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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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第十話後編 小さな棘と蜜

巫女は賓客として豪華な客室を用意され生活していた。

さらに広く豪華な王妃の部屋に招かれ、もてなされていた。


「後継を期待しています。エドもしばらく休みなさい」


エドウィンは心配症になった母親と頻繁に時間を作っていた。

昼間からワインを飲む多忙な母がのんびり過ごしているため、王宮は落ち着いていると勘違いしていた。

弱っている者を放っておけないエドウィンは療養明けの母と、生活に慣れない巫女と常に過ごし、父に呼ばれる時だけ席を外していた。

親孝行で巫女に夢中なエドウィンには成長したアリストアの存在は頭になかった。


「見聞を広げ、絆を深めるのも大事な役目ですよ。巫女姫が慣れるまで朝儀も休んで構いません」

「護衛は私が」


美女の豊満な胸に腕を包まれて、微笑みかけられるとエドウィンは体がおかしくなり思考できなくなる。


「一週間ほどここで過ごしてくださらない?」


王妃にエドウィンと二人で引きこもるように囁かれ巫女は頷く。

三人だけが現実から取り残されていた。

意図的に夢の世界に浸る者と作りあげる者と気付かない者。


王妃はエドウィンが賊が徘徊する津波により荒れた町に行かないように言葉巧みに引き止めていた。

エドウィンの行方不明は王妃にはトラウマであり過保護に拍車がかかっていた。




アリストアは接待が終わり執務室を目指していると困惑した顔の大臣と宰相を見つけて礼をした。

宰相は適任者の帰りに笑う。


「おかえり。戻ってそうそうだが被災が酷く、慰問を」

「あら?まぁ。かしこまりました」

「流された賊がまだ徘徊しているが、」

「民も不安でしょう。王妃様の名代で慰問なら一曲歌ってみましょうか…………」

「騎士は手配しよう。陛下が顔を見せてほしいと」

「閣下をお使いに出すなんて。かしこまりました」


アリストアが礼をして立ち去る姿を幼い頃から教師役を務めた二人が眺めていた。


「すでに妃殿下よりも」

「妃殿下よりもアリストアのほうが喜ばれるから適任か……」


常に笑顔で増えた公務も快く引き受け家臣を労るアリストア。

王妃が公務を放棄してから優秀さを惜しみ無く発揮するアリストアの評価が上がっていく。






清々しい青空に反して荒れた町に兵を引き連れアリストアは歩いていた。

復興のために忙しく動く民達は手を止めた。

天使の片割れに子供達が手を振り駆け寄る。


「アリストア様!!」

「お姫様!!」

「天使様!!」


アリストアは呼ばれる声に手を振り微笑む。

ゆっくりと高台に上がり、礼をするとアリストアを呼ぶ声が消え、静寂な空気がただよう。


「王妃様の名代の―――」


アリストアは涼やかな声で無垢な笑みを浮かべて演説をはじめる。

暗い民の顔が明るくなるように。

アリストアが慰問に訪ねた町では兵が賊の捜索にあたっていた。

演説をするアリストアに向けて弓矢が放たれていた。

2本の矢を兵が切り落とし、残り矢が背中に刺さる前に烏が地面に叩き落とした。

アリストアは目の前に落ちた弓矢に動揺せず無垢な笑みを浮かべて演説を続ける。

襲撃されれば騎士が動くので、自分の役目を果たすだけである。


「お騒がせして申し訳ありません。騎士達が尽力しております。すぐに討伐されるのでご安心ください」



「アリストア様は鳥も味方に。お美しい」

「天使様」

「女神様!!」

「アリストア様!!お歌を!!」


