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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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19/39

閑話 見守る者達  

最期の夜に一人の青年は祈った。


「殿下、鏡を覗いてください。ご自分のお顔を見て気づいてください。私はもう側にいられません。きちんとアリストア様と話してください。殿下にとって誰が必要なのか、いいえ、仰せのままに。祝福を感謝します。神よ」



一人の騎士が神官に渡される毒杯を飲み干し目を閉じた。

騎士の願いを聞いた神官は無表情。

後にいる王妃が微笑みながら部屋を出ていく。


エドウィンの行方不明の責任を負わされたのはエドウィンとアリストアを幼い頃から見守っていた口下手な騎士。

エドウィンと美女の出会いを作ってしまった騎士の一人は後悔を胸に二度と主に会うことはなかった。

神官は二人になると友人の口の中にポケットから取り出した瓶の蓋を開けて液体を流し入れる。

反逆者の処刑に用いられる臓器が焼け、苦痛を伴う毒酒の効果を打ち消し安らかな死を迎えられる毒に。

理不尽な罪で空への旅人を何度見送っても慣れない神官はそっと手を握り、来世の幸せと安らかな旅路を願い祈りを捧げた。


アリストアには教育役と監視役と世話役の侍女がついている。

教育役は王妃が母国より引き抜いた侍女。

監視役は王妃が選んだ侍女。

アリストアの専属侍女は監視役の侍女が任されているが、実際に細やかな世話をするのは役割を与えられていない世話役の侍女である。

アリストアにとっては人の目は全て監視(採点)なので関係ないため違いに気付いていない。

王妃の理想通りの妃になるために最高級のものを与えられ世話をされているアリストアは全てが管理され、養育は王妃に一任されている。

王妃の母国は世界でも屈指の軍事国家。

殺戮、陰謀が日常茶飯事であり王妃も厳しい教育を受けて育った。

そのため価値観や基準が王国民とは違っていた。

外面は美しく慈悲深いと完璧でも、内面は違う。

逆らうものは許さず、邪魔者は排除。

王宮で生き残るには王妃の機嫌を損ねないのが一番穏便な方法である。

王国より力のある国の出身の王妃に王は干渉しない。

王妃を寵愛し傀儡のように振舞う王の正体に気付いている者は少ない。

兄に負け王になれなかった王妃は他国に嫁ぎ、慈悲深い王妃を演じながら影で国の頂点に立ち、支配しているつもりだった。


冷血な王妃が変わるきっかけは自身に似たエドウィンが生まれてからである。

血の匂いに敏感なエドウィンは、王妃がよくないことに関わった日は泣いて暴れた。

王妃がエドウィンは自分と違うことに気付いて溺愛する日の始りだった。

危ないものや汚いものを遠ざけ、幼い頃に憧れた綺麗な世界で過ごせるようにと。

母国よりは平穏な王国では簡単だろうと目論むも現実は違っていた。

そこで用意したのは婚約者だった。

美しいものの利用価値を良く知っている王妃は年頃の令嬢の中で一番美しい少女を選んだ。


王妃にとって気に入らないのは自分によく似た美しいエドウィンの婚約者に選ばれた幸運に気付かない引きこもりの幼い少女。


「公爵令嬢ごときが、何様かしら」


王国の慣習通り、社交デビュー後から王妃教育をするため過酷な教育計画を立てていた。

公爵夫人が亡くなり、アリストアをエドウィンが連れて帰ったのは都合が良かった。

アリストアがエドウィンに盲目的になっていく姿を笑みを浮かべて見守り、きちんと傷が癒えてから教育を始めた。






王宮で働く常に冷静な顔の古参の使用人達には共通点がある。

無垢で美しい笑みを浮かべる努力家のお嬢様の味方だった。

侍女達が厳しく教育すれば、さらに厳しい王妃や王妃付きの教鞭でパチンと叩く侍女の叱責からは逃れられる。

他国から迎えられた青い血を持っていそうな王妃達からアリストアを守るために力を合わせていた。




世話役の侍女は湯浴みを終えたアリストアの就寝の身支度を整える。

監視役の侍女はアリストアの翌日の予定を告げる。

アリストアがベッドに入ると侍女達は礼をして灯りを消して退室した。


侍女達はしばらくして灯りがついたアリストアの部屋に大きなため息をついた。

最近のアリストアが就寝時間を守っていないことは王妃に報告はしていない。

侍女達も事情は気付いていた。

就寝時間を破ることは悪いことと自覚があるため隠れているつもりでも部屋の外に灯りが漏れていた。

昨日は見逃しても今日は見逃せず、もうすぐ日付けが変わるのに明るいアリストアの部屋に侍女は入る。


ベッドに入り侍女が出て行くのを確認してベッドから抜け出したアリストアは自室に持ち込んだ手紙をゆっくりと読みながら丁寧に返事を書いていく。

アリストアが側妃候補になってから連日大量の手紙が届いていた。

正妃という後ろ盾を得るために後見していただろう貴族達からの異義を唱え力になるという迷惑な手紙が。

アリストアは昼間は公務で忙しいため、夜な夜なエドウィンと巫女を受け入れられない貴族や使用人達が受け入れるために準備を整える。

手紙を書くことに集中していたアリストアは近づく気配に気付かなかった。

連日の睡眠不足を見逃せない侍女は日付が変わってもペンを置かないアリストアにとうとう声を掛けた。


