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第12話〜作ります

「昨日は…何があったか知らねぇけど、明日は仕事行けそうか?」

「え…?…はい…。」


 航の言葉が声が、百合を安心させる。


「仕事行って、ちゃんと飯食えよ。」

「はい…。あ、あの、隣の部署の先輩と仲良くなって、一緒にお昼食べるようになったんです、私。」

「そりゃよかったな!」

「はい。すごく仲良くしてくれて、そんな人、初めてで…。」

「できたじゃねぇか。よくしてくれる人。」


 百合は、初めて航とふたりで行った居酒屋のことを思い出す。航の『慣れ』という言葉で、葵の誘いを受けたこと。


「航さんの、おかげです…。」

「だからオレは何もしてねぇよ。あんたの力だ。」


 航のいつものやさしさ。百合は胸が熱くなる。


「お昼が、楽しくなりました…。お昼…。…航さんはお昼、どうしてるんですか?」

「オレは会社の弁当だ。一食200円。特に旨くも不味くもねぇ…。」

「作ります。」


 百合は勝手に言葉が出ていた。たった一言。


「は?」


 百合は航の目を真っ直ぐ見ながら言う。


「作ります、私。航さんのお弁当。」


 航は当然のように驚く。


「あんた…本気で言ってるのか?」

「はい。」


 百合の目は変わらない。


「作るって、朝だろ?無理すんなよ。」

「無理じゃないです。どうして無理なんですか?」


 航は頭を抱え、困惑する。


「私、よくするんです、料理。休みの日、やることそれくらいしか思い浮かばなくて。いつもひとりだから、航さんに作りたいです。航さんには少し早起きしてもらって…、門で渡します。」


 小さなため息をした後、航は笑いながら言う。


「負けたよ。」


 意味のわからない百合は話を続ける。


「航さん、会社に冷蔵庫とレンジありますか?」

「ああ、あるぞ。」

「よかった。あ、でも少し待ってください。お弁当箱用意して、おかずも考えたいし…。」

「あんた張り切りすぎ…。」


 百合は止まらない。


「好きなものと苦手なもの、ありますか?」

「苦手なものは特にねぇけど…、好きなもの…。」

「何ですか?」

「卵焼き。」


 それを聞いた百合は、手を口元に当て少し笑う。


「なんだよ。」

「航さん、子供みたい…。」

「悪かったな、子供で。」


 恥ずかしい航は口をとがらす。


「いえ…。卵焼きは、甘いのが好きですか?甘くないほうがいいですか?」

「んー、甘い。」


 百合はまた笑う。


「やっぱり子供みたい。」


 からかわれている航はそんなこと気にならず、百合を見て言った。


「あんた、今日はよく笑うな。」


 ハッとする百合。自分では気づいていなかった。開いた口を手で隠す。百合を笑顔にさせているのは、他の誰でもない、航だった。


「隠すことねぇだろ。笑いたいように笑えよ。」


 百合はゆっくり手を口から離す。離すと口が自然と動いた。


「航さん?」

「なんだ?」


 百合は言いたかった、自分の想いを。ありったけの想いを。


「…やっぱりいいです。」

「なんだよ、気持ちわりぃなぁ…。なんだよ、言え…。」

「もう少し、もう少し経ったら言います…。今言ったら、航さん困るだけ…。」


 航はなんとなく気づいた、百合の言いたいことを。もしそうなら、確かに自分は困るだろうと思った航。


「わかったよ…。」


 百合は何も言わずうつむいた。言いたい言葉を必死に飲み込み、違う言葉を探した。そして顔を上げる。


「色々、準備ができたら連絡します。」

「いいけど…、ほんとに無理はするなよ?」

「だから無理じゃないです。…楽しみです…。」


 またうつむく百合、また夜空を仰ぐ航。ちぐはぐなふたり。


 航は背伸びをしながら立ち上がる。


「そろそろ帰るか。今日はあんたは仕事休んでるんだしな。」


 百合は動かない。目線も動かない。


「少し…。」

「なんだ?」

「もう少し…いたいです…。」


 百合の横顔。横顔からでもはっきりわかる、寂しい目。その目に航は応えた。


「少しだぞ。」


 航はベンチに座る。


「ありがとう…ございます…。」


 その、少し。ほんの、少し。ふたりに言葉はなかった。百合に言葉はいらなかった。ただ航のそばにいたかった。そばにいるのに航が恋しい百合。


 月と星はふたりを照らし続けていた。やさしく見守るように。

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