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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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第十九話 ちいさな光

アリストアの素の表情探しを楽しんでいるのはディアスだけではなかった。家臣達はディアス以上に楽しんでいた。


「なんて命令を出したんですか!!」


ディアスは目を吊り上げている祖母に詰め寄られた。


「お嬢様に目障りだから笑うなと命じるとは。微笑まれてからいけないと反省されているのでお聞きすると――――――」


ディアスは祖母の長い説教を受けながら猫被りをやめろと言った命令を勘違いされているのに気付いたが無意識に笑っているならいいかと放置を決めた。

規則正しい生活を求めるがそれ以上は無理に求めない。庭園で母親とともに花を摘み無邪気に笑う少女の猫は少なくなっているのは明らかだった。


****


きちんとした生活習慣によりアリストアの身長が伸び、体の肉付きは良くなっても華奢な体は変わらない。


「お嬢様、お体が!!お辛いでしょうに。すぐにお医者を」

「大丈夫ですよ」

「いけません。湯浴みはいけません。お部屋に戻りましょう。坊ちゃん、運んでください!!」


ディアスは祖母に呼ばれて部屋に入ると母に睨まれた。

祖母に逆らわないディアスは無言でアリストアを抱き上げると体が熱かった。

顔色一つ変えずに澄ました顔をしているアリストアを不機嫌な顔で睨んだ。


「具合が悪いなら言え」

「悪くありませんよ。歩けますので」

「うるさい。休め。運ばれてろ」


不機嫌なディアスに部屋まで運ばれ、ベッドの上に降ろされたアリストアは立ち上がる。

しっかりした足取りで歩き、引き出しの中から木箱取り出し開く。

どんなときも自分で対処できるように薬の取り扱いについての教育は受けていた。

不器用なアリストアは怪我の手当ては下手でも薬と毒の知識は豊富だった。

ディアスは休まないアリストアを睨み、ベッドに放り投げようとすると箱の中身に目を見張った。

まがまがしい色の異臭のする毒薬の封を切り飲もうとする手を掴む。


「熱さましに毒を飲むバカがいるか!!これは預かる。他に薬や毒はないだろうな!?」

「お薬ですよ」

「バカ!!毒だろうが、知らないのか!?」

「坊ちゃん、休ませてください。喧嘩は後にしてください。医師を呼んでください」

「大げさですよ。お気持ちだけで」


ディアスは不思議そうな顔をするアリストアから毒薬の詰った箱を取り上げると祖母に追い出され医師の手配をした。

アリストアの顔色は良く元気そうに見えても触れた指先は熱かった。

毒をもって毒を制するというアリストアの生家の教えをディアスは知らなかった。


「風邪です。薬を出しますので食後に」

「ありがとうございます」

「ゆっくりお休みください」


医師の治療が終わり、アリストアがきちんと薬を飲んだのを確認したディアスは部屋を出た。


「ディアス様!?どうしてここに」

「必要ないだろう」

「はあ!?付き添って差し上げてください!!」


ディアスは執事になった副官に怒られアリストアの部屋に戻った。

アリストアはベッドから起き上がりディアスが嫌いな無垢な笑みを浮かべた。


「どうされましたか」

「具合は?」

「大丈夫ですよ。お気になさらず」

「休め」

「ありがとうございます。私はお部屋から出ませんのでディアス様もお戻りを」

「ベッドの中で寝ろよ。バルコニーも駄目だ。熱が下がるまで外出禁止」

「かしこまりました」


高熱があるように見えないアリストアに言い聞かせてディアスは部屋を出た。

アリストアが望まないならと執事は部屋を出るディアスへの文句は飲み込んだ。

アリストアはばあやに食事を食べさせられるという貴重な体験をして、そのまま眠りについた。

その後に混乱を呼ぶとはアリストアは知らなかった。




ディアスは食事をすませると母親にパチンと教鞭で頭を叩かれた。


「婚約者なら責任もって看病なさい」

「寝てれば治る」

「病の時は心細いものよ」


ディアスは止まらない説教に諦めてアリストアの部屋に入ると目を見張った。

顔が真っ赤になり、浅い呼吸を繰り返し、苦しそうに呻き、魘されているアリストアがいた。


「医師を」

「すでに診察していただきました。命に別状はなく、眠っているだけです。我慢されていたのかと…」

「おいたわしい」

「代わってさしあげたい」


アリストアに付き添っていた家臣達は眠った途端に様子が変わったアリストアを心配して窓から飛び出し医師を担ぎ上げて戻り診察させていた。

ディアスに報告することは誰も思い付かなかった。

診断結果は変わらず、我慢をしていたお嬢様に涙を堪えた。


「そうか。看病ってすることも」

「手でも握ってなさい」


ディアスは母にバシッと教鞭で頭を叩かれアリストアの小さい手を握る。

池に落ちたアリストアの体を拭いただけですませたのは自分の判断ミスという自覚はあった。

池から上がる頃には日が落ち冷たい風が吹いても、頑丈なディアスも禊に慣れたアリストアも気にしなかった。

アリストアは身支度を覚えたため、翌日に湯浴みをさせるまで触れた体が熱いことに誰も気づかなかった。


高熱が出ても顔色を変えずに、触れなければ誰にも気付かせないアリストア。

知識豊富なのに休むことも、遊ぶことも知らない少女。

勉強と公務ばかりの毎日でも不満もない。

誰のためなのか聞かなくてもわかっていた。

全てを捧げられ、尽くされていたことに気付かない異母弟。

エドウィンは表情豊かになり無垢さも、儚さも消えつつあるアリストアを見てどう思うか。

ディアスは王宮で見る芸術品のようなアリストアよりも、熱にうなされ、苦しそうでも人間らしいアリストアのほうが好みだった。

穢れも現実も知らない異母弟が後悔して手を伸ばしても、アリストアが望まないなら邪魔するかとディアスの想像よりもお付き合いが続いているエドウィンと恋人を思い浮かべ思考を始めた。