「アリストア様、お休みください」


咎める侍女の声にアリストアは驚きを隠して、笑みを浮かべた。


「私的なことゆえ見逃していただけませんか」

「明日の公務に」

「眠気に負けて公務を疎かにするほど子供ではありません。これが終われば眠ります」


侍女はアリストアが折れないことに気づき、約束をすることにした。


「かしこまりました。胸に留めます。今日だけですよ」

「お心づかいありがとうございます」


就寝時間まで監視するつもりのない侍女は眠気を誘う香りの温かいお茶を置いて退室した。

アリストアはお茶を一口飲み、またペンを走らせる。



「殿下から差し入れを。祭りにいけずに励む皆へのものと」


侍女が控えの間に入ると王宮に相応しくない香ばしい匂いが漂っていた。

エドウィンは初めて巫女と一緒に夜の祭りを見物し、巫女の提案で屋台の料理を差し入れしていた。

アリストアの多忙の原因は王都の祭りを満喫していた。

エドウィンと巫女がお土産を振舞っていてもアリストア付きの侍女は懐柔されない。

職務怠慢のため罰を与えられ祭りに行けなかったと嘆いていた若い侍女が美味しそうに食べている姿を冷たく見る。

役目を果たさない使用人が罰を受けるのは当然である。

アリストアに指摘される自分の無能さに恥をしれとは職場では口に出さない。

今夜もエドウィン達が楽しそうに過ごす時間を作るために睡眠時間を犠牲にしているアリストア。

エドウィンが好きなものが好きなアリストア。

誰よりもアリストアを気遣っていたエドウィンの豹変に優しく誠実な王子という評価が変わっていく。


***


使用人にとって仕事の始まりを自覚させる優しい声は涼やかな声に変わった。

廊下にはよく通った鈴の音のような声が響いていた。


「おはようございます。頭をあげてください。今日もよろしくお願いします」


エドウィンがアリストアを迎えに来なくなっても使用人達はアリストアが王族の間に向かう時間は廊下に控えて礼をする。

一睡もしていないことなど誰にも気付かせない清廉された空気の持ち主はいつも通り無垢で美しい笑みを披露する。エドウィンと違い使用人達の返答は待たずに足を進めていく。

誰よりも努力家で美しい少女の笑顔を見て、片割れに対する不信な気持ちを抱く己に喝をいれる。

側妃候補になっても不満を言わず、エドウィンのために微笑む少女に心から仕えようと。

王妃の急な命令に振り回されても、王宮の秩序を保とうと動いている美しい少女に不自由を感じさせないように過酷な業務も完璧にこなそうと。






夜会の準備を指揮していた侍女長は珍しい存在に礼をした。

アリストアではなく王妃が顔を出したことへの驚きは顔に出さない。

久しぶりに会場に顔を出した王妃は上機嫌な笑みを浮かべて口を開く。


「アリストアの部屋を片付けなさい。巫女姫を迎えるための部屋になさい。アリストア付きの侍女は巫女姫に」

「かしこまりました」


王妃が去っていくと侍女長は夜会の準備の確認ではなく、新たな命令のために訪問したのかと呆れた。

会場の確認にくるはずのアリストアがいないため、探しに行くように命じると使いから戻った侍女の返答に驚く。

そして王妃の命令の意味を理解した。

侍女長は手の空いている者を集めてアリストアの部屋の片づけを命じた。

アリストアが王宮からいなくなり起こりうる弊害に気づいても口には出さない。

会場の最終確認を頼むべき責任者の不在に宰相に文を託した。

王家主催の夜会は王族が準備を命じて、最終確認をしていた。

戦前は王妃とエドウィンとアリストアが、最近は常にアリストアが任されていた。

アリストアの不在による不測の事態については王妃に声を掛けるより、宰相を通してお伺いをたてるのが一番穏便な方法だった。



謁見の間から出たアリストア達は視線を集めていた。

ディアスに乱暴に腕を引かれて歩くアリストアを見た兵が声を掛けるのを侍女が止めた。


「やめて。アリストア様の許しもなく歩みを止める権利はない」

「あれは」

「上司に確認なさい。二人の歩みを命令なく止めるのは不敬よ。武器を持ってないでしょうが」

「わかったよ。危険があるなら止めろよ」


兵が上司に確認に走る背中は追わずに侍女はアリストア達を静かに眺めながらそばを歩いていた。

アリストアがディアスと共に王宮を出て行く姿を見届けた侍女をはじめ、手の空いているものはアリストアとの部屋に集まり始めた。


「部屋を片付けるように。この部屋は巫女姫様が使われます」


上司の命令に使用人達が動く。

アリストアが夜会で着るはずの公爵家から贈られたドレスを一人の侍女が手に取った。

王妃からアリストアに着せるドレスの指定を受けなくなったので、アリストアによく似合うドレスを選び巫女よりもエドウィンよりも美しく飾り立てることを楽しみにしていた。

アリストアの魅力を最大限に生かして、エドウィンの目を覚まさせようと計画していた。


「巫女姫様に不自由がないように、王太子殿下の婚約者として相応しいものの手配をお願いします。手が足りないなら私付きの侍女を回してください。ドレスも急ぎで仕立てさせてください。これを。足りなければ教えてくださいませ」

「アリストア様、どうして」

「エド様のお傍においていただけるだけでありがたいことです。巫女姫様付きを希望される方は推薦しますので遠慮なく教えてくださいませ。私に仕えてくださったことに感謝申し上げます」


