元勇者は魔王に営業中 〜顧客満足度向上のご提案 男は強さを追い求めるもの〜
元勇者のダンジョンコンサルシリーズ第二弾。
前作
「元勇者は魔王に営業中 〜飛び込み営業は勢いが大事〜」
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を読んでもらえるとより一層楽しんで頂けるかと思います。
「そろそろ時間だな」
深いため息と共にそう呟くのは、私が畏敬の念を禁じ得ない我が主にして魔族の王であるアレクシス様である。
「ええ、間もなく門番が呼びに来るでしょう。しかし、消されそうになったのに懲りずに謁見をしにくるとは何を考えているのか……」
そもそも危険人物なのにどうして普通に謁見予定をいれたのだ? こういったことは門番達にキチンと申し送りするよう注意しておかねばならないな、と思ったところでノックと共に門番が声を掛けた。
「アレクシス様、謁見予定のブライトダンジョンコンサルティングのレン様が二名でお越しになりました」
「二人か……、そういえば前回そんなことを叫んでいたな……」
気の進まない様子で門番にすぐ向かう旨を告げると、謁見の間に足を向けた。
「どうもーーー!! 本日はお時間頂きありがとうございまーす!!!」
謁見の間に入りアレクシス様が王の座につくやいなや、ヤツがテンション高く嘘くさい笑顔で進み出てきた。その隣にはヤツより頭一つ分は背が高くてガッシリとした男がいる……のだが、二人共にまたもやスーツだ。これはもはや制服と思っておくべきなのだろうか……。
「本日は彼からですね、御社のお客様満足度向上のための企画ご提案をさせてもらいます! 彼は私と共に全国ダンジョン巡りをした仲間でして弊社の誇るダンジョンスペシャリストでございます!! ささっ、ジョー君よろしくお願いしますよー」
「私、ブライトダンジョンコンサルティング シニアコンサルタント ジョーと申します。レンと共に旅をしていた時はせん越ながら剣士を務めておりました。本日は、単なる娯楽にとどまらない新たなダンジョン企画をご提案します」
そう言って、ジョーと名乗る男は真剣な顔つきでアレクシス様の前に膝まづくと名刺を差し出した。寡黙そうな雰囲気ではあるが、すごくまともに感じるのは私だけではないはずだ。
しかし……、非常に気になることがある。その、ものすごい存在感を主張している背中の大剣は何なんだ!? 今どきのオシャレアイテムだとでも……? いや、オシャレアイテムにしては物騒すぎるし、使い込んでる感がありすぎる。提案に来たと自分で言っているのだから大剣など不要ではないのか!? そもそもだ、大剣は決してスーツ着て背負うものじゃないだろう……!!
「それではその提案とやらを聞かせてみろ」
場にそぐわない大剣のことには全く触れずに本題に入るとはさすがは我が主。主に危害が加えられたわけでもないのに心乱してしまった自分が恥ずかしい限りだ。気を引き締め、王の座で先ほど受け取った名刺を眺めている主の側に控え、ジョー殿の提案とやらを待つ。
「レンと共に各地のダンジョンを回る中で、私は段々と物足りなさを感じるようになりました。なぜだろうと日々、もんもんと考えに考え抜いて……、ついに思い至ったのです。私がダンジョンに求めているのはお遊びではないと……!」
「ほう? ではお前がダンジョンに求めているものはなんだというのだ?」
「まずはこちらの資料をご覧ください。弊社独自のダンジョン出口調査結果となります」
シュバッと切れ味よく差し出された資料にアレクシス様は興味をそそられたようだ。私としては資料の内容よりも独自の出口調査の方法が非常に気になるのだが……。
「現在、御社ダンジョンのメイン客層は男性一人またはグループ、男女混合グループとなっています」
「こちらで想定していた層ではあるが、何か問題があるのか?」
「では、詳細説明を。次ページをご覧ください。注目すべきは三つ。
まず一つ目、何を期待して来ましたか? という質問には、一度は来てみたかった、楽しそうだったから、ちょっと冒険気分を味わってみたかったから、などが多くあくまで楽しむことを目的としている人が多いことが分かります。
二つ目、このダンジョンにまた来たいですか? という部分については過半数がノーです。ここはもういいから他に行くということですね。
三つ目、難易度は適切か? という質問に対しては過半数が普通、易しい、または易しすぎるという結果です。
