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第一話前編 アリストアとエドウィン

誤字修正ありがとうございます!!


「アリー、泣かないで。お母様はお空の上から見てるわ」


家族との最後の記憶はアリストアの頭を撫でる母親の手がパタンと落ち、永遠の眠りについた日。

父は真っ青な顔で部屋を出て行く。

公爵令嬢アリストアの人生において最初の分岐点の日。


アリストアが5歳の時だった。

愛する妻を亡くした夫は仕事にのめり込んでいく。

母親を亡くし悲しみにくれる娘の存在に気付かずに。

アリストアは母の体が消えた部屋から出て行き、外で父をずっと待っていた。

門が見える庭園の木の下で、足が疲れて座り込んだまま。

公爵夫人の死という悲しみに襲われた公爵邸で忘れられているアリストア。

聞き分けが良く部屋で待っているはずの小さなお嬢様が、窓から外に出てうずくまっている姿を最初に見つけたのは、婚約者のエドウィンだった。

声を掛けても膝を抱えてうずくまる冷たい体のアリストアを、エドウィンは抱きかかえて王宮に連れ帰った。


「僕が傍にいるよ。大丈夫だよ」


エドウィンは無言のアリストアを優しく抱きしめ声をかけ続けた。

アリストアの耳に優しい声が響き、冷たい体を包むぬくもりにずっと我慢していた涙が流れた。

母が亡くなり、父はいなくなり、使用人達はおかしくなった。

アリストアの大好きだった温かい笑顔が溢れていた(うち)は、張り詰めた空気に支配され怖い顔ばかりになった。

公爵夫人の突然の死は暗殺だった。

公爵邸の誰もが疑心暗鬼になり、緊迫した空気に支配されていたことは幼いアリストアには分からなかった。

妻の死を受け入れられない公爵は妻によく似たアリストアを遠ざけた。

大人の事情を知らないアリストアにとって、母の死と共に幸せの象徴である家族(両親)は消えた。

アリストアの世界から音が消え、真っ暗になる寸前だった。

ゆっくりと動いていた小さな歯車が力なく止まる前に幼い少年が手を伸ばして動かした。

歯車の動きは少しだけ速くなった。

それでも小さな歯車の先にある大きな歯車は乱れることなく動いている。

幼い少年は歯車(人生)を操る資格を与えられた選ばれし者(王族)だった。





****



アリストアの毎日は決まっている。

決まった時間にふかふかのベッドから起き上がり、控えている侍女に身支度を整えられる。

起きた時からアリストアの採点(王妃教育)の始まり。


ドレスに着替え髪を整えられ、支度を終えると背筋を伸ばす。鏡の前で美しさを意識して淑女の礼をする。

無表情の侍女から指摘がなければ合格である。


幼い頃は頭の下げ方、眉や口角の角度、指の動きなどたくさんの指摘を受けたが成長してからは一度もない。

どんな時も完璧な礼儀を披露するのが王族の婚約者には必要なことでありアリストアは常に採点されていると思いながら行動する。

侍女からグラスを渡され、上品に手に持ちゆっくりと口をつける。

口に広がる苦みに眉を動かすことはなく音をたてずに飲みこみ微笑む。

胃を襲う不快感も一切表情に出さずに微笑み、感謝を告げてグラスを返す。


王宮で生活するアリストアの日課の一つ。

毒耐性をつけるために微量の毒を飲むこと。

高熱でも、怪我をしても、人目があるならどんな状況でも感情を顔に出さずに淑女らしく過ごすことが未来の王妃に求められること。


昔は苦痛を我慢できずに叱責を一番受けた辛かった日課。

苦痛な日課を終えるとご褒美が待っている。

ノックの音に心が弾むのを抑えてアリストアは淑女の笑みと礼を披露して出迎える。

部屋に入ってきたのはアリストアと同じ色の服を着る優しい笑みを浮かべる王太子エドウィン。


「おはよう。頭をあげて。アリーの髪によく似合っているよ。可愛い――――」


エドウィンが部屋を訪ね、笑顔でドレスを褒め頬に口づけを送られる習慣はアリストアにとってご褒美の時間である。

エドウィンと二人なら心のままに笑みをこぼすが、採点中なのでアリストアは淑女の笑みと決まった言葉を返す。


「そろそろ行こうか」


エドウィンはアリストアの手を取り、エスコートして部屋を出る。

エドウィンのエスコートで廊下を歩くアリストアを使用人達が礼をして出迎える。お揃いのコーディネートで美しい二人を見るために使用人達は毎朝仕事を調整し、わざわざ控えて待っていた。