アリストアが側妃候補になった日に巫女のために大量の金貨を渡された。

配置換えを希望する古参の使用人は誰もいなかった。

複雑な心境を隠して、健気なアリストアのためにできる最後の仕事を丁寧に始める。

片付ける荷物にはたくさんの思い出が詰まっていた。

一人の侍女はボロボロの厚い本を一冊づつ片付けていく。


「全然理解ができません」

「基礎もできないのに、殿下と同じ授業なんておかしいだろう」

「いいえ。理解できない私が悪いのです。今までお勉強をしなかった私が」

「資料いや本を送るよ。手紙で送ってこい。採点するから」

「よろしくお願いします」


7歳のエドウィンと共に受ける授業についていけない5歳のアリストアは参内していた従兄を捕まえた。

従兄の指導のもとに授業の復習と予習を必死にして、小さな手はペンを握りすぎて豆ができていた。

淑女として相応しくない手に叱責を受け、豆ができないペンの握り方を必死に考える少女に侍女は涙を飲んでいた。

エドウィンに甘く、アリストアには厳しい王妃の派遣する教師達は授業についていけるようになるためのアリストアの努力は当然のものと誰一人認めることはなかった。

鈍感なエドウィンはアリストアとの差に気付いていなかった。



ある侍女は木箱を丁寧に片付けていく。


「感情を顔に出してはいけません」


苦い毒を口にするアリストアを冷たい顔で見る教師。

王妃は殺戮が盛んな国の出身。

無能や邪魔者は排除の国で育った王妃と違いアリストアは蝶よ花よと甘やかされて育っていた。

一口飲んで、口を押さえるアリストア。


「殿下にふさわしくあるために必要なことです。王妃になるには」


目を閉じて、必死にグラスの中の水を飲み震えるアリストア。

吐き気に襲われて真っ青な顔のままマナーの授業が始まった。

王妃の手配した教師の厳し過ぎる教育に必死に耐えるアリストアを多くのものが同情的に見ていた。

絶対的な権力を持つ王妃に逆らえないので声はあげない。

木箱の中にはアリストアが耐性をつけた大量の毒薬が保管されていた。



執事は目隠しのための布を畳んでいた。


「アリストア、本気なのか?」

「はい。本気です。耳を鍛えます。エド様には内緒です」

「覚える必要ない」

「兄様は得意でしょう?教えてください。嫌なものは気づかず排除が一番です」


アリストアは目隠しをして、気配を読む練習をしていた。

従兄は言い出したら聞かないアリストアにため息をつきながらも従う。父親を振り回す伯父にそっくりと呆れながらアリストアの望み通りに。

公爵邸に帰らないアリストアの様子を見るためにエドウィンの友人という名目で定期的に訪問していた。

エドウィンが他の友人や兄弟と過ごしているときにアリストアの世話をやく。

アリストアの突拍子のない思いつきを相談され、付き合うのはいつも従兄だけだった。エドウィンのためと閃けばどんなことも身に付けようとする年下の従妹に。




アリストアが愛用しているペンを手に持つ侍女は折りたくなった。


「これを。アリーの手に合わせて作ってもらったよ」

「ありがとうございます。大事にします」

「使ってくれればいいよ」


小さなアリストアの傷だらけの手に合わせてエドウィンが作らせたペンは初めての贈り物。

手の大きくなったアリストアが私的な手紙を書く時だけに使われる宝物。

嬉しそうに笑ったアリストアと優しく笑うエドウィンはずっと一緒に歩いていくと思っていた。