これらの結果から言えることは安全への配慮と色々洗練されたが故に単なるお遊び、娯楽としてのアミューズメントダンジョンとなってしまっているということです。もちろんそこはダンジョンに気軽に挑めるようになったという点はよい方向性なのですが、大きく問題となってくるのは同じダンジョンのリピーターがほぼいないということ、今は魔族直轄ダンジョンの多さでカバーしていますがそのうちに売上は下降線となるでしょう」
おお、何だかコンサルのようでないか。アレクシス様も同意見のようで資料から顔をあげ、ジョー殿に話の先を促した。
「どうしたらリピーターを増やすことができるのか? そう……、そのために必要なのはぬるま湯ダンジョンなどではなく、自分に挑戦したい、自分を超える強敵に挑みたい、さらなる高みを目指してこそ! という強さを追い求めるもの、自分の腕試しをしたいものが何度となく挑みたくなるようなダンジョンです!!」
「なかなか面白そうではあるが、難易度を上げるのであれば人間がどこまで我らの精鋭と戦えるのか見極めが必要だな。あんなでも勇者一行に居たのであればお前は人間の中では強い部類に入るのか? まぁ強い部類だとしても平和ボケした人間などとるに足らないかも知れぬがな?」
「私も剣士の端くれ。平和な時代であろうとも自分との戦いは怠ることはない!」
「では、お前で人間の強さを検証してみようではないか。お前は剣士と言ったか。そうだな、ハンデとして私は魔法を使わず剣士として相手してやろう」
「ありがたき幸せ!! 本来ならば挑むことすらかなわない魔王殿に相手をして頂けるとは!!」
謁見の間、後方のスペースへ移動するアレクシス様の後を興奮気味にジョー殿が続く。もしや大剣はこういう状況を想定して……?
「あの、ジョー殿はスーツのまま戦われるのですか……? あの大剣もはなから戦う気で……?」
「ああ! ジョーのスーツはストレッチ&ウォッシャブル素材なので破れる心配ないですし汚れてもすぐ洗えますんで、無問題でございます! それとジョーは戦う予定なくてもあの剣背負ってますよ。我が半身と公言してますからね! 四六時中、通勤中も仕事中も飯食ってるときも寝るときももちろんプライベートの時も背負ってるんですよ」
そう言うといい笑顔で親指をグッと立てた。いやいやいや、スーツの素材なんてどうでもいいし、破れないとかそういう問題ではない。そんなものを背負ってたら普通ならば重いし邪魔ではないのか? いや、それよりも日常的にそんな物騒なもの背負ってたら銃刀法違反で捕まるのではないのか!?
「普通あんなもの背負ってたら不審者として職務質問うけちゃうと思うんですが、ジョーがあまりにフツーに堂々と背負っているもんで皆そういうもんだとスルーしてくれますね。もしくはコスプレの一貫に見えるのかもしれませんねぇ。
それよりも! ジョーのあの剣への溺愛っぷりはまじでやばいんですよぉぉぉ。旅してる時、ジョーの部屋から夜な夜なハァハァという荒い息づかいと共に吐息のようなあえぎ声のようないかがわしい声が聞こえてたんですよ。で、僕もさすがに安眠妨害されてたもんで、ある夜思い切って覗いてみたところ! 残念ながら女性の姿はなくて、そこには恍惚とした表情でハァハァブツブツと剣のお手入れするジョーの姿がっ……!!! それはそれは衝撃的で、ねっとりすみずみまで舐め回すようにお手入れするその姿にさすがの僕も空気よんで以後、触れないようにしています」
そんなオチというのは話の流れから想像はしてはいた。してはいたが、まともだと思ってしまった分、残念感が半端ないではないか……!! 剣バカ……、いや、もはや変態の域に達しているだろう。職務質問受けないのも、周りはコイツやべえ、目を合わせちゃだめよ的なアレで触らぬ神に祟りなしってだけじゃないのか……!? もし同じ電車とか乗ってしまったら私も絶対目は合わさない、それ以前にそんなヤツがいると分かった時点で同じ車両には乗らないの一択だ。
「いやー、安眠妨害のはらいせに一度隠してみたら半狂乱になって大変でしたよ。他の剣使っとけ言っても「浮気はできない」とか「俺にはクリスティーヌだけだ」とか。ははは、なんとか隙を見て戻したんですが、すっかりトラウマになっちゃってますます肌身離さないようになっちゃいまいたねー、ははは」
はははじゃねえよ!! 小学生か貴様は。街中で暴れだしたらどうするんだ!! ああ、コイツとこんなくだらん話をしている場合ではない。私はアレクシス様の華麗なるお姿を目に焼き付けるのに忙しいのだ。