アリストアは熱にうなされながら手を握ってくれる何かに気付いた。

ゆっくりと目を開けると不機嫌そうな顔のディアスと目が合う。


「寝てろ。お前の貧弱な風邪なんてかからない」


不機嫌そうな声の主に頭を撫でられ目を閉じた。

皮膚の硬い手を握ると握り返してくれる手が嬉しかった。

昔は熱が出ても休むことは許されず、薬を飲んで辛い時こそ完璧な礼儀を披露するように指導され微笑みながら過ごしていた。

ふらつき姿勢が乱れればペチンと悪い所を教鞭で叩かれ叱責を受けた。

飲んだ毒が苦しくて、どうしても我慢できない時は人目を盗んで庭園の茂みに隠れて震えていた。

ここにはアリストアを叱責する人は誰もいなかった。


「王妃は全てにおいて秀でること。覚悟と能力がある者のみが座れる椅子――」

「王子の婚約者として相応しくありません」


エドウィンの傍にいるためには誰よりも頑張らないといけなかった。

アリストアが頑張らなかったから父親に見向きもされなくなった。父に見向きもされなくなったのは何もしないという罪を犯したから。

頑張らなくても誰かが傍にいてくれることは幻想だと知っていたから、必死に頑張った。

家族を失ってからは手を繋いで抱きしめてくれるエドウィンだけがアリストアにとって大事なものだった。

でもエドウィンにとっては違った。


「アリストアが殺すんだ。だから国のために捧げて欲しい」

「そんな理由が認められるか。罪のないアリストアに死を?それならよこせ。俺が生涯監視してやるよ。もしもアリストアがお前の大事な巫女を殺したなら首をやるよ」

「王家にいりません。エドウィンに望まれず役目も果たせないなんて」

「俺の婚約者にください。アリストアなら父上の条件を全て満たします」


現実を知った誰にもいらないアリストア。手を包んでくれた大きな手の持ち主がいたことを思い出す。


「欲しいものはありますか」

「すぐに良くなりますよ」

「寝てろ」

「お嬢様は悪くありませんよ。バカをしたのは――」


アリストアの耳に優しい声が響く。

ずっと耳を通り抜けモノクロの情報としか認識しなかった音。初めて音を言葉として認識し、聞こえる声が色を持ち、感情や意味を乗せた言葉が耳に残る。

もう一度目を開けると偉そうな顔のディアスと目が合いもらった言葉が頭の中を駆け巡る。


「言いたいことは言え」

「好きにしろ」

「さっさと選べ。俺は寛大だ。周囲の意思はどうでもいい。アリストアが決めろ」

「お前は何も悪くない。バカはエドだ」


ディアスが不機嫌な時はアリストアのために怒ってくれている時。

初めはわからなかった。

不敬でもアリストアは何も悪くないと言ってくれる人達の優しさが好きだと思った。

何かを好きと思ったことにアリストアは驚く。

嬉しいと思えたことにも。

一人だけ素っ気ないディアスの後ろには背中をパシンと叩いたばあやをはじめ家臣達が心配そうな顔をしていた。

冷たかった胸がじんわりとあたたかくなっていく。

頬に口づけをする最愛だった人を思い出しても胸も痛くない。

何も感じず、エドウィン以外に動く感情にアリストアは欠陥を取り戻せたことが嬉しくなり満面の笑みをこぼした。

アリストアの明るい笑みにディアスが目を見張り、ばあや達が笑ったことには気付かない。

アリストアの壊れた世界が光りを取り戻した日。

抱きしめてもらうのではなく自分で手を伸ばそうと初めて思った日だった。エドウィンの言葉に喉がカラカラになり音にならなかった日が遠い過去になる。


