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連載版 初恋の結末~運命の変わった日~   作者: 夕鈴


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第六話前編 ディアスの初めて

エドウィンが行方不明になりディアスの全ての策が狂っていた。

王妃の勅命書「エドウィンの安全第一」を見せられ、ディアスはエドウィンの護衛に戦場から呼び戻された。

前代未聞であるがディアスは放置できない案件なので副官に軍を任せて自ら現場検証した。

エドウィンの護衛騎士は武術に秀で、王妃とエドウィンの命令に忠実な脳筋だった。



エドウィンは敵兵が決して近寄ることのない兵糧庫に配置されていた。

戦の喧噪も聞こえない、普段なら精鋭の兵を配置する必要のない場所に。

戦への勝利にはエドウィンを関わらせないことが一番重要だった。


「侵入者がいないか探せ。エドは持ち場を自ら離れたのか―――。共有の水場の近くなら一般人も出入りするか」


持ち場から大分離れた水場の近くにエドウィンの剣と血塗れの男が発見された。

倒れていた男はすでに息がなく、数日前に討伐した賊の生き残り。

ディアスは血の付いた剣を拾い上げた。


「エドの剣か。剣に付着している血がエドのものでも、この程度の血なら軽傷。攫われたか、逃げたか」

「お言葉を」


エドウィンの友人でもある伯爵子息はいつものようにディアスの傲慢な態度を咎める。

侍女を母に持つ不義の王子に払う敬意は持っていなかった。

ディアスは小言に付き合うほど暇ではなく機嫌も悪かった。


「エドの護衛を怠った責任は後日問う。綺麗事に付き合う余裕はない。さっさと捜索に行け。お前らはエドの臣下で俺には従わないだろう?従わないなら必要ない。父上に報告するならすればいい」


ディアスは無責任で無能な護衛騎士に冷たく伝える。

護衛のミスの尻拭いをしているのはディアスであり、貴族であっても戦場での立場は指揮官のディアスの方が上だった。

戦の終わりが見えてもエドウィンが関わると遠のいていく。

監視役の青年が王に伝令を走らせ、勝利よりもエドウィンの捜索優先と命を受け戻ってきてからは、ディアスは攻めるための配置をしていた兵を引かせた。

兵の過半数を捜索に回し、残りで守りを固め睨み合いをしていた。


「目撃情報はありません」

「近隣の村にも負傷兵の情報はありません」


一向に見つからないエドウィンにディアス達は頭を悩ませていた。

王妃からのエドウィンの捜索と報告の催促の手紙が連日届いても返事は変わらない。

落とした砦から略奪した物資のおかげで兵糧に余裕があるのだけが幸運だった。

王都からも定期的に物資が届き、同封されているアリストアからの手紙にディアスは目を通す。アリストアからの手紙には簡略化された挨拶と目録だけ。いつもエドウィンが行っていた後方支援の役割をアリストアが担っても手落ちは一つもない。