「おはよう。いつもありがとう」


エドウィンが優しい顔で労りの言葉を掛け、アリストアは微笑みかける。

穢れを知らない無垢な笑みを浮かべる未来の国王夫妻を見て、使用人達は美しい王族に仕えられることを心の中で感謝する。


「勿体ないお言葉。お美しい―――」


エドウィンとアリストアは笑顔で使用人の称賛を受ける。

エドウィンが言葉を返し、アリストアは隣で微笑み、支持を集めるのは日課であり二人の一日の始りである。

アリストアは毎朝エドウィンにエスコートされ朝食の用意された王族の間に向かう。

王族の間は王族の食事が用意されている部屋。

エドウィンとアリストアの食事は特別な事情(接待)がなければ常に王族の間に用意されていた。

成長してからの朝食はアリストアとエドウィンのみ。

時々幼い頃のように国王夫妻も共にするが四人以上になることは決してない。




先代国王夫妻が隠居してから王族の間の使用が許されているのは国王夫妻とエドウィンとアリストアだけ。

他の王族は同席しない。

後宮の支配者である正妃は王族として迎え入れられ、権力を与えられる側妃の存在は許さず妾だけを受け入れた。

妾は国王のお手つきになった侍女達。

平民や下位貴族を母に持つ後見を持たない名ばかりの王子達は戦を任せるために騎士として育てられる。エドウィンよりも賢く育たないように手を回されていても不満の声を上げられる者は誰一人いない。

出る杭は打たれると妾達はわきまえていた。

王妃が王子として認めているのは実子のエドウィンだけとエドウィン以外は知っていた。

エドウィンは異母兄弟を慕っていても王太子と他の王子は教育が違うと母から教わり格差や矛盾に気付かない。

エドウィンと同じ授業を受けるのはアリストアだけ。

アリストアはエドウィンが望まないことは決して口に出さない。


「王太子は特別です。隣に立つ者は誰よりも優秀でなければなりません。(エドウィンにとって)不便がないように励みなさい」

「かしこまりました。王妃様」


エドウィンの苦手を補うのはアリストアの役割で名誉なこと。

アリストアは手を繋いでくれるエドウィンの笑顔のため、一緒にいられるためならどんなことも頑張れた。

母が亡くなり、父に捨てられ、一人ぼっちになったアリストアにはエドウィンしかいなかった。

難しい授業も、毎日飲む苦い毒も、常に採点され自由のない生活も、厳しい叱責さえも、優しくていつも手を引いてくれるアリストアの世界で唯一心を見せられるエドウィンのためなら苦ではなかった。

成長してからは授業が公務に変わった。

朝食が終わるとアリストアはエドウィンにエスコートされながら朝議に向かう。

王宮内に緊迫した空気が流れていてもアリストアのやるべきことは変わらない。

王族の間を出るとエドウィンが無言で考え込んでいるが無理に聞くことはしない。

エドウィンの思考を邪魔しないように家臣達に話し掛けられないように振舞う(笑顔で牽制)だけ。

エドウィンが話したいことだけ知れればアリストアは十分だった。

アリストアの新しい歯車(世界の中心)は家族ではなくエドウィンになったから。






公爵令嬢アリストアは婚約者のエドウィンを中心に生きている。

もっと昔のアリストアは大好きな母の教えを中心に生きていた。

王子様の婚約者に選ばれても喜ばない。

ちいさな国のお姫様だった母の教えを父の膝の上で聞き、母のような貴婦人になることを夢見ていた。

豪華なお菓子が用意される王宮のお茶会よりも逞しい父の腕に抱かれてお昼寝するのが好き。

王国一美しい王妃によく似た王子様の美しい笑顔よりも、強面の鍛え抜かれた表情筋を持つ父の顔が好き。

美しい王族よりも家族が好き。

亡国の絶世の美姫の生き写しのような顔を持ちながらも変わった嗜好の公爵令嬢はもう存在しなかった。


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