民衆達は戦時中から頻繁に語りかけ、不安を払拭させてくれた無垢な天使の片割れにうっとりする。

家が流れ、海賊に襲われ、沈んだ空気が少しずつ明るくなり、パンと肉と酒と甘味を振る舞われさらに賑やかになる。

王妃の名代でも民は目の前で演説し、食料を振る舞うアリストアを称賛する。

子供達に握手を求められたら無垢な笑みで手を握り、歌の要望に合わせて歌い出す。


「どうぞ遠慮なく。ではご一緒に」


アリストアは無垢な笑みを浮かべて子供達と一緒に美声を披露する。

襲撃などなかったように、明るい未来を語る姿に民衆達は夢を見る。

無垢な少女の語る理想ばかりの言葉はすさんだ心に響き、顔を上げて前を向く力を与える。

歌声の主が未来の王妃の椅子を失ったことなど知らない民衆達の未来の王妃を讃える声が響き渡る。








アリストアに弓矢を放った男は倒れていた。


「これは!?」

「獣?鳥か?」

「なぜアリストア様が?攫えば金になるが……」


兵達は血塗れの男を見つけたが息はない。

絶命している男ばかりで情報が集まらず、上官に報告に走る。

惰眠を貪る青年が起こされ、不機嫌な顔で参戦させられたのは翌日だった。










王宮で自由に歩くことを許されている巫女は醜い男が美少年のような顔立ちの侍女を高圧的に睨み付けている場面に足を止めた。

侍女がワインを注ぐ手元を狂わせ、伯爵の紋章を汚していた。


「やめなさいよ。服が汚れたくらいで小さい男」

「どれだけ屈辱的なことかわからないのか!?」

「小さいわね。新しいものを用意すればすむでしょ?金はたくさんあるのに小さい男は女に相手にされない」


紋章を汚されるのは家名を傷つけられるのと同意だった。

侍女は減俸されるであろう自分をかばう美女が女神に見えた。

父との話を終えたエドウィンは人が集まっている集団に近づいた。


「どうかした?声が聞こえたけど」

「服を汚された器の狭い男が――」


エドウィンは優しく笑い、座り込んでいる侍女に手を差し伸べて立ち上がらせた。


「誰にでも間違いがある。次は気をつければいい」

「ほら?謝りなさいよ」


伯爵はエドウィンを味方につけた厚かましい女に苦虫を噛み潰したような顔をしたくなるのを堪えて侍女に謝罪をして立ち去った。

家名を傷付けられ、平民に謝罪するという屈辱に怒りに震えていた。


「ありがとうございます。女神様、殿下」


アリストアは王に頼まれ伯爵を呼ぶために部屋を訪ねると絶句した。

伯爵が侍女に頭を下げるありえない光景を強要し、侍女に感謝され微笑む巫女の資質を疑いながら伯爵を追いかけた。

エドウィンが巫女と場を収めているので、アリストアが対処しないといけないのは伯爵だった。


歴史も権力もある伯爵が矜持を傷つけられ動けばエドウィンにとって不利なことが起こるのが目に見えていた。

伯爵との謁見が予定より遅れるため、王が命じて用意させた、もてなしの席での無礼は致命的である。

対処を間違えると王家と伯爵家の間に亀裂が生まれる。王家のもてなしは王家の心を表すもの。伯爵を軽んじていると誤解を招き、あの場を収めたエドウィンが責任を追求される可能性をアリストアは放置できず思考を巡らせた。

アリストアは庭園から伯爵家の紋章と同じ生花を手折り、伯爵に声を掛ける。


「伯爵閣下、こちらを受け取っていただけますか。閣下の栄華のように美しく咲き誇っておりました」


伯爵は足を止めて、花を抱え笑みを浮かべるアリストアの美しさに顔が緩む。アリストアは微笑みながら子供のように振る舞い伯爵の胸元に花を挿す。


「花を紋章代わりにするなど子供の遊びと咎められますか?陛下は生花を好まれますので、このお姿も喜ばれると思います。伯爵閣下によくお似合いです。お怒りでしたら私に遊ばれましたとおっしゃってくださいませ」