「ディアス様、いらないならください。片付けます」


流暢な文字で綴られたアリストアの手紙を部下が欲しがるので渡し、王妃の手紙を燃やすのは見ないフリをした。

突っ込む気力もなくディアスにとって無駄で不毛な時間だけが流れていた。

この状況を打開できそうな兵にも兄弟にも心当たりはなくディアスは生まれて初めての挫折に襲われていた。



気が滅入っているのはディアスだけではなかった。

戦の終盤にさしかかり、攻めの好機を逃し、敵との不毛な睨み合いと軍規を乱した王子の捜索に兵の士気はどんどん落ちていく。

ディアスは予定外の王都からの訪問者を憂鬱な気分で迎えた。

王妃からの使者は必ずディアスの顔を見て「エドウィンを見つけろ」と偉そうに言わないと帰らなかった。


「非常時ゆえ口上は省きます。花はありませんが、心ばかりのものを。アリストア様個人からのものであり、給金とは関係ありません。手紙はこちらに」


使者の無礼は主の資質を問われると知っている男はディアスに丁寧に礼をして、恭しく手紙を渡す。

ディアスは慣れない丁寧な扱いを受けながら手紙を受け取り目を通す。


「感謝する」

「恐れながら手紙も礼も不要です。アリストア様のために時間を使うことはないように仰せつかってます」


ディアスが相手をする必要はないと言う青年を部下に任せて部屋に戻る。

物資の目録は青年の手にあり、部下と共に確認作業に入るためディアスがすることはない。

部屋に戻ると王妃からの催促と勘違いした腹心達の呆れた視線がディアスに注いだ。


「久しぶりの朗報だ」


新たに届いた物資とは別にアリストアからの兵への感謝と無事を祈る丁寧な直筆の手紙、良質の肉と酔いが残らない高級な酒、全ての兵への特別手当の銀貨が用意されていた。

ディアスは士気が完全に落ちる前に届いた気遣いに笑い、アリストアからの手紙は副官に渡し兵への分配を任せた。


「アリストア様。おいたわしい」

「婚約者があれとは」


副官はアリストアからの心の籠った手紙を胸に抱き、同僚達が覗き見て笑う。

久しぶりに自然な笑みが零れた日だった。

ディアスは一晩だけは羽目を外すことを許した。


「見張りは俺がする」

「時間稼ぎを仕込んできます」

「好きにしろ」


副官を中心にアリストアの心遣いに舞い上がる兵達にとっては盛大な、他の兵にとっては細やかな宴会が開かれた。


「特別手当て!!一月は遊んで暮らせる!!」

「酒だ!!存分に呑める酒はいつぶりだろうか」

「勝利の女神が微笑んでいる」

「アリストア様のために!!」

「アリストア様を悲しませないために」

「女神に会いたい」


酒を飲まずにアリストアの手紙を回し読み、酔っ払う兵達の姿は気持ち悪いがディアスは何も言わない。

見張り台の上で昼間に仕掛けた敵の陣を翻弄する罠が発動し、敵兵が慌てる様を眺めていた。

夜空には満天の星空が広がり、勝利の女神の名前が響き渡っていた。


「勝利の女神か…」


兵に好かれる勝利の女神。

羨望の眼差しを集める未来の国母。

天使の片割れ。

幸運を手にした姫。

様々な通り名を持つ王宮で贅を尽くした生活を送る少女の立ち位置をよく理解しているのは、王妃はもちろん貴族にさえも王族扱いされない数の多い王子達だった。


数の多い王子の名前をきちんと把握し、一人一人に敬意を尽くして言葉をかけるアリストア。

傲慢で嫌われ者の王妃と違いエドウィンの代替品かつ騎士として育てられる王子達にも好かれていた。


「殿下に敬称をつけられるのは恐れ多いですわ。どうかアリストアとお呼びくださいませ」

「アリストアは変わらないな。ごまかしてあげるよ。少し休みなよ。エドも遊んでいるだろう」

「ありがとうございます。エド様のお傍にいるために必要なことですわ」

「アリストア、さっさと課題を出せ。時間がない。どこで止まった?」

「兄様、ここです」


全てを与えられる兄弟ごっこが気に入っている王太子エドウィンに不満を持つ王子も義兄に解説されながら分厚い本を睨んでいるアリストアへ向ける感情は別だった。



「アリストアは過度の期待を背負い、育てあげられ、搾取され続ける。目をつけられて殺される俺達とどっちがマシか。欲深き者に囲まれ無垢な天使が育つなんて幻想だ。俺達と違い彼女はずっとここに囚われる。囚われの天使の絵画のように。エドを慕って囚われていることに気付かないことだけが彼女の好運かもしれないな」

「気に入らなくても意地悪はするなよ」

「うちの義妹は仕返しするので、できれば放っといてください。何かあれば俺に。あのバカ、失礼します」



過保護な王妃に甘やかされて育てられるエドウィンとは正反対に常に監視され厳しい教育を受けるアリストアに意地悪をしないように兄は弟に教える。

庭園の茂みに隠れてうずくまり、休憩するアリストアを監視役の侍女からそっと隠しても、渡す者は誰一人いなかった。

エドウィンの望む兄弟ごっこを演じる王子達はアリストアの生い立ちを知っていた。

自分達よりも可哀想な少女は時に王子達の心を慰めた。

年下の少女の献身に気付かない王太子に裏では冷たい視線を向ける王子も多かった。


「最善を尽くす」

「信じております。ご武運を」


出陣するディアスは礼をするアリストアに頷いて命令を出す。

アリストアの笑みを見て戦いの始まりと終わりを実感するものは多かった。

ディアスは初めての終わりの見えない戦にアリストアの顔が見たくなった。

時々神殿や庭園、王宮に響く歌声も。


「兄上は」

「これが俺達の立場だよ。妃殿下とエドウィンとうまくお付き合いしないといけない理由だ。兄上、どうか安らかに」


兄弟が空に旅立つと少女の歌声が響く。

王子達は常に死神の鎌に狙われている。

鎌が首に降ろされても最後は耳に馴染んだ歌声に送られれば安らかに旅立てる気がした。


「お帰りを心からお喜び申し上げます。感謝致します。国のために捧げて下さった貴方に報いるために精進致します。大丈夫ですよ。私にお任せください」


肩腕を失った兵士に声を掛け、悲しそうな顔をして動かなくなった手を包み励ます幼い少女。


「志の違いは仕方のないことです。決められるのは陛下です。私は陛下に心の内を全て話し、更生の道を進むことをお祈り致します。最後は師を尊敬する教え子としてエド様の代わりにお見送りできれば幸いです」


間者にさえも慈悲の心を見せる少女を見てディアスが捨て駒をやめた日。


「こんなに必要か?」

「これでいく」

「効率的な方法があるだろう」

「父上は俺に任せるって言った」

「わかったよ。面倒だが結果は変わらないか」

「俺は悪くないと思いますよ。よく考えたな。兄さんがフォローしてやるから、存分に発揮しなさい」


頭を撫でて褒めてくれた兄はもういない。

軍略の天才を育てあげた王子達も側にいない。

そして成長した軍略の天才は初めて先の読めない戦場に身を置いている。

戦の終わりを実感させる笑みを目にするのがいつになるのかと、何度目かわからないため息をこぼした。


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