「エド様の心のままに。大事なのはエド様のお考えです。王妃様ではなくエド様が王様になるんですよ。私はエド様にお仕えできて幸せです」

「一人で大丈夫?」

「はい」

「終わったら迎えにいくから。寂しかったらおいで」

「ありがとうございます」


アリストアを抱きしめるエドウィンは王宮では見慣れていた。

頬に口づけされて、ほんのり頬が赤くなるアリストア。

綺麗で優しく面倒見のいいエドウィンにアリストアはどんどん夢中になっていく。

エドウィンも家族を亡くした寂しがりやの婚約者を誰よりも大事にしていた。

エドウィンとアリストアのお互いに向ける感情は違っていても互いに大事にしているように見えていた。


「できました。やはりエド様は正しいです。信じていたら帰ってきてくださいました。弱気になったのは秘密です」


エドウィンの帰国した夜に泣き崩れ、紫色のアネモネで作った栞を愛しそうに見ていたアリストア。

執務室に置かれている二枚の栞は贈られることはなかった。




「人はこんなに簡単に捨てられるものなんでしょうか」

「口を慎みなさい」

「あんまりです。殿下から死を命じられ、婚約者を代えられ、それでも微笑んでられました。殿下の無事を毎日祈り、恋人と帰ってきても不満も言わずに―――」

「王族も貴族も違う世界の住人。今できることはアリストア様が不便なく生活できるように荷物を送るだけだ。それにアリストア様は乱暴王子に遅れを取ったりしない。今頃久しぶりに休まれているだろう」

「アリストア様のお世話をして差し上げたい。体の弱いアリストア様は季節の変わり目にはいつも熱を」

「任期が終わってからにしないと迷惑だ」

「側妃としてずっとここで過ごすよりマシじゃない?」

「アリストア様なら他国の王族でもいくらでも縁談がありますよ!!引く手数多ですよ!!それなのに辺境地で貧乏なお生活を」

「名門公爵令嬢ですよ!!よりにもよって乱暴王子に」

「イケメン王子が強引に攫ってくれれば」



王宮で夜会が行われている頃に一部の侍女の願い通りにアリストアは久しぶりの惰眠を貪っていた。

王が命じてアリストアが用意したディアスの婚約者探しのための名目上の祝賀会は主役が不在。

アリストアとディアスの婚約が発表され、情報を集めるためにエドウィンと巫女に貴族達が殺到していた。



「流れが変わった。さて、どうなるか」

「嘘だろう」

「栄華も終わりですね。お可哀想に。澄ましたお顔が崩れるかしら。ふふふ」

「落とされたか。公爵家もここまでか」

「お美しい巫女姫様はどんな方かしら」

「鳥目?」

「お二人のおかげ…。祝福します。氷の微笑はまさに氷の公爵のご息女。もう一度見つめられたい…。腹立たしい無垢な笑みと違い胸が高鳴りますわ。私が殿方でしたら…。いえ、もしも殿方に生まれてくだされば。一度踏まれてみたいものですわ」

「父上はどうされますか?」

「護衛を忍ばせて様子をみようか。脚本家は留守だ」

「連絡の一つも寄越さずに。お前は余計なことするなよ」

「花のない夜会、もう帰りましょう。失礼すぎません?この屈辱を―――――」


「アリストア様がディアス様と?」



各々が様々な心境で夜を明かしていた。

バキ、バキという音が闇夜に響いていたがほとんどの者が気にしなかった。


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