌の悪い王妃。

反してアリストアは冷静に公務をこなしていた。

王妃が作る緊迫した空気を和らげ、美しい笑みを浮かべるアリストアはいつも隣にいるエドウィンがいないこと以外は変わりはなく、溺愛する息子の出陣に初めて取り乱す王妃の分まで公務をこなしていた。

最前線で指揮をしていた王にとっては安全な場所に精鋭の護衛をつけて送ったので愛息子の心配はしていない。

とはいえ外面が剥がれ落ち気性の荒い王妃に付き合いきれずに愛妾のもとに避難していた。そして空き時間に王妃と共に神殿で祈りを捧げ機嫌を取っているアリストアに感謝していた。王は王妃と共にいる時はアリストアを側に置き、火の粉(王妃の不満)を振り払っていた。




「エドウィンが行かずとも」

「陛下と王妃様の才能を受け継いだエド様は先生方が天才とおっしゃってました。エド様は士気を高めて――」


微笑みながらも冷たい空気を纏い、不満が止まらない王妃にアリストアがエドウィンの優秀さを語り信じて待つと微笑めば王妃は言葉を飲む。

気性の荒い王妃の相手をしない王よりもアリストアのほうが王妃の扱いに長けていた。

エドウィンから危険なことを全て遠ざけたいという無茶を通す王妃に武術を覚えたいと希望したエドウィンの願いを叶えるために王妃を説得したのは6歳のアリストア。

エドウィンが武術に励む時間を作るためにさらに勉強を頑張りますと愛らしい容姿を最大限に利用した上で武術を学ぶ利点を述べ優しい言葉で論破した。

王はエドウィンが可愛くても相応しくならないなら玉座は他の王子でもいい。

王妃という壁を乗り越えながらエドウィンがアリストアと共に相応しく育っていくので名ばかりの王太子ではなく、後継として育てはじめた。

一見王妃の傀儡のような放任主義の王も大事な時は決して譲らないと知っているのは少数の貴族のみ。

王からも評価される3歳で婚約し、5歳で王宮に住みエドウィンと共に育ったアリストアは大人でも逃げ出したくなるような王妃教育に一言も不満を口にしない。

過保護な王妃がエドウィンにさせない無茶さえも「光栄です」と笑顔で受け入れる献身的で強靭な精神力を持つ少女。

外見重視で王妃が選びエドウィンのためだけに育てあげた王家の最高傑作は初めて地雷を踏み抜いたことに気付いていなかった。


小さな歯車がカチと鳴らした鈍い音には誰も気付いていなかった。

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