慌てて二人の方に目を向けると、アレクシス様は剣先をジョー殿に向け、反対の手を腰にやりゆったりと佇んでいる。そのお姿は余裕すら感じさせ、まさに王たる風格が漂っているようだ。対するジョー殿は大剣を両手で構え踏み込むすきを見計らっているようだ。
「どうした? こないのであればこちらから行くが?」
「くっ……!」
うかつに仕掛ければやられることは分かっているが、当然ながらに隙がなくジョー殿は攻撃しあぐねている状況だ。
「おらぁぁぁ!!」
掛け声とともに一直線に突っ込んでいくと思いきや、アレクシス様の近くまで来ると瞬時に上へ跳ね上がり、大剣を振りかざしたかと思うと、そのまま重力も合わせ一気に仕掛けた。アレクシス様はジョー殿を目線だけで追いつつ剣を構えると、ジョー殿の渾身の一撃をいなすように弾いた。今度は弾かれた反動をうまく使い、また踏み込み仕掛けてくる。パッと素早く大剣を片手で持ち、遠心力を合わせて真横に切りつけてくる。大剣という武器の特性上パワー攻撃一辺倒かと思っていたが、なかなかに多彩な攻撃パターンを持っているようだ。
ジョー殿が仕掛ける、それをいなされる、仕掛けるが続くが、アレクシス様は自分から仕掛けるつもりはなくあくまでジョー殿の力試しにお付き合いしているようだ。
「単調な打ち合いは飽きてきたな……、そろそろもういいか?」
そうつぶやき口の端をフッと上げるとジョー殿の大剣を真正面から受け止め、ぐぐっと押し合う形となった。ギギィっと金属が擦れ合う不快な音と共にジョー殿はかなりの力を込めて踏ん張っているが、アレクシス様は対照的にまだまだ余裕を見せている。
「剣の押し合いに気を取られて体ががら空きだな」
瞬間、ジョー殿の腹に強烈な蹴りが入り、大剣もろとも後方に飛ばされ無防備になったところを一気に床に叩きつけられてしまった。
「勝負、あったな」
首元に剣先を突きつけて終了を告げると、ジョー殿も無念そうにそれを認める。
「ま、参りました。分かってはいましたがホントに勝負にすらなりませんでしたね……」
その言葉を受けアレクシス様は満足そうに頷き剣をおさめた。
「まあ、こんなものか。だが、ジョーでこの程度であれば、門番レベルからスタートが良いだろうな、そこから定期的に階級ごとで選出されたメンバーに順番に挑んでもらうのはどうだ? 我らも少々退屈しているのでな。こういう腕自慢はおおいに盛り上がるであろう」
「それは素晴らしい!! 各チャレンジクリアで次なるステージチャレンジ権を得る仕組みであれば、チャレンジ会員登録とカードで管理するのが良さそうです。そのカードもステージクリアに応じて変更していくことによって、プレミア感と達成感を形を持って実感できることでしょう!」
「プレミア感か……。では最上位階級まで到達したものは四天王へのチャレンジ権を出すか? 二人ほど戦い好きなものがいるのでな。ああ、あいつらの管轄でこの企画は進めるか」
「四天王!! もしや闘神と名高い焔のアーヴィン様と鉄壁のガーゴイル様では!?」
アイデアを出し合ううちに二人はすっかり意気投合したようで、アレクシス様も表情を緩めジョー殿と談笑している。
ああ……、尊い、なんて尊いのでしょうか。普段見せている王としての威厳を持った表情は言わずもがなであるが、あんなにも目を輝かせながらの気負いのない笑顔はレアかつ眼福の一言。
「楽しそうですよねー。気のせいかもですがー、魔王様もクリフォードさんもなんか僕とジョーで扱い違いません? 僕、さっき魔王様にあんなの呼ばわりされてたし、そもそも名前呼んでもらったことないし、名刺も受け取ってくれなかったし、クリフォードさん受け取っちゃったし。思い起こせば大体そうなんですよね……。ダンジョン受付の時もクエスト受けに行っても最初に挨拶受けて説明されるのはジョーだし、僕だって笑顔を心がけて頑張っているのに……」
それは当然ではないか。ジョー殿は隠れ変態であっても、ぱっと見は寡黙で誠実そうな青年だ。少なくとも嘘くさい笑顔で自虐溢れ出る貴様よりは頼りがいありそうだというのは私も同感だ。それよりそんなくだらん話で私の至福の一時を邪魔するな。
「魔王様って筋肉バ……、いや、戦いお好きなんですか?」
「…………そうですね、お立場もありますから普段はキチンとご自身を律しておられます。とはいっても、最近は命がけで挑んでくるものも、アレクシス様が全力でお相手せねばならないものも少なくなりましたので、少々張り合いはないかもしれませんね。魔族の手練と手合わせはされますが、長き時の間に互いの力量や手の内を知り尽くしていますから戦いというよりも、もはや運動レベルでしょう」