伯爵は無垢な笑みを見ながら怒りをおさめた。

アリストアが動いた理由はエドウィン達のため。

聡明で女神のような美少女を側妃に落とした王家への不信を堪えて今回だけはアリストアの笑顔に免じて排除に動くのはやめた。


「報復は許されるでしょうか」

「義務を守るなら権力を公使する権利があると存じます」

「ありがとうございます。美しい花のお礼にいつでも力になります」

「ありがとうございます。陛下が閣下をお召しです」


アリストアは礼をして謁見の間に向かうために踵を返した伯爵の背中を見送り、両者の事情も聞かずに弱い立場の者の味方をする巫女に溜め息を飲み込む。

花に気づいた王が伯爵をうまく取りなしてくれれば穏便に収まる。謁見せずに伯爵が帰ることを防げたことに安堵した。

巫女が礼儀のない使用人を庇い甘やかし、エドウィンが同調するために秩序が乱れていた。

巫女のお気に入りの使用人の横暴は爵位のない侍女長達では止められなくなり、アリストアが冷たく嗜めはじめた。

非常識な使用人達から冷血女、氷の魔女と囁かれるようになった始まりの日だった。


「立場をわきまえてください」


エドウィンが選び王家が認めた女性を受け入れられなくなりそうなアリストアは首を横に振る。

エドウィンが選んだ道が正しいと思えばストンと心に落ちた。

使用人達への巫女とエドウィンへの不満を抑えるために差し入れと言葉を尽くした。

アリストアは多くの者に受け入れられていない巫女を迎え入れるためにエドウィン達に見つからないように動いていた。良識ある使用人達はアリストアに免じて不満を飲み込む。

一番辛い立場のアリストアが常に無垢な笑顔でエドウィン達のために動く姿に一部の侍女は酒を飲みながら涙を流した。

無垢な笑みとは違う、冷たい空気を纏い冷笑する姿さえも美しかった。


「アリストア様はますます美しくなられた」

「アリストア様の願いですから」

「王国一ではなく世界一。天使はアリストア様だけよ」

「おいたわしい」


嫉妬もせずに、好きな人のために尽くす穢れのないアリストアの美しさは磨きがかかっていた。

王国一美しいと囁かれる王妃とエドウィンと比べものにならないほど美しい笑みを浮かべ、異物(巫女)にさえも慈悲の心を見せつけるアリストアの評価はさらに上がっていた。

良識ある使用人は本音は心に秘めるため、王宮では口に出さないが職場の外では別だった。

王宮での詳しい事情は話せないため、酒場ではアリストアの美しさの話題で盛り上がっていた。


****


「休みが…」

「これが終われば休めばいい」

「俺が出なくても」

「人手が足りない。働け」


不機嫌なディアスは異母兄により休みを返上させられ、賊の討伐を終えた。

尋問は兄達に任せて、ようやく手に入れた休みを謳歌していたかった。


「おかえりなさい。ディアス様は座ってください」

「は?」

「資料はここに。簡単ですので頭に叩きこんでください」

「やってられるか。俺は休みだ!!」


厄介な報奨を与えられ、父に抗議しようにも多忙に追われる父に声を掛けられなかった。

ディアスの意見を無視した報奨に伴う教育から逃げて木の上で昼寝をしようとすると大量の資料を抱え、よたよたと歩くアリストアを見つけた。

アリストアの進行方向には階段がある。

前方が見えていないアリストアが階段から落ちそうな姿にディアスは木から飛び降り資料を取り上げた。


「礼はいらない。運んでやる」


アリストアは突然腕が軽くなり驚きを隠して顔を上げた。大量の資料を軽々と持つディアスに微笑んだ。


「ディアス殿下?おそれながら、資料をお借りできませんか」

「は?」

「ディアス殿下が指揮された先の戦の資料を集めております。機密にあたらないものを一晩ほどお貸しいただけると……」


軍部にない資料はディアスの部屋に置かれている。

アリストアを汚れている騎士寮に招けないため、ディアスは面倒でも引き受けることにした。


「運んでやるよ」

「ありがとうございます。臣籍降下になりますがお祝い申し上げてもよろしいですか?」

「過ぎた報奨だ。母上が喜んでるからありがたく受け取らざるを得ない」

「まぁ。おめでとうございます―――」


ディアスはアリストアの祝福の口上に頷く。

授与されたものを迷惑とはアリストアには言わない良識はあった。

アリストアは無垢な笑みを浮かべながらじっくりとディアスを観察していた。乱暴王子とゆっくり話すのは初めてだった。


「乱暴王子が殿下に嫉妬して陥れた」


アリストアは信憑性のない噂は信じない。

だが噂の影響力は知っているため、神出鬼没のディアスと話せた運の良さに感謝した。

一部の貴族が囁く声への対応を決めるためディアスの好意に甘えてありがたく資料を借りた。


「ありがとうございます。こちらよければ献上させてください。うちのものなのでお口に合うかわかりませんが」


アリストアは資料とお使いのお礼に公爵領の名酒を献上して、ディアスに礼をして見送る。

ディアスから預かった大量の資料のおかげで書類の山が二段増えていた。

ディアスは執務室の書類の山に驚く。

与えられた本や書類の束を放棄した自分は小さな少女に負けた気がして大人しく授業に戻った。

教師役の騎士は戻ってきたディアスに驚きながら指導を始めた。ただし活字が苦手なディアスはすぐに眠気に襲われた。


****


巫女はエドウィンとの生活を満喫していた。

多くのものに羨望の眼差しを受け、征服欲が満たされる。

高価な酒を飲みながら、相性抜群の隣で眠る美しい体の持ち主を眺める。

王妃に後継をと言われても子供を作るつもりはなく、快楽を楽しんでいた。

巫女は自分に占いを教えてくれた女の予言を思い出す。


「国に不幸をもたらす少女。世界から私を消すのは対の少女」


目を開けたエドウィンは真っ赤な唇が呟く声を拾う。


「予言?」


巫女と呼ばれるようになった美女はぼんやりしているエドウィンの真っ白い肌に舌を滑らせる。

エドウィンは艶めかしい声で「国に不幸をもたらす少女。世界から私を消すのは対の少女」と話す恋人の言葉に浮かんだ正反対の少女。

国にもエドウィンにも必要な存在のためなら仕方がないことかと口づけを甘受しなから熱に溺れていく。


カチと小さな歯車が鈍い音をたてた。

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