「用がないなら寝てろ」


素っ気ない言葉とは裏腹に優しく頭を撫でる手に甘えてアリストアは目を閉じた。



***


アリストアの中で世界が変わってもすぐには行動できなかった。

解熱しても咳が止まらないアリストアは療養を命じられた。

アリストアの咳止めは毒薬なのでディアスが飲むのを許さない。

毒に馴染んだアリストアの体は医師の処方する子供向けの弱い薬の効果はなかった。

アリストアの毒薬の詰った木箱は全てディアスに没収されていた。


「返してください」

「毒薬を飲んでまで止めるな。毒薬は禁止だ」

「毒はお薬ですよ。コホ、ゴホ、返して」


ばあやがアリストアの背中を優しく撫でた。


「その発想は捨てろ。ほら、これを飲め。完治するまでずっとベッドにいろ」

「咳が止まってから飲みましょう。ゆっくりですよ」


アリストアはディアスに渡された薬湯をゆっくりと飲むと喉の痛みが和らぎ笑う。

手の空いた家臣達がアリストアの部屋に頻繁に顔を出した。

暇を持て余すアリストアを笑わせようと楽しい話をする家臣達に感謝し笑顔で歓迎していた。

ディアスは家臣達の過保護に呆れながらもアリストアが受け入れているから好きにさせていた。

ディアスよりアリストアが優先の家臣達によりディアスの食事はアリストアの部屋に用意されている。

ディアスは料理を食べながら人並みの量を食べることができるようになったアリストアを眺めていた。

儚げな様子も一切なくなり、様子の変わったアリストア。

ディアスは王の計らいで王宮行事等の社交は免除されていたが招待状は送られてくる。


「社交界に顔を出すか?」

「ディアス様の判断にお任せします」


アリストアの人の意見に合わせる癖は中々治らない。

常に王族に従い自分の意思を求められない環境だったゆえの習慣。

ディアスはアリストアにきちんと主張できるように育って欲しいと思っている。

嫌なことは拒絶することを家臣総出で教えているのも止めない。どんなに家臣がしつこく聞いてもアリストアからディアスへの不満は毒薬の詰った箱を返してほしいと言うだけだった。


「お前がどうしたいか教えろ」

「必要なら参加致します」

「会いたい者がいるなら招いてもいい」


アリストアは会いたいと言われてすぐに思い浮かんだ。

ディアスが訪問する前にふわふわの可愛らしい子供と追いかけっこする話を騎士から聞いたばかりだった。


「熊をですか?」

「は?」

「可愛らしい熊と追いかけっこをするのは流行と聞き、是非――」


ディアスはアリストアが興味を持たないなら領地に引きこもる方針のままでいいかと危機感のない少女の説得を思案する。その流行はディアスは知らない。


「生け捕りにした熊なら見せてやるが、鍋にするか?」

「え?」

「お前の前で熊を狩ればうるさい奴が多い。完治したら遠乗りなら連れて行ってやってもいい」

「遠乗りがいいです。可愛らしい熊を生け捕りにして…」


ディアスの乱暴な提案にアリストアは首を横に振るも後者の案に目を輝かせる。

アリストアを宥めるのは簡単だった。

どんなことも挑戦したいアリストアの育成はディアスにとっても愉快だった。

池に落ちてからアリストアが明るくなり、愛らしい笑顔を浮かべることが増え家臣達は喜びさらに過保護になっていた。

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