死闘のさなかにおいて繰り出される華麗なる剣技……、吹き荒れる魔力渦から放たれる圧倒的で多彩な攻撃魔法の数々。その中でも乱れることのないつややかな漆黒の髪と、王の系譜の証である紫紺の瞳。そして、それが深く黒く染まってくと共に現れる、瞳を縁取る金色の輪……、常に余裕をたたえた冷酷非道な笑み……、また拝見したいものです。
「随分ハイレベルな運動……! そういや、クリフォードさんは魔王様と手合わせしないんですか? 側近はってるくらいなんで強いんじゃないんですか?」
「まあ、弱くはないと思いますが、ええ、手合わせはあまりしないですね。私の戦い方はアレクシス様やジョー殿のような力強い攻撃ではありませんから」
「え、でもがんがん魔法で攻撃する感じでもなさそうな……?」
「ええ、魔法も使えますがメインは攻撃魔法ではありませんね。手早く片付けねばならない場合は急所を的確に突いて効率的に始末しますが、状況により神経毒を用いて動きを奪った上で二度と歯向かう気を起こさないようちょっとお願いさせてもらったり、お願いを聞いてもらえないけど始末してしまうと支障のある場合はいい夢見ててもらったり、私のお仕事をお手伝いしてもらったりしますよ」
えっ、そんな人だったんですか、というような顔をするのはやめてもらおうか。いつもそんなことばかりしてると思われるのは私とて非常に心外だ。
「ああ、常日頃からそのようなことをしている訳ではありませんよ。主にアレクシス様が表立って動けない時に私の方で処理致しております」
「こわっ! クリフォードさん、こっわ! 上司の経費精算回すくらいのノリでそんなこと言わないでくださいよ!!」
「私の前では発言によくよく気をつけることをお薦めしますよ。ふふふ、アレクシス様と同様に私も腕が鈍らないように適度に鍛錬はしないといけないですから」
「すみませんでした、さっき魔王様を筋肉バカ言いそうになってホントすみませんでしたぁー!! てか、クリフォードさんなんで眼鏡はずしてるんですか? いやいやいや、目が、目がやばいですよ。なんか赤いですよ。これ目合わせたらいかんヤツですよね!!!」
「なるほど、さすがに勇者というのは伊達じゃないんですね」
「ひぇぇぇぇぇぇ! 一体何の術かけるつもりだったんですか!?」
「いえ、うまくいけばそれはそれで色々役立ってくれそうですし、うまくいかなければまた次を試してみようかと」
人体実験!? と、可憐な乙女のように目をうるませ自分の体を抱きしめているがあざとすぎてみじんも可愛くもない。面倒だな、一気にやってしまうか。
「ジョーそろそろ失礼しよう!!」
何かを察知したようで、アレクシス様と話の盛り上がっているジョー殿を無理矢理に抱え込み、星くずの羅針盤を起動させた。
「おい、俺はまだ魔王殿と話しは終わっていないのだがぁぁぁぁ」
「で、では、また新たなビジネス拡大に向け、いいご提案を持ってきますー。あと、本日の件はフォロー訪問致しますのでよろしくお願いしますぅぅぅーーー」
前回同様に閃光がカッと走り、その光の残像と共に二人は消えていった。どうでもいいのだが毎回この眩しい光がでるのは勘弁してもらえないだろうか。さすがに私も目が痛い。
「相変わらず帰り際が慌ただしいな……、で、お前が支配魔法をしくじるとは随分と珍しいが、あんなのでも勇者だったということか」
「ふふふ、そうですね。アレクシス様以来ですね。勇者であれば何か役立つかと思い試してみましたが今回は失敗してしまいました。また次も謁見に来るでしょうから色々試してみようと思います」
「まあ、そっちはお前に任せよう。さて、アーヴィンとガーゴイルに連絡しておくかな」
そう言うアレクシス様の楽しそうな表情を見て、ジョー殿が隠れ変態であることは私の心にとどめておこうと固く誓い、謁見の間を後にしたのだった。
To Be Continued……?
おまけの小話
クリフォードさんは元々、人間との和平・共存に反対していたアレクシス様の敵対勢力に雇われた暗殺者(かなり凄腕)だったのですが、暗殺を仕掛けたものの完全に敗北したのちはアレクシス様の強さに心酔し、押しかけ側近になり今に至ります。
アレクシス様はクリフォードさんが思った以上にあれこれ働くので特に不満はないようです。