表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/79

第19話〜おとぎ話のレストランの続き

 航はジーンズのポケットをゴソゴソする。そして何かを出した。それをテーブルに置く。百合からのメッセージカードだった。


「悪いな、ボロボロになって…。失くさないようにずっとポケットに入れてたんだ。」


 航は全部残らずとっておいた。


「これ…。」

「毎日楽しみになってったんだよ。あんたに話し掛けられてるみたいに感じてよ。」

「ちゃんと…見てくれてたんですね…。」

「当たり前だろ。」

「よかった…。」


 百合の気持ちは航に伝わっていた。百合は嬉しさが重なり、胸がさらに苦しくなる。


「航さん…?」

「なんだ?」

「ありがとう…ござい…ます…。」


 百合は深く目を閉じる。すると何粒もの涙が流れた。夏の小さな流れ星のように。


「まだ何もしてねぇよ、これからだ。…でも…ありがとな…。」


 航は百合の頭をやさしくなでた。百合は涙が止まらない。止まらないほどの歓喜の涙、百合は初めてだった。


 程なくしてシェフがやって来た。大きなお皿を持っている。百合は慌てて顔をハンカチで隠す。


「どうぞ、お召し上がりください。」


 シェフは百合の前にお皿を置いた。大きなお皿に小さなショートケーキ。一粒の苺、その周りのクリームのデコレーションはリボンのようだった。百合は涙を拭きよく見ると、チョコレートで文字が書かれていた。


 To Yuri


「名前…。航さん…?」

「先輩からの気持ちだ。ありがたく食え。」


 百合の目にまた涙が滲む。嬉しいのに涙が止まらず笑えない。涙が一粒落ちた時。


「食わないならオレが食うぞ。全部食うぞ。」

「…だめです…!私の…ケーキです…!」


 航はやさしい目。


「少しは落ち着いたか?」


 百合を落ち着かせるための言葉。航はどこまでもやさしかった。百合は目を閉じ深呼吸する。何度も。そして目を開けるとチョコレートの文字。おとぎ話の中ではなかった。百合は涙に負けそうな笑顔。


「…いただきます。」

「やっと笑ったな。」


 ふたりは目を合わす。目を合わせ、ふたりは笑った。心が満たされる。笑顔が輝く。


 気持ちがひとつになった瞬間だった。


 食事が終わり、店を出る前。


「先輩、今日はありがとうございました。」

「おう、また来てくれよ。百合ちゃんと一緒に。」

「はい。」


 百合は泣きはらした顔を見られるのが恥ずかしく、シェフのことをうまく見ることができない。礼もきちんと言えない。


「ご、ごちそうさまでした…。とても…美味しかったです…。」


 そんな百合を見たシェフは航に言う。


「お前、大丈夫かー?こんな可愛い子、泣かすなよ?」

「大丈夫です、守ります。」


 航は堂々と言った。百合は驚き、心が高まる。そして航は言う。


「あんたは先出てろ。」

「は、はい…!」


 店を出る百合は、さっきの航の言葉で頭がいっぱいだった。その航が後ろから呼ぶ。


「おい!受け取れ!」


 百合は急いで後ろを向く。百合の胸に、大きなやわらかいものが飛び込んできた。白くてとてもいい香り。


 花束だった。花びらが大きく、立派に咲いた真っ白な百合の花束。


「え…?」


 突然のことで百合は驚いた。


「きれいな花だな。あんたにぴったりだ。」


 歩き出す航。動かない百合。


【百合、花言葉は『純潔』】

 

 その花言葉を航は知らないだろう、そして自分は純潔ではないことも航は知らない、百合はそんなことを考えていた。立派できれいな花束を見ながら、百合は複雑な思いがした。


 再び航は百合を呼ぶ。今度は前から。


「おい!帰るぞ!」


 百合は息を飲み、航を見る。航は腕を伸ばし、手を開いていた。


「来い、置いてくぞ。」


 航の手を見ながら、百合は涙を我慢し航へと急いだ。航に、航の手に。


 航の手。おそらく大きくて長いであろう指はごつごつしていた。そして固い皮膚。その大きな手に包まれる自分の手。百合は初めて航に触れた。手から伝わってしまうのではないかと思うほど、百合は緊張した。しかし何より、嬉しかった。


 ふたりは百合の花の香りに包